【令和6年12月23日(知財高裁 令和6年(ネ)第10054号)】

 

【ポイント】

 原告が制作した外国映画の字幕について、被告が販売された商品において、①字幕文言に欠落があったことについて同一性保持権侵害を認め、また、②著作者の氏名が表示されていなかったことについて氏名表示権侵害を認めた事案

 

【キーワード】

 著作権法19条
 著作権法20条
 同一性保持権
 氏名表示権
 字幕翻訳

 

第1 事案

 一審原告・控訴人兼被控訴人は、字幕翻訳を業とする者であり、ある外国映画について日本語字幕データを制作した当該字幕の著作者・著作権者である。
 他方で、被告ら・控訴人兼被控訴人は、当該外国映画のDVD等の商品を製作等したが、それら商品の一部において、当該字幕の一部が表示させず、また、字幕翻訳者の氏名が表示させなかった。
 本件は、一審原告・控訴人兼被控訴人が被告ら・控訴人兼被控訴人に対して、当該字幕の一部を表示させなかった点において同一性保持権侵害を、字幕翻訳者の氏名を表示させなかった点において氏名表示件侵害を主張し、損害賠償請求を求めた事案の控訴審である(なお、第一審は、東京地裁令和6年5月29日判決・令和4年(ワ)2227号/令和4年(ワ)3382号)。
 以下では、本事案の争点のうち、同一性保持権侵害及び氏名表示件侵害の成否について述べる。

 

第2 当該争点に関する判旨(裁判所の判断)(*下線等は筆者)

3 争点2(本件商品字幕4を作成したことは第1審原告の同一性保持権を侵害するか)について
 以下のとおり当審における第1審被告スティングレイ及び同フィールドワークスの主張に対する判断を付加するほか、原判決「事実及び理由」の第3の4(1)、(3)、(4)(41~42頁)の説示のとおりであるから、これを引用する(なお、同(2)の説示は、前記第4の3(2)の第1審被告スティングレイの主張〔第2段落「なお」書き〕に照らして適切でないので引用しない。)。
 (1) 第1審被告スティングレイは、同一性保持権侵害は故意によるものに限られる旨主張するが、同一性保持権は著作物の同一性を保持し、それが無断で改変されないことについての人格的利益を保護する趣旨から設けられたものであって過失ならその侵害が認められてよいという主張は不法行為法上も根拠を欠くものであるから、採用できない
 (2) 第1審被告フィールドワークスは、本件映画2と本件映画4の共通する動画部分にチャプターを入れる場合、本編の主音声(本件字幕付映画2)及び本編の字幕(本件字幕2)を鑑賞するためのチャプターとは別に第2のチャプターとして設定する結果、副音声(本件字幕付映画4)の字幕(本件字幕4)が一部欠落することがあるところ、これは故意・過失がなくても不可避的に生じるものである旨主張する。しかし、同主張は、改変がなされていないことの理由にはならない。
 また、第1審被告フィールドワークスは、本件商品1に本件字幕4は欠落文言を含め格納されているが、チャプターを設定したことからこれが表示されないにすぎないので、改変は存在しない旨主張するが、同一性保持権は、表現が改変されることにより、著作物の表現を通じて形成される著作者に対する社会的評価が低下することを防ぐためのものであるからDVDに格納されたデータがオリジナルであるとしても、字幕として購入者等に認識される表現が変更されていれば、同一性保持権侵害が生じ得るのであり、第1審被告フィールドワークスの主張は採用できない
 さらに、第1審被告スティングレイは、バグによる副音声部分の欠落であることを理由に、第1審被告フィールドワークスは、欠落文言が11文字にすぎないことを理由に、「やむを得ないと認められる改変」(著作権法20条2項4号)に当たる旨主張する。しかし、バグにより副音声部分が改変されてしまうのであれば、改変部分を確認の上対処すべきであり、本件では改変自体が見過ごされているのであるから、やむを得ないとものはいえない。また、欠落文言が11文字であるとしても、ひとまとまりの意味のある部分であって、原判決別紙対比表のとおり、欠落部分があることにより、「収拾できない」ことの主体が一義的に明らかとはいえなくなるから、やむを得ないものとはいえない。
 そして、上記のとおり改変が見過ごされているところからすれば、第1審被告スティングレイ及び同フィールドワークスの過失も認められる。

