【令和3年11月30日判決(知財高裁 令和3年(行ケ)第10016号)】

【キーワード】延長登録、特許法67条の7第1項1号
【概要】
 原告デビオファーム・インターナショナル・エス・アーは、下記本件発明(請求項1に係る発明のみを記載する。)を含む本件特許(特許第4430229号)について、下記本件医薬品に基づき延長登録出願をしたところ、特許庁は、本件発明の実施に本件医薬品に係る製造販売承認を受けることが必要であったとは認められないとして、拒絶審決をなした。

本件発明
【請求項1】 オキサリプラチン、有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物であって、製薬上許容可能な担体が水であり、緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり、
1)緩衝剤の量が、以下の: 
(a)5x10-5M~1x10-2M、 
(b)5x10-5M~5x10-3M、 
(c)5x10-5M~2x10-3M、 
(d)1x10-4M~2x10-3M、または 
(e)1x10-4M~5x10-4
の範囲のモル濃度である、pHが3~4.5の範囲の組成物、あるいは
2)緩衝剤の量が、5x10-5M~1x10-4Mの範囲のモル濃度である、組成物。

本件医薬品
 処分の対象となった物
 販売名:エルプラット点滴静注液50mg
 有効成分:オキサリプラチン
 処分の対象となった物について特定された用途
 治癒切除不能な進行・再発の胃癌

 そこで、原告は本件審決取消訴訟を提起した。争点となったのは、本件医薬品に本件発明の緩衝剤が含有されているか否かである。本件医薬品は、オキサリプラチンと水とからなり、オキサリプラチンの経時分解物としてシュウ酸をクレームの数値範囲に含む。これに対し審決は、本件発明の「緩衝剤」は、予め溶液中に添加されたものを意味するとして、オキサリプラチンの分解物を緩衝剤として認めず、本件医薬品を本件発明の実施品でないと判断した。

 本判決は審決と同様に、本件医薬品が本件発明の「緩衝剤」を含まないことを理由として、原告の請求を棄却した。

 なお、本件特許は、既に複数の被告を相手方として侵害訴訟が争われ、本判決と同様の理由で非侵害の判断が下されている(例えば原告と日本化薬株式会社との間で争われたものとして、知財高裁平成28年(ネ)第10031号)。

 また、本判決と同時に、本件特許に関し、本件医薬品とは別の効能効果、或いは別の用法・用量に関して政令処分を受けた医薬品(販売名は同じくエルプラット)に基づき、同様に延長登録を認めないとの判断がなされている(知財高裁令和3年(行ケ)第10017号ないし第10021号)。

第1 判旨抜粋

 特許権の存続期間の延長登録の制度は、政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものであるから、本件医薬品の製造販売が、本件各発明の実施に当たらないのであれば、本件処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかったということはできない。

 ところで、本件処分は、オキサリプラチンを有効成分とする「エルプラット点滴静注液50mg」(本件医薬品)に係る本件処分に係る医薬品製造販売承認事項一部変更承認申請当時・・・の法14条9項に規定する医薬品の製造販売についての承認である。原告は、本件医薬品はオキサリプラチンと注射用水からなり、本件医薬品中でオキサリプラチンが水と反応して遊離したシュウ酸を緩衝剤とする旨主張している。

そこで、以下、本件医薬品の製造販売行為が、本件各発明の実施に当たるか検討する。

 本件各発明の特許請求の範囲の記載は、前記・・・のとおりであり、本件発明・・・については、①オキサリプラチン、②有効安定化量の緩衝剤であるシュウ酸又はそのアルカリ金属塩及び③製薬上許容可能な担体である水、を包含する「安定オキサリプラチン溶液組成物」に係るものであ・・・る。

 原告は本件審決における「緩衝剤の量」の認定に誤りがあると主張するので検討するに、・・・特許請求の範囲の記載からすると、「緩衝剤」は、溶液に添加したり、混合することを前提とするものと解するのが自然である。また、上記の通り、本件発明・・・が、オキサリプラチン、緩衝剤及び担体を含む溶液組成物に係るものであるところ、オキサリプラチンを水に溶解させたときに生じるシュウ酸を緩衝剤と称し、オキサリプラチンや水とは別個の要素として把握するのは不自然である。さらに、「緩衝剤」の「剤」は、「各種の薬を調合すること。また、その薬」(広辞苑〔第6版〕)を意味するから、この一般的な意義に従うと、「緩衝剤」は、「緩衝作用を有する薬」を意味すると解される。そうすると、特許請求の範囲の記載からは、本件各発明における「緩衝剤」に、オキサリプラチンから遊離したシュウ酸は含まれないと解するのが相当である。

