【知財高裁令和2年7月8日判決(令和元年(行ケ)第10022号)審決取消請求事件】

【キーワード】
商標、類否、商標法4条1項11号

【判旨】
 本件は、株式会社マハラジャ(以下「原告」という。)の出願した商標に係る審決取消請求事件である。
 原告は、指定役務を第43類「インド料理の提供,インド料理を主とする飲食物の提供,アルコール飲料・茶・コーヒー又は果 実飲料を主とする飲食物の提供,ホテル・旅館における宿泊施設の提供」とする以下の商標(以下「本願商標」という。)を出願した(商願2017−168406号)。

 本願商標は、特許庁において、以下の引用商標(以下「引用商標1」いう。なお、引用商標1以外に、同様の引用商標2及び3が引用されているが、本稿では割愛する。)に基づき、4条1項11号により拒絶審決がなされた。そこで、原告は本件審決取消請求事件を提起した。

 本判決は、本願商標の要部を「Maharaja」の文字部分と認定した上で、証拠及び観念が類似することから誤認混同を生ずるおそれがあるとして、以下のとおり判示し、審決を維持した。

第1 判旨抜粋

1 類否判断
 引用商標1の構成中、中央の「Maharaja」の文字部分は、視覚上、その余の構成部分に比して、大きく表されている上、特徴的な文字で表されており、取引者、需要者に対して役務の出所標識として強く支配的な印象を与えるものであるから、引用商標1の要部として抽出できる。そして、引用商標1は、その要部である「Maharaja」の文字部分に相応して、「マハラジャ」の称呼及び「大王」の観念を生じるものである。
 本願商標と引用商標1・・・とを対比すると、その構成全体の外観は相違するが、本願商標の要部である「Maharaja」の文字部分と引用商標1の要部・・・である「Maharaja」の文字部分とは、書体は異なるが、つづりを共通にし、当該文字部分から生じる「マハラジャ」の称呼及び「大王」の観念を共通にするものである
 そうすると、本願商標と引用商標1・・・が本願商標の指定役務中「インド料理を主とする飲食物の提供」に使用された場合には、その役務の出所について誤認混同が生ずるおそれがあるものと認められるから、本願商標と引用商標1・・・は、それぞれ全体として類似していると認められる。

2 外観を重視すべきとの原告主張の排斥
 原告は・・・インド料理等を提供する店舗において、「マハラジャ」と称呼される店名の店舗が全国に多数あり、「マハラジャ」と称呼され、それによって「大王」の観念が生じる商標が店名として一般的に使用されているという取引の実情があり、このため需要者は、かかる商標の外観によって店舗を識別していることに鑑みれば、本願商標と引用商標1・・・の類否判断においては、称呼及び観念が共通しているとしても、外観上の相違が重要であるというべきであり、両者を本願商標の指定役務「インド料理の提供」等に使用した場合に当該役務の出所混同のおそれはないから、本願商標が引用商標1・・・に類似する商標であるということはできない旨主張する。
 NTTタウンページにおける業種分類「インド料理店」の2017年(平成29年)の登録件数は2162件であったことに照らすと、本件審決時において、インド料理店のウェブページに「マハラジャ」と称呼される文字を店名に含む店舗が14店舗存在するからといってインド料理等を提供する店舗において「マハラジャ」と称呼される店名の店舗が全国に多数あり、「マハラジャ」と称呼される商標が店名として一般的に使用されているという取引の実情があるものと認めることはできない。
 また、2019年(令和元年)9月から11月にかけてさいたま市内で「さいたマハラジャ2019」との名称の複数のカレー店舗を食べ歩き、各店舗でスタンプを集めて競い合うスタンプラリーのイベントが開催されたことが認められるが、このことからインド料理等を提供する店舗において「マハラジャ」と称呼される店名の店舗が全国に多数あることを裏付けることはできない。他に原告主張の取引の実情が存在することを認めるに足りる証拠はない。
 さらに、仮に原告の主張するようにインド料理等を提供する店舗において「マハラジャ」と称呼される店名の店舗が全国に多数存在するとしても、商標の構成文字は絶えず同じ態様で固定して用いるのではなく、使用場面に応じて書体や色彩を変更することが普通に行われていることに照らすと、「マハラジャ」と称呼される店名の店舗が全国に多数存在するからいって、需要者がインド料理等を提供する店舗において「マハラジャ」と称呼される店名に係る商標の外観によって店舗を識別している実情があるものということはできない

解説

 商標の類否判断は、外観・称呼・観念によって取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体に考察すべきものとされている(最高裁昭和43年2月27日判決、民集22巻2号399頁、氷山印(しようざん)事件)。
 外観・称呼・観念については、その重要性に軽重があるというものではなく、いずれもが、取引者に与える印象等を考察するための着眼点に過ぎない。かかる着眼点に基づき、取引の実情に照らして、需要者において誤認混同が生ずるという論理が成り立つ場合には、両商標は類似するということになる。
 そのため、原告は本件において、取引の実情に照らして需要者は専ら外観に着目するはずであるから、外観の異なる両商標は類似しないと主張したが、本判決はこれを否定した。本判決は、原告の提出証拠が不十分であることを挙げてその主張を排斥しており、商標出願において、大量の証拠に基づき事実を補強することの重要性が理解できる。
 ところで、本判決において原告が主張したところによれば、「マハラジャ」の名称を冠するインド料理店は、ウェブ上に14件存在するが、インド料理店は、地域密着型の個人商店も多く、ウェブサイトを有していない店も多数に上ると思われる。そして、その中には、「マハラジャ」との名称を冠する店舗が更に含まれていることが予想される。
 更に、マハラジャとの用語は「大王」との観念を生ずるが、例えば中華料理店について、全く異なる複数の事業者が「王朝」や「皇朝」の文字を用いていたり、フランス料理店について、同様に複数の事業者が「ロア」の文字を用いているような例も散見されるところである。
 このように考えると、引用商標1の出願時である平成4年当時はともかくとして、少なくとも現時点においては、「マハラジャ」との名称を冠するインド料理店について、需要者は、外観でも称呼でも観念でもなく、単に地域により出所を区別しており、商標それ自体は出所識別表示としての機能を十分に果たしていない可能性が高い。そのため、本件は、(特許庁における審査の段階で)4条1項11号によって引用商標1の出所識別機能を是認するような判断を行うのではなく、むしろ、3条1項1号ないし3号又は6号に基づき、特定の事業者に独占させることのない法理の適用による処理を行うことが本来は好ましかったのではないかと思われる。

以上
(文責)弁護士・弁理士 森下 梓