【令和2年12月3日判決(知的財産高等裁判所 令和元年(行ケ)第10117号)】

【経緯】
平成27年7月13日 特許出願
平成29年2月17日 特許権の設定登録
平成29年8月30日以降 3件の特許異議申立て
平成31年3月11日 特許権者が訂正請求(以下「本件訂正」という。)
令和元年7月31日 特許庁が,「特許第6093811号の請求項1ないし21に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)
令和元年9月6日 特許権者(原告)が本件決定の取消請求

【キーワード】
特許法第120条の5第9項,特許法第126条第5項,訂正,新規事項の追加,特許法第17条の2第3項

【争点】
 刊行物3発明に基づく新規性・進歩性判断,登録時発明2~7が進歩性を欠くとの判断など複数の争点があるが,本稿においては,本判決において判断された,新規事項の追加についての判断のみ紹介する。

【登録時請求項1】
 特許登録時の請求項(以下「登録時請求項」という。)1を分説すると以下のとおりである。
 a 格納庫へ搬送される車両が載置され,前記車両の運転者が前記車両に乗降可能な乗降室が設けられる機械式駐車装置であって,
 b 人による安全確認の終了が入力される入力手段と,
 c 人の前記乗降室への入退室を検知する入退室検知手段と,
 d 前記入力手段に前記安全確認の終了が入力されている状態で,前記車両の搬送を実行する制御手段と,を備え,
 e 前記制御手段は,前記入力手段に前記安全確認の終了が入力された後に,前記入退室検知手段によって前記乗降室への人の入室が検知された場合,前記入力手段への前記安全確認の終了の入力を解除する
 f 機械式駐車装置。

【訂正後請求項1】
 本件訂正後の請求項(以下「訂正後請求項」という。)1を分説すると以下のとおりである(下線は訂正によって付加された)。
 A 格納庫へ搬送される車両が載置され,前記車両の運転者が前記車両に乗降可能な乗降室が設けられる機械式駐車装置であって,
 B 前記車両の運転席側の領域の安全を人が確認する安全確認実施位置の近辺及び前記運転席側に対して前記車両の反対側の領域の安全を人が確認する安全確認実施位置の近辺のそれぞれに配置され,人による安全確認の終了が入力される複数の入力手段と,
 G 前記乗降室の外側に設けられた操作盤に配置され,前記車両の搬送の許可が入力される許可入力手段と,
 C 人の前記乗降室への入退室を検知する入退室検知手段と,
 D 前記入力手段に前記安全確認の終了が入力されている状態で,前記許可入力手段への操作が行われた後に,前記車両の搬送を実行する制御手段と,を備え,
 E 前記制御手段は,いずれかの前記入力手段に前記安全確認の終了が入力された後から,前記許可入力手段への操作が行われるまでの間に,前記入退室検知手段によって前記乗降室への人の入室が検知された場合,前記入力手段への前記安全確認の終了の入力を解除する
 F 機械式駐車装置。

【本件決定の趣旨】(以下,下線等の強調は筆者が付した。)
 本件決定は,訂正後請求項1の「安全確認実施位置」やその「近辺」は,本件明細書等の記載によれば,カメラとモニタを介さずに,車両の左右に移動して直接目視により確認する場合は,乗降室内の車両の右側及び左側を意味し,カメラとモニタを介して確認する場合は,乗降室内の車両の右側及び左側に加えて,乗降室外の操作盤,操作盤近傍及びその他乗降室外を意味するものであり,その他の位置,特にカメラとモニタを介さずに,車両の左右を直接目視により確認する場合において,安全確認実施位置となり得る乗降室外の場所を示唆する記載も見当たらないことから,制御盤22周辺や,その他乗降室外は,車両の運転席側の領域及び助手席側の領域の安全を人が確認することができる安全確認実施位置とはいえないとしたうえで,カメラとモニタを介さずに車両の左右を直接目視により確認する場合において,安全確認実施位置が乗降室外を含むことは,本件明細書等に記載した事項の範囲を超える。よって,請求項1に係る訂正事項は新規事項を追加する訂正であると判断した。

