【知財高判平成29年11月28日平29(ネ)10038号[入力支援コンピュータ・プログラム事件・控訴審]】

【要旨】
 本判決は、ソフトウェア特許の侵害訴訟において、特許権者が敗訴した事例である。

【キーワード】
ソフトウェア特許、充足論、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条

1 事案の概要について

 東京地判平成29年2月23日平28(ワ)13033号[入力支援コンピュータ・プログラム事件・第一審]を参照。

2 構成要件Eの充足性に関する判旨

 そうすると,「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信する」とは,タッチパネルを含む入力手段から,画面上におけるポインタの座標位置を,入力支援が必要なデータ入力に係る座標位置(例えば,ドラッグ操作を開始する座標位置)からこれとは異なる座標位置に移動させる操作に対応する電気信号を,処理手段が受信することを意味すると解するのが相当である。
 そして,前記第2の1(3)イのとおり,本件ホームアプリにおいて,控訴人が「操作メニュー情報」に当たると主張する左右スクロールメニュー表示は,利用者がショートカットアイコンをロングタッチすることにより表示されるものであるが,ロングタッチは,ドラッグ操作などとは異なり,画面上におけるポインタの座標位置を移動させる操作ではないから,入力手段であるタッチパネルからロングタッチに対応する電気信号を処理手段が受信することは,「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信する」とはいえない。
 したがって,ロングタッチにより左右スクロールメニュー表示が表示されるという本件ホームアプリの構成は,構成要件Eの「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信すると…操作メニュー情報を…出力手段に表示する」という構成を充足するとは認められない。
エ 控訴人は,本件ホームアプリでは,タッチパネルに指等が触れると,「ポインタの座標位置」の値が変化し,「カーソル画像」もこの位置を指し示すように移動するところ,ロングタッチは,タッチパネルに指等が触れるといった動作を含むから,被控訴人製品の処理手段はロングタッチにより「『ポインティングデバイスによって最後に指示された画面上の座標』を移動させる命令」を受信するといえ,本件ホームアプリは,「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信する」という構成を有していると主張する。
 しかし,本件ホームアプリにおいて,ロングタッチに含まれるタッチパネルに指等が触れることに対応して,ポインタの座標位置を,「ポインティングデバイスによって最後に指示された画面上の座標」位置から,指等がタッチパネルに触れた箇所の座標位置に移動させることを内容とする電気信号が生じる(甲7の1・2)としても,前記ウのとおり,ロングタッチは,画面上におけるポインタの座標位置を移動させる操作ではないから,上記電気信号は,画面上におけるポインタの座標位置を移動させる操作に対応する電気信号とはいえない。また,「ポインティングデバイスによって最後に指示された画面上の座標位置」は,ロングタッチの直前に行っていた別の操作に係るものであり,入力支援が必要なデータ入力に係る座標位置ではないから,上記電気信号は,画面上におけるポインタの座標位置を,入力支援が必要なデータ入力に係る座標位置からこれとは異なる座標位置に移動させることを内容とするものでもない。
 そうすると,本件ホームアプリのロングタッチ又はこれに含まれるタッチパネルに指等が触れることに対応して,ポインタの座標位置を,「ポインティングデバイスによって最後に指示された画面上の座標」位置から,指等がタッチパネルに触れた箇所の座標位置に移動させることを内容とする電気信号が生じることをもって,構成要件Eの「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信する」という構成を充足するとはいえない。
オ 控訴人は,タッチパネルでは,指等が触れていれば継続的に「ポインタの位置を移動させる命令」である「ポインタの位置を算出するためのデータ」を受信し,「ポインタの位置」が一定時間,一定の範囲内に収まっている場合にはロングタッチであると判断されるから,ロングタッチを識別するために入力されるデータ群には「ポインタの位置を移動させる命令」が含まれると主張する。
 しかし,前記第2の1(3)イのとおり,本件ホームアプリは,ロングタッチにより左右スクロールメニュー表示がされる構成であるところ,ロングタッチは,継続的に複数回受信するデータにより算出された「ポインタの位置」が一定の範囲内で移動している場合だけでなく,当初の「ポインタの位置」から全く移動しない場合を含むことは明らかであり(甲8),ロングタッチであることを識別するまでの間に「ポインタの位置」を一定の範囲内で移動させることを内容とする電気信号は,前者においては発生しても,後者においては発生しないのであるから,そのような電気信号をもって,構成要件Eの「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信する」という構成を充足するとはいえない。

