【大阪地裁令和5年1月23日(令和2年(ワ)3473号)】

【判旨】

発明の名称を「照明器具」とする特許(特許第5982227号)に係る特許権を有する原告が、被告が製造・販売するスポットライトは本件特許に係る発明の技術的範囲に属するとして、被告に対し、特許法100条1項及び2項に基づき、被告各製品の製造等の差止めおよび廃棄を求めるとともに、不法行為(民法709条)に基づき約10億円の損害賠償および遅延損害金の支払いを求めた事案。裁判所は、被告各製品は本件各発明の技術的範囲に属し、公然実施発明または意匠公報を引例とする発明に基づく被告の新規性・進歩性欠如の各無効の抗弁はいずれも認められないとしつつ、特許法102条2項に基づき、8割の推定覆滅を認めた上で、損害額を認定した。

【キーワード】

特許法102条2項、推定覆滅事由、損害賠償

【1 事案の概要と争点】

 原告は、各種照明器具の製造、加工及び販売等を業とする株式会社であり、被告は、電機照明器具の製造及び販売等を業とする株式会社である。本件特許(特許第5982227号)は、2度にわたって訂正がされ、判決時の請求項1に係る発明は以下のとおりである。

【本件特許権】

内容
A基盤に配置された発光素子を有する光源部と、
B前記光源部の熱を空気中へ発散させる放熱部と、
C前記放熱部の少なくとも一部を覆う外装部と、
D一部が被固定部に固定されるブラケットと、を具備し、
E前記外装部の側部には、前記放熱部が露出する開口部が形成され、
F前記ブラケットは、前記放熱部における前記開口部から露出する部分に回転自在に取り付けられ、
G前記外装部は、前記放熱部とは別体に形成され、前記放熱部から取り外し可能であり、
H前記放熱部において前記ブラケットが取り付けられている位置よりも光を照らす方向とは反対側となる部分の少なくとも一部を覆うこと
Iを特徴とする照明器具。

 本件特許発明によれば、外装部に回動及び回転自在のブラケットを取り付けて光を照らす方向を変更可能とした係る照明器具において、ユーザーが光を照らす方向を変更しようとしたときに外装部に荷重が掛かりにくく、外装部の変形や破損を防ぐことが可能とされている。

※本件特許の明細書より抜粋

 被告製品は、構成要件D~Hの充足性について以下のとおり争いがあった。また、無効理由の有無や損害額についても争点となった。

【争点】

(1)  構成要件の充足性

  • ア 構成要件Dの充足性(争点1)
  • イ 構成要件Eの充足性(争点2)
  • ウ 構成要件Fの充足性(争点3)
  • エ 構成要件Gの充足性(争点4)
  • オ 構成要件Hの充足性(争点5)

(2)  本件特許に次の無効とすべき理由があるか(争点6)

  • ア 無効理由1(昭和53年に販売された被告1978年製品に係る発明(公然実施発明1)を引例とする進歩性欠如)(争点6-1)
  • イ 無効理由2(平成22年11月に販売された被告アンドナ製品に係る発明(公然実施発明2)を引例とする新規性・進歩性欠如)(争点6-2)
  • ウ 無効理由3(意匠登録第1447716号公報に記載された発明(乙11発明)を引例とする進歩性欠如)(争点6-3)

(3)  原告の被った損害額(争点7)

【2 裁判所の判断】

(1)発明の技術的意義

 まず、裁判所は、明細書の記載に基づき、特許発明について、外装部の変形及び破損防止のため、ブラケットを外装部ではなく放熱部に取り付けた点などに技術的意義があると判示した。

※判決文より抜粋(下線部は筆者付与。以下同じ。)

