【平成30年(ム)第10003号(知財高裁平成30年9月18日)】装飾品に係る特許の再審事件

【判旨】本件特許が訂正審判により訂正されたことにより,再審の訴えをおこなったところ,裁判所がこれを認めなかった事案。

【キーワード】
民事訴訟法第338条第1項第8号,特許法第104条の4,特許法第106条第1項ただし書,同条第6項,再審,訂正審判

事案の概要  

 本件は,特許権侵害訴訟の終局判決である平成27年8月6日同庁平成27年(ネ)第10040号特許権侵害行為差止等請求控訴事件(以下「前訴判決」という。)が再審被告製品は特許発明の技術的範囲に属しないとして特許権者の請求を認めなかったところ,再審原告が,前訴判決の基礎となった行政処分である特許査定が後の行政処分である訂正認容審決により変更されたから,民訴法338条1項8号の再審事由があると主張して,前訴判決の取消しを求める事案である。

前提となる事実  

 裁判所が認定した前提となる事実は,以下のとおり。なお,下線は,筆者が付したものであり,証拠番号等は,適宜省略するものとし,以下同様とする。

 一件記録(基本事件記録を含む。)によると,次の事実が認められる。

(1) 再審原告は,平成25年10月24日,東京地方裁判所に対し,再審被告Yが製造・販売し,再審被告Aが販売する再審被告製品が,別紙特許権目録記載の特許権[1](以下,「本件特許権」という。)に係る特許(以下,「本件特許」という。)の請求項1記載の発明(以下,「本件発明」という。)の技術的範囲に属すると主張して,①再審被告Yに対し,特許法100条1項及び2項に基づき,再審被告製品の製造及び販売の差止め,再審被告製品及びその金型の廃棄を求めるとともに,特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償金1億6254万1595円及びこれに対する法定利息の支払を求め,②再審被告Aに対し,特許法100条1項及び2項に基づき,再審被告製品の販売の差止め及び再審被告製品の廃棄を求めるとともに,特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償金4926万1000円及びこれに対する法定利息の支払を求める訴えを提起した(東京地方裁判所平成25年(ワ)第28089号特許権侵害行為差止等請求事件)。
(2) 東京地方裁判所は,平成27年2月23日,再審被告製品は本件発明の構成要件B,C,D,E(各構成要件の内容は別紙構成要件目録記載のとおり。)を充足しないことを理由として,再審原告の請求をいずれも棄却する旨の判決をした。
(3) 再審原告は,平成27年3月5日,前記(2)の判決を不服として,控訴した(知的財産高等裁判所平成27年(ネ)第10040号特許権侵害行為差止等請求控訴事件)。
再審原告は,同月28日,本件特許権について,本件発明の構成要件Dの訂正を含む訂正審判請求の申立てをしたところ(訂正2015-390027号),同年4月23日,訂正認容審決がされ,同審決は,そのころ確定した(以下,「第一次訂正」という。)。
再審被告両名は,本件訴訟手続において,第一審及び控訴審を通じて,特許法104条の3第1項の規定に基づく抗弁(以下,「無効の抗弁」という。)は主張していない。
(4) 知的財産高等裁判所は,平成27年8月6日,再審被告製品は,第一次訂正後の本件特許の請求項1記載の発明(以下,「本件訂正発明」という。)の構成要件B及びCを充足しないことを理由として,控訴を棄却する旨の前訴判決をした。
(5) 再審原告は,平成27年8月20日,前訴判決を不服として,上告及び上告受理申立てをしたが,最高裁判所は,平成28年7月12日,上告を棄却するとともに上告受理申立てを受理しない旨の決定をした(最高裁判所平成27年(オ)第1634号,同平成27年(受)第2043号)。
(6) 再審原告は,平成28年11月16日,本件特許権について,訂正審判請求の申立てをしたところ(訂正2016-390150号),平成29年5月15日,請求不成立審決がされた。
(7) 再審原告は,平成29年5月29日,本件特許権について,訂正審判請求の申立てをしたところ(訂正2017-390038号),同年8月4日,訂正認容審決がされた。
(8) 再審原告は,平成30年2月7日,本件特許権について,訂正審判請求の申立てをしたところ(訂正2018-390028号),同年3月19日,訂正認容審決がされ(以下,「本件訂正認容審決」という。),本件訂正認容審決は,そのころ確定した(甲30)。

