【令和2年1月28日判決(平成31年(行ケ)第10031号)審決取消請求事件】

【キーワード】
進歩性、容易想到性、課題の共通性、動機付け

【判旨】
 本件は、名称を「低温靱性に優れたラインパイプ用溶接鋼管並びにその製造方法」とする発明にかかる特許出願(特願2013−28145、以下「本件出願」といい、本件特許の請求項1に記載の発明を「本願発明」という。)についての審決取消請求事件である。
 原告は、本件出願について拒絶査定を受けたので、これを不服として審判を請求したが、特許庁は請求を棄却した.そこで、原告は、審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。
 裁判所は、容易想到性の判断に関し、本願発明と引用発明とは、技術分野において共通するものの、本願発明の課題が外面溶接影響部における低温靱性の向上であるのに対し、引用発明の課題がシーム溶接部に発生する低温割れの防止であることから、解決課題が異なり、課題解決手段も異なることなどを挙げて、引用発明から本願発明に至る動機付けがないと判断した。
 進歩性判断にあたり、本願発明と引用発明との課題の共通性を考慮すべきか、考慮するとして、どのように位置づけるかを検討する上で、参考になる裁判例である。

事案の概要

1 本願発明
【請求項1】
 管状に成形された鋼板を溶接した溶接鋼管であって、/管状に成形された前記鋼板の突き合せ部をサブマージアーク溶接で内面外面の順に内外面それぞれ一層溶接され、/溶接部において、内面側溶融線と外面側溶融線との会合部を内外面溶融線会合部とした際、内面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L1(mm)と、外面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L2(mm)とが(1)式を満足し、/前記鋼管の周方向を引張方向とした際、前記鋼板の引張強度が570~825MPaであることを特徴とする低温靭性に優れたラインパイプ用溶接鋼管。0.1≦L2/L1≦0.86・・・(1)

2 引用発明
 円筒状に成形した鋼板をシーム溶接したUO鋼管であって、/鋼板を円筒状に成形した後に、その鋼板の突き合わせ部を、内面からサブマージアーク溶接により先行するシーム溶接を行い、その後、外面からサブマージアーク溶接により後続するシーム溶接を行うことで、内外面両側から各々1層づつ順番にシーム溶接をし、/溶接部において、先行するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW1、後続するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW2とする場合に、0.6≦W2/W1≦0.8、あるいは1.2≦W2/W1≦2.5の関係を満足し、/鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下である耐低温割れ性に優れた天然ガス・原油輸送用ラインパイプ用UO鋼管。

2 引用発明との相違点
(相違点1)
 本願発明が、「溶接部において、内面側溶融線と外面側溶融線との会合部を内外面溶融線会合部とした際、内面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L1(mm)と、外面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L2(mm)とが(1)式0.1≦L2/L1≦0.86を満足し」ているのに対し、引用発明は、「溶接部において、先行するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW1、後続するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW2とする場合に、0.6≦W2/W1≦0.8、あるいは1.2≦W2/W1≦2.5の関係を満足し」ている点。

(相違点2)
 本願発明が、「前記鋼管の周方向を引張方向とした際」、「前記鋼板の引張強度が570~825MPaである」のに対し、引用発明は、「鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下である」点。

3 判旨抜粋(各見出し及び下線は著者が便宜上付した。)
(1)本願発明及び引用発明の内容
 本願発明は、管状に成形された鋼板の突き合せ部をサブマージアーク溶接で内面外面の順に内外面それぞれ一層溶接したラインパイプ用溶接鋼管において、溶接による熱影響部(HAZ)で優れた低温靭性を得るため、溶接部において、内面側溶融線と外面側溶融線との会合部を内外面溶融線会合部とした際、内面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L1と、外面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L2とが0.1≦L2/L1≦0.86を満足し、前記鋼管の周方向を引張方向とした際、前記鋼板の引張強度が570~825MPaであるように規定したものである。
 一方、引用発明は、管状に成形された鋼板の突き合せ部をサブマージアーク溶接で内面外面の順に内外面それぞれ一層シーム溶接した、ラインパイプに用いられるUO鋼管において、シーム溶接部に発生する低温割れを防止するため、溶接部において、先行するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW1、後続するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW2とする場合に、0.6≦W2/W1≦0.8、あるいは1.2≦W2/W1≦2.5の関係を満足し、鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下と規定したものである。

(2)技術分野の共通性
 そうすると、本願発明と引用発明とは、いずれも、管状に成形された鋼板の突き合せ部をサブマージアーク溶接で内面外面の順に内外面それぞれ一層溶接したラインパイプ用溶接鋼管に関するものであり、技術分野において共通する