   (2)  本件各発明の技術的意義
 以上のような本件明細書の記載を踏まえると、本件各発明は、主に光源部、放熱部、外装部及びブラケットから構成されるスポットライト型の照明器具において、光の照射方向を変更可能とする回動及び回転自在のブラケットを外装部に取り付けると、ユーザーが照射方向を変更しようとしたときに、外装部に大きな荷重がかかり、外装部が変形したり破損したりする恐れがあるという課題に対して、ブラケットを外装部以外の部材、具体的には放熱部に取り付けることにより、外装部が変形及び破損しない作用効果を有する照明器具を提供することを目的とした発明である。すなわち、本件各発明は、外装部の変形及び破損防止のため、ブラケットを外装部ではなく放熱部に取り付けた点に、技術的意義を有するものであると認められる(本件意義1)。
 以上に加え、本件発明2は、「放熱部は、前記ブラケットが取り付けられるボスを有し、該ボスを始点とした放熱フィンが形成されている」との構成を有しており(構成要件J)、放熱部を製造する際に、ブラケットの取付部分であるボスから放熱フィンへ溶融材料が流れ込むことを可能にすることで、不良率を低減する効果を有する発明であると認められる(本件意義3)。

(2)構成要件Dの充足性(争点1)

 構成要件Dに関しては、被告製品における固定部21(ライティングダクトに接続される電源装置)が、本件特許発明の「被固定部」に該当するか否かが争われたが、裁判所は以下のとおり構成要件を充足すると判示した。

   ウ 前記のとおり、本件明細書において、「ブラケット」とは、照明器具の本体部分(光源部1、放熱部2及び外装部3から成るモジュール)を、照射方向に変更自在に支持できる構成部品であり、モジュールを構成する放熱部にボルト41によって回動自在に取り付けられるとともに、支持具42を中心として回転自在となるものである(【0021】)。本件明細書には、本件各発明に係る照明器具の1つの実施形態として、天井面や壁面などの被固定部Fに固定して使用することを主な使用形態とし、電源部5を備える照明器具が記載されている。当該照明器具は、被固定部Fに、電源部5が固定され、当該電源部5に、支持具42が固定され、当該支持具42を中心として、ブラケット4が回転する旨が記載されている(【0016】、【0017】、図3)。
   エ また、本件各発明の解決しようとした課題とその解決手段との関係で、被固定部の具体的態様が何らかの技術的意義を持つものではないことに加え、本件明細書の記載を参酌すると、本件各発明において、ブラケットの一部が固定される対象である被固定部は、(天井面や壁面などに固定される)電源部等の部材もこれに含むものと解される(原告の間接的に固定されることも含むとの主張は、このように解することができる。)。
   (2)  被告製品について
 被告製品のアーム22が本件各発明の「ブラケット」に相当する部材であることについては争いがないところ、同アーム22は、固定部21に360度回転可能に取り付けられており(別紙被告製品説明書図4)、被告製品の固定部21は、ライティングダクトに接続される電源装置である(甲8)。
 以上によれば、被告製品における固定部21は、被固定部に当たるものというべきであるからアーム22は、固定部21に回転自在に取り付けられた状態にある(同別紙図4)。
 したがって、被告製品のアーム22は、被固定部(固定部21)に一部が固定されていることから、本件各発明における「一部が被固定部に固定されるブラケット」に相当する。
 以上より、被告製品は、本件各発明の構成要件Dを充足する。

(3)構成要件Eの充足性(争点2)

 構成要件Eについては、「開口部」の意義が争点となった。被告は、出願経過における意見書の記載等に基づき、「開口部」を限定的に解釈すべきと主張したが、裁判所は当該主張を採用せず、構成要件の充足を認めた。