3 均等論の第1要件に関する判旨

 そこで検討すると,前記(1)ア及びイによると,本件発明1は,コンピュータシステムにおけるシステム利用者の入力行為を支援する従来技術である「コンテキストメニュー」には,マウスの左クリックを行う等するまではずっとメニューが画面に表示され続けたり,利用者が間違って右クリックを押してしまった場合等は,利用者の意に反して画面上に表示されてしまうので不便であるという課題があり,従来技術である「ドラッグ&ドロップ」には,例えば,移動させる位置を決めないで徐々に画面をスクロールさせていくような継続的な動作には適用が困難であるという課題があったことから,システム利用者の入力を支援するための,コンピュータシステムにおける簡易かつ便利な入力の手段を提供すること,特に,①利用者が必要になった場合にすぐに操作コマンドのメニューを画面上に表示させ,②必要である間についてはコマンドのメニューを表示させ続けられる手段の提供を目的とするものである。
 そして,本件発明1は,上記課題を解決するために,本件特許の特許請求の範囲請求項1の構成,すなわち,本件発明1の構成としたものであるが,特に,上記①を達成するために,「入力手段における命令ボタンが利用者によって押されたことによる開始動作命令を受信した後…において」(構成要件D),「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信すると…操作メニュー情報を…出力手段に表示する」(同E)という構成を採用し,上記②を達成するために,「利用者によって当該押されていた命令ボタンが離されたことによる終了動作命令を受信するまで」(同D),「操作メニュー情報を…出力手段に表示すること」(同E,F)を「行う」(同D)という構成を採用した点に特徴を有するものと認められる。
  そうすると,入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信することによってではなく,タッチパネル上のショートカットアイコンをロングタッチすることによって操作メニュー情報を表示するという,本件ホームアプリの構成は,本件発明1と本質的部分において相違すると認められる。
イ 控訴人は,利用者がドラッグ&ドロップ操作を所望している場合に操作メニュー情報を表示することが本質的部分であると主張する。
 しかし,前記(1)ア及びイのとおり,マウスが指し示している画面上のポインタ位置に応じた操作コマンドのメニューを画面上に表示すること自体は,本件発明1以前から「コンテキストメニュー」という従来技術として知られていたところ,前記(2)アのとおり,本件発明1は,この「コンテキストメニュー」がマウスを右クリックすることにより上記メニューを表示することに伴う課題を解決することをも目的として,利用者が必要になった場合にすぐに操作コマンドのメニューを画面上に表示させるために,「入力手段における命令ボタンが利用者によって押されたことによる開始動作命令を受信した後…において」(構成要件D),「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信すると…操作メニュー情報を…出力手段に表示する」(同E)という構成を採用した点に特徴を有するものと認められる。したがって,本件発明1において,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は,利用者がドラッグ&ドロップ操作といった特定のデータ入力を所望している場合にその入力を支援するための操作メニュー情報を表示すること自体ではなく,従来技術として知られていた操作コマンドのメニューを画面に表示することを,「入力手段における命令ボタンが利用者によって押されたことによる開始動作命令を受信した後…において」(構成要件D),「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信する」(同E)ことに基づいて行うことにあるというべきである。
 そうすると,入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信することによってではなく,タッチパネル上のショートカットアイコンをロングタッチすることによって操作メニュー情報を表示するという,本件ホームアプリの構成は,既に判示したとおり,本件発明1と本質的部分において相違するというべきである。
 なお,仮に控訴人の主張によるとしても,本件ホームアプリにおいてロングタッチがされた場合に常にショートカットアイコンをホーム画面の別の位置へ移動させるドラッグ&ドロップ操作が行われると認めるに足りる証拠はないから,ロングタッチがされたことをもってドラッグ&ドロップ操作が所望されているとみることはできず,控訴人の主張はその前提を欠くものでもある。

4 検討

 本件は、文言侵害及び均等侵害に関し、原審となる東京地判平成29年2月23日平28(ワ)13033号[入力支援コンピュータ・プログラム事件・第一審]と同じ理由により、原審判決が維持された。
 本特許は、ドラッグ&ドロップをする際に操作性を向上させる発明であったが、被控訴人方法はロングタッチに関する操作方法である点で相違した。そして、本特許の明細書には、ドラッグ&ドロップにおける課題を解決する旨の記載があったことから、均等論の第1要件においても、ドラッグ&ドロップにおける課題を解決する構成が本質的部分にあたると認定がされ、ロングタッチの構成は均等でないとの判断がされた。
 本特許の出願時は、マウス操作が主流であり、タッチパネルの操作が主流でなかったとすると、課題として、マウス操作におけるドラッグ&ドロップを記載してしまうことはやむを得ないようにも思えるが、課題として、ドラッグ&ドロップを設定してしまうと、タッチパネル操作におけるロングタッチが充足するとの主張をし難くなる。本判決から、明細書における従来技術の捉え方次第で、以後、均等侵害が成立し難くなり得ることを確認することができる。
 ソフトウェア特許の侵害訴訟においては、充足性の判断が厳しいとの指摘もあるが、本判決は、特許請求の範囲及び明細書の記載からすれば、非充足(上記の均等の第1要件を満たさない)との判断がされることはやむを得ない事案と考えられ、技術分野がソフトウェアであったことから、厳しい判断がなされたわけではないと考えられる。

以上
(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一