【知財高裁令和2年6月4日判決(令和元年(行ケ)第10145号(審決取消請求事件))】

【キーワード】
商標法3条2項

事案

 原告は指定商品を第30類「みそ」として、以下の商標について平成29年6月15日に商標登録出願をしたが、平成30年9月5日付けの拒絶査定を受けたため、平成30年12月14日、これに対する不服審判請求をした。これに対して特許庁は令和元年9月3日請求不成立審決を行った。

主な争点

商標法3条1項3号該当性
商標法3条2項該当性

判旨

「第5 当裁判所の判断
1 商標法3条1項3号該当性について
(1) 「天地返し」「仕込」について
ア 本願商標は,「天地返し仕込」との文字を縦書きし,同書同大等間隔で,江戸文字風の書体で記載したものであり,「天地返し」と「仕込」との語を組み合わせたものであるといえる。
イ 「天地返し」とは,「田畑を深く耕して,土の表層と下層とを入れ替えること」を意味し(甲20の2,乙2の1),「仕込」は,「酒や味噌・醤油などの醸造で,原料を混ぜて桶などにつめること」を意味する「仕込み」と同義であると解される(乙2の2,弁論の全趣旨)。
ウ さらに,「天地返し」及び「仕込(み)」について,味噌を取り扱う業界では次のとおり使用されている。
(ア) 「天地返し」について,味噌の製造販売会社のウェブサイト等において,①「『発酵・熟成』部門の一大イベントが<天地返し>(味噌の位置の入れかえ)。大型熟成タンクに収めてから数週間後,専用の機械を使用し,仕込み中の味噌をタンクの底から,別のタンクへ移し替えます。この際,タンク内での味噌の位置(上下=天地)が入れ替わります。」の記載(乙3),・・・の記載(乙4)がある。また,味噌の製造工程において「天地返し」を行ったことをそのラベルに記載した味噌が販売されている。すなわち,⑤「木樽仕込み 天地返し味噌」とのラベルと「国産の大豆と,米麹を使い,2回の天地返し(楷を入れる)をすべて手仕事で仕込んでおります。天然の風味をご堪能ください。」との商品説明(甲28,乙5),・・・との商品説明(乙10)が記載された味噌が販売されている。
(イ) 味噌の原材料を木桶や杉樽などに入れて醸造した味噌について,「木桶仕込」,「木樽仕込」,「樽仕込」,「杉樽仕込」(甲28,35,乙11~19)などとして販売され,また,原材料等に着目して「○○大豆仕込」(乙20,21)・・・と,醸造期間に着目して「参年仕込」(乙23)などと称した味噌が販売されている(以上について,「仕込」と「仕込み」の別は捨象した。)。
エ 上記ウ(ア)によれば,味噌の製造工程においては,「天地返し」とは,味噌の発酵・熟成の過程で味噌の上下方向の位置を入れ替えることを意味し,味噌の熟成ムラを防いで全体の品質を均一にするなどの効果があることが理解でき,同⑤~⑧のとおり,「天地返し」を商品の品質を示すものとして表示した味噌が複数販売されている。
 また,上記ウ(ア)①④⑤及び(イ)に照らせば,味噌を取り扱う業界においては,「仕込(み)」の語は,必ずしも,前記イ記載の辞書的意味である「酒や味噌・醤油などの醸造で,原料を混ぜて桶などにつめること。」として使用されているものではなく,味噌の製造工程における作業や手間等を表示するものとしても使用され,また,「仕込(み)」の語の前に,味噌の品質等に関する文字や原材料等を表示する文字が結合された場合には,「仕込(み)」の部分は,「醸造された商品(味噌)」と同旨の意味合いでも使用されているといえる。
 そうすると,「天地返し仕込」の文字を指定商品である味噌に使用した場合,取引者,需要者をして,「製造工程において上下方向の位置の入れ替えがされた味噌」という商品の品質を表したものと認識されるものであると認められる。
(2) 以上に加え,上記(1)アのとおりの本願商標の構成に照らせば,本願商標は,商品の品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であり,商標法3条1項3号に該当するということができる。
・・・
2 商標法3条2項について
(1) 商標法3条2項について
 商標法3条2項所定の「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」に該当するか否かについては,当該商標が使用された期間及び地域,商品の販売数量及び営業規模,広告宣伝がされた期間及び規模等の使用の事情を総合して判断すべきである。
(2) 商標の使用について
 原告は,平成29年9月5日から,信州味噌株式会社が本願商標と同一の標章を付した味噌の商品(本件商品)を生産し,この商品が原告の親会社である株式会社山愛フーズに納品され,オーケー株式会社の店舗で販売されたとして,本願商標は,商標法3条2項に該当すると主張する。
 しかし,原告の主張を前提としても,本件商品の販売期間は3年未満であり,その販売地域は1都4県と限定されている(乙32,弁論の全趣旨)。そして,本件商品の生産数量は発売当初は月間約4800個であったもののその後は減少しており,原告の主張から推計される全国シェアは生産量ベースで平成30年9月及び令和元年9月において0.005%に満たないことがうかがわれ(乙33,弁論の全趣旨),他に本件商品のシェアを示す的確な証拠もない。また,本件商品の広告宣伝が広く行われたことを認めるに足りる証拠もない。
 以上によれば,本願商標が商標法3条2項所定の「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」に該当するということはできない。
3 以上のとおり,本願商標は商標法3条1項3号に該当し,同条2項に該当するということはできない。したがって,本願商標について登録できないものとした審決の判断に誤りはなく,原告の主張する取消事由は理由がない。よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。」

検討

 本判決は、『天地返し仕込』という商標が、指定商品「みそ」について商品の品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標にあたるとして商標法3条1項3号に該当すると認定された。
 また、本願商標は、商標法3条2項所定の「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」にも該当しないと判断された。
 商標法3条2項は、当該商標が使用された期間及び地域,商品の販売数量及び営業規模,広告宣伝がされた期間及び規模等の使用の事情を総合して判断されることになるが、本願商標の使用期間は、わずか3年未満であり、販売数量も月間5000個未満と多くは無く、販売地域は、関東の1都4県に限定されていた。さらに、全国シェアは推計で0.005%に満たないとされている。広告宣伝については特に主張もされていないようである。
 このような使用状況では、商標法3条2項該当と認められることはかなり厳しいと考えられる。
 なお、特許庁側から、本願商標を使用した商品には、製造者や販売者として原告の名称は記載されておらず、「信州味噌株式会社」という他社の名称が記載されていたことから、需要者は、本願商標が付された商品が信州味噌株式会社の出所によるものと認識するとの主張が出されていたが、この点については特に判断されなかった。

以上
(文責)弁護士 篠田淳郎