   エ 検討
 前記アのとおり、本件各発明に係る特許請求の範囲の記載によれば、本件各発明の「開口部」は、形成される位置が「外装部の側部」であること、及びその形状が「放熱部が露出する」ものであり、かつ当該放熱部が露出する部分に、ブラケットを回転自在に取り付けることに支障のない形状であることが理解できる(「露出する」の意義については後記(3)で詳述する。)。一方、前記特許請求の範囲には、それ以上に開口部の大きさ及び形状並びに形成位置について限定する旨の記載はない。また、開口部は、本件各発明の課題の解決手段との関係でいうと、ブラケットを外装部ではなくその内方に配置される放熱部に取り付けるために外装部に設けられるものであって、このような目的からすると、ブラケットが取り付け可能かつ放熱部が露出する空間であればよいのであって、これ以上に特定の形状である必要はないものと解される。
 以上より、本件各発明における「開口部」とは、形成される位置が「外装部の側部」であり、その形状が「放熱部が露出する」ものであり、かつ当該放熱部が露出する部分に、ブラケットを回転自在に取り付けることに支障のない形状であれば足り、それ以上に大きさや形状が限定されるものではないと解される。
   (2)  被告の主張について
 被告は、本件補正の経緯に照らせば、本件各発明の「開口部」とは、本件明細書の貫通孔3hbを指すこと、本件意見書で原告が記載した「その大きさ」とは貫通孔3hbの大きさを意味し、「貫通孔」から補正された「開口部」もこれと同程度の大きさの「穴」又は「窓」といえる形状を意味する旨主張する。
 この点、前記ウのとおりの本件補正の経緯に照らせば、原告は、貫通孔3hbを念頭に「貫通孔」を「開口部」と補正し、かつ当該開口部から露出する部分にブラケットを取り付ける旨の補正を行ったものと認められ、その意味で、本件意見書の「その大きさ」とは、貫通孔3hbを念頭に置いていたものと認められる。もっとも、当該記載の主眼は、本件各引用文献に記載された技術との差異の明確化、具体的には、本件各引用文献に記載された、ブラケットが外装部に設けられた貫通孔(ネジ孔)を通ってネジ等により放熱部に取り付けられる構成を除外する目的で、ネジ孔のような小さなあなと理解できる「孔」の表現を「開口部」へ変更したと認められ、本件補正に際し、原告が、「開口部」の大きさ及び形状を、実施例の一つである3hbに限定する意図や、「貫通孔」である3haのような形状を「開口部」から除外する意図を有していたとは認められない。
 したがって、この点に係る被告の主張は採用できない。
 また、被告は、開口部が設けられる外装部の形状や機能等に基づき「開口部」の意義を述べる。しかし、本件各発明の特許請求の範囲の記載(構成要件C)及び本件明細書における外装部に係る記載(前記1(1)【0020】)によれば、本件各発明の外装部の形状は、放熱部の少なくとも一部を覆えば足りるものであると解され、被告が主張するような、本件各発明における外装部が放熱部の相応の広い部分を覆っており、これとの関係で放熱部が露出される開口部が「穴」や「窓」と解される等の主張は採用できない。
   (3)  被告製品について
 被告製品の側周カバー12は、円筒状で、後端部から側面にかけて開放された部分が形成されている(争いがない。)。すなわち、被告製品の側周カバー12は、側周カバーを光軸方向Yが上下方向Xに対して垂直となる姿勢にした際に略上側となる部分が、後端部から前方にかけて、側周カバーの長さ3分の2程度の位置まで欠けた形状である。当該欠けた部分からヒートシンク11の一部が露出しており、また、当該露出したヒートシンク11の部分に、アーム22を回転自在に取り付けるのに支障のない形状である(別紙被告製品説明書記載図1、図3及び図4)。
 したがって、被告製品は、「前記外装部の側部には、前記放熱部が露出する開口部が形成され」ているといえ、構成要件Eを充足する。

(4)構成要件Fの充足性(争点3)

 構成要件Fについては、「放熱部における前記開口部から露出する部分」の「露出」の程度が問題となったが、裁判所は、本件特許発明の技術的意義を踏まえると、ブラケットの取付部位が全て露出している必要はなく、放熱部の部位は開口部を通じて現れ出ていれば足りるとして、構成要件の充足を認めた。

