【知財高判令和2年6月17日(令和元年(行ケ)第10164号)】

【キーワード】
自他商品識別力

【判旨】
 本願商標は,需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができない商標であるから,商標法3条1項6号に該当する。

事案の概要

1.はじめに
 本件は,商標登録出願拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,商標法3条1項6号該当性である。

2.特許庁における手続の経緯等
 原告は,以下の商標(以下,「本願商標」という。)について,商品区分第14類,第16類,第18類及び第24類に属する商品を指定商品として,平成30年4月17日に商標登録出願(商願2018-49161)をし,同年7月4日に手続補正をして,指定商品は,以下のとおりとなった。

(本願商標。裁判所ウェブサイトより引用)

【第14類】
キーホルダー,キーホルダー用のチェーン,キーホルダー用キーヘッドカバー,根付,身飾品(「カフスボタン」を除く。),時計
【第16類】
紙類,文房具類,印刷物,書画,写真,写真立て,事務用又は家庭用ののり及び接着剤,あて名印刷機,印字用インクリボン,自動印紙はり付け機,事務用電動式ステープラー,事務用封かん機,消印機,製図用具,タイプライター,チェックライター,謄写版,凸版複写機,文書細断機,郵便料金計器,輪転謄写機,紙製包装用容器,プラスチック製包装用袋,紙製のぼり,衛生手ふき,紙製タオル,紙製テーブルナプキン,紙製手ふき,紙製ハンカチ
【第18類】
かばん類,財布,袋物,携帯用化粧道具入れ,皮革製包装用容器,愛玩動物用被服類,傘,ステッキ,つえ,つえ金具,つえの柄,皮革
【第24類】
布製身の回り品(「タオル・ハンドタオル・バスタオル・手ぬぐい・ハンカチ・ふくさ・ふろしき」を含む。),織物,フェルト及び不織布,かや,敷布,布団,布団カバー,布団側,まくらカバー,毛布,織物製テーブルナプキン,織物製トイレットシートカバー,織物製いすカバー,織物製壁掛け,カーテン,テーブル掛け,どん帳

 原告は,平成30年10月16日付けで拒絶査定を受けたので,同年12月20日,これに対する不服の審判(以下,「本件審判」という。)を請求した(不服2018-16957)が,特許庁は,令和元年10月23日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下,「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年11月5日に原告に送達された。

3.本件審決の理由の骨子
 本願商標は,「I」の欧文字とハート型図形とを横に並べたもの(以下,「Iハート図形」という。)とその下に「JAPAN」の欧文字を書してなるものである。Iハート図形は,全体として「私は~が大好きです。」程の意味合いを表す英語の「I LOVE ~」を端的に表意するものとして広く用いられている。I ハート図形とその横又は下に何らかの文字を結合してなる構成の表示は,いずれもありふれたものであって,現在多数人により使用されている態様というのが相当である。
 Iハート図形と,その横又は下に何らかの文字を結合してなる表示は,当該表示に関する取引の実情から,何らかの文字が表すものに対して愛着の気持ち等を表す商品のデザインとして,また,その何らかの文字が「地名」である場合は,当該表示された地域や都市に対する愛着の気持ちを表す商品のデザイン,又はその土地の土産物において客の関心をひくための商品のデザイン等として,さらに,「地名」が「JAPAN(日本)」である場合は,日本又はスポーツの日本代表チームなど日本に属するものに対して愛国や愛着の気持ち等を表す商品のデザイン,又は日本の土産物において客の関心をひくための商品のデザイン等として,例えば,被服等の同業者間で,商品に直接表示等することにより,広く使用されているものである。
 そうすると,本願商標は,日本又はスポーツの日本代表チームなど日本に属するものに対して愛国や愛着の気持ち等を表す商品のデザイン,又は日本の土産物などにおいて客の関心をひくための商品のデザイン等として広く用いられているものであって,また,その構成自体もありふれているものと認められるから,本願商標は,誰もがその使用を欲するものと判断するのが相当である。
 以上からすると,本願商標は,その指定商品について使用しても,これに接する需要者は,「私は日本が大好きです。」程の意味合いを表すものであって,日本又はスポーツの日本代表チームなど日本に属するものに対して愛国や愛着の気持ちを表す商品のデザイン,又は日本の土産物において客の関心をひくための商品のデザイン等と認識,理解するにとどまるものであるから,本願商標は,自他商品の識別標識とは認識し得ないものといわざるを得ない。
 したがって,本願商標は,需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができない商標というべきであるから,商標法3条1項6号に該当する。

判旨等(-請求棄却-)

1.原告の主張
(1)総論
 原告は,取消事由1として,商標法3条1項6号該当性の判断の誤りを,取消事由2として,裁量権の逸脱・濫用を主張している。ここでは,取消事由1のみをとりあげる。