(3)課題が違うことから相違点1に至る動機付けがないこと
 しかしながら、本願発明は、外面入熱を大幅に低減して外面溶接熱影響部の低温靭性を向上させ、内面溶接熱影響部の低温靭性を劣化させない範囲に内面入熱を制御することで、十分な溶け込みを得ながら内外面両方の溶接熱影響部で優れた低温靭性を得ることを目的として、内面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L1と、外面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L2の比を検討し、内外面両方の溶接熱影響部の低温靭性を向上させることができるよう、L2/L1の上限及び下限を設定したものである。これに対し、引用発明は、シーム溶接部に発生する低温割れを防止するため、先行するシーム溶接の溶接金属内に発生する溶接線方向の残留応力の変化に着目して、先行するシーム溶接の溶接金属の厚さW1と後続するシーム溶接の溶接金属の厚さW2の比を検討し、残留応力が大きくならない範囲であり、かつ、低温における吸収エネルギーの低値の発生頻度が大きくない範囲において、W2/W1の上限及び下限を設定したものである。
 そうすると、本願発明と引用発明とは、本願発明が、外面溶接熱影響部における低温靭性の向上を課題として、L2/L1の上限及び下限を規定しているのに対し、引用発明は、内面溶接金属内におけるシーム溶接部に発生する低温割れの防止を課題として、W2/W1の上限及び下限を規定しているのであるから、両者はその解決しようとする課題が異なる。また、その課題を解決するための手段も、本願発明は、外面熱影響部において、外面入熱を低減して粒径の粗大化を抑制するものであるのに対し、引用発明は、先行するシーム溶接(内面)の溶接金属に発生する溶接線方向の引張応力を低減するものである。したがって、引用例1には、外面溶接熱影響部における低温靭性の向上のため、W2/W1をL2/L1に置き換えることの記載も示唆もない
 そして、溶接ビード幅中央の位置における溶接金属の厚さであるW2/W1と、母材表面から内外面溶融線会合部までの距離の比であるL2/L1とは、余盛部分の厚さや、内外面溶融線会合部から外面溶接金属の先端までの距離を考慮するか否かにおいて、技術的意義が異なるところ、引用発明においてW2/W1に替えてL2/L1を採用するなら、余盛部分の厚さや内外面溶融線会合部から外面溶接金属の先端までの距離を含む溶接金属の厚さが考慮されないことになる。
 また、W2/W1が一定であっても、内面側溶接金属の溶け込み量が変化すると、L2/L1は変動するから、W2/W1とL2/L1とは相関がなく、W2/W1に対してL2/L1は一義的に定まるものではない。
 以上によれば、引用発明のW2/W1をL2/L1に置き換える動機付けがあるとはいえないというべきである。

(4)相違点2に至る動機付けがないこと
 引用発明のW2/W1は、鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下という条件下での溶接金属内での残留応力を根拠として最適化されたものであり、引用例1には、これを850MPa未満のものに変更することの記載も示唆もない
 そうすると、本願出願時において、鋼管の周方向に対応する引張強度が600~800MPaの鋼板について、その突合せ部を内外面から1パスずつサブマージドアーク溶接することで、低温靭性に優れたラインパイプ用溶接鋼管を製造することが知られていたことを考慮しても、鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下という条件下でW2/W1を最適化した引用発明において、鋼板の引張強度が570~825MPaのものに変更することについて、動機付けがあるとはいえない

(5)まとめ
 よって、相違点1及び2は、引用発明及び引用例2の技術事項に基づいて、当業者が容易に想到できたものであるとはいえない。

検討

 近時、本願発明の課題は、進歩性判断において考慮すべき要素とされている。この点について、知財高裁平成21年1月28日判決(判時2043号117頁・回路用接続部材事件)は、以下のように述べる。

 出願に係る発明の特徴点(先行技術と相違する構成)は、当該発明が目的とした課題を解決するためのものであるから、容易想到性の有無を客観的に判断するためには、当該発明の特徴点を的確に把握すること、すなわち、当該発明が目的とする課題を的確に把握することが必要不可欠である。

 さらに、当該発明が容易想到であると判断するためには、先行技術の内容の検討に当たっても、当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく、当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が存在することが必要であるというべきであるのは当然である。

 このように、回路用接続部材事件は、①容易想到性の判断に当たっては、本願発明の課題を的確に把握すべきであること、及び②容易想到であるとするためには、示唆等が存在することが必要であること、を述べている。そして、結論として、同事件は、引用文献中に本願発明の課題は開示されていないことから、本願発明に至る示唆がないと判断し、進歩性を肯定した。
 一方、本判決も、

 本願発明と引用発明とは、本願発明が、外面溶接熱影響部における低温靭性の向上を課題として、L2/L1の上限及び下限を規定しているのに対し、引用発明は、内面溶接金属内におけるシーム溶接部に発生する低温割れの防止を課題として、W2/W1の上限及び下限を規定しているのであるから、両者はその解決しようとする課題が異なる

 したがって、引用例1には、外面溶接熱影響部における低温靭性の向上のため、W2/W1をL2/L1に置き換えることの記載も示唆もない

と述べて、本願発明と引用発明とでは、解決課題が異なることから、本願発明に至る記載や示唆がないと述べて、進歩性を肯定した。したがって、本判決は、明示的に規範を立てていないが、少なくともその当てはめにおいて、回路用接続部材事件と同様の枠組みを取るものであると思われる(なお、本判決では、回路用接続部材事件とは異なり、本願発明と引用発明の課題解決手段も異なることが認定されている。)。
 もっとも、言うまでもないことであるが、本願発明は、クレームに記載された課題解決手段に対応する構成より定まるものであり、課題自身はその発明の要旨に含まれることはないから、当該構成に至ることが容易想到であれば、本願発明と引用発明とで、着目した課題が異なる場合であっても、進歩性は否定されなければならない。
 したがって、本願発明と引用発明との課題の共通性は、あくまで、引用文献中に、本願発明の構成に至る動機付けとなるような記載ないし示唆が存在するか否かの検討にあたって(言い換えれば、引用文献に記載された発明ないし技術的事項を正確に把握するための前提として)考慮すべきものであり、引用発明から本願発明に至る動機付けの有無を直接に根拠づけるわけではない。
 回路用接続部材事件や本判決も、そのような趣旨で理解すべきであり、それを離れて、課題の共通性を、進歩性判断のための独立の考慮要素として検討することは誤りであると思われる。

以上
(文責)弁護士・弁理士 森下梓