【令和2年(行ケ)第10006号(知財高裁R2・7・29)】

【判旨】
 本願商標に係る特許庁の不服2019-1138号事件について商標法第4条第1項第8号の判断には誤りがないとして,請求を棄却した事案である。

【キーワード】
TAKAHIROMIYASHITA,商標法4条1項8号,他人の氏名

事案の概要

(1) 原告は,平成29年9月21日に,指定商品を第9類「サングラス,電子出版物」,第14類「ネックレス及びその他の身飾品(「カフスボタン」を除く。),宝玉及びその模造品,キーホルダー」,第18類「かばん類,袋物,傘,皮革」及び第25類「被服(「和服」を除く。),ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,靴類(「靴合わせくぎ・靴くぎ・靴の引き手・靴びょう・靴保護金具」を除く。)」として,「TAKAHIROMIYASHITATheSoloist.」の文字を標準文字で表して成る商標(以下「本願商標」という。)について,商標登録出願(商願2017-126259号)をしたところ,平成30年11月15日付けで拒絶査定を受けたので,平成31年1月29日に不服審判請求をした(甲3。不服2019-1138号)。
(2) 特許庁は,上記(1)の不服審判請求について,令和元年12月6日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,本件審決の謄本は,同月23日に原告に送達された。

【本願商標】
事案の概要参照

【争点】
 本願商標が,第4条第1項第8号に該当するか否か。

判旨抜粋

証拠番号等は,適宜省略する。

1 本願商標が人の氏名を含む態様のものであるか否かについて
(1) 本願商標は,「TAKAHIROMIYASHITATheSoloist.」の文字を標準文字で表して成る商標であるところ,このうち「TAKAHIROMIYASHITA」の文字部分は,子音と母音の規則的な並び方から,ローマ字表記であることが容易に理解されるものである。これに対し,それに続く「TheSoloist.」の文字部分については,子音と母音の並び方から前半部分とは異なりローマ字表記ではないことが容易に看取され,また,「T」と「S」のみを大文字で,その余の文字を小文字で書して成ることから,外国語の記載であると容易に推測され,そのうち「The」が我が国において親しまれた英語の定冠詞であること等からして,英語表記であると容易に理解され得るものである。したがって,本願商標については,ローマ字表記による「TAKAHIROMIYASHITA」の文字部分(前半部分)がその余の部分と結合された構成を有していると容易に認識し得るものであるといえる。
 その上で,「TAKAHIROMIYASHITA」の文字部分は,無理なく一連に発語することができ,「タカヒロミヤシタ」という称呼が自然に生じるところ,証拠によると「タカヒロ」を読みとする名前(「孝大」,「孝弘」,「隆広」,「貴大」,「貴弘」等)が,証拠によると「ミヤシタ」を読みとする姓氏(「宮下」)が,それぞれ日本人にとってありふれたものであることが認められる。
 以上に加え,証拠及び弁論の全趣旨によると,我が国では,パスポートやクレジットカードなどに本人の氏名がローマ字表記されるなど,氏名をローマ字表記することが少なくなく,全ての文字を欧文字の大文字で記載することも少なくなく,また,その場合,従来,名前,姓氏の順で記載することが広く行われていたと認められることを考慮すると,本願商標の構成のうち「TAKAHIROMIYASHITA」の文字部分は,「ミヤシタ(氏)タカヒロ(名)」を読みとする人の氏名として客観的に把握されるものであり,本願商標は「人の氏名」を含む商標であると認められる。
2 商標法4条1項8号該当性について
(1) 証拠によると,① 「宮下孝洋」という者が2018年12月版(掲載情報は同年9月5日現在)及び2016年12月版(掲載情報は同年9月7日現在)の「ハローページ・・・に,② 「宮下隆寛」・・・,③ 「宮下貴博」・・・,④ 「宮下孝弘」・・・,⑤ 「宮下高広」・・・,⑥ 「宮下高弘」という者と「宮下貴浩」という者・・・,⑦ 「宮下孝弘」・・・,⑧ 「宮下貴博」という者が・・・,それぞれ掲載されていることが認められ,上記各事実からすると,上記の者は,いずれも本願商標の登録出願時から本件審決時まで現存しているものと推認できる。そして,上記の者は,いずれもその氏名の読みを「ミヤシタタカヒロ」とすると考えられる。その他,ウェブページからも,氏名の読みを「ミヤシタタカヒロ」とする「宮下貴博」,「宮下敬宏」,「宮下孝洋」,「宮下孝広」又は「宮下貴浩」という者及び氏名の読みを「ミヤシタタカヒロ」とすると考えられる「宮下隆裕」又は「宮下隆博」という者が存することが認められ,これらの者も,本願商標の登録出願時から本件審決時まで現存しているものと推認できる。
 弁論の全趣旨によると,上記の者は,いずれも原告とは他人であると認められるから,本願商標は,その構成のうちに「他人の氏名」を含む商標であって,かつ,上記他人の承諾を得ているとは認められない。
 したがって,本願商標は,商標法4条1項8号に該当する。

解説

 本件は,商標権に係る審決取消訴訟である。特許庁は,本願商標について,商標法4条1項8号1にもとづいて拒絶査定(及び審決)をおこなったものであるが,裁判所は当該判断を否定した。
 裁判所は,まず,本願商標について,「TAKAHIROMIYASHITATheSoloist.」のうち。「TheSoloist」の部分は「The」との記載があることから,それ以降の標記が英語表記であると容易に理解され,その結果,「TAKAHIROMIYASHITA」の文字部分については,無理なく一連に発語することができ,「『ミヤシタ(氏)タカヒロ(名)』を読みとする人の氏名として客観的に把握されるものであり,本願商標は『人の氏名』を含む商標であると認められる」と判断した。
 その上で,裁判所は,ハローページやウェブページ記載の各「ミヤシタタカヒロ」に係る漢字表記の各人物が本願商標の出願当時から本件審決時まで現存していることを認定し,当該各人物が,原告とは他人であることから,「他人の氏名」を含む商標であるとして,本願商標が,商標法第4条第1項第8号に該当すると判断した。
 原告は,これに対して,氏名をローマ字表記する場合は,承諾の対象者が広く,他人の承諾を得ることが困難であるから,氏名のローマ字表記が相当珍しいものでない限り,商標登録が事実上不可能となる旨等を主張し,ファッション業界においてデザイナーのローマ字表記の商標が認められないことの不当性を主張したが,裁判所は,当該商標が認められないことに係る問題が一定程度生じることは予定されているほかないなどとして,主張を容れなかった。
 裁判所は,基本的に,ファッションブランド等における単純なローマ字読みの商標を認めない傾向にあり,本件も同様の判断であると考えられるため,本件は,実務上参考になると思われる。

以上
(文責)弁護士 宅間仁志


1 第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
(中略)
八 他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)