【令和2年9月17日(大阪地判 令和元年(ワ)第8916号) 商標権侵害差止等請求事件】

【事案の概要】

原告は、医療用品の輸入及び販売等を目的とする株式会社であり、次の登録商標(商標登録第5738219号)(以下「本件商標」といい、本件商標に係る商標権を「本件商標権」という。)を有している。

商標:

指定商品・役務:

第10類 医療用機械器具(「歩行補助器・松葉づえ」を除く。)

 

被告は、歯科用、動物用を含む医療機器全般の輸出入及び売買並びに修理及び保守点検等を目的とする株式会社であるところ、歯科技工用切削、研磨用品(以下、あわせて「被告商品」という。)を自らのウェブサイトにおいて販売する際に、販売する商品の分類名又は販売名として、「ジルコニアバー」というカタカナで構成された標章(以下「被告標章」という。)を同ウェブサイトに表示していた。

原告は、被告の当該表示行為について、本件商標権を侵害しているとして、被告に対し、商標法36条に基づく差止等請求及び民法709条に基づく損害賠償請求を行った。

 

【争点】

・商標法26条1項2号該当性

 

【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)

第1~第3(省略)

第4 当裁判所の判断

1・2(省略)

3 争点⑵ア(商標法26条1項2号の関係)

⑴ 歯科技工用切削、研磨用品の一般的な名称の付け方について

前記認定したところによれば、歯科技工用切削、研磨用品の先端部品には、様々な材質、色、形状のものがあり、使用者は、用途や目的、ハンドピースとの適合性等に応じて、複数の先端部品を日常的に使い分けている。

このような使用態様から、先端部品の名称としては、材質、形状、用途等を分かりやすく表すものが求められており、特に、研磨剤の材質は、前記1⑴のとおり、カタログ等において「○○製」と記載されたり、その特性を説明されたりすることが多く、歯や歯科用技工物を切削・研磨するという使用目的に鑑みて重要かつ需要者の注目度が高い要素であるから、名称に取り入れられることが多い。

また、先端部品であることを示したり、その形状や用途を表したりするために、「バー」、「カッター」、「フィニッシャー」、「ポリッシャー」、「ポイント」といった単語も、一般的に使用されていた。

そうすると、被告標章が使用された平成27年から平成30年にかけて、歯科技工用切削、研磨用品の取引者、需要者の間においては、歯科技工に用いるハンドピースの先端部品について、素材、材質を示す言葉と、形状、用途を示す言葉とを組み合わせた先端部品の名称により表示することは一般的に行われており、その意味するところは、取引者、需要者の間では容易に認識、理解されるものと考えられる。

⑵ 「ジルコニアバー」という名称について

ア 「ジルコニア」について

「ジルコニア(zirconia)」は、ジルコニウムが酸化した「二酸化ジルコニウム」の通称であり、模造ダイヤモンドともいわれる物質である。このことは、化学用語の辞典だけではなく、広辞苑(第7版)や大辞林(第3版)といった一般的な辞書にも記載されており、「ジルコニア」の正確な化学的組成についてはともかく、それが化学的、工業的な物質や材質を意味する単語であることは、一般的な知識であるということができる(乙6の1ないし4、乙7の2)。

また、平成23年の時点でジルコニアバーの表示が(乙10の3)、平成26年の時点でジルコニアダイヤモンドバーあるいはプレミアタフジルコニアバーの表示がなされていることから(乙15、18)、被告標章が使用された平成27年の時点では、ハンドピースの先端部分の素材を「ジルコニア」と表記することは一般的であったと認められる。

イ 「バー」について

前記認定のとおり、遅くとも平成22年以降、医療用歯科技工用の先端部品の名称として「バー」は広く用いられており、本件商標のように「bar」(棒状のもの)の意味で用いられている可能性も否定はできないが、既に検討したとおり、「bur」(歯や骨を削る道具)の意味で使われている場合が多いと考えられ、このことは、「バー」と表記される先端部品の形状が必ずしも棒状のものに限られないこととも整合する。