4 争点3(本件商品2~4、6~9について、字幕翻訳者として第1審原告の氏名を表示しなかったことは第1審原告の氏名表示権を侵害するか)について
 (1) 下記(2)のとおり第1審被告スティングレイの補充的主張に対する判断を付加するほか、原判決「事実及び理由」の第3の5(42頁~)の説示のとおりであるから、これを引用する。
 (2) 第1審被告スティングレイは、契約関係にある緊密な関係の当事者間においては、氏名表示権に関し、著作者の権利行使の意思表示がある場合に初めて、他の関係者は拘束される旨主張する。しかし、字幕付きの外国映画においては、字幕翻訳者の氏名を表示するのが一般的な取扱いであり(上記引用に係る原判決のとおり)、日本語字幕翻訳を業とする第1審原告が氏名表示の不表示をあえて望むとも考え難い。このような本件の事情に加え、著作者の名誉・制帽・社会的評価、満足感等を保護するため、氏名を表示するか否かの決定を著作者にゆだねたという氏名表示権の趣旨からすれば、表示を要しないとの著作者の意思が客観的に認められない限り氏名表示を要するというべきで、第1審被告スティングレイの主張は採用できない。

 

第3 検討

 本件は、原告が制作した外国映画の字幕について、被告が販売された商品において、①字幕文言に欠落があったことについて同一性保持権侵害を認め、また、②著作者の氏名が表示されていなかったことについて氏名表示権侵害を認めた裁判例である。
 まず、上記①について、同一性保持権は著作権法第20条に規定されており、著作者の人格的利益を保護する趣旨のものであり、「意に反して」「改変」された場合に同一性保持権侵害となる(同条1項)。なお、「やむを得ないと認められる改変」と認められる場合は、同一性保持権侵害とはならない(同条2項4項)。
 ここで、本判決は、同一性保持権の趣旨を、「著作物の同一性を保持し、それが無断で改変されないことについての人格的利益を保護する趣旨」であると、一般的な内容を判示したことに加えて、「表現が改変されることにより、著作物の表現を通じて形成される著作者に対する社会的評価が低下することを防ぐためのものである」という内容まで判示した。本判決が著作権者の社会的評価の低下という視点を示したことは注目に値し、今後の同一性保持権侵害の有無の判断要素となりうる。
 そして、本判決は、この趣旨から、商品に格納されたデータでは字幕に欠落がなかったとしても、購入者等に認識される表現が変更されていれば、同一性保持権侵害になりうると判断した。
 また、当該字幕部分の欠落が「やむを得ないと認められる改変」に該当するかについては、本判決は、当該欠落部分はひとまとまりの意味がある部分であり、当該欠落により文意が明らかでなくなるという理由から、欠落が「やむを得ないと認められる改変」に該当しないと判断した。
 そうすると、欠落部分がひとまとまりの意味がなく、欠落があっても文意が明らかな場合には、「やむを得ないと認められる改変」に該当する場合があるとも考えられる。しかし、送り仮名を変更する等形式面の修正だけで、同一性保持権侵害が認められた事案(東京高判平成3年12月19日判決)があるので、この点は検討の余地がある。
 次に、上記②について、氏名表示権は、著作権法第19条1項に「著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。」と規定されている。
 本判決は、氏名表示権の趣旨を、「著作者の名誉・制帽・社会的評価、満足感等を保護するため、氏名を表示するか否かの決定を著作者にゆだねたという氏名表示権の趣旨」であると判示し、この趣旨から、「表示を要しないとの著作者の意思が客観的に認められない限り氏名表示を要するというべき」と判示した。
 本件においては、原告(著作者)は氏名の表示を要しないと意思表示しておらず、著作者の意思が客観的に認められなったので、結論として、氏名表示権侵害が認められた。
 このように、本判決は、同一性保持権及び氏名表示権の趣旨やそれらの侵害の有無の規範を示しており、実務上参考になる。

 

以上
弁護士 山崎臨在