【東京地判平成30年10月25日判決(平成29年(ワ)第10038号)[特許「冒認出願」事件]】

【ポイント】
被告の出願が冒認出願であるとして,特許法74条1項に基づく移転登録手続請求を認容した事例

【キーワード】
 特許法74条1項
 特許法123条1項6号
 冒認出願
 特許権移転登録手続請求

第1 事案

 本件は,原告代表者から,発明の名称を「自動洗髪装置」とする特許を受ける権利を譲り受けたと主張する原告が、当該特許に係る発明について被告が原告に無断で特許出願して本件特許権の設定登録を受けたことが冒認出願(特許法123条1項6号)に該当するとして,被告に対し,特許法74条1項に基づき,当該特許権の移転登録手続き等を求めた事案である。
 主な争点は,当該特許に係る発明の発明者が誰かである。

第2 当該争点に関する判旨(裁判所の判断)(*下線,改行等は筆者)

1 争点1(本件特許発明の発明者は誰か)について

 (1) 前記第2の1の前提事実に加え,証拠(後記アないしキに共通するものとして,甲20,原告代表者本人。それ以外については各括弧内掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
  ア 原告は,昭和57年に設立され,様々な分野で使用される装置や機械設備を設計し,顧客からの要望に応じてオーダーメイドで当該機械を製造することを主たる業務とする株式会社であり,既製品として存在しない各種の機械装置を短期間で開発・製造することを得意業務とすると自負している。原告代表者は,新たな開発をする際には,アイデアを従業員との間でやり取りして,その内容を業務日報に記録していく方法を採っていた。
 (省略)
  原告と被告は,原告が被告からはさみの補助器具の製造依頼を受けたのを契機として,30年来の付き合いがあった。
  イ 平成26年3月7日,原告代表者は,被告代表者のもとを訪れて雑談している際に,被告代表者から市場のニーズに適合した自動洗髪機が存在しない旨の話を聞いた。原告代表者が原告の技術によれば被告代表者の望むような自動洗髪機を製造開発できる旨を伝えたところ,被告代表者は,原告代表者に対し,自動洗髪機の開発を依頼した。その際,被告代表者は,原告代表者に対し,自動洗髪装置の具体的構成について説明や指示をしていない。
  ウ 原告代表者は,自動洗髪機の開発に当たり,まず他社の先行特許の調査を行い,先行特許のうち,頭皮に触れずにシャワーの水圧で流す方法については,カットした短い毛が毛根の近くに入っているとうまくとれないという問題があり,他方,ギアを使って突起にかかる圧力を均等にする方法については,1つの線状の形でも複雑であり,頭の形を覆う球面にすると更に複雑となるほか,安全面やコストの点でも問題がある等の分析を重ねた。
   このほか,原告代表者は,突起等をばねで伸ばす方法も検討したが,突起等が3本を超えた場合に,適正な荷重を得られず,適正な圧力で頭を洗うことができないという結論に至った。
   このような分析・検討を経て,原告代表者は,頭部の形状等が個人で異なり,頭部全体に均等な圧力で突起部を当接させにくいという課題の解決手段として,柔らかいエアバッグに突起部を備え,エアバッグに空気を入れて膨張させるという着想にたどり着いた。
   そして,原告代表者は,平成26年4月5日に,本件特許発明の構成が全て開示されている全体構想計画案(甲2の1,甲2の2)を作成し,同月7日,被告代表者に対し交付した。その後,同月22日,原告代表者は,本件特許発明について記載した業務日報(甲3)を作成した。
  エ Aは,平成26年5月2日,被告代表者から自動洗髪機に係る特許出願について初回の相談を受け,同月14日,被告代表者に対し,自動洗髪機に関する先行特許調査を行ったが,本件特許発明に類似する先行特許は見つからなかった旨を報告するとともに,被告代表者の指示を待って特許出願手続を進める旨を記載したメールを送信した(乙8)。
  オ 平成26年7月11日,原告代表者は,被告代表者に対し,「昨日申し受けました資料」として,本件特許発明に係る内容を記載した業務日報の該当箇所の画像を添付したメールを送信した(甲17の1ないし17の7)。
  カ 平成26年7月15日,原告代表者は,前日に被告代表者から頼まれていたとおり,それまで面識のなかったAに電話で連絡をとった。その後,原告代表者は,同月23日にAから,特許出願に向けて,本件特許発明の発明者として原告代表者と被告代表者の両名が記載された案文の電子ファイル(甲6)が添付され,文面に「アサクラインターナショナル様とセリックス様の共同出願として記載しています。」と記載された電子メールの送信を受けた(甲5)。原告代表者は,自ら発明したものでも,顧客である被告が特許を取り,原告が製造を請け負って利益を得る形で双方が理解してやってきたとの認識があったこと,特許については最終的に申請する際に被告代表者と話せば足りると考えていたことから,この時点で被告代表者が共同発明者となっていることにつき異議を述べなかった。
  (省略)
 (2) 前記(1)アないしウ及びオの認定事実によれば,原告代表者は,顧客である被告代表者から自動洗髪機の開発依頼を受け,先行特許の調査等を経て,エアバッグを利用する方法を着想するに至り、それを踏まえて本件特許発明の構成が全て開示されている全体構想計画案等を自ら作成したものであるから,本件特許発明の発明者に当たるというべきである。
  他方,被告代表者については,前記(1)イ,エないしカの認定事実からすれば,自動洗髪機の開発につき原告代表者に依頼し,本件特許発明につき特許出願する段取りを整えたり,事業計画を策定して公的補助を受ける準備をしたりしたことは認められるが本件特許発明の完成に当たり,発明者と評価するに足るだけの貢献をした具体的事実は認められない。
  (省略)
 (3) 以上のとおり,本件特許発明の発明者は原告代表者であって,被告代表者ではない。
  そうすると,原告代表者が本件特許発明の特許を受ける権利を有する一方,被告は本件特許発明の特許を受ける権利を有さないから,被告による出願は冒認出願であって特許法123条1項6号に該当するしたがって,原告代表者から特許を受ける権利を承継した原告は,被告に対し,特許法74条1項に基づく特許権移転登録手続請求権を有する。

