【大阪地判平成30年3月29日・平成27年(ワ)第8621号】

【キーワード】
作用効果不奏功の抗弁

第1 はじめに

 作用効果不奏功の抗弁は、イ号製品(被疑侵害物品)が特許発明の作用効果を奏しないことを理由として、特許発明の技術的範囲への非充足とする抗弁である。これまでの裁判例で作用効果不奏功の抗弁について判断した裁判例は少ない。
 本件は、イ号製品が本件特許発明の構成要件を全て充足することを認定した後に、作用効果不奏功の抗弁についても判断し、イ号製品が本件特許発明の効果を奏することを認めた事例である。

第2 事案

 1 本件発明1
 本件特許発明は、請求項1に記載のとおりである(「本件発明1」)。本件発明1を構成要件ごとに分説すると以下のようになる。
「A 気泡状の二酸化炭素を含有する二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物からなるパック化粧料を得るためのキットであって,
B 水及び増粘剤を含む粘性組成物と,
C 炭酸塩及び酸を含む,複合顆粒剤,複合細粒剤,または複合粉末剤と,を
含み,
D 前記二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物が,前記粘性組成物と,前記複合顆粒剤,複合細粒剤,または複合粉末剤とを混合することにより得られ,
E 前記二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物中の前記増粘剤の含有量が1~
15質量%である,キット。」

 2 イ号製品(被告製品)
 一方、被告は、「ピエターナ リメアジェルA」との商品名の2剤混合型の炭酸パック(以下「被告製品」という。)をネットワークビジネス(連鎖販売取引)の形態で,会員向けに販売していた。被告製品は,炭酸水素ナトリウム,クエン酸を含むパウダー剤と,水,セルロースガム,キサンタンガム等を含むジェル剤を混ぜ合わせるパック用化粧料のキットであり,パウダー剤とジェル剤の2剤をセットにして販売されていた。
 被告製品は本件発明の構成要件B及びCを充足し,また構成要件Aの「気泡状の二酸化炭素を含有する」という部分及び構成要件DないしHのうちこれに係る部分の充足性には当事者間に争いがあるが,構成要件A及びDないしHのその余の部分(配合成分や含有量等に関する部分)は充足することについては争いがない。
 
 3 補償金請求権の行使
 原告は,本件特許の出願公開の後である平成25年10月11日,被告に対し,
本件出願に係る発明の内容及び同年8月26日付けの補正の内容を記載した書面を
送付して警告をした。
 原告は、特許法65条の補償金の支払を求めて提訴した。

第3 主な争点

 構成要件Aの「気泡状の二酸化炭素を含有する」との部分の解釈、作用効果不奏功の抗弁、発明未完成、無効理由(サポート要件、実施可能要件、進歩性欠如)。
 本稿では、作用効果不奏功の抗弁についてのみ触れる。

第4 作用効果不奏功の抗弁についての当事者の主張

「2 争点2(被告製品は本件発明の作用効果を奏するか(作用効果不奏功の抗弁))について
(被告の主張)
 本件発明は,本件明細書の【0009】及び【0010】に記載された課題を解決するという作用効果を奏するものである。
 しかしながら,被告製品は,本件明細書に記載された各種疾患等の予防及び治療効果,美肌作用,部分肥満解消作用等の効果が生じる程度に発泡性,持続性の認められる気泡状の二酸化炭素が皮下組織に持続的に十分量供給される程度の気泡状の二酸化炭素を含有する構成ではないから,上記作用効果を奏するものではない。
 したがって,被告製品の構成は,本件特許の特許請求の範囲に属していない。
(原告の主張)
 本件発明の作用効果は本件明細書の【0020】に記載されているほか,気泡状の二酸化炭素を含水粘性組成物の中に保持しておくことによって,二酸化炭素の経皮吸収の持続性を高めることであり,前記1の(原告の主張)記載のことを踏まえると,被告製品はこの作用効果を奏する。」

第5 裁判所の判断

「第3 当裁判所の判断
1 争点1(被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか(構成要件Aの充足性))について

