【知財高裁令和2年12月1日判決(令和2年(ネ)第10039号) 特許権侵害差止等請求控訴事件】

【要約】
 特許請求の範囲の記載が、発明の詳細な説明において課題解決の手段とされている構成を含まない発明を含むとして、サポート要件を充足しないと判断された。控訴人(特許権者)は、特許請求の範囲の記載は、判決が認定したものとは別の課題及び課題解決手段として発明の詳細な説明に記載されていることを主張した。本判決は、そのような課題は記載されているとは認められない、控訴人が課題の解決手段と主張されるものは技術常識にすぎず課題の解決手段とは認められない、とした。

【キーワード】
サポート要件、技術常識

事案

 控訴人(第一審原告・特許権者)は、被控訴人(第一審被告)に対し、特許第5237617号(「本件特許」)の請求項1(訂正後のもの)に係る特許の特許権を侵害すると主張し、被控訴人製品の生産等の差止め、廃棄及び損害賠償等を請求した。
 本件特許の請求項1に記載された発明(「本件発明」)は、以下のように分説される。

A 車両に取り付けられた際に、車両から約70mm以下の高さで突出するアンテナケースと、
B 該アンテナケース内に収納されるアンテナ部
C からなるアンテナ装置であって、
D 前記アンテナ部は、面状であり、上縁が前記アンテナケースの内部空間の形状に合わせた形状であるアンテナ素子と、該アンテナ素子により受信されたFM放送及びAM放送の信号を増幅するアンプを有するアンプ基板とからなり、
E 前記アンテナ素子の給電点が前記アンプの入力に高さ方向において前記アンテナ素子と前記アンプ基板との間に位置するアンテナコイルを介して接続され、
F 前記アンテナ素子と前記アンテナコイルとが接続されることによりFM波帯で共振し、
G 前記アンテナ素子を用いてAM波帯を受信し、
H 前記アンテナコイルを介して接続される前記アンプによってFM放送及びAM放送の信号を増幅する
I ことを特徴とするアンテナ装置。

 被控訴人は、本件発明は、本件特許の出願時の明細書及び図面(以下、併せて「本件明細書」)の発明の詳細な説明に記載されていない発明を含むとして、サポート要件違反による特許無効の抗弁を主張した。

判決

⑴ サポート要件の判断手法
 特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
 そして、サポート要件を充足するには、明細書に接した当業者が、特許請求された発明が明細書に記載されていると合理的に認識できれば足り、また、課題の解決についても、当業者において、技術常識も踏まえて課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足りるのであって、厳密な科学的な証明に達する程度の記載までは不要であると解される。

⑵ 本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明の課題
 本件明細書には、背景技術の課題として以下の2点が記載されている。
・アンテナを小型化するために単純に既存のロッドアンテナを短縮すると性能が大きく劣化する。
・アンテナを70 mm以下の低姿勢とすると、放射抵抗が小さくなり、アンテナそのものの導体損失の影響によりさらなる感度劣化の原因になる。

 また、本件明細書には、控訴人(出願人)が、別の特許出願において、70 mm以下の低姿勢としても感度劣化を極力抑制することのできる車両に取り付けられるアンテナ装置を提案することにより、上記の課題を解決したことが記載されている。

 そして、車両には多種多様な用途に応じたアンテナが搭載されていることがあるところ、上記のような背景技術の課題が解決されても、搭載するアンテナの数が増大すると、車両の美観や取付作業の点で問題がある。アンテナ装置に複数のアンテナを組み込むことが考えられるが、限られた空間しか有していないアンテナケース(アンテナを露出させないためのケース)を備えるアンテナ装置に、既設の立設されたアンテナ素子に加えてさらに平面アンテナユニットを組み込むと、相互に他のアンテナの影響を受けて良好な電気的特性を得ることができないという課題がある。そこで、限られた空間しか有していないアンテナケースを備えるアンテナ装置に、既設の立設されたアンテナ素子に加えてさらに平面アンテナユニットを組み込んでも良好な電気的特性を得ることができるアンテナ装置を提供するという発明の目的が記載されている。

⑶ 発明の詳細な説明に記載された発明
 発明の詳細な説明に記載された発明は、アンテナ素子と、アンテナ素子の直下であって、前記アンテナ素子の面とほぼ直交するよう配置されている平面アンテナユニットとを備えるアンテナにおいて、平面アンテナユニットの上面とアンテナ素子の下端との間隔が約0.25λ以上とするものである。なお、λは、平面アンテナユニットの動作周波数帯の中心周波数の波長である。
 また、本件明細書に記載された実施例は、いずれも上記の構成を具体化したものである。

