【令和3年4月8日(大阪地裁平成30年(ワ)第5629号)】

【キーワード】

著作権法,著作物,ありふれた表現,職務著作

【事案の概要】

 原告及び被告は,広告代理店業を主たる業務とする株式会社であり,それぞれ株式会社リクルートホールディングス(以下「リクルート」という。)へ求人広告原稿を入稿している。

原告は,被告がリクルートに入稿した求人広告原稿(以下「被告会社原稿」という。)が,原告がリクルートに入稿した求人広告原稿(以下「原告原稿」という。)にかかる著作権を侵害しているとして,被告に対し,損害賠償請求を行った(本件では他に共同不法行為に基づく損害賠償請求も行われているが,ここでは割愛する)。

原告原稿と被告会社原稿はそれぞれ7つあり,そのうちの一部は以下のとおりである。

<原稿目録1>

<原稿目録2>

【争点】

・原告原稿の著作物性

・原告原稿の著作権の帰属

【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)

第1・第2 (省略)

第3 当裁判所の判断

1~3 (省略)

4 原告原稿6に係る著作権の帰属(争点7)について

(1)・(2) (省略)

(3) 小括

以上より,仮に原告原稿6が著作物性を認められる物であったとしても,その著作権はフェースジムに属し,原告はこれを有しない。そうである以上,原告原稿6に関し,原告は,被告会社に対し,著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権を有しない。

5 原告原稿1~5及び7について

(1) 著作物性(争点6)について

ア 著作物とは,「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作法2条1項1号)であるところ,「創作的」といえるためには,何らかの個性が表れていれば足りるものの,表現の目的ないし性質上,その表現方法が一義的に決まり,他の表現方法を選択する余地がない場合や,選択の余地はあってもその幅が狭く,誰が行っても同じようなありふれた表現にならざるを得ない場合には,創作性は否定される。

  このような観点から,以下,原告原稿1~5及び7の著作物性について検討する。

イ 原告原稿1について

原告原稿1は,建築・土木・設計等を業とする広告主による,分譲マンションの建築設計業務全般のマネージメントを仕事内容とする求人広告である(甲15の1,15の1の2)。

このうち,キャッチコピーは,広告の冒頭に大きく掲載されると共に,「設計と同じくらいに「人生の図面」を引く。」とすることで,広告主の業種に対応すると同時に,求人対象にとっては就職が人生における重要な選択であることを踏まえた表現をし,読者の興味,関心を喚起することを意図したものといえる。

また,これに続けて,本文コピー①でキャッチコピーの表現と相通じる表現を行うことで,キャッチコピーから本文にスムーズにつなげると共に,キャッチコピーにより受けた印象を強めているといえる。

さらに,本文コピー②においては,「未来の住人たちから選ばれる」といった特徴的な表現を用いつつ,分譲マンションの建築及び設計のマネージャーという仕事が,マンション居住者の生活に対して影響を与え得ることによることなどを示すことで,仕事の内容ややりがいを伝える一方で,「とは言え」として逆説的に以後の文章とつなぐことにより,マネージャーの役割の重要性を強調している点で,構成における工夫が見られる。

このように,キャッチコピー及び本文コピーの部分のみを見ても,原告原稿1には,求人広告として読者の関心を喚起するための工夫が見受けられる。しかも,本文コピーは,自ずと字数の制限があるとはいえ,少なくないスペース及び字数が当てられており,物理的な観点からの表現方法の選択の幅が狭いとまではいえない。

したがって,原告原稿1は創作的なものといってよく,著作物性を認められる。

これに対し,被告会社は,原告原稿1につき,ありふれた表現を組み合わせたものに過ぎず,創作性がないなどと主張する。しかし,個々の単語ないし表現には類似の例が見られるとしても,全体としての表現の目的等を踏まえたその選択及び組合せその他の表現方法の点で創作性を認める余地はあるのであって,被告会社指摘に係る事情をもって直ちに著作物性が否定されるものではない。この点に関する被告会社の主張は採用できない。

ウ 原告原稿2について

原告原稿2は,小児科専門のクリニックである広告主による正看護師,准看護師等の求人広告である(甲16の1)。

原告原稿2は,リード及びボディコピーの部分において,来院する子供たちの様子や心情及びこれに対するクリニックの対応(待合室の様子等)を具体的に記載することにより,設備・環境面から子供たちをサポートするという広告主の姿勢を伝えると共に,そこで働くスタッフとして求められる人物像を説明している。また,医師を含む既存のスタッフによるサポートを得られることに繰り返し言及するなどして,働きやすさを強調する工夫もしている。

このように,リード及びボディコピーの部分のみを見ても,原告原稿2には,求人広告として読者の関心を喚起するための工夫が見受けられる。しかも,ボディコピーの部分は,自ずと字数の制限があるとはいえ,少なくないスペース及び字数が当てられており,物理的な観点からの表現方法の選択の幅が狭いとまではいえない。

