知財高裁令和3年3月30日(令和2年(行ケ)第10133号審決取消請求事件)

【キーワード】
商標法3条1項3号,標準文字,普通名称,記述的商標,商標法3条2項,使用による識別性,商標法7条の2,地域団体商標,団体商標

・事案

原告は京都府茶協同組合であり,被告は特許庁長官である。
審決取消訴訟(本件訴訟)に至るまでの経緯は以下のとおりである。

日時 事柄
2006年4月1日 原告,「宇治茶」について地域団体商標として出願。
2007年2月16日 上記出願について,拒絶理由通知。
2007年5月11日 上記出願について,登録査定。
→商標登録第5050328号
・権利者:原告
・指定商品・役務:
第30類 京都府・奈良県・滋賀県・三重県の4府県産茶を京都府内業者が京都府内において宇治地域に由来する製法により仕上加工した緑茶
・登録商標

2017年9月6日 原告,団体商標登録出願として,「Ujicha」の文字を標準文字で表して構成される標章について,登録出願(以下,「本願商標」)。
2018年6月1日 原告,手続補正書により本願商標の指定商品を補正。
2019年4月10日 本願商標について,拒絶査定。
2019年7月12日 原告,拒絶査定不服審判を請求(不服2019-009429号事件)
原告,拒絶査定不服審判を請求(不服2019-009429号事件) 2020年9月30日 特許庁は,上記事件について,「本件審判の請求は,成り立たない」と請求不成立審決。
2020年11月11日 原告,本件訴訟を提起(知財高裁)。
2021年3月30日 本件訴訟について,知財高裁が判決言渡し。

・知財高裁の判断

知財高裁は,本願商標について,普通名称であり,かつ使用による自他識別力の取得も認められないとして,原告の請求を棄却した。

・判旨抜粋

(※太字,下線及び墨括弧箇所は,筆者加筆による)

【本願商標の構成について】
・本願商標は,「Ujicha」の文字を標準文字で表して構成されるものであり,我が国におけるローマ字の普及状況に鑑みれば,需要者において,「宇治茶」の語の表音を欧文字で表記したものと容易に認識できると解される。
【普通名称該当性(商標法3条1項3号該当性)について】
・広辞苑第7版…新茶業全書…茶道時典…多数のウェブサイト…そうすると,本願商標は,その指定商品との関係において,「京都府宇治地方で製造又は販売する茶」であることを認識,理解させるにすぎず,単に商品の産地,販売地,品質又は原材料を普通に用いられる方法で表示するものであって,商標法3条1項3号に該当するものというべきである。
・国際化の進展による外国人需要者の増加や,我が国におけるローマ字の普及状況も考慮すれば,欧文字表記は,取引者において一般的に使用する範囲に属するものであって「普通に用いられる方法」に当たるというべきである

【地域団体商標について】
・商標法7条の2は,地域名と商品名からなる商標は自他識別力を有しないため,原則として同法3条1項3号又は6号に該当すると解されることから,一定の要件を備えた場合に,「第3条の規定(同条第1項1号又は第2号に係る場合を除く。)にかかわらず,」地域団体商標の商標登録を受けることができるとしているものであり,地域団体商標の登録を受けたからといって,当然に同法3条1項3号に該当しない(出所識別機能を有する)ことになるわけではないことは明らかである。
・本件地域団体商標に係る効力がそれとは異なる「Ujicha」の商標に及ばないからといって,地域団体商標制度を設けた趣旨が没却されるとは到底いえない
地域団体商標制度が,同法3条2項よりも緩和された要件で地域の名称及び商品・役務の名称からなる商標の登録を認めるもので,例えば,要求される周知性の程度が,同項に基づき登録を受ける場合に求められるより緩やかで足りる(全国的な周知性までは求められない。)と解される

