【大阪地裁令和5年1月23日(令和2年(ワ)3473号)】

【判旨】

発明の名称を「照明器具」とする特許(特許第5982227号)に係る特許権を有する原告が、被告が製造・販売するスポットライトは本件特許に係る発明の技術的範囲に属するとして、被告に対し、特許法100条1項及び2項に基づき、被告各製品の製造等の差止めおよび廃棄を求めるとともに、不法行為(民法709条)に基づき約10億円の損害賠償および遅延損害金の支払いを求めた事案。裁判所は、被告各製品は本件各発明の技術的範囲に属し、公然実施発明または意匠公報を引例とする発明に基づく被告の新規性・進歩性欠如の各無効の抗弁はいずれも認められないとしつつ、特許法102条2項に基づき、8割の推定覆滅を認めた上で、損害額を認定した。

【キーワード】

特許法102条2項、推定覆滅事由、損害賠償

【1 事案の概要と争点】

 原告は、各種照明器具の製造、加工及び販売等を業とする株式会社であり、被告は、電機照明器具の製造及び販売等を業とする株式会社である。本件特許(特許第5982227号)は、2度にわたって訂正がされ、判決時の請求項1に係る発明は以下のとおりである。

【本件特許権】

内容
A基盤に配置された発光素子を有する光源部と、
B前記光源部の熱を空気中へ発散させる放熱部と、
C前記放熱部の少なくとも一部を覆う外装部と、
D一部が被固定部に固定されるブラケットと、を具備し、
E前記外装部の側部には、前記放熱部が露出する開口部が形成され、
F前記ブラケットは、前記放熱部における前記開口部から露出する部分に回転自在に取り付けられ、
G前記外装部は、前記放熱部とは別体に形成され、前記放熱部から取り外し可能であり、
H前記放熱部において前記ブラケットが取り付けられている位置よりも光を照らす方向とは反対側となる部分の少なくとも一部を覆うこと
Iを特徴とする照明器具。

 本件特許発明によれば、外装部に回動及び回転自在のブラケットを取り付けて光を照らす方向を変更可能とした係る照明器具において、ユーザーが光を照らす方向を変更しようとしたときに外装部に荷重が掛かりにくく、外装部の変形や破損を防ぐことが可能とされている。

※本件特許の明細書より抜粋

 被告製品は、構成要件D~Hの充足性について以下のとおり争いがあった。また、無効理由の有無や損害額についても争点となった。

【争点】

(1)  構成要件の充足性

  • ア 構成要件Dの充足性(争点1)
  • イ 構成要件Eの充足性(争点2)
  • ウ 構成要件Fの充足性(争点3)
  • エ 構成要件Gの充足性(争点4)
  • オ 構成要件Hの充足性(争点5)

(2)  本件特許に次の無効とすべき理由があるか(争点6)

  • ア 無効理由1(昭和53年に販売された被告1978年製品に係る発明(公然実施発明1)を引例とする進歩性欠如)(争点6-1)
  • イ 無効理由2(平成22年11月に販売された被告アンドナ製品に係る発明(公然実施発明2)を引例とする新規性・進歩性欠如)(争点6-2)
  • ウ 無効理由3(意匠登録第1447716号公報に記載された発明(乙11発明)を引例とする進歩性欠如)(争点6-3)

(3)  原告の被った損害額(争点7)

【2 裁判所の判断】

(1)発明の技術的意義

 まず、裁判所は、明細書の記載に基づき、特許発明について、外装部の変形及び破損防止のため、ブラケットを外装部ではなく放熱部に取り付けた点などに技術的意義があると判示した。

※判決文より抜粋(下線部は筆者付与。以下同じ。)