第3 検討

 本件は,被告の出願が冒認出願であるとして,特許法74条1項に基づく移転登録手続請求を認容した事案である。
 特許法74条1項に基づく特許権移転請求権が成立するための要件は,①単独出願の場合は,特許法123条1項6号の要件を満たすこと,②原告が特許を受ける権利を有することである。このように,本項は,原告に,②原告が特許を受ける権利を有すること(原告が真実の発明者であること,または,第三者が真実の発明者であり,原告が当該第三者から特許を受ける権利を譲り受けたこと)の事実について立証責任があることを直接的に規定しており,一般論として,その立証活動はハードルが高いと考えられている。しかし,本件は,原告がその立証活動に成功した事案である。
 発明者とは,当該特許発明の創作行為に現実に加担した者といい,裁判例上,当業者が実施できる程度の具体的な着想をしたか等で判断される。
 本件では,原告が,本件特許にかかる発明について,具体的な着想に至るまでの過程を入念に主張立証し,その主張立証に成功した。つまり,原告代表者が,本件特許発明に係る自動洗髪機(頭皮をマッサージしながら洗う機械)の開発に当たり,「頭皮に触れずにシャワーの水圧で流す方法」「ギアを使って突起にかかる圧力を均等にする方法」,「突起等をばねで伸ばす方法」等を検討したが,各方法に問題があることを把握したこと,「このような分析・検討を経て,原告代表者は,頭部の形状等が個人で異なり,頭部全体に均等な圧力で突起部を当接させにくいという課題の解決手段として,柔らかいエアバッグに突起部を備え,エアバッグに空気を入れて膨張させるという着想にたどり着いた」ことを主張立証して,裁判所がその事実を認定した。
 ここで,重要なのが具体的な着想に至るまでの事実を証明する証拠であるが,本件では,その重要な一つとして,原告代表者の業務日報があった。原告代表者は,新たに開発する際には,アイデアを従業員との間でアイデアをやり取りして,それを業務日報に記録していた。本件は,発明者又は共同発明者の認定において,業務日報や研究ノート等,普段から開発経緯を記載し、記録しておくことが重要であることを認識させてくれる事案でもある。
 他方で,被告が,被告が本件特許に係る発明の発明者であることを立証する証拠として,被告代表者が原告代表者に提示した図面を提出したが,原告側の主張を受け,また,証人尋問において,当該図面の作成経緯に関する被告代表者の主張が大きく変遷していること等から,その信用性が低いものであると判断された。上記のように,原告が開発の経緯に関する客観的証拠を有しており,それに基づき,丁寧に発明に至る経緯を主張したことから,被告としては,無理筋な主張や信用性の低い証拠の提出をせざるをえなかったのだろう。

以上

(筆者)弁護士 山崎臨在