【知財高判令和2年8月27日(令和元年(行ケ)第10139号)】

はじめに

 本件は、副引例を主引例に組み合わせることには阻害要因があるとして、特許発明の進歩性を認めた事例である。具体的には、半田ペーストを基板に塗布する際に用いられるメタルマスクに関する技術について、メタルマスクの認識マークが、交流電源による電解マーキングによって刻印されたマークであることを特徴とする特許発明の進歩性が認められた事例である。

背景

 1 本件特許発明
【請求項1】(請求項2は省略)
 半田ペーストをプリント配線板に塗布形成するために形成された開口パターンと,
 前記プリント配線板への位置合わせ用のために前記開口パターンに近接して設けられ,交流電源による電解マーキングによって刻印された複数の認識マークと,
 を備えたことを特徴とするメタルマスク。

 2 主引用発明(甲1発明)
「半田ペーストをプリント配線板に印刷形成するために形成された開口部と,
 前記プリント配線板への位置合わせ用のために設けられ, マスクの一方の面に凹部が形成され,前記凹部の少なくとも底面に,前記一方の面の色と異なる色を有する金属層が形成されたアライメントマ ークと,を備えたことを特徴とする印刷用マスク」

 3 本件特許発明と主引用発明との相違点
(相違点3)(※その他の相違点1、2、4~6は省略)
 本件訂正発明1では,認識マークが,「交流電源による電解マーキングによって刻印される」のに対して,甲1発明では,アライメントマークは,「マスクの一方の面に凹部が形成され,前記凹部の少なくとも底面に,前記一方の面の色と異なる色を有する金属層が形成され」るものである点

 4 副引用発明
 ホルダー内に収容した被鍍金物の周面上にステンシルを密着させ,この25 ステンシルに表現されている数字や文字等のパターンにしたがって,上記被鍍金物の周面上の被鍍金部分に流動する鍍金液を接触させて電気鍍金することを特徴とするマーキング方法。

