【判旨】
国際空手道連盟極真会館(以下「極真会館」という。)を設立者の子である原告と,原告が代表取締役を務める原告会社とが,当該設立者の死後に極真会館から分派した団体の1つである被告法人と,当該法人の理事である被告に対し,原告らの保有する「極真」「極真空手」「極真会館」等の各商標権に基づき,同名称の使用差止及び損害賠償を請求した事案。原審は,原告らの訴えを一部認容したが,控訴審は,原告らの商標権は「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号)として無効にされるべきものであるから,当該商標権に基づく権利行使は認められないとして,原告ら(控訴人ら)の請求を全て棄却した。
【キーワード】
商標法4条1項7号,公序良俗違反,権利濫用
1 事案の概要
被控訴人Y(1審原告)は,国際空手道連盟極真会館(以下「極真会館」という。)を設立したE(平成6年4月26日死亡。以下「E」という。)の子であり,「国際空手道連盟極真会館」,「国際空手道連盟極真会館総本部」及び「国際空手道連盟極真会館宗家」等の名称を用いて空手教授等の活動を行っている。被控訴人会社は,スポーツ,芸能の興行及び出演,空手道場の経営等を目的とする株式会社(特例有限会社)であり,その代表取締役は被控訴人である。
控訴人(1審被告)は,Eが提唱した極真精神を礎とし,日本の伝統文化である武道空手を通した青少年の健全な精神と身体の育成等を目的とする教室の運営等を業とする特定非営利活動法人(NPO法人)であり,1審被告Aはその唯一の理事である。
被控訴人Yらは,1審被告らに対し,被控訴人Yの保有する登録商標1~3に係る商標権と,被控訴人会社の保有する登録商標4~6に係る商標権のそれぞれに基づき,これらと同一または類似の被告らの標章について,使用の差し止め及び損害賠償金の支払いを求めた。
原判決は,①被控訴人らの控訴人(法人)に対する請求については,損害賠償請求の一部を認容し,その余(損害賠償請求の残部及び差止請求)を棄却し,②被控訴人らの1審被告A(個人)に対する請求については,その全部を棄却した。
これに対し,控訴人(法人)のみが原判決中控訴人敗訴部分を不服として本件控訴をした。
(被控訴人Yらの商標権)
2 争点及び裁判所の判断
控訴審(本件)では,原審で問題となった数々の争点のうち,特に(1) 本件各商標が商標法4条1項7号に該当するか否か,(2)本件各商標に係る商標権に基づく権利行使が,権利の濫用に該当するか否か,(3)被控訴人らの被った損害額,の点が争点となった。
このうち(1)について,原判決では,被控訴人らが本件各商標について宗家としての空手教授等の事業に使用する目的を有していたことは明らかであり,本件各商標に係る登録出願が不正の目的に基づくものであったと認めるに足りる証拠はないなどとして,商標法4条1項7号該当性を認めなかった。
これに対し,控訴審(本件)では,本件各商標のうち本件商標3について,商標登録を無効とすべき旨の審決が既に確定しており,残りの登録商標(本件商標1,2,4~6)についてもその出願経緯に照らせば,商標法4条1項7号所定の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当し,その商標登録は同法46条1項1号の規定により無効にされるべきものであるから,本件各商標権に基づく被控訴人らの控訴人に対する請求はいずれも棄却すべきものと判断した(下記参照)。
(判決文より抜粋。下線部は筆者付与。)
3 検討 (1) 上記認定事実によれば,本件においては,次の点を指摘できる。 ア 本件各商標を含む極真関連標章は,Eが死亡した平成6年4月の時点で既に,Eが主宰する極真会館にとってその活動に密接に関連する重要な財産及び象徴であり,少なくとも空手及び格闘技に興味を有する者の間では,極真会館というまとまった一つの団体を出所として表示する標章として広く知られていた。また,これらの極真関連標章は,被控訴人らが本件各商標の登録出願(本件各出願)を行った平成15年から平成24年にかけての時点でもなお,空手の教授等の活動を行う上で強い顧客吸引力を有するものであった。 イ Eが主宰する極真会館は,Eの死後,いずれもEの生前の極真会館と同一性を有しない複数の団体に分裂しており,被控訴人らもその一団体と代表者にすぎない。この点,被控訴人Yは,自身が極真関連標章の主体たる地位,すなわちEが主宰する極真会館の事業を承継した旨主張するが,極真会館とE個人とが同一であるとはいえない以上,Eの相続人である被控訴人Yが極真会館の事業を当然に相続したとはいえないし,E死亡当時,被控訴人Yは極真会館の事業活動に全く関与していなかったこと,Eが後継者を公式に指定しなかったこと,極真会館において世襲制が採用されていなかったこと等の事情に鑑みると,被控訴人Yは相続以外の原因で極真会館の事業を承継した者であるとも認められず,この点を覆すに足る証拠はない。したがって,被控訴人らを含むいずれの団体とその代表者も,他の団体に対し,極真会館の事業承継や極真関連標章の自己への正当な帰属を直ちに主張し得る立場にはなかった。 ウ 極真関連標章については,従前,Bが複数の標章について商標登録出願をし,自己名義の商標登録を受けたことがあったが,これに対し,被控訴人Y自身が商標法4条1項7号違反を理由に商標登録の無効審判を請求し,商標登録を無効とする審決がなされ,同無効審決はBが提起した審決取消訴訟を経て確定していた。 