【知財高裁令和2年12月2日判決(令和2年(行ケ)第10098号)審決取消請求事件】

【キーワード】
無効審判、審決取消訴訟、参加人、被告適格、特許法148条1項

【概要】
 本件は、特許権の存続期間の延長登録を無効とする審決に対する取消訴訟である。
 原告東レ株式会社(以下「原告」という。)は、止痒剤に係る特許第3531170号の特許権者であり、出願2017−700310号に係る5年の延長登録(以下「本件延長登録」という。)を受けた。
 被告沢井製薬株式会社は、本件延長登録について無効2020−800004号審判事件(以下「本件審判」という。)を請求し、被告ニプロ株式会社(以下「被告ニプロ」という。)は、本件審判に特許法148条1項に基づき参加した。
 特許庁は、本件延長登録を無効とする審決を為したため、原告は本件取消訴訟を提起した。
 裁判所は、以下のとおり特許法148条1項に基づく本件審判の参加人である被告ニプロに、取消訴訟の被告適格を認めた。

判旨抜粋

 特許法148条1項は、「第132条第1項の規定により審判を請求することができる者は、審理の終結に至るまでは、請求人としてその審判に参加することができる。」として、1項参加人が、特許無効審判又は延長登録無効審判(以下、併せて単に「無効審判」という。)に「請求人」として参加することを明記している。したがって、1項参加人は、特許法179条1項の「請求人」として、被告適格を有するものと解される。
 また、1項参加をすることができるのは無効審判を請求できる者に限られ、かつ、1項参加人は、特許法148条4項のような規定がなくても、当然に一切の審判手続をすることができるとされている上、被参加人が請求を取り下げても審判手続を続行できるとされている(同条2項)。これらのことは、1項参加人が、正に「請求人」としての地位を有することを示しており、そのことからしても、1項参加人は被告適格を有するものと解することができる。したがって、本件において、被告ニプロは、被告適格を有するものと認められ、被告適格が欠けることを理由とする被告ニプロの本案前の抗弁は理由がない。
 被告ニプロは、①1項参加人と3項参加人の間には、参加人となるための要件や地位が実質的に異ならない、②審判便覧・・・によると、1項参加人も原則として任意に取下げができるとされていること、③参加の申請において「請求」が定立されていないこと、④1項参加人が特許法148条1項に基づいて「請求人」となるのは、被参加人が請求を取り下げ、1項参加人が審判手続を続行した場合に限られること、⑤1項参加人に被告適格を認めなくても手続保障に欠けることはないし、被告適格を認めることが当事者の意思に反し、かつ、弊害が生じるなどと主張し、1項参加人は、被告適格を有しないと主張するので、以下、検討する。
(1)上記①について
 1項参加をすることができるのは、「第132条第1項の規定により審判を請求することができる者」であるのに対し、3項参加することができるのは、「審判の結果について利害関係を有する者」であって、参加するための要件が異なっている上、特許法148条2項にあるとおり、1項参加人は、3項参加人とは異なり、被請求人が請求を取り下げた後においても、審判手続を続行することができるとされているなど、その地位についても異なっているから、1項参加人と3項参加人とで、審決取消訴訟の被告適格について異なった取扱いをしても不合理とはいえない。
(2)上記②、③について
 審判便覧・・・によると、1項参加人も3項参加人と同様、被参加人が審判請求を取り下げない限り、被請求人が答弁書を提出した後でも、被請求人の同意なく参加を取り下げることができるとされている。また、1項参加の申請に際して、特 許法施行規則様式第65によると、参加申請書に「請求」を記載することは求められていない。
 しかし、審判便覧の上記取扱いについては、被参加人が取下げをしない限り、特許法155条2項が保護しようとしている被請求人の利益、すなわち、審決を得て、審判請求の理由がないことを確定するという利益の保護は図られているのであるから、その段階で1項参加人の取下げについて被請求人の同意を要する実益は乏しいことから、上記のように取り扱われていると解され、上記の取扱いが、1項参加人が「請求」を定立していないことに基づくものとはいえず、1項参加人が特許法179条1項の「請求人」に当たらないことの理由とはならない。
 また、特許法施行規則様式65についても、1項参加人の請求は、被参加人の請求と同一のものであるとの理解の下に上記のような様式が定められていると解され、そのことから1項参加人が「請求」を定立していないということはできず、1項参加人が、特許法179条の「請求人」に当たらないことの理由とはならない。
(3)上記④、⑤について
 特許法148条1項は、被参加人が請求を取り下げた場合に限り、1項参加人が「請求人」となるとは規定しておらず、1項参加人が同項に基づいて「請求人」となるのは、被参加人が審判請求を取り下げ、1項参加人が審判手続を続行した場合に限られると解することはできない。
 また、1項参加人に審決取消訴訟の被告適格を認めることが1項参加人の意思に反する事態を招来するとは認められない。1項参加人が多数いるからといって、そのことにより、訴訟手続がいたずらに煩雑化したり、遅延を招いたりして、訴訟経済に反するとは認められない。
 さらに、被告ニプロは、審決取消訴訟の係属中に被参加人が無効審判請求を取り下げた場合、「請求人」として1項参加人が審決取消訴訟を受継することができると主張するが、いかなる法的根拠に基づいてそのような「受継」ができるのか明らかではない。また、仮に、このような「受継」をすることができたとしても、1項参加人が受継した時点での訴訟の進行状況によっては、主張立証が制限されることもあり得るといえ、1項参加人の手続保障に欠けるところがないとはいえない。