 本件訂正認容審決は,本件特許の請求項1の構成要件EとFとの間に,次の記載を挿入するものである。

「かつ,係止部材は,円柱形状叉は円筒形状を持っていて,かつ,係止部材は,吸着部材とネック部で構成されていて,かつ,係止部材の先端側には,細径である段差のない円柱形状叉は円筒形状のネック部を介して吸着部材を固定していて,かつ,ネック部の直径は,係止状態にある鰐口クリップの一対の止め部と止め部の間以下であり,かつ,係止部材の吸着部材の直径は,係止状態にある鰐口クリップの止め部より後部の一対の顎部材間以下であり,かつ,係止部材の吸着部材の直径は,係止状態にある鰐口クリップの一対の止め部と止め部の間より大きく,かつ,係止部材の吸着部材の先端から後部までの長さは,係止状態にある鰐口クリップの中の吸着部材と止め部の間以下であり,」

争点

再審自由の有無。

判旨抜粋

第3 当裁判所の判断
1 特許法104条の4は,特許権侵害訴訟の終局判決が確定した後に同条3号所定の特許請求の範囲の訂正をすべき旨の審決であって政令で定めるもの(以下,「3号訂正審決」という。)が確定したときは,上記訴訟の当事者であった者は終局判決に対する再審の訴えにおいて3号訂正審決が確定したことを主張することができないと規定している。その趣旨は,特許権侵害訴訟の当事者は,同法104条の3により,無効の抗弁及びいわゆる訂正の再抗弁(訂正により無効の抗弁に係る無効理由が解消されることを理由とする再抗弁)を主張することができ,判決の基礎となる特許の有効性及びその範囲につき,主張立証する機会と権能を有していることから,そうであるにもかかわらず,上記訴訟の判決が確定した後に,特許の有効性及びその範囲につき判決と異なる内容の審決が確定したことを理由として確定判決を覆すことができるとすることは,紛争の蒸し返しであり,特許権侵害訴訟の紛争解決機能や法的安定性の観点から適切ではないことにあると解される。そして,特許法施行令8条2号は,特許権侵害訴訟の終局判決が特許権者の敗訴判決である場合には,「当該訴訟において立証された事実を根拠として当該特許が・・・特許無効審判により無効にされないようにするためのものである審決」が3号訂正審決に当たると規定している。前記第2の2(3)のとおり,再審被告両名は,基本事件において無効の抗弁を主張していないから,本件訂正認容審決は,特許法施行令8条2号所定の「当該訴訟において立証された事実を根拠として当該特許が・・・特許無効審判により無効にされないようにするためのものである審決」ではなく,3号訂正審決には当たらない。

