【平成29年11月30日(知財高裁平成28年(行ケ)第10279号)】

【要旨】
 国内優先権主張を伴う特許出願Aについて,基礎出願Xにおいて新規性喪失の例外の手続を行ったが,出願Aにおいて同手続をしなかったときは,出願Aを親出願とした分割出願(本願)においても新規性喪失の例外の適用を受けることができないとし,本願についての拒絶審決を維持した。

【キーワード】
 特許法30条3項(平成23年改正前特許法30条4項),41条2項,44条4項

事案の概要

(特許庁等における手続きの経緯)
(1) 原告は,名称を「NK細胞活性化剤」とする発明について,平成16年7月9日に,特許法41条に基づく優先権主張(以下,基礎出願を「基礎出願X」という。基礎出願の優先日は平成15年12月12日である。)を伴う特許出願をした(以下「出願A」という)。また,原告は,平成22年10月13日に,出願Aの分割出願として特許出願を行い,更に,この出願の分割出願として平成25年3月18日に特許出願をした(以下「本願」という。)。
(2) 原告は,基礎出願Xについて,その出願と同時に,特許法30条4項所定の同条「第1項…の規定の適用を受けようとする…旨を記載した書面」を特許庁長官に提出し,出願日から30日以内に同条4項所定の同条「第1項…の規定の適用を受けることができる発明であることを証明する書面」(いわゆる新規性の喪失の例外証明書)として,刊行物Aを特許庁長官に提出した。しかし,出願Aについては,その出願と同時に,同条4項所定の同条「第1項…の規定の適用を受けようとする…旨を記載した書面」を特許庁長官に提出しなかった。
(3) 原告は,本願について,刊行物Aを引用例とした拒絶査定を受けたので,拒絶査定不服審判請求をした(不服2015-10465号)が,特許庁は,本願では刊行物Aについての新規性喪失の例外の適用を受けることができない等として,平成28年11月22日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をした。
(4) 原告は,本件審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。

(特許法)
特許法30条3項
 前項の規定の適用を受けようとする者は,その旨を記載した書面を特許出願と同時に特許庁長官に提出し,かつ,第二十九条第一項各号のいずれかに該当するに至った発明が前項の規定の適用を受けることができる発明であることを証明する書面(次項において「証明書」という。)を特許出願の日から三十日以内に特許庁長官に提出しなければならない。
特許法41条2項
 前項の規定による優先権の主張を伴う特許出願に係る発明のうち,当該優先権の主張の基礎とされた先の出願の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲若しくは実用新案登録請求の範囲又は図面(当該先の出願が外国語書面出願である場合にあっては,外国語書面)に記載された発明(当該先の出願が同項若しくは実用新案法第八条第一項の規定による優先権の主張又は第四十三条第一項,第四十三条の二第一項(第四十三条の三第三項において準用する場合を含む。)若しくは第四十三条の三第一項若しくは第二項(これらの規定を同法第十一条第一項において準用する場合を含む。)の規定による優先権の主張を伴う出願である場合には,当該先の出願についての優先権の主張の基礎とされた出願に係る出願の際の書類(明細書,特許請求の範囲若しくは実用新案登録請求の範囲又は図面に相当するものに限る。)に記載された発明を除く。)についての第二十九条,第二十九条の二本文,第三十条第一項及び第二項,第三十九条第一項から第四項まで,第六十九条第二項第二号,第七十二条,第七十九条,第八十一条,第八十二条第一項,第百四条(第六十五条第六項(第百八十四条の十第二項において準用する場合を含む。)において準用する場合を含む。)並びに第百二十六条第七項(第十七条の二第六項,第百二十条の五第九項及び第百三十四条の二第九項において準用する場合を含む。),同法第七条第三項及び第十七条,意匠法第二十六条,第三十一条第二項及び第三十二条第二項並びに商標法(昭和三十四年法律第百二十七号)第二十九条並びに第三十三条の二第一項及び第三十三条の三第一項(これらの規定を同法第六十八条第三項において準用する場合を含む。)の規定の適用については,当該特許出願は,当該先の出願の時にされたものとみなす。
特許法44条4項
 第一項に規定する新たな特許出願をする場合には,もとの特許出願について提出された書面又は書類であって,新たな特許出願について第三十条第三項,第四十一条第四項又は第四十三条第一項及び第二項(これらの規定を第四十三条の二第二項(前条第三項において準用する場合を含む。)及び前条第三項において準用する場合を含む。)の規定により提出しなければならないものは,当該新たな特許出願と同時に特許庁長官に提出されたものとみなす。

 (本願に係る発明)(拒絶査定不服審判請求時の補正後のもの)
【請求項1】 酸性多糖類を有効成分として含有することを特徴とするNK細胞活性化剤。

本件の結論

 原告の請求を棄却した。

争点(他の争点もあるが,本稿は下記争点に絞る)

 国内優先権主張を伴う特許出願Aについて,基礎出願Xにおいて新規性喪失の例外の手続を行ったが,出願Aにおいて同手続をしなかったときに,出願Aを親出願とした分割出願(本願)において新規性喪失の例外の適用を受けることができるか。

判旨抜粋(下線は筆者が付した)