・・・(中略)・・・

(4) したがって,被告製品は構成要件Aを充足する。そして,その余の構成要件BないしHの充足性については当事者間に争いがないから,被告製品は本件発明の技術的範囲に属する。

争点2(被告製品は本件発明の作用効果を奏するか(作用効果不奏功の抗弁))について
 前記1の認定・判示のとおり,本件発明の作用効果は,組成物中に気泡として二酸化炭素を含有させ,その二酸化炭素を気泡状態で保持させるとともに,持続的に放出させ,二酸化炭素を持続的に経皮吸収させることであると認められる。
 そして,前記1(3)で認定したとおり,被告製品から得られる組成物は,二酸化炭素を気泡状態で保持し,持続的に放出していると認められる。
 なお,乙7の実験結果によると,混合後15分静置して気泡が消える程度に脱泡したものを皮膚に塗布しても皮膚に赤みが生じ,むしろ静置していないものを塗布した場合よりも赤みが強く生じる場合があるとされている。しかし,乙6の実験結果によれば,混合してから120分経過後でも混合前より体積が多いところ,本当に15分が経過するまでの間に気泡が消えたのか疑問があるし,仮に目に見える程度の気泡が消えたとしても,乙7からは,組成物中に気泡状の二酸化炭素が全く含まれなくなったのかは判然としない。以上のことを踏まえると,乙7の実験結果によって,上記認定は左右されない。
 以上より,被告製品が本件発明の上記作用効果を奏しないと認めることはできない。」

第6 検討

 作用効果不奏功の抗弁については、大阪地判平成13年10月30日(平成12年(ワ)7221号)「エアロゾル事件」が、「明細書に効果の記載があれば、その記載は特許請求の範囲の記載の解釈に当たって参酌されるべきであるとともに(70条2項参照)、対象物件の構成が特許請求の範囲に記載された発明の構成要件を充足していても、発明の詳細な説明に記載された効果を奏しない場合には、対象物件が特許発明の技術的範囲に属するとすることはできないものというべきである。けだし、特許発明は、従来技術と異なる新規な構成を採用したことにより、各構成要件が有機的に結合して特有の作用を奏し、従来技術にない特有の効果をもたらすところに実質的価値があり、そのゆえにこそ特許されるのであるから、対象製品が明細書に記載された効果を奏しない場合にも特許発明の技術的範囲に属するとすることは、特許発明の有する実質的な価値を超えて特許権を保護することになり、相当ではないからである。」と判示し、たことが広く知られている。
 しかしながら、上記裁判例における作用効果不奏功の抗弁に関する判示は、結論に影響しない傍論であるといわれており、また、その後の裁判例で、作用効果不奏功の抗弁について判断された事例が殆どないことから、作用効果不奏功の抗弁自体が、裁判所において取り上げてもらえるのかどうかという点については明確ではないところがある。
 本件では、イ号製品が本件発明の構成要件全てを満たすことを認定し、イ号製品が本件発明の技術的範囲に属することを認定したあとに、作用効果不奏功の抗弁について判断している。本件では、イ号製品が本件発明の効果を奏することが認められているが、仮に、イ号製品が本件発明の効果を奏さないとなった場合に、イ号製品は、本件発明の構成要件の全てを満たすにもかかわらず、本件発明の技術的範囲には属さないということになったのであろうか。判決文の流れからするとそのように考えることもできなくはないが、明確にそう結論づけることはできない。そもそも、判決文の当事者の主張をみるかぎり、作用効果不奏功の抗弁自体の適否については主張された形跡がなく、もっぱらイ号製品が本件発明の効果を奏するかどうかについて主張されているようである。そうすると、裁判所は、当事者の主張に従ってイ号製品が本件発明の効果を奏するかどうかについて判断したにすぎず、作用効果不奏功の抗弁自体を正面から認める(つまり、構成要件を充足しても、特許発明の効果を奏さなければ特許発明の技術的範囲には属さないとする)という態度を明らかにしたとまではいえないとも考えられる。

以上
(文責)弁護士 篠田淳郎