2 しかし,特許法は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面を訂正するために訂正審判を請求することを認める一方(同法126条1項本文),その訂正は,特許請求の範囲の減縮を含む所定の事項を目的とするものに限って許されるものとし(同項ただし書),さらに,「実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものであってはならない」としている(同条6項)。これは,訂正を認める旨の審決が確定したときは,訂正の効果は特許出願の時点まで遡って生じ(同法128条),しかも,訂正された明細書,特許請求の範囲又は図面に基づく特許権の効力は不特定多数の一般第三者に及ぶものであることに鑑み,特許請求の範囲の記載に対する一般第三者の信頼を保護することを目的とするものであり,特に,同法126条6項の規定は,訂正前の特許請求の範囲には含まれない発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれることとなると,第三者にとって不測の不利益が生じるおそれがあるため,そうした事態が生じないことを担保する趣旨の規定であると解される。このように,特許法は,訂正前の特許発明の技術的範囲に属しない被疑侵害品は,訂正後の特許発明の技術的範囲に属しないことを保障しているのであるから,被疑侵害品が特許発明の技術的範囲に属しないことを理由とする請求棄却判決が確定した後に,特許権者が訂正認容審決を得て,再審の訴えにおいて被疑侵害品が訂正後の特許発明の技術的範囲に属する旨主張することは,特許法がおよそ予定していないものというべきである。そして,再審原告は,基本事件において,前訴判決の基礎となる本件特許に係る発明(本件発明及び本件訂正発明)の技術的範囲につき,主張立証する機会と権能を有していたのであるから,前訴判決が確定した後に,本件訂正認容審決が確定したという,特許法がおよそ予定していない理由によって,前訴判決を覆すことができるとすることは,紛争の蒸し返しであり,特許権侵害訴訟の紛争解決機能や法的安定性の観点から適切ではなく,特許法104条の4の規定の趣旨にかなわないということができる。なお,再審原告は,前記第2の2(3)のとおり,基本事件の係属中に第一次訂正を行っていたのであり,基本事件の係属中に本件訂正認容審決を得ることができなかったというべき事情も認められない。

 これらの事情を考慮すると,再審原告が本件訂正認容審決が確定したことを再審事由として主張することは,特許法104条の4並びに同法126条1項ただし書及び同条6項の各規定の趣旨に照らし許されないものというべきである。

3 前記2によると,再審原告は,本件訂正認容審決が確定したことを主張することができないから,前訴判決の基礎となった行政処分である本件特許権に係る特許査定が後の行政処分である本件訂正認容審決により変更されたことを理由として民訴法338条1項8号の再審事由がある旨の主張は,その前提を欠くものであり,理由がない。

解説

 本件は、本件特許の本件訂正認容審決が確定したことによって,再審原告が,民事訴訟法第338条第1項第8号[2]の規定により,「行政処分が後の・・・行政処分により変更」されたため,再審事由に該当するとして,再審の訴えを行ったところ,再審の訴えが認められなかった事案である。

 特許法には,明文で本件のような,訂正審決の確定による再審の訴えが認められない旨の規定はない。

 そこで,裁判所は,まず,主張の制限に係る特許法第104条の4[3]を引いて,その趣旨を,「特許権侵害訴訟の当事者は,同法104条の3により,無効の抗弁及びいわゆる訂正の再抗弁・・・を主張することができ,判決の基礎となる特許の有効性及びその範囲につき,主張立証する機会と権能を有している」ことから「特許の有効性及びその範囲につき判決と異なる内容の審決が確定したことを理由として確定判決を覆すことができるとすることは,紛争の蒸し返し」になるため,再審の訴えにおいて3号訂正審決について主張できないことを述べた。そして,裁判所は,本件訂正認容審決が,「特許法施行令8条2号[4]所定の『当該訴訟において立証された事実を根拠として当該特許が・・・特許無効審判により無効にされないようにするためのものである審決』ではなく,3号訂正審決には当たらない」旨を述べた。

 つぎに,裁判所は,上記のように3号訂正審決ではないものの,特許法が,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面を訂正するために訂正審判を請求することを認める一方(同法126条1項本文),その訂正は,特許請求の範囲の減縮を含む所定の事項を目的とするものに限って許されるものとし(同項ただし書),さらに,『実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものであってはならない』としている(同条6項)」ことに触れ,「同法126条6項の規定は,訂正前の特許請求の範囲には含まれない発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれることとなると,第三者にとって不測の不利益が生じるおそれがあるため,そうした事態が生じないことを担保する趣旨」であることを述べた。