裁判所の判断

 取消事由1(新規事項の追加についての判断の誤り)について

 本件決定が,本件訂正は新規事項の追加に当たるとする理由は,本件明細書等においては,駐車装置の利用者(以下「確認者」という。)が乗降室内の安全等を確認する位置(訂正後請求項1の「安全確認実施位置」)及びその近傍に位置する安全確認終了入力手段は,原則として乗降室内にあるものとされ,例外的に,確認者がカメラとモニタを介して安全確認を行う場合にのみ,乗降室外とすることができるものとされているにもかかわらず,訂正後請求項1においては,確認者が直接の目視によって安全確認を行う場合にも,安全確認実施位置と安全確認終了入力手段を乗降室外とする(以下,これを「乗降室外目視構成」という。)ことができることとなり,この点において,本件明細書等には記載のない事項を導入することになるというものであり,本訴における被告の主張もこれと同旨である。
 ところで,訂正後請求項1の構成Bは,「前記車両の運転席側の領域の安全を人が確認する安全確認実施位置の近辺及び前記運転席側に対して前記車両の反対側の領域の安全を人が確認する安全確認実施位置の近辺のそれぞれに配置され,人による安全確認の終了が入力される複数の入力手段と,」と定めるのみであって,安全確認実施位置や安全確認終了入力手段の位置を乗降室の内とするか外とするかについては何ら定めていないから,乗降室外目視構成も含み得ることは明らかである。
 そこで,本件明細書等の記載を検討してみると,たしかに,確認者が目視で安全確認を行う場合に関する実施例1,2,4においては,安全確認終了入力手段は乗降室内に設けるものとされ,確認者がカメラとモニタによって安全確認を行う実施例3においてのみ,安全確認終了入力手段を乗降室の内,外に複数設けてもよいと記載されている(【0090】)のであって,乗降室外目視構成を前提とした実施例の記載はない。しかしながら,これらはあくまでも実施例の記載であるから,一般的にいえば,発明の構成を実施例記載の構成に限定するものとはいえないし,本件明細書等全体を見ても,発明の構成を,実施例1~4記載の構成に限定する旨を定めたと解し得るような記載は存在しない。
 他方,発明の目的・意義という観点から検討すると,安全確認実施位置や安全確認終了入力手段は,乗降室内の安全等を確認できる位置にあれば,安全確認をより確実に行うという発明の目的・意義は達成されるはずであり,その位置を乗降室の内又は外に限定すべき理由はない(被告は,このような解釈は,本件明細書【0055】【0064】を不当に拡大解釈するものであるという趣旨の主張をするが,この解釈は,本件明細書等全体を考慮することによって導き得るものである。)。
 この点につき,被告は,乗降室の外から目視で乗降室内の安全を確認することは極めて困難ないし不可能であると考えるのが技術常識であるから,本件明細書等において,乗降室外目視構成は想定されていないという趣旨の主張をする。しかしながら,乗降室に壁のない駐車装置や,壁が透明のパネル等によって構成されている駐車装置等であれば,乗降室の外からでも自由に安全確認ができるはずであるし(その1つの例が,別紙2の駐車装置である。なお,被告は,本発明は,「格納庫」へ車両が搬送される機械式駐車装置の発明であることや,本件明細書等の図1の記載から,乗降室の外から乗降室内を目視することはできないと主張するが,「格納庫」が外からの目視が不可能な壁によって構成されていなければならない理由はないし,上記図1は,実施例1の構成を示したものにすぎず,駐車装置の構成が図1の構成に限定されるものではない。),仮に乗降室が外からの目視が不可能な壁によって構成されている場合でも,出入口付近の適切な位置に立てば(したがって,そのような位置やその近傍を安全確認実施位置として安全確認終了入力手段を配置すれば),乗降室外からであっても,目視により乗降室内の安全確認が可能であることは,甲19の報告書が示すとおりであり,いずれにせよ被告の主張は失当である。また,仮に被告の主張が,訂正後請求項1は,安全確認実施位置や安全確認終了入力手段が,目視による安全確認が不可能な位置にある場合までも含むものであるという意味において,本件明細書等に記載のない事項を導入するものであるというものであるとしても,「安全確認実施位置」とは,安全確認の実施が可能な位置を指すのであって,およそ安全確認の実施が不可能な位置まで含むものではないと解されるから,やはり,その主張は失当である。

検討

 ⑴ 訂正請求の範囲
 特許権者が,特許異議申立てをされ,特許請求の範囲の訂正請求をする場合は,その訂正は,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」においてする必要がある(特許法第120条の5第9項が準用する特許法第126条第5項)。

 ⑵ 裁判例
 明細書等に記載した事項の意味については,裁判例(知財高判平成20年5月30日(平成18年(行ケ)10563号))が,以下のとおり,一般的な解釈指針を示している。
 「明細書又は図面に記載した事項」とは,技術的思想の高度の創作である発明について,特許権による独占を得る前提として,第三者に対して開示されるものであるから,ここでいう「事項」とは明細書又は図面によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ,「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる
 そして,同法134条2項ただし書における同様の文言についても,同様に解するべきであり,訂正が,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
 もっとも,明細書又は図面に記載された事項は,通常,当該明細書又は図面によって開示された技術的思想に関するものであるから,例えば,特許請求の範囲の減縮を目的として,特許請求の範囲に限定を付加する訂正を行う場合において,付加される訂正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や,その記載から自明である事項である場合には,そのような訂正は,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入しないものであると認められ,「明細書又は図面に記載された範囲内において」するものであるということができるのであり,実務上このような判断手法が妥当する事例が多いものと考えられる。

 ⑶ 本判決
 本判決は,上記裁判例のように一般的な解釈基準を示していない。
 しかし,本判決は,まず,「本件明細書等の記載を検討してみると」として,明細書等に明示的な記載があるかどうかを検討し,明示的な記載がないことを確認した上で,発明の目的・意義という観点から検討し,安全確認実施位置や安全確認終了入力手段は,乗降室内の安全等を確認できる位置にあれば,安全確認をより確実に行うという発明の目的・意義は達成されるはずである旨解釈した。そして,この解釈は,「本件明細書等全体を考慮することによって導き得るものである」と判示しているが,この判示内容は,上記裁判例の「その記載から自明である事項である場合」と同趣旨だと考える。
 被告は,「乗降室の外から目視で乗降室内の安全を確認することは極めて困難ないし不可能であると考えるのが技術常識である」と主張した。
 確かに本件明細書の図1及び図2を見れば,当該主張はあながち不合理なものともいえない。しかし,本判決の別紙2のように,乗降室に壁のない駐車装置であれば,乗降室の外から目視で乗降室内の安全を確認することは可能といえる。被告の主張は,技術常識の判断の基礎となる事実(乗降室に壁のない駐車装置はない)の認識に誤りがあったものと思われる。
 本判決は,事例判例ではあるものの,新規事項の追加について判断した事例として参考になることから紹介した。

本件明細書の図1及び図2

本判決の別紙2

以上
(筆者)弁護士・弁理士 梶井啓順