したがって,原告原稿2は創作的なものといってよく,著作物性を認められる。

これに対し,被告会社は,原告原稿2についても,平易でありふれた表現の組合せに過ぎないなどと主張する。しかし,原告原稿1のと同様に,この点に関する被告会社の主張は採用できない。

エ 原告原稿3について

(省略)

オ 原告原稿4について

(省略)

カ 原告原稿5について

(省略)

キ 原告原稿7について

(省略)

ク 小括

以上のとおり,原告原稿1~5及び7については,いずれも著作物性が認められる。

(2) 著作権の帰属(争点7)について

原告原稿1~5及び7は,いずれも原告がリクルートに対して入稿して広告として掲載されたものである(前記第2の2(5))。これらの原稿は,リクルート媒体に掲載されるものであるから,原告が自己の著作の名義の下に公表するものとはいえないものの,原告の業務の性質上,原告とその従業員との関係において,直接的に当該原稿を作成した従業員を著作権者とする趣旨であるとは合理的に見て考え難い・・・。その他,これらの原稿に関する著作権が原告以外の第三者に帰属することをうかがわせる事情も見当たらない。

したがって,原告原稿1~5及び7の著作権は,いずれも原告に帰属するものと認められる。

これに対し,被告は,これらの原告原稿は原告が自己名義の下に公表するものではないから,原告には著作権が帰属しない旨主張する。しかし,上記のとおり,これらの原告原稿の著作権は,職務著作の成否に関わりなく,原告に帰属するものと認められるから,この点に関する被告会社の主張は採用できない。

5 被告会社による著作権侵害の成否及び原告の損害額(争点8)について

(1) 被告会社による著作権侵害の成否

ア 被告会社原稿1~5及び7は,いずれも被告会社がリクルートに対して入稿して広告として掲載されたものである(前記第2の2(5))。

別紙原稿目録の各「原告原稿」欄記載の原告原稿の表現と,これに対応する「被告会社原稿」欄記載の表現とを対比すると,原告原稿1~5及び7につき創作性が認められる部分・・・について,被告会社原稿1~5及び7は,原告原稿1~5及び7と同一又はほぼ同一の表現がされているものといってよい。このような同一性に加え,原告原稿1~5及び7が公刊物であるリクルート媒体に掲載されるものであることを踏まえれば,被告会社原稿1~5及び7は,上記原告原稿に依拠して作成されたものであると認められる。

したがって,被告会社による被告会社原稿1~5及び7の作成は,原告の著作権(複製権又は翻案権,公衆送信権)を侵害するものといえる。

(以下省略)

【検討】

1 著作物性

著作権法において保護される著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(同法2条1項1号)である。すなわち,対象物が著作物として保護されるためには,当該対象物に,①思想又は感情、②創作性、③表現、④文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものである,という4つの要件が備わっている必要がある。

②の要件である「創作性」は,表現者の何らかの個性が現れていれば足りるものと解されているが,ある表現物が「ありふれた表現」である場合は,②創作性が認めらない。表現の目的・性質上,表現方法の選択の幅が狭く,誰が表現しても同じようなものになる「ありふれた表現」は,表現者の個性が現れているとはいえないためである。

2 本件の検討

 本件では,求人広告での文章の著作物性が問題となったところ,裁判所は,原告原稿1及び原告原稿2での判示のとおり,原告原稿の目的を踏まえて,文章構成・繰返し表現により強調する工夫などから,原告原稿を「創作的なもの」であると認定し,著作物性を認めている。また,裁判所は,被告からの「原告原稿はありふれた表現を組み合わせたものにすぎない」という反論について,個々の文言等については類似の表現があったとしても(ありふれたものであったとしても),表現の目的等を踏まえた選択・組合せ等により創作性を認める余地がある旨を判示している。

 当該裁判所の判示は,ある表現物について,ありふれた表現であるのかどうかを判断する際に,当該表現物の目的等をどのように反映して判断するかという点の参考となるものと考える。

 なお,裁判所は,原告原稿と被告原稿について,創作性が認められる部分が同一又はほぼ同一の表現であるとして,その類似性を肯定している。

3 著作権の帰属について

 会社の発意に基づき従業員が職務上作成する著作物のうち,会社が自己の著作の名義の下に公表するものの著作権は,原則として会社に帰属する(著作権法第15条1項)。そのため,原告原稿を直接的に作成した者は原告の従業員だが,原告原稿が職務著作である場合は,原告に著作権が帰属することとなる。

この点,原告原稿は,リクルート媒体において求人広告の広告主の名前で掲載されるものであり,「会社が自己の著作の名義の下に公表する」という要件を欠く。したがって,原則的には,原告原稿は職務著作に該当せず,著作権は原告の従業員に帰属すると解される。

しかし,本件において,裁判所は,業務の性質・原告と従業員との関係から,従業員を著作権者とする趣旨とは考え難いとして,原告が著作権者であると判示している。

職務著作でないにもかかわらず,当然に会社が著作権者として扱われることは,例外的な取り扱いと考えられるため,上記判示は求人広告という著作物の性質を加味した本件事案に限定してのものと考える。

以上

 (筆者)弁護士 市橋景子