(2)取消事由1
 取消事由1では,次のような主張がされている。

  • ① 本件審決が示した証拠であるインターネット上の商品販売サイトのウェブページの内容から,本願商標が「広く用いられている」とか「構成自体もありふれている」と認めることはできない,
  • ② 本件審決は,本願商標自体ではなく,本願商標とは無関係な文言の記載やデザインを根拠として本願商標に接した需要者の認識,理解について判断しており,このような判断手法及び判断内容には誤りがある,
  • ③ 本願商標を需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができない商標と評価することはできない,
  • ④ 本件審決から僅か数か月前の令和元年7月においても,「I❤TOKYO」が商標登録されていることからすると,「Iハート図形+地名」表示には,自他商品の識別力が認められることは明らかである。また,原告が出願した本願商標と同一の標章である「I❤JAPAN」(指定商品第30類)は,本件審決から1年4か月程前の平成30年6月に商標登録されているから,同月時点においては,「I❤JAPAN」に自他商品識別力が認められたことは明らかである,
  • ⑤ 原告が,本願商標と同一の標章について商標登録を受け,当該商標を表示した商品を約10万点生産及び販売してきた実績があること,他方で,本願商標と同一又は類似標章が「広く用いられている」とは認められないことを踏まえると,本願商標は,十分に自他商品識別力を有している,

 したがって,本願商標は,需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができない商標であるとはいえないことは明らかであるから,本願商標が商標法3条1項6号に該当するとした本件審決の判断には誤りがある。

2.裁判所の判断
「本願商標は,「私は,日本が大好きです。」の意味合いとして容易に理解されるものであり,日本においては,Iハート図形の横又は下に「地名」を結合した表示は,結合した当該地名が表す場所に対する愛着の気持ち等を表す表示又は当該地名が表す場所の土産物などとして客の関心をひくための表示として,また,Iハート図形の横又は下に「JAPAN」を結合した表示は,日本又はスポーツの日本代表チームなど日本に属するものに対する応援の気持ちを表す表示として,被服を取り扱う事業者やステッカーを取り扱う事業者等の事業者によって使用されていることが認められるから,本願商標をその指定商品に使用した場合,本願商標に接する取引者,需要者は,これを,日本に対する愛着の気持ちや日本に属するものに対する応援の気持ちを表現したものあるいは日本の土産物を示すものと認識するにすぎないと認められる。そうすると,本願商標は,自他商品の識別力を有さないというほかない。
 したがって,本願商標は,需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができない商標であるから,商標法3条1項6号に該当することになる。」

「証拠…及び弁論の全趣旨によると,電子商取引サイトであるAmazon.co.jp の日本における取扱品目数は,平成27年当時で2億点(公表値),売上高は1兆円と算出され,Yahoo!ショッピングの取扱品目数は,平成29年当時で2億8000万点を超え,楽天市場の取扱品目数は,令和元年12月時点で2億7000万点を超えていること,日本国内の消費者向けの電子商取引の市場規模は,平成30年には約18兆円に達していることが認められる。
 しかし,…本願商標と同様に「Iハート図形+地名」の形をとる「Iハート図形+NY」の表示が,既に40年以上使用されている上に,日本国内においても,…使用例が29件存在していたことからすると,これらのウェブサイトにおける閲覧実績や販売実績を検討するまでもなく,本願商標は,…自他商品識別力を有しないものと認められる。」

「原告は,本願商標と同種の商標が商標登録されていることから,本願商標には自他商品識別力があると主張する。…
 しかし,本願商標に自他商品識別力が認められないことは既に判示したとおりであるところ,商標法3条1項6号該当性の判断は,個別具体的に検討,判断されるものであるから,上記(※筆者注:本願商標と同種の商標)…の商標登録がされているからといって,本願商標に自他商品識別力があると認めることはできない。」

 なお,裁判所は,本願商標に自他商品識別力が認められないことを理由として,その他の原告の主張もすべて排斥している。

検討

1.商標法3条1項
(1)条文の内容
 商標法3条1項は,次のとおり規定している。
「(商標登録の要件)
第3条 自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。
一~五(略)
六 前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」

(2)規定の趣旨1
 商標法3条1項各号の要件は,旧商標法1条2項が規定していた「特別顕著ナルモノナルコト」(特別顕著性)という要件に代わるものとして現行法に採用されたものであり,旧法が解釈に委ねていた特別顕著性について具体的に定めたものとされている。すなわち,旧法にいう「特別顕著」について,これを自他商品の識別力をいうものであるとする見解と,商標を構成する文字,図形等の各要素との結合が明瞭であるとする見解が存在したところ,現行法は前者の見解を採用し,商標の登録要件として規定したものであるとされている。
 「識別力」とは,商標が特定の出所を示す力のことであり,要するに出所表示機能を発揮しうることである。商標法3条1項6号及び同条2項にいう「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識すること」とは,まさに識別力を指すものであるように読める。
 しかしながら,今日の判例・学説においては,上記の意味での識別力概念のみで商標法3条を説明するという立場はほとんど採用されていない。ワイキキ事件判決2は同条1項3号の趣旨を独占適応性を欠くことに(も)求めており,また,このように独占適応性概念を用いて同項の趣旨を説明することは学説上も有力である。

2.裁判所の判断について
 判示では,独占適応性に関する言及はないが,この点も考慮されている可能性は高いと考えられる。本願商標と同一(登録番号第6053228号)又は類似の商標が商標登録されているにもかかわらず,本願商標が商標法3条1項6号に該当すると判断されたことについては,その特許庁の判断に疑問がないわけではないが,過去の登録商標については裁判所の判断を経たものではないので,本判決のような結論となることは,当然ありうるところである。

以上
(文責)弁護士 永島太郎


1 金井重彦等「商標法コンメンタール」40頁
2 最判昭54・4・10判時927号233頁。記述的商標が「取引に際し必要適切な表示としてなんぴともその使用を欲するものであるから,特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに,一般的に使用される標章であって,多くの場合自他商品識別力を欠き,商標としての機能を果たし得ないものであることによる」と判示している。