なお,前記認定のとおり,上記審決取消訴訟の判決は,Bによる商標登録が公序良俗等に反する理由として,極真会館にとって極めて重要な財産である極真関連標章についての商標登録出願を行うに当たっては,(当時の代表者として)極真会館内部の適正な手続を経る必要があるのに,それを怠った出願が行われ,その後,極真会館が複数の団体に分裂し,極真空手の道場を運営する各団体が対立競合している状況において,上記の出願に基づき,極真会館とは同一性を有しない一団体の代表者に商標権が付与されるのは,商標法の予定する秩序に反するという点を指摘しているが,極真会館内部での適正な手続(分裂後にあっては,他の団体との協議等)を経ないまま商標登録出願が行われている点や,その出願に基づき商標権が付与されるのが,極真会館とは同一性を有しない一団体の代表者(又は,当該代表者が経営する会社)である点では,本件各商標も,上記判決が指摘したのと同様の問題点を抱えているものといわざるを得ない。 エ また,被控訴人らは,本件各商標の登録を受ける中で,1審被告Aに対しては,権利侵害ないし規約違反を理由に極真関連標章の使用禁止と違約金名目で高額の金員の支払を求める通知を行い,Fらに対しては,極真関連標章の使用を禁止する旨の警告を行ったばかりか,Bが代表を務める団体に対しては,本件各商標権に基づき標章使用の差止めと損害賠償の支払を求める訴訟を提起し,総極真に対しては,極真関連標章の使用差止めを求める訴訟を提起するなど,本件各出願を行った後,極真会館の他の団体やその代表者に対し自らの影響力を強めようとする姿勢が顕著であるところ,このような行為は,客観的に見れば,極真会館にとって重要な財産である極真関連標章に係る権利を盾に取って,自己の利益を図ろうとするものと評されてもやむを得ないものといわざるを得ない。 (2) 以上のとおり,本件各出願を行った時点で,被控訴人らは,極真会館関係者にとって極真関連標章が重要な財産及び象徴であることを当然認識し得る立場にあり,また,分裂した各団体の中で極真会館の事業の承継を正当に主張し得る者がない状況にあることも明確に認識し得る立場にあったものと認められる。そして,被控訴人らによる本件各商標権の取得は,極真会館とは同一性を持たない分派が多数併存する中で,その一分派にすぎない一団体(その代表者や当該代表者が経営する会社)が,極真会館にとって極めて重要な財産であり象徴である極真関連標章について,いわば抜け駆け的に商標登録出願を行い,その権利を独占しようとするという,前記審決取消訴訟判決が,商標法の予定する秩序に反する旨を指摘したのと同様の状況で行われたものなのであるから,やはり,商標法の予定する秩序に反するものといわなければならない。特に,被控訴人らの場合,Bの出願に係る商標登録を公序良俗等に反するとして無効にする一方で,自らの利益のために,客観的に見ればBと同様の手法により商標権を取得しているのであるから,その不当性は更に強度だといわざるを得ないのであって,この点からしても,その商標登録は認められるべきものではない。 してみると,本件各出願に係る本件各商標は,本件各出願の目的及び経緯に照らし,商標法4条1項7号所定の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当するものといえる。したがって,かかる限度で控訴人の主張は理由があるというべきであり,これに反する被控訴人らの主張は採用できない。 4 小括 以上のとおり,本件各商標(本件商標3を除く。)の商標登録には,商標法4条1項7号所定の無効理由があるから,被控訴人らは,商標法39条が準用する特許法104条の3第1項の規定により,控訴人に対しその権利を行使することができない。 |
3 検討
本件では,(1)極真会館が,主催者であるEの死後,いずれもEの生前の極真会館と同一性を有しない複数の団体に分裂しており,被控訴人らもその一団体と代表者にすぎず,極真会館の事業承継や極真関連標章の自己への正当な帰属を直ちに主張し得る立場にはなかったこと,(2)極真会館にとって極めて重要な財産である極真関連標章についての商標登録出願を行うに当たっては,極真会館内部の適正な手続を経る必要があったにも関わらず,これを怠ったこと,(3)被控訴人らが,極真関連の商標権を取得後,1審被告Aや他の門下生に対し,極真関連標章の使用禁止及び高額の損害賠償金の支払いを求める通知ないし訴訟提起を行ったこと等を根拠に,本件各出願に係る本件各商標が,本件各出願の目的及び経緯に照らし,商標法4条1項7号所定の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当すると判断した。
既に,本訴訟が提起される以前の段階において,極真関連標章に関する数々の紛争(差止請求権不存在確認訴訟,無効審判)が生じており,いずれも本件と同趣旨の理由により,商標法4条1項7号に基づく無効ないし権利濫用の法理により,本件商標権に基づく請求権の存在が否定されている。
本件も,従前の関連訴訟の判示を踏まえたもので,結論・理由共に妥当な判決であると思われる。実務上の指針としては,商標法4条1項7号(公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標)に該当するというために,特に出願の目的及び経緯に関していかなる事実が考慮されるのかという点で,参考になると思われる。
以上
(文責)弁護士・弁理士 丸山真幸