【使用による識別性(商標法3条2項)について】
このような自他識別力を取得するには,商品又は役務の主体が特定の者であることが商品又は役務の需要者の間で全国的に認識され,また,出願商標と使用商標は少なくとも実質的に同一であることを要すると解される。
・本願商標「Ujicha」と甲2の表示は,その文字数や記載ぶりが大きく異なるものというべきであるから,両者が実質的に同一であると認めることはできない
・このような記載では,原告固有の商標として表示しているのか,単なる産地表示や品質表示として表示しているのかが明らかとはいえず当該表示に接する需要者が,本願商標について,原告又はその構成員固有の出所識別標識であると直ちに認識,理解するとはいえない
・結局,原告又はその構成員による本願商標の使用状況は明らかでない
・これらを総合すると,本願商標が,原告又はその構成員により使用をされた結果,需要者が原告又はその構成員の業務に係る商品であると全国的に認識されているとはいえず,本願商標は商標法3条2項の要件を具備しないというべきことは明らかである。

・検討

1. 地域団体商標について
地域団体商標制度は,2006年4月1日から始まったものであり,2021年7月末時点で,全国778件の地域団体商標が登録されている
当該制度は,「地域ブランド」の保護による地域経済の活性化を目的として,地域の名称+商品・役務の普通名称or商品・役務の慣用名称の組み合わせについて,登録要件を緩和して商標登録を認めるものである
このため,本判決が,「地域団体商標の登録を受けたからといって,当然に同法3条1項3号に該当しない(出所識別機能を有する)ことになるわけではないことは明らか」であり,地域団体商標について,要求される周知性の程度が,商標法3条2項に基づき登録を受ける場合に求められるより緩やかで足りる(全国的な周知性までは求められない)と判示したのは,至極妥当なものであると考えられる。

2. 地域団体商標を欧文字表記した標章について取り得る選択肢について
海外進出や(コロナ禍後の)インバウンド需要を見据えた場合,地域団体商標をローマ字で表記した標章については,どのように権利保護を図ればよいのであろうか。
(1) 使用による自他識別力を取得しての商標出願
本判決から明らかなように,まずは,地域団体商標の登録団体やその構成員が使用して自他識別力を取得することが考えられる。
この場合,留意すべきは,本判決が言うように「出願商標と使用商標は少なくとも実質的に同一であることを要する」という点である。
使用したことや全国的に認知されて自他識別力を取得したことを立証するためには,本願商標のように標準文字とするよりも,ローマ字表記の特徴的なロゴを開発して使用した方が適当と考えられるし,ブランディングの観点からも好ましいと言えよう。
(2) GI(地理的表示)について
TRIPs協定(世界貿易機関を設立するマラケシュ協定附属書一Cの知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)に基づいた制度を確立すべく,日EU・EPAの交渉・締結といった流れの中,「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」(いわゆる地理的表示法,GI法)が2014年6月に成立し,2015年6月から施行され ,2021年6月21日現在,109件の地理的表示が登録されている
GIについては,日EU・EPA及び日英・EPAによって相互保護が図られているため,場合によっては,EU又は英国において,翻訳名称が当該国における保護を受けられ得る 。
しかし,GIの相互保護のためには相手国との調整が必要であり,また我が国におけるローマ字表記の標章の権利化とは異なるため,留意を要する。
(3) 不正競争防止法について
不正競争防止法の周知表示又は著名表示に該当すれば,その混同惹起行為又は冒用行為に対して同法による保護が受けられる。
もっとも,当該保護を受けるためには,そもそも商品等表示であることに加えて,当該表示が周知性又は著名性を獲得したことを主張・立証する必要がある。
本願商標について,本判決は,「単なる産地表示や品質表示として表示」されていた可能性を認定しているところ,不正競争防止法においても,単なる産地表示や品質表示としての使用であると認められてしまうと,商品等表示該当性が危うくなってしまう。
不正競争防止法に基づく保護も選択肢に入れるのであれば,上記(1)同様に,特徴的なロゴを開発して使用することが好ましいと言えよう。

以上
(筆者)弁護士  阿久津匡美


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地理的表示(GI)保護制度:農林水産省 (maff.go.jp)

登録産品一覧:農林水産省 (maff.go.jp)