 4  争点3(構成要件Fの充足性)について
   (1)  「放熱部における前記開口部から露出する部分」の意義
   ア 本件各発明に係る特許請求の範囲には、「前記ブラケットは、前記放熱部における前記開口部から露出する部分に回転自在に取り付けられ」(構成要件F)と記載され、「ブラケット」が「回転自在に取り付けられ」る「放熱部における」部位が、外装部の側部に形成された「開口部」から、「露出する部分」であることが理解できる。もっとも、いかなる具体的態様をもってブラケットの取付部位が「露出」していると判断するか、及び「露出」の程度等については、明示的に記載されていない。
   イ 本件明細書には、実施例において「開口部」に相当する貫通孔3hbと放熱部に関して、「放熱フィン22の一部は、…貫通孔3hbから視認できる。」と記載され(【0028】)、当該記載以外に、放熱部の「開口部から露出する部分」に関する具体的な記載はない。そうすると、開口部から視認できる部分をもって「開口部から露出する部分」と解することができる。
 さらに、本件意義1を踏まえると、本件各発明においては、ブラケットが、外装部ではなく放熱部に取り付けられる点が重要であり、そのために、外装部の側部に放熱部が露出する開口部を形成する構成(構成要件E)を採用し、外装部にこのような開口部が設けられた以上、構成要件Fにおいて、ブラケットが、当該「開口部から露出する部分」に「回転自在に取り付けられる」と規定されていると解される。したがって、ブラケットは、外装部の側部に設けられた開口部を通じて露出した放熱部に回転自在に取り付けられていれば足り、「露出」の程度について、ブラケットの取付部位が全て露出している必要がある等厳密に解する必要はないと解される。
   ウ 以上によれば、放熱部における「開口部から露出する部分」とは、照明器具をいずれかの方向から見た場合、外装部に形成された開口部から視認できる部分をいい、ブラケットが取り付けられる放熱部の部位は、開口部を通じて現れ出ていれば足りると解することができる。
   (2)  被告製品について
 被告製品は、ヒートシンク11が側周カバーの側部に設けられた開口部から露出し、アーム22は当該開口部を通じて放熱部に取り付けられており、斜め上から見た場合、アーム22のヒートシンク11における取付部位を当該開口部から視認することができる。また、アーム22は、本体部10に対して90度の範囲内で自在に回転する(別紙被告製品説明書図3及び図4)。
 したがって、被告製品のアーム22は、「前記放熱部における前記開口部から露出する部分に回転自在に取り付けられ」る構成を有しており、構成要件Fを充足する。
   (3)  被告の主張について
 被告は、本件発明に係る照明器具のメンテナンス作業について言及した本件明細書の段落において、最初にブラケット4と放熱部2の連結部に係るボス21に固定されたボルト41を外した上で、ブラケット4から本体部分を取り外す旨の記載があることを根拠として、当該ボルト41を取り付けるボス21が開口部から露出していることが必要である旨を主張する。
 この点、本件明細書には、実施例の特徴点と効果を説明する段落において、メンテナンス作業の方法として、まずブラケットと放熱部を取り付けているボルト41を取り外し、このようにブラケットから本体部分を取り外さなければ外装部を取り外すことができない形態とすることで、メンテナンス時の安全性を向上させることが可能となる旨の記載がある。また、同段落の記載は、照明器具をいずれの方面から視認した場合でも、貫通孔3hbから、ボス21が完全に露出している実施例を前提としていると理解できる(【0030】、【0033】、【0034】、【0038】、図1)。
 しかし、当該記載は、本件各発明の実施例の1つの特徴及び効果として説明されており、本件意義1と照明器具のメンテナンス時の安全性の向上という作用効果との関連性も明確でないことから、本件各発明に係る全ての実施形態において当該特徴及び効果が奏することが求められるものとは理解できない。よって、かかる本件明細書の記載をもって、ボス21が開口部から露出することが必要であるとの被告の主張は採用できない。
 また、被告は、原告が本件意見書において、本件特許と先行技術との相違点として、ブラケットが放熱部における開口部から露出する部分に取り付けられる構成の点を強調していたと主張する。しかし、被告が指摘する本件意見書の記載は、ブラケットに相当する部材が貫通孔(ネジ孔)を通じて放熱部に取り付けられ、当該ネジ孔から放熱部が一切視認できない本件各引用文献に開示された照明器具との差異を強調するための記載であると理解できる(前記2(1)ウ)から、これを採用することもできない。

(5)構成要件Gの充足性(争点4)

 構成要件Gについては、「取り外し可能」の意義が争点となったが、裁判所は、特許請求の範囲の記載などに基づき、取り外すための手順及び方法に特段の限定はないとして、構成要件の充足を認めた。