 以上から,裁判所は,
①特許法第126条に係る上記の規定から「被疑侵害品が特許発明の技術的範囲に属しないことを理由とする請求棄却判決が確定した後に,特許権者が訂正認容審決を得て,再審の訴えにおいて被疑侵害品が訂正後の特許発明の技術的範囲に属する旨主張することは,特許法がおよそ予定していない」とし,
②特許法第104条の4に係る上記の規定から「基本事件において,前訴判決の基礎となる本件特許に係る発明(本件発明及び本件訂正発明)の技術的範囲につき,主張立証する機会と権能を有していた」にもかかわらず,「前訴判決が確定した後に,本件訂正認容審決が確定したという,特許法がおよそ予定していない理由によって,前訴判決を覆すことができるとすることは,紛争の蒸し返し」になることから,
「特許法104条の4並びに同法126条1項ただし書及び同条6項の各規定の趣旨に照らし許されない」と判断したものである。

 以上のように,本件は,本件訂正認容審決が確定したことによって,再審の訴えがなされた事案であるが,裁判所は,訂正においては,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更することは許されず,前訴において,被疑侵害品が,特許発明の技術的範囲に含まれないとされ確定したにもかかわらず,その後,訂正認容審決を得て,再審において訂正後の発特許明において上記のように特許請求の範囲の拡張が禁止されているのに再度被疑侵害品が,訂正後の特許発明の技術的範囲に含まれるとするのは,前訴において訂正等の手続保障が与えられていたのであり,紛争の蒸し返しであって許されないと判断したものである。
 本件は,非常に珍しい,再審の訴えに係る事案であり,実務上参考になると考えられる。

以上
(文責)弁護士 宅間仁志


 [1] 本件では,特許権の内容は,判示事項に影響しないので,以下,引用するにとどめる。
特許番号 特許第4044598号
発明の名称 装飾品鎖状端部の留め具
出願日 平成17年6月30日
登録日 平成19年11月22日

A 装飾品の片方の鎖状部の端部に設けたホルダーと
B 他方の鎖状部の端部に設けたホルダー受けとを噛合わせて係止する方式の留め具であって,
C 前記ホルダーとホルダー受けには,これらを正しい噛合い位置に誘導できる部位に,互いに吸着する磁石の各一方を,あるいは磁石とこれに吸着される金属材を,それぞれ吸着部材として設けた装飾品鎖状端部の留め具において,
D 前記ホルダーが1対の顎部材を開口/閉口可能に軸支したバネ閉じ式の鰐口クリップであり,
E 前記ホルダー受けが1対の開口状態の顎部材間に嵌入して係止される係止部材であり,
F かつ,前記鰐口クリップの内部における1対の顎部材間に一方の吸着部材を設け,
G 前記係止部材の先端に他方の吸着部材を設けた装飾品鎖状端部の留め具。

[2] (再審の事由)
第三百三十八条 次に掲げる事由がある場合には、確定した終局判決に対し、再審の訴えをもって、不服を申し立てることができる。ただし、当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき、又はこれを知りながら主張しなかったときは、この限りでない。
(中略)
八 判決の基礎となった民事若しくは刑事の判決その他の裁判又は行政処分が後の裁判又は行政処分により変更されたこと。
[3] 第百四条の四 特許権若しくは専用実施権の侵害又は第六十五条第一項若しくは第百八十四条の十第一項に規定する補償金の支払の請求に係る訴訟の終局判決が確定した後に、次に掲げる決定又は審決が確定したときは、当該訴訟の当事者であつた者は、当該終局判決に対する再審の訴え・・・において、当該決定又は審決が確定したことを主張することができない。(中略)
三 当該特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正をすべき旨の決定又は審決であつて政令で定めるもの
[4]第八条 特許法第百四条の四第三号の政令で定める決定又は審決は、次の各号に掲げる場合についてそれぞれ当該各号に定める決定又は審決とする。(中略)
二 特許法第百四条の四に規定する訴訟の確定した終局判決が当該特許権者、専用実施権者又は補償金の支払の請求をした者の敗訴の判決である場合 当該訴訟において立証された事実を根拠として当該特許が同法第百十四条第二項の取消決定により取り消されないようにするためのものである決定又は特許無効審判により無効にされないようにするためのものである審決