考察

 特許法179条は、以下のとおり、当事者系無効審判については、「審判・・・の請求人又は被請求人を被告としなければならない。」と規定する。

(被告適格)
第百七十九条 前条第一項の訴えにおいては、特許庁長官を被告としなければならない。ただし、特許無効審判若しくは延長登録無効審判又はこれらの審判の確定審決に対する第百七十一条第一項の再審の審決に対するものにあつては、その審判又は再審の請求人又は被請求人を被告としなければならない。

 一方、同148条1項は、審判を請求することができる者は・・・請求人としてその審判に参加することができる」と規定する。

(参加)
第百四十八条 第百三十二条第一項の規定により審判を請求することができる者は、審理の終結に至るまでは、請求人としてその審判に参加することができる。
2 前項の規定による参加人は、被参加人がその審判の請求を取り下げた後においても、審判手続を続行することができる。
3 審判の結果について利害関係を有する者は、審理の終結に至るまでは、当事者の一方を補助するためその審判に参加することができる。
(以下略)

 本判決は、上記特許法148条1項において、1項参加人が「請求人として」参加することができると規定されていること、更には同2項において、請求人の請求取下げ後も手続を続行できると述べられていることを根拠として、1項参加人の被告適格を認めた。
 もっとも、特許法上、請求人及び被請求人については「当事者」という文言が用いられ、特許法148条1項及び3項の「参加人」とは明確に書き分けられており、1項参加人を「請求人」と呼称するのは、同1項の上記記載に限られる。例えば同じ特許法148条においても、1項参加人は、同2項で「前項の規定による参加人は」と記載され、特許法の条文上、「請求人」とは書き分けられている。そのため、特許法148条の規定の文言解釈のみによって1項参加人に被告適格を与えることには些かの不安がある。
 医薬特許の無効審判における請求人側の1項参加人であるジェネリックメーカーは、本件訴訟において被告ニプロが主張するように、無効審判の進行を注視して上市の時期を見極め、かつ請求人が無効審判を取り下げるような場合に審判手続の続行を試みることを目的として手続に参加する。そのため、1項参加人が請求人から離れて独立して主張を行う場合は限られており、通常は、傍観者として名を連ねている場合が多いと思われる。
 もっとも、仮に1項参加人が無効審判の審理手続に積極的に加わらず、傍観者として振る舞うとしても、それは参加人側の都合であり、手続上は請求人と同一に振る舞い得る地位にあるのであるから、審決取消訴訟において被告として訴えを提起されることも甘受すべきである(なお、審決取消訴訟において被告に加われないとすれば、同訴訟で自らの主張を行うことのできない不利益は参加人に生ずる。そのため、本件においてなぜ被告ニプロが訴えの却下を求めたのかは定かでない。)。
 また、特許法167条によれば、審決が確定したときは、「当事者及び参加人は、同日の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない」とされており、有効審決の場合、請求人のみならず、参加人にもその効力が及ぶ。そして、特許法178条2項により、参加人は有効審決に対して審決取消訴訟を提起することが可能である。これに対し、無効審決の場合に特許権者が参加人を被告とできない道理はないように思われる。
 従前は取扱いが明確でなかった部分であり、実務上参考になる裁判例である。

以上
(筆者)弁護士・弁理士 森下 梓