 5  争点4(構成要件Gの充足性)について
   (1)  「取り外し可能」の意義
   ア 特許請求の範囲の記載
  本件各発明に係る特許請求の範囲には、「前記外装部は、前記放熱部とは別体に形成され、前記放熱部から取り外し可能であり」と記載され、外装部が、「放熱部とは別体に形成され」ている別部材であること、及び放熱部から「取り外しが可能」である構成であることが理解される。一方で、当該記載及びその余の特許請求の範囲の記載において、外装部を放熱部から取り外す方法及び順序等について、特段の記載はない。
   イ 本件明細書の記載
 本件明細書では、照明器具が被固定部である天井面に取り付けられている場合のメンテナンス作業の一部として、ユーザーが、①まず、ブラケットと放熱部を取り付けるボルト41を取り外し、ブラケットを本体部分から取り外すこと(【0033】、【0034】)、②次に、外装部と放熱部を固定しているボルト31(【0027】)を取り外し、外装部を保持した状態で外装部から放熱部を引き抜くこと(【0036】、【0037】)、③このような過程を経て灯体部分(光源部及び放熱部から成るモジュール)に対して部品交換などのメンテナンスが可能となること(【0037】)、このようにブラケットから本体部分を取り外さなければ、外装部を取り外すことができない構造とすることで、被固定部に取り付けられた状態のままでメンテナンス作業ができないようにして、メンテナンス時の安全性を向上させることが可能となる(【0038】)旨の記載がある。
 当該記載は、本件各発明の実施形態に係る照明器具の主な特徴点とその効果(【0029】)として記載されたものであるが、本件意義1との関連性が明確でなく、本件各発明を実施する全ての形態において、放熱部から外装部を取り外すための手順及び方法が前記のとおりの本件明細書記載の手順等に限定されなければならないものとは解されない。
 以上より、外装部が放熱部から「取り外し可能」とは、別体に形成された外装部と放熱部が、字義どおり物理的に取り外すことが可能であるという意味と理解され、取り外すための手順及び方法に特段の限定はないと解される。
   (2)  被告製品について
 被告製品の側周カバーは、ヒートシンクとは別部材であり、ヒートシンクから物理的に取り外すことが可能である。
 したがって、被告製品は、「前記外装部は、前記放熱部とは別体に形成され、前記放熱部から取り外し可能であ」るといえ、構成要件Gを充足する。
   (3)  被告の主張について
   ア 被告は、本件各発明の構成要件Gに係る構成は、第1次訂正により、本件明細書においてメンテナンス作業を示す段落及び本件図面の図4の記載を参照した上で、当該記載を根拠に追加された構成であること、及び当該段落を含む本件明細書のメンテナンス作業に係る記載において、メンテナンス時の安全性を向上させることが本件各発明の特徴及び効果として記載されていることから、「取り外し可能」とは、前記(1)イのとおり明細書に記載された手順を経て外装部が放熱部から取り外すことが可能であることをいうと解される旨主張している。
   イ この点、本件明細書のメンテナンス作業に係る段落を理由に、「取り外し可能」の手順が限定される解釈が採用できないことは前記(1)のとおりである。
   ウ また、第1次訂正を認める旨の審決には、本件明細書において、外装部が放熱部に接触した状態でボルトによって固定される旨の記載(【0027】、図2)、メンテナンス作業の一部として、ユーザーがボルトを放熱部及び外装部から取り外す旨(【0036】)及び外装部から放熱部を引き抜く旨の記載(【0037】)並びに本件図面の図4等の記載によれば、「外装部3は」「放熱部2を覆うことができ」、「外装部3は、放熱部2」「に接触した状態で、二つのボルト31によって固定される」から、外装部は、放熱部とは別体に形成されているといえるとし、「ボルト31を放熱部2及び外装部3から取り外」し、「外装部3から放熱部2を引き抜く…」から、外装部は放熱部から取り外し可能であるといえる」と記載されている(甲3)。
 このような審決の記載内容は、外装部と放熱部が物理的に別部材であり、ボルトで固定されているため、当該ボルトを取り外せば再び物理的に別体となる、すなわち取り外すことができるといえることを示すものであり、それ以上に、メンテンナンス作業の具体的手順等の記載を根拠として構成要件Gの追加が認められたとは理解されない。
   エ したがって、この点に係る被告の主張は採用できない。

(6)構成要件Hの充足性(争点5)

 構成要件Hは、訂正において追加された構成要件である。「前記放熱部において前記ブラケットが取り付けられている位置よりも光を照らす方向とは反対側となる部分の少なくとも一部を覆うこと」に関し、被告は、被告製品では上半分が覆われておらず、構成要件Hの意図する作用効果を奏しないと主張したが、かかる主張は採用されず、構成要件の充足が認められた。