 次に、特許請求の範囲に記載された用語の意義は、明細書の記載を考慮して解釈するものとされる(特許法70条2項)ので、本件明細書(甲1)の記載をみると・・・「緩衝剤という用語」について、「オキサリプラチン溶液を安定化し、それにより望ましくない不純物、例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する。」(【0022】)として、これを定義付ける記載があり、上記の「剤」の一般的意義に照らしても、「緩衝剤」について、「緩衝作用を有する薬」を意味するものと理解することは、本件明細書の記載にも整合する。

 なお、原告は、本件において、本件明細書の記載を考慮すべきではない旨主張しているが、特許法70条2項は一般的に特許発明の技術的範囲を定める場面に適用され、特許侵害訴訟における充足性を検討する場面にのみ適用されるものではないから、原告の上記主張は採用できない。また、原告は、オキサリプラチンから遊離したシュウ酸が緩衝剤としての役割を果たすと主張するが、同主張は本件特許の特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載に整合していないし、一般に、有効成分である化合物が水溶液中で分解した場合に、当該分解物を「緩衝剤」と称するというような技術常識があると認めるべき証拠もない。

 そして、・・・本件各発明が、オキサリプラチンと水からなる従来技術よりも安定したオキサリプラチン溶液組成物を提供することを目的とするものであることに加え、本件明細書には、緩衝剤としてシュウ酸が二水和物として付加される実施例1~17が記載され、オキサリプラチン及び水のみからなる実施例18は従来技術である比較例とされていることなどの本件明細書のその余の記載を考慮しても、「緩衝剤」にオキサリプラチンから遊離したシュウ酸を含むと認めることはできない。そうすると、「緩衝剤の量」に、オキサリプラチンから遊離したシュウ酸の量を含めるべきであるという原告の主張を採用することはできず、本件発明・・・の「緩衝剤の量」について、「オキサリプラチン溶液組成物の作製時に、オキサリプラチン及び担体に添加、混合された緩衝剤の量を意味し、オキサリプラチン溶液組成物中のオキサリプラチンが経時的に分解することで生じたシュウ酸の量は、当該『緩衝剤の量』に含まれない」とする本件審決の認定に誤りはない。

 ・・・そうすると、本件医薬品を製造・販売することは、本件各発明の実施に当たらないから、本件医薬品には緩衝剤が外から添加されていないとして、特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないとした本件審決の判断に誤りはない。

第2 考察

本件は、現行特許法67条の7第1項1号の「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき」との要件に関する。この要件は、延長登録審査基準において、政令処分の対象となった医薬品が、特許発明の構成要件(発明特定事項)の全てを備えている必要があるとされている。延長登録無効理由として、特許法125条の3第1項1号においても同様の要件がある。

本判決は、上記延長登録拒絶理由の判断において、特許法70条2項の適用があることを明示した。リパーゼ判決(最高裁平成3年3月8日判決(昭和62年(行ツ)第3号))以降、無効論と充足論のダブルスタンダードが問題となり、近時の侵害訴訟においては、無効論を検討する際にも(リパーゼ判決の規範を踏襲した上で)明細書を参酌して用語の意義を解釈し、要旨認定と技術的範囲とを統一的に判断する裁判例も多い(例えば平成25年(ワ)第14825号)。

このダブルスタンダードの問題は、延長登録無効理由と充足論の関係でも同様に当てはまる。すなわち、後発医薬品は、特許発明との関係で、先発医薬品と同様の技術的特徴を備えていることが多く(特に、延長登録の効力範囲は、オキサリプラチン大合議判決(知財高裁平成29年1月20日判決(平成28年(ネ)第10046号))、特許発明の内容との関係で、成分、分量、効能、効果、用法、用量の差異を検討して実質同一性が判断されることから、延長登録の効力範囲に属することとなる後発医薬品は、これらの考慮要素において、特許発明との関係で先発医薬品との差異が少ない。)、その場合、政令処分を受けた先発医薬品が延長登録無効理由との関係で特許発明の技術的範囲に属しないと判断されると、同様の理由により後発医薬品が特許発明を充足しないと判断され得るためである。

そのため、本判決が、70条2項を適用して延長登録拒絶理由の判断をなしたことは適切である。

(文責)弁護士・弁理士 森下 梓