【平成30年12月03日(最高裁第二小法廷 平成30年(あ)第582号)】

【キーワード】
退職時の情報の持ち出し,営業秘密,不正競争行為,不正競争防止法違反,刑事罰,不正競争防止法21条1項3号

1 事案

本件は、被告人が、自動車の開発、製造、売買等を業とする大手自動車会社(以下「A」という。)に勤務しており、別の大手自動車会社に転職するにあたり、Aの営業秘密である商品企画に関する情報などを、自己所有のハードディスクに転送させたとして、刑事事件として起訴された事案である。横浜地裁は不正競争防止法違反に該当するとして、懲役1年(執行猶予3年)の判決を言い渡し、同事件は控訴され、東京高裁は控訴を棄却し、上告されたのが本件である。

2 最高裁の判断

最高裁は、「上告趣意は、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。」として、上告を棄却した。

その上で、不正競争防止法の「不正の利益を得る目的」について,被告人が「複製の作成は、記念写真の回収を目的としたものであって、いずれも被告人に転職先等で直接的又は間接的に参考にするなどといった目的はなかった」「「不正の利益を得る目的」があるというためには、正当な目的・事情がないことに加え、当罰性の高い目的が認定されなければならず、情報を転職先等で直接的又は間接的に参考にするなどという曖昧な目的はこれに当たらない」などと主張していたので、職権で、以下のとおり判示した。

すなわち、最高裁は、不正競争防止法の「不正の利益を得る目的」について、以下のとおり判示した。

「所論は、前記1(1)の複製の作成について、業務関係データの整理を目的としていた旨をいうが、前記のとおり、被告人が、複製した各データファイルを用いてAの業務を遂行した事実はない上、会社パソコンの社外利用等の許可を受け、現に同月16日にも自宅に会社パソコンを持ち帰っていた被告人が、Aの業務遂行のためにあえて会社パソコンから私物のハードディスクや私物パソコンに前記1(1)の各データファイルを複製する必要性も合理性も見いだせないこと等からすれば、前記1(1)の複製の作成は、Aの業務遂行以外の目的によるものと認められる。
また、前記1(2)の複製の作成については、最終出社日の翌日に被告人がAの業務を遂行する必要がなかったことは明らかであるから、Aの業務遂行以外の目的によるものと認められる。なお、4フォルダの中に「宴会写真」フォルダ在中の写真等、所論がいう記念写真となり得る画像データが含まれているものの、その数は全体の中ではごく一部で、自動車の商品企画等に関するデータファイルの数が相当多数を占める上、被告人は2日前の同月25日にも同じ4フォルダの複製を試みるなど、4フォルダ全体の複製にこだわり、記念写真となり得る画像データを選別しようとしていないことに照らし、前記1(2)の複製の作成が記念写真の回収のみを目的としたものとみることはできない。」「以上のとおり、被告人は、勤務先を退職し同業他社へ転職する直前に、勤務先の営業秘密である前記1の各データファイルを私物のハードディスクに複製しているところ、当該複製は勤務先の業務遂行の目的によるものではなく、その他の正当な目的の存在をうかがわせる事情もないなどの本件事実関係によれば、当該複製が被告人自身又は転職先その他の勤務先以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことは合理的に推認できるから、被告人には法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があったといえる。以上と同旨の第1審判決を是認した原判断は正当である。」

3 検討

本件は、被告人が、大手自動車会社から、競合する別の大手自動車会社に転職する際に、退職直前に会社のデータを私用のハードディスクに複製したことが、不正競争防止法違反(刑事事件)に該当する判断されたものである(上告は棄却)。

被告人は、複製の目的は記念写真の回収であるとして、また、「不正の利益を得る目的」があるというためには、正当な目的・事情がないことに加え、当罰性の高い目的が認定されなければならず、情報を転職先等で直接的又は間接的に参考にするなどという曖昧な目的はこれに当たらないと主張した。

しかし、最高裁は、被告人の行為は退職直前の行動であること、記念写真のデータは複製したデータの一部分であること、私的パソコンにデータ複製をする必要性も合理性も見いだせないこと等を根拠として、被告人の行為は退職後に被告人自身又は転職先その他の勤務先以外の第三者のためにデータを利用することを目的としたものであったことは合理的に推認できるとして、「不正の利益を得る目的」に該当すると、判断した。

本件のように、退職時の会社データの持ち出し行為は、単に民事上の責任を負うばかりでなく,刑事罰の対象ともなりうる点に、特に注意が必要であろう。

以上
(筆者)弁護士・弁理士 高橋正憲