 6  争点5(構成要件Hの充足性)について
   (1)  構成要件充足性
 本件発明1の構成要件Hは、第2次訂正により追加された構成である。
 構成要件Hは、「前記放熱部において前記ブラケットが取り付けられている位置よりも光を照らす方向とは反対側となる部分の少なくとも一部を覆うこと」というものであり、「放熱部の少なくとも一部を覆う」(構成要件C)としていた外装部の形状(構成)を限定するものと解される。
 被告製品における側周カバーは、「放熱部において前記ブラケットが取り付けられている位置よりも光を照らす方向とは反対側となる部分」の少なくとも下半分が覆われているから、構成要件Hを充足している。
   (2)  被告の主張について
 被告は、被告製品において、「放熱部において前記ブラケットが取り付けられている位置よりも光を照らす方向とは反対側となる部分」の上半分を覆わない開放した形状であるため、原告が主張する構成要件Hに係る作用効果(本件意義2)を奏せず、それ故構成要件Hを充足しない旨主張する。
 しかし、仮に、構成要件Hについて、本件意義2の作用効果を奏するに足りる程度には放熱部を覆う必要があるものと解したとしても、被告製品の側周カバー12は、ヒートシンク11の、アーム22が取り付けられている位置よりも光を照らす方向とは反対側となる部分の下半分を覆っている(別紙被告製品説明書の図1及び図3)のであれば、構成要件Hの想定する作用効果を果たすことができるというべきであるから、被告の主張はその前提を欠く。

(7)その他

 無効論に関しては、公然実施発明を主引例とする2つの無効理由は「放熱部」に係る相違点が容易想到でなく、意匠公報を主引例とする無効理由は「外装部」の構成の詳細(構成要件G、H)が容易想到でないとして、いずれも被告の主張が棄却された。
 損害論については、以下のとおり、本件特許発明の売上への貢献度(顧客吸引力)や、原告における本件特許発明の実施品の販売実績が極めて乏しいこと、競合品の存在等により8割の推定覆滅を認めた上で、特許法102条2項に基づく損害額を認定した。なお、判決における請求認容額は2億0374万2411円であった。

