【最高裁第一小法廷判決令和3年6月28日(平成30年(あ)第1846号)】
【事案の概要(説明のため事案を簡略化している)】
製薬会社(被告会社)の従業員A(被告人)が、大学の医師等により実施された高血圧治療薬Xの臨床試験(本件臨床試験)及びその結果に基づいて行うサブ解析又は補助解析について臨床データの解析等の業務を担当していた。
被告人は、被告会社の業務に関し、①補助解析の結果を被告会社の広告資材等に用いるため、本件臨床試験の主任研究者であるFらと共に本件臨床試験の補助解析論文を記述するに当たり、同論文の定義に基づかないで薬剤の投与群を群分けし、本件臨床試験において確認された他剤投与群の脳卒中等のイベント数を水増しし、統計的に有意差が出ているか否かの指標となる値につき解析結果に基づかない数値を記載するなどして作成した虚偽の図表等のデータをFらに提供し、Fらをして、同データに基づいて、同論文原稿の本文に虚偽の記載をさせるとともに、上記虚偽の図表等を同論文の原稿に掲載させ、雑誌社の学術雑誌に同論文原稿を投稿させ、同社のホームページに同論文を掲載させて、不特定多数の者が閲覧可能な状態にした。なお、被告人は、②サブ解析の結果についても、被告会社の広告資材に用いるため、上記①と類似の行為を行っている。
被告人及び被告会社は、薬事法66条1項が禁ずる「虚偽」の「記事を…記述」したとして起訴された。
薬事法66条1項は、医薬品等の虚偽・誇大広告等を、以下のとおり禁止している。
薬事法は、2013年に医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)の法律名称に変更されたが(2014年施行)、薬機法66条1項にも、以下のとおり、同様の規定が設けられている。
第六十六条 何人も、医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器又は再生医療等製品の名称、製造方法、効能、効果又は性能に関して、明示的であると暗示的であるとを問わず、虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又は流布してはならない。
第一審の東京地裁では、同論文を作成して学術誌に投稿し、掲載してもらった行為は、薬事法66条1項所定の「記事を…記述」したことに当たらないとして無罪(東京地判平成29年3月16日(平成26年(特わ)第914号、平成26年(特わ)第1029号)、控訴審の東京高裁においても、薬事法66条1項の「記述」に当たらないとして無罪とした第一審判決は正当であるとして、検察官の控訴を棄却した。
【判示内容(判決文中、下線部や(※)部は本記事執筆者が挿入)】
⑴検察官は控訴審判決を不服として上告したが、最高裁は、「被告人に薬事法66条1項違反の罪は成立せず、被告会社にもその両罰規定は適用されない」として、控訴審判決の結論を維持した。以下では、そのロジックを簡単に見ていく。
⑵まず、最高裁は、薬事法66条1項の趣旨から同項が定める「記事を広告し、記述し、又は流布」する行為の意義について、以下のとおり、判示した。
上記のとおり、薬事法66条1項所定の行為に該当するか否かは、
①特定の医薬品等の購入・処方等を促すための手段として、
②不特定又は多数の者に対し、
③薬事法66条1項所定の事項を告げ知らせる
か否かによって判断されることを明らかにした。
また、最高裁は、上記①に該当するか否かは、その告知の「内容、性質、態様等に照らし、客観的に判断する」ものとした。
⑶次に、最高裁は、以下のとおり、上記の判断基準を本件に当てはめた。
そして、このような専門的学術雑誌における学術研究成果の発表は、同一分野の専門家らによる検証・批判にさらされ、批判的意見も含む議論を通じ、その内容の正当性が確認されていくことが性質上当然に予定されているものということができる。以上のような本件各論文の本件各雑誌への掲載という情報発信の性質等は、本件各公訴事実記載の被告人の行為によって変わるものではない。
以上によれば、本件各論文の本件各雑誌への掲載は、特定の医薬品の購入・処方等を促すための手段としてされた告知とはいえず、薬事法66条1項の規制する行為に当たらないというべきである。
【若干のコメント】
本最高裁判決は薬事法における判断であるが、薬機法においても妥当することを前提にコメントする。
薬機法は、「医薬品等の広告」について一定の規制規定を設けている(同法66条~68条)。医薬品等の広告の該当性について、行政当局においては、「薬事法における医薬品等の広告の該当性」(平成10年9月29日医薬監第148号都道府県衛星主管部(局)長あて厚生省医薬安全局監視指導課長通知)に基づき、以下の要件をいずれも満たす場合に広告に該当するものと判断しているとしていた。
①顧客を誘引する(顧客の購入意欲を昴進させる)意図が明確であること
②特定医薬品等の商品名が明らかにされていること
③一般人が認知できる状態であること
本件の第一審判決及び控訴審判決は、概ね、上記①~③の基準に沿って「記事…を記述」(薬事法66条1項)したか否かを判断した(上記②及び③は認められ、専ら上記①の該当性が問題となった。)。なお、本件では、「広告」ではなく、「記事」の「記述」該当性の問題となっているが、記事の記述についても、上記の広告該当性と同様、当該記事の情報受領者の購入意欲を喚起・昴進させる手段としての性質を有する情報提供行為が問題となっている。以下に第一審判決の判示を一部掲載する。
記事の「記述」と「流布」との区別については、そのいずれであるかによって同項の適用上何らの差異もないことから厳密な区別は必要ではないものの、字義に照らすと、そのような情報提供行為のうち、少なくとも新聞、雑誌、ウェブサイト等に記事を掲載する行為は、記事の「記述」に当たると解される。
本最高裁判決も、「当該医薬品の購入・処方等を促すための手段」という文言を用いて、上記①の要件に沿うような内容の判示をしているが、全く同一の内容ともいえず、上記①に係る行政通達との差分については、注意が必要と考えられる。
以上のように、本最高裁判決は、薬事法(現薬機法)の「広告」等の意義について判示した重要な判決であり、特にバイオ関係の知財関係者においても参照すべきものと考えられるため、紹介した。
以上
弁護士 藤田達郎