主な争点

 本件特許発明の進歩性の有無。具体的には引用発明と副引用発明との組合せが容易か否か。

判決文

「(2) 相違点3の容易想到性について
 上記(1)ウのとおり,甲3文献には,金属製の被加工物にマークを施す方法として,交流電源による電解マーキング法(甲3記載技術)が一般に採用されている旨が記載されており,相違点3に係る構成(認識マークが交流電源による電解マーキングによって刻印されること)が記載されているものといえる。
 そこで,本件出願時における当業者が,甲3記載技術を甲1発明に適用することを容易に想到することができたか否かについて,以下,検討する。
イ(ア)前記2(1)のとおり,甲1発明は,プリント配線板との位置合わせ用のマークであるアライメントマーク(認識マーク)を備えた金属製の印刷用マスクに関する発明である(甲1【0001】ないし【0003】)。また,アライメントマークは,印刷用マスクをプリント配線板に対して正しい位置に配置するためのものであり,カメラで読み取られるなどしてその位置座標が正確に認識されることによって位置合わせ用のマークとしての機能を果たすものといえる(甲1【0003】,【0004】)から,形成されるアライメントマークには,その形状や記載内容に係る精度よりも,マークの位置や輪郭の寸法に係る精度が強く求められるものということができる。
 他方で,上記(1)のとおり,甲3文献には,高速度鋼や超鋼合金製の工具類に文字や数字等のパターンをマーキングする方法として,甲3記載技術が従来の技術として挙げられるとともに,その課題を解決する手段として湿式鍍金法を用いたマーキング方法が記載されている。そして,甲3文献に記載されたこれらの技術は,高精度を要求されるドリル等の工具類に識別情報としての文字や数字等を表示するためのものであるから,マーキングされる文字や数字等には,その位置や大きさに係る精度よりも,文字や数字等としての明瞭さや高い解像度が強く求められるものということができる。
 これらの事情を考慮すると,甲1発明及び甲3記載技術は,各技術が属する分野が異なるものである上,技術の適用対象や要求される機能が異なるというべきである。
・・・(中略)
 (イ) 前記2(1)カによれば,甲1発明におけるアライメントマークの形成方法は,印刷用マスクに用いられる基板にエッチング法やレーザー加工法等によってあらかじめ凹部を設けた上で,当該凹部の少なくとも底部に電解めっき法等によって金属層を形成するというものである。これに対し,前記1(2)カ及び上記(1)ウによれば,甲3記載技術である交流電源による電解マーキング法においては,金属イオンの溶出及び再溶出 による凹みの発生と,溶出した金属イオンの付着及び再付着による皮膜の形成とは,同じ工程で行われるものと解すべきである(本件審決においても説示されているとおりである。)から,同法は,あらかじめ凹部を 形成するという工程を経ることなく被加工物の表面に皮膜を形成するというものである。このように,甲1発明と電解マーキング法は,あらかじめ凹部を形成するという工程を経るか否かという点において実質的に異なる金属層又は皮膜の形成方法であるから,技術の内容においても違いが存するものというべきである。
 また,このほか,本件において原告が証拠として提出した各文献において,電解マーキング法を甲1発明に適用し得ることが示唆されているといえるものは存しない。
 (ウ) 以上のとおり,甲1発明及び甲3記載技術は,技術分野や技術の適 用対象,要求される機能,材料,技術の内容の各点において異なるものである上,甲1文献その他の各文献において,甲3記載技術を甲1発明に適用し得ることを示唆する記載があるともいえないことからすれば,本件出願時における当業者において,甲3記載技術を甲1発明に適用する動機付けがあったということはできない。
ウ(ア) 前記2(1)ウ及びエのとおり,甲1発明は,従来の印刷用マスクにおいては,アライメントマークとして充填されたカーボン樹脂等が洗浄の 際に離脱してしまうという課題が存在したことから,このような離脱等を防止するとともに,確実にしかも容易に認識することができるアライメントマークを形成することを目的としている。そして,前記2(1)カのとおり,甲1発明においては,この課題を解決するための手段として,印刷用マスクに用いられる基板にあらかじめ凹部を設けた上で,当該凹部の少なくとも底部に金属層を形成する方法が採用されているところ,金属層を形成する方法としては電解めっき法等のめっき法が好ましいとされている(甲1【0024】)。
 (イ) 他方で,上記(1)のとおり,甲3文献においては,電解マーキング法 について,金属製の被加工物にマークを施す方法として一般に採用されているものの,欠点(1)ないし(4)を有することから,これらの欠点を克服するための方法として,電気鍍金(電解めっき)を用いた文字や数字等のマーキング方法を採用すべきである旨が記載されている。
 (ウ) そうすると,甲1文献においては,めっき法を採用するのが好ましいとされている一方で,甲3文献においては,甲3記載技術である電解マーキング法について,電解めっき法に劣るマーキング方法であると否定的な評価がされているのであるから,甲1文献及び甲3文献に接した当業者が,敢えてめっき法とは異なる甲3記載技術を甲1発明に適用しようとすることは考え難いというべきである。
 (エ) また,上記(ア)によれば,甲1発明においては,アライメントマークの耐久性や識別性等の向上がその目的とされているといえるのに対し,上記(1)エ(ア)のとおり,甲3文献においては,甲3記載技術について,「得られるマーキング皮膜は・・・安定した黒色皮膜を得ることが困難であり,皮膜の退色,離脱,溶出等の問題がある」(欠点(1)),「明瞭さに欠ける」(欠点(4))など,上記の甲1発明の目的を達することを阻害する欠点が存在する旨が記載されている。
 (オ) 以上の各事情を考慮すると,甲3記載技術を甲1発明に適用することについては,阻害要因があるというべきである。
エ 以上検討したところによれば,本件出願時における当業者において,甲3記載技術を甲1発明に適用する動機付けはなく,むしろ,これを適用することには阻害要因があったというべきである。」

検討

 本判決は、上記引用部分のように、一旦組合せの動機付けを否定したうえで、ダメ押し的に阻害要因の存在を指摘している。
 副引用発明が記載されている文献(甲3)には、副引用発明の欠点がいくつか記載されており、そのうちの一つが主引用発明の目的を阻害するような欠点であるということで、阻害要因が認定されても仕方がない件であったと考えられる。

以上
(文責)弁護士 篠田淳郎