   (3)  推定の覆滅
   ア 本件各発明の技術的意義
 本件明細書上、本件発明1には、ブラケットを放熱部に取り付けることにより外装部の変形及び破損を防止すること(本件意義1)及び放熱部製造時の不良率の低減(本件意義3)があるものと読み取れる。原告はこれに加え、外装部が放熱部におけるブラケットの接続部分よりも後方に延びている構造により、ユーザーが、ブラケットが取り付けられている位置よりも後方の外装部を掴み、自らの手が照明器具の照射する光を遮らずに、照射範囲を正確に把握しながら照射方向を変更することを可能とする技術的意義(本件意義2)がある旨主張するが、本件明細書に記載はなく、構成要件Hとして追加された経緯等をふまえると(甲11の1、14の1)、後付けの感をぬぐえず、本件各発明の直接の作用効果としての意義は乏しい。
   イ 本件各発明の技術的意義が被告製品の売り上げに貢献する程度等
 (ア) 本件意義1について
 スポットライト製品一般は、本件特許発明より相当前から市場に存在し、既に成熟した市場が形成されており(乙5、弁論の全趣旨)、市場動向調査によれば、スポットライト製品は、演色性や色温度などにおいて高い付加価値を有する製品の開発が期待されている状況にあり(乙30、31)、原告、被告、競合他社のカタログ等において、配光制御・特性、光色、レンズ設計、省エネ、製品の大きさ、軽さ、デザイン等が訴求されていることもうかがえる(甲5、6、乙15、16、25ないし29)
 これに対し、外装部の変形及び破損防止という本件意義1は、いわば製品として当然に担保されるべき機能及び要素であるといえ、また、材質、ブラケットの取付方法及び取付部分の構造の工夫等、本件各発明以外の技術によっても実現可能であり、現に各照明器具メーカーにおいて一般に実現している効果であると考えられる。
 また、原告は、平成26年以降、原告実施品と同じシリーズ名・製品名で、ブラケットを放熱部ではなく外装部に取り付け、外装部を厚肉とすることで外装部の変形及び破損の防止を実現した原告後継品を販売している(弁論の全趣旨)。すなわち、本件意義1は、これを欠いても、同一シリーズ・製品として顧客に販売することが可能な程度の顧客誘引力しか有しないと評価し得る。このことは、カタログに文言上本件意義1が明示されてないとしても、商品の写真から本件意義1に係る特徴を看取できることを考慮しても同様である。
 (イ) 本件意義3
 本件意義3は、不良率低減という製造コスト削減に寄与するものであるといえるが、本件意義3によるコスト削減(製品価格への反映)の程度が不明であること等を踏まえると、被告製品の利益に対する寄与度が大きいとは認められない。
 (ウ) 以上のような事情を踏まえると、本件意義1及び3の顧客誘引力は限定的であり、本件意義1及び3が被告製品の売り上げに貢献する程度は低いと言わざるを得ない。
   ウ 原告実施品の販売実績等
 原告は、本件期間前に原告実施品の販売を開始した後、本件登録日(平成28年8月5日)以降は在庫品限りとして原告実施品を販売するにとどまっており、平成28年以降の原告実施品の販売数は16個である(甲17、18)。
 このように、原告が本件登録日以降原告実施品を製造しておらず、その販売方法(販路)等が相当程度限定され、その規模も極めて小さいことや、原告が原告後継品を販売しているものの、当該製品が本件各発明とは異なる技術により本件各発明と同様の作用効果を奏していることは、前記(1)で説示した特許法102条2項の推定の前提事実を欠くとまでいうことはできないものの、本件推定を大きな割合で覆滅させる事情というべきである。
   エ 競合品の存在
 本件期間中、ブラケットが外装部ではなく、放熱部を含む別の部分に取り付けられているという特徴を有する製品は、パナソニックのTOLSOシリーズ(乙25)、オーデリックのC1000シリーズ(乙27の2ないし27の4)、三菱電機のAKシリーズ、彩明シリーズ、鮮明シリーズ及びLEDスポットライトシリーズ(乙29)をはじめ、複数存在する。これらの製品は、原告実施品及び被告製品と価格帯も概ね同程度である。
 以上の事情に鑑みると、被告製品には、競合品が存すると認められ、かかる競合品の存在も推定を覆滅させる事情に当たる。
   オ 原告の市場占有率
 被告は、スポットライト市場又は店舗用照明市場における原告の市場占有率が低いとして、被告製品が存在しない場合、その需要の多くが競合他社の製品へ流れ、原告実施品を販売できたはずであるとはいえない旨主張する。
 しかし、被告が主張する原告を含む照明器具メーカーの市場占有率は、スポットライトを含む店舗用照明器具市場における機器全般ついてのものであって、スポットライト以外の幅広い商品群を含むものと解されるから、原告実施品等との関連が乏しく、推定を覆滅させる事情に当たるとはいえない。
   カ 覆滅の程度
 以上の事情、とりわけ本件特許発明の技術的意義や実施品の販売状況を重視した上総合的に考慮すると、本件においては、被告製品の販売がなかった場合に、これに対応する需要が原告実施品ないし原告後継品に向かう蓋然性はむしろ低いとみるべきであって、特許法102条2項により推定された損害の8割について覆滅されるというべきである。これに反する原告及び被告の各主張はいずれも採用できない。
   (4)  原告の損害
   ア 推定覆滅の効果
 前記(2)による消費税相当額加算後の金額から、前記(3)カの推定覆滅割合を控除した金額は、期間1について●(省略)●である。
   イ 弁護士費用等
 原告は、本訴の提起追行を訴訟代理人に委任したところ、本件特許権の侵害行為と相当因果関係のある上記費用相当の損害額は、期間1について●(省略)●と認めるのが相当である。
   ウ 小括
 前記アとイを合算した原告の損害額は、期間1につき●(省略)●である。

【3 検討】

 本件は、機械分野に属する物の構造の発明について、被告が主張するクレーム文言の限定解釈を認めず、明細書の記載や発明の意義を根拠として技術的範囲を解釈したもので、内容的にも妥当であると思われる。特許法70条1項において、特許発明の技術的範囲は【特許請求の範囲】の記載に基づき定めるとされていることからすれば、出願経過における意見書等の記載を根拠とした限定解釈は認められない場合があることに留意する必要があろう。

以上

弁護士・弁理士 丸山真幸