 判旨中「30条4項」平成23年改正前特許法30条4項を意味する(現行法でいう30条3項に相当)。
第1~第4 略
第5 当裁判所の判断
 当裁判所は,基礎出願Xにおいて・・・特許法30条4項所定の手続が履践されているものの,これを基礎出願とする国内優先権主張出願である出願Aにおいて,同項所定の手続が履践されていないから,出願Aの分割出願である本願の原出願をさらに分割出願した本願は,刊行物Aについて同条1項の適用を受けることはできず,本願発明は,刊行物Aに記載された発明であるか,同発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると判断する。
 その理由は,以下のとおりである。
1 ・・・特許法30条4項は,同条1項の適用を受けるための手続的要件として,①特許出願と同時に,同条1項の適用を受けようとする旨を記載した書面(4項書面)を特許庁長官に提出するとともに,②特許出願の日から30日以内に,特許法29条1項各号の一に該当するに至った発明が・・・特許法30条1項の適用を受けることができる発明であることを証明する書面(4項証明書)を特許庁長官に提出すべきことを定めているが,同条4項には,その適用対象となる「特許出願」について,特定の種類の特許出願をその適用対象から除外するなどの格別の定めはない。また,・・・特許法41条に基づく優先権主張を伴う特許出願(以下「国内優先権主張出願」という。)は,同条2項に「前項の規定による優先権の主張を伴う特許出願」と規定されるとおり,基礎出願とは別個独立の特許出願であることが明らかである。
 そうすると,国内優先権主張出願について,・・・特許法30条4項の適用を除外するか,同項所定の手続的要件を履践することを免除する格別の規定がない限り,国内優先権主張出願に係る発明について同条1項の適用を受けるためには,同条4項所定の手続的要件として,所定期間内に4項書面及び4項証明書を提出することが必要である。
2 そこで,国内優先権主張出願について,・・・特許法30条4項の適用を除外するか,同項所定の手続的要件を履践することを免除する格別の規定があるかどうかについて検討すると,まず,分割出願については,・・・特許法44条4項が原出願について提出された4項書面及び4項証明書は分割出願と同時に特許庁長官に提出されたものとみなす旨を定めているが,国内優先権主張出願については,これに相当する規定はない。
 また,・・・特許法41条2項は,国内優先権主張出願に係る発明のうち基礎出願の当初明細書等に記載された発明についての・・・特許法30条1項の適用については,国内優先権主張出願に係る出願は基礎出願の時にされたものとみなす旨を定めているが,これは,同項が適用される場合には,同項中の「その該当するに至った日から6月以内にその者がした特許出願」にいう「特許出願」については,国内優先権主張出願の出願日ではなく,基礎出願の出願日を基準とする旨を規定するに止まるものである。・・・
3,4 略
5  本願は,出願Aの分割出願である本願の原出願をさらに分割出願したものであるところ,分割出願については,原出願について提出された4項書面及び4項証明書は分割出願と同時に特許庁長官に提出されたものとみなす旨の定めがあるが,原告は,出願Aにおいて,その出願と同時に,4項書面を特許庁長官に提出しなかったのであるから,本願は,・・・特許法30条1項の適用を受けることはできない。
 そして,同条1項が適用されないときには,審決の刊行物A発明の認定並びに本願発明との一致点及び相違点の認定及び判断に争いはないから,本願発明は,刊行物A発明であるか,同発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
 そうすると,本願は,その余の請求項について検討するまでもなく拒絶すべきものであるから,これと同旨の審決の判断に誤りはない。
6~16 略
17  以上によると,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

解説  

 本件で裁判所は,国内優先権主張を伴う特許出願Aについて,基礎出願Xにおいて新規性喪失の例外の手続を行ったが,出願Aにおいて同手続をしなかったときには,出願Aを親出願とした分割出願(本願)においても新規性喪失の例外の適用を受けることができないと判断した。
結論及び理由付けともに妥当なものである。
 国内優先権主張の基礎出願Xと当該出願を基礎とする優先権主張出願Aは「別の出願」である。このため,優先権主張出願Aにおいて30条の手続を省略してよい等の規定がない限りは,当該優先権主張出願Aにおいても,基礎出願Xと同様,新規性喪失の例外の手続を繰り返すのが原則である。この点,41条2項には,「特許法30条1項の適用」について国内優先権主張出願に係る出願は基礎出願の時にされたものとみなす旨を定めているが,この規定は,30条1項の「特許出願」について基礎出願の出願日を基準とする旨を規定したものなので,30条3項(平成23年改正前特許法30条4項)の手続を省略してよいことを定めたものではない(要するに,基礎出願が新規性喪失日から6月以内になされていれば,国内優先権主張は新規性喪失日から6月以内でなくても良いことを定めたものである)。
 また,44条2項には,分割出願について,「もとの特許出願について提出された書面又は書類」であって30条3項(平成23年改正前特許法30条4項)により提出しなければならないものは,新たな特許出願と同時に特許庁長官に提出されたものとみなす旨の規定があるが,これは,当該分割出願の親出願,つまり本件で言う「本願の親出願である出願A」において「提出された書面又は書類」について享受できる効果であるから,出願Aで30条3項(平成23年改正前特許法30条4項)の書面等を出していない以上は,本願でも当該効果を享受することはできない。
 本件から,新規性喪失の例外の適用を受けなければならないケースで,もし,国内優先権主張を伴う特許出願Aで30条の手続を行わないと,それ以降は手続的に回復することが困難となる。厳しい結論であるが,現行の条文を前提にする以上は,やむを得ない所である。
 なお,平成30年特許法改正により,新規性喪失の例外期間(30条1項,2項の期間)が「6月」から「1年」に延長され(実用新案法,意匠法も同様),新規性喪失の例外を利用する場面が増えることが想定される。国内優先権主張が絡む手続きは平成30年特許法改正前後で変わらない(特許庁の「平成30年改正法対応・発明の新規性喪失の例外規定についてのQ&A集」のQ5-a)ので,引き続き注意を要する。

以上
(文責)弁護士・弁理士 高野芳徳