⑷ 本件発明は、発明の詳細な説明に記載された発明か
 本件発明は、
① アンテナ素子に加えて別のアンテナである平面アンテナユニットを組み込むことは構成要件とされていない。
② 仮にアンテナ素子に加えて平面アンテナユニットを組み込んだ場合に、アンテナ素子の下縁と平面アンテナユニットの上面との間隔が約0.25λ以上であることも構成要件とされていない。
 したがって、本件発明は、以下の発明を含む。
①’ そもそもアンテナ素子以外に平面アンテナユニットが組み込まれていないアンテナ装置の発明
②’ アンテナ素子に加えて平面アンテナユニットが組み込まれているものの、アンテナ素子の下縁と平面アンテナユニットの上面との間隔が約0.25λ未満である発明

 そうすると、本件発明は、発明の詳細な説明に記載されていない①’及び②’を含むから、発明の詳細な説明に記載された発明とは認められない。

⑸ 本件発明は、出願時の技術常識に照らし、当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものか
 本判決は、上記⑵ないし⑷の論理を繰り返した上で、「その他、請求項1に記載された発明が、発明の詳細な説明の記載若しくは示唆又は出願時の技術常識に照らし、当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであることを認めるに足りる証拠はない」とした。

⑹ 控訴人の主張について
 控訴人は、本件明細書の発明の詳細な説明には、以下の2つの課題が重畳的に記載されていると主張した。
・第1の課題:アンテナケース内にアンテナを収納するには、AM放送およびFM放送を受信するためのロッドアンテナ、ヘリカルアンテナ等の従来のアンテナの高さを短縮すること(道路運送車両の保安基準より70mmを超えない高さにすること)が必要になるが、アンテナケース内に収まるように単純に短縮するのみでは、アンテナの受信性能が大きく劣化して実用化が困難になるので、高さ約70mm以下のアンテナケース内に収納されながらも、受信性能が良好なFM・AM共用アンテナを提供するという課題(平面アンテナユニットをアンテナケース内に設けるか否かにかかわらず生じる課題)
・第2の課題:アンテナ装置に多種多様な用途に応じたアンテナをまとめて搭載する場合、アンテナケース内に収まるように単純に全てのアンテナを入れ込むだけでは良好な電気的特性を得ることができないので、衛星ラジオ放送、GPS等の多種多様な用途に応じたアンテナをまとめて搭載しながらも、受信性能が良好な多用途アンテナを提供するという課題

 そして、控訴人は、概要、以下の主張をした。
・第1の課題の解決手段は、アンテナ素子で受信したFM放送及びAM放送の信号をアンテナコイルを介して接続されるアンプで増幅するものであって、平面アンテナユニットをアンテナケース内に設けることを前提としない。
・本件明細書の発明の詳細な説明に第1の課題が他の出願で解決されたことを記載したとしても、発明の詳細な説明に第1の課題が記載されていることに違いはない。発明の詳細な説明に課題とその解決手段が記載されているから、本件特許はサポート要件を充足する。

 しかし、本判決は、第1の課題は、背景技術の課題として、控訴人の別の特許出願により解決されたものであり、その解決手段は技術常識にすぎないことを理由として、控訴人の主張を採用しなかった。

検討

 アンテナケースを備えるアンテナ装置に、既設の立設されたアンテナ素子に加えてさらに平面アンテナユニットを組み込んでも良好な電気的特性を得ることができるアンテナ装置を提供することを課題として認定する場合に、平面アンテナユニットを組み込むことを前提としない請求項1をサポート要件違反とした本判決は、自然な判断であると考えられる。
 しかし、控訴人の主張に関する認定・判断について検討の余地があると思われる。本判決は、控訴人が主張する第1の課題に関する主張を排斥した理由として、「技術常識にすぎず、発明の詳細な説明に記載された課題の解決手段とは認められない」と述べた。しかし、発明の詳細な説明に記載されている以上は、技術常識にすぎないかどうかを課題の認定に取り込む必要はないというのが原則的な考え方であると思われる(知財高判平成30年5月24日・平成29年(行ケ)第10129号参照)。本判決は、課題の認定と課題の解決手段の認定を書き分けているようであるが、第1の課題を本件発明の課題として認定しないにもかかわらず、課題の解決手段が技術常識にすぎないかどうかという判断をする必要があったのかどうか、疑問が残る。
 とはいえ、本判決の記載は、「技術常識」と指摘されている内容は、本件明細書中で引用された特許出願に基づくものであって、本件明細書と無関係に文献を引用してサポート要件の判断の基礎とするものではない。したがって、本判決を前提としても、サポート要件の判断において発明の課題を認定する上で、「技術常識」という文言を過度に重視すべきではないと考える。

以上
(筆者)弁護士 後藤直之