そうすると、被告標章が使用された平成27年の時点では、歯科技工用切削、研磨用品の取引者、需要者にとって、「バー」という語は、上記いずれの意味であったとしても、ハンドピースの先端部品を指す一般的な名称として認識されていたと考えられる。

ウ まとめ

以上によれば、「ジルコニアバー」という名称は、平成27年の時点において、材質を表す「ジルコニア」と、ハンドピースの先に用いる先端部品であることを指す「バー」という2つの単語を組み合わせた名称であって、そのいずれの意味も一般的に知られていたところ、特に歯科技工用切削、研磨用品の需要者、取引者にとっては、この名称から、ジルコニアを研磨剤として使用する先端部品であることを容易に認識、理解することができるものであったと認められる。

⑶ 被告による被告標章の使用態様について

被告は、前記認定のとおり、歯科医院向け技工用器材その他を販売する被告のウェブサイトにおいて、ハンドピース用の器材であるとして、被告商品のカテゴリー名、各商品の名称の一部及び販売名として、被告標章を表示していたものであって、他のカテゴリーに属する被告の商品として、「ダイヤモンドバー」、「カーバイドバー」、「スチールバー」その他があることを前提に、普通の字体で表示していたにすぎない。

以上によれば、被告標章の記載は、平成27年の時点において、被告商品の原材料及び用途又は形状を「普通に用いられる方法で表示する」にすぎないものであったと認めることができる。

⑷ まとめ

そうすると、被告による被告標章の使用は、商標法26条1項2号により、本件商標権の効力が及ばないものであったということができ、前記2の判断にかかわらず、商標権侵害は成立しないというべきである。

 

 

【検討】

1 商標法26条1項2号について

商標法26条1項各号は、商標権の効力が及ばない範囲を定める規定である。商標権侵害訴訟において、同項各号に該当することは、抗弁事由として主張される。

同項2号では、指定商品若しくはこれに類似する商品の「普通名称、産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格」等を「普通に用いられる方法で表示する商標」について商標権の効力が及ばないことが定められている。これは商標法3条1項1号及び3号に対応する規定であり、識別力のない第三者の商標の使用の確保等を趣旨とする。

 

2 本件について

本件は、「ジルコニアバー」との被告標章について、原告商標との類似性は肯定しつつ、商標法26条1項2号に該当すると判断された事案である。

当該判断は、①被告商品である歯科技工用切削、研磨用品についての取引の実情(一般的な名称の付け方)、②被告標章を構成する単語に関する事情、③被告標章の使用態様、として、以下の事実を踏まえてなされたものと考える。

【①被告商品である歯科技工用切削、研磨用品についての取引の実情】

  • 使用者は目的に応じて様々な材質等の先端部品を使い分けていること
  • 先端部品の材質等は使用目的に鑑みて重要かつ需要者の注目度が高い要素であるから、名称に取り入れられることが多いこと
  • 先端部品であることや形状用途を表すために「バー」との単語も一般的に使用されていること

【②被告標章を構成する単語に関する事情】

  • 「ジルコニア」は物質や材質を意味する単語であること
  • 実際に「ジルコニアバー」との表示がなされていたこと
  • 先端部品の名称として、「bur」(歯や骨を削る道具)の意味で使われている場合が多いこと

【③被告標章の使用態様】

  • 被告のウェブサイトでは、ハンドピース用の器材であるとして、被告商品のカテゴリー名、各商品の名称の一部及び販売名として、被告標章を表示し、他のカテゴリーに属する被告の商品として、「ダイヤモンドバー」等があることを前提に、普通の字体で表示していたこと

商標権侵害訴訟で被告となり、商標法26条1項2号該当性を主張する場合、上記の①~③の観点を意識することが重要といえる。

 

                                                                                                                                                                                                        以上

弁護士 市橋景子