   (2)  本件各発明の技術的意義
  以上のような本件明細書の記載を踏まえると、本件各発明は、主に光源部、放熱部、外装部及びブラケットから構成されるスポットライト型の照明器具において、光の照射方向を変更可能とする回動及び回転自在のブラケットを外装部に取り付けると、ユーザーが照射方向を変更しようとしたときに、外装部に大きな荷重がかかり、外装部が変形したり破損したりする恐れがあるという課題に対して、ブラケットを外装部以外の部材、具体的には放熱部に取り付けることにより、外装部が変形及び破損しない作用効果を有する照明器具を提供することを目的とした発明である。すなわち、本件各発明は、外装部の変形及び破損防止のため、ブラケットを外装部ではなく放熱部に取り付けた点に、技術的意義を有するものであると認められる(本件意義1)。
  以上に加え、本件発明2は、「放熱部は、前記ブラケットが取り付けられるボスを有し、該ボスを始点とした放熱フィンが形成されている」との構成を有しており(構成要件J)、放熱部を製造する際に、ブラケットの取付部分であるボスから放熱フィンへ溶融材料が流れ込むことを可能にすることで、不良率を低減する効果を有する発明であると認められる(本件意義3)。

(2)構成要件Dの充足性(争点1)

 構成要件Dに関しては、被告製品における固定部21(ライティングダクトに接続される電源装置)が、本件特許発明の「被固定部」に該当するか否かが争われたが、裁判所は以下のとおり構成要件を充足すると判示した。

   ウ 前記のとおり、本件明細書において、「ブラケット」とは、照明器具の本体部分(光源部1、放熱部2及び外装部3から成るモジュール)を、照射方向に変更自在に支持できる構成部品であり、モジュールを構成する放熱部にボルト41によって回動自在に取り付けられるとともに、支持具42を中心として回転自在となるものである(【0021】)。本件明細書には、本件各発明に係る照明器具の1つの実施形態として、天井面や壁面などの被固定部Fに固定して使用することを主な使用形態とし、電源部5を備える照明器具が記載されている。当該照明器具は、被固定部Fに、電源部5が固定され、当該電源部5に、支持具42が固定され、当該支持具42を中心として、ブラケット4が回転する旨が記載されている(【0016】、【0017】、図3)。
   エ また、本件各発明の解決しようとした課題とその解決手段との関係で、被固定部の具体的態様が何らかの技術的意義を持つものではないことに加え、本件明細書の記載を参酌すると、本件各発明において、ブラケットの一部が固定される対象である被固定部は、(天井面や壁面などに固定される)電源部等の部材もこれに含むものと解される(原告の間接的に固定されることも含むとの主張は、このように解することができる。)。
    (2)  被告製品について
  被告製品のアーム22が本件各発明の「ブラケット」に相当する部材であることについては争いがないところ、同アーム22は、固定部21に360度回転可能に取り付けられており(別紙被告製品説明書図4)、被告製品の固定部21は、ライティングダクトに接続される電源装置である(甲8)。
  以上によれば、被告製品における固定部21は、被固定部に当たるものというべきであるからアーム22は、固定部21に回転自在に取り付けられた状態にある(同別紙図4)。
  したがって、被告製品のアーム22は、被固定部(固定部21)に一部が固定されていることから、本件各発明における「一部が被固定部に固定されるブラケット」に相当する。
  以上より、被告製品は、本件各発明の構成要件Dを充足する。

(3)原告の被った損害額(争点7)

 また、裁判所は、原告の特許法第102条2項に基づく損害額に関し、「・・・特許法102条2項の趣旨からすると、同項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額とは、原則として、侵害者が得た利益全額であると解するのが相当であって、このような利益全額について同項による推定が及ぶ」とした上で、被告が主張した推定覆滅事由(被告製品の優位性、競合品の存在、被告による営業努力、本件発明が被告製品の一部分にのみ実施されていること、関連事件(別件訴訟)の存在)に係る主張を全て棄却して、被告製品の売上額から控除すべき諸経費を差し引いた金額について損害を認定した。

 (ウ) 前記(ア)の特許法102条2項の趣旨からすると、同項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額とは、原則として、侵害者が得た利益全額であると解するのが相当であって、このような利益全額について同項による推定が及ぶと解すべきである。したがって、被告が被告製品を販売したことにより受けた利益(限界利益)の額は、同項により、原告が受けた損害額と推定される。
  もっとも、上記規定は推定規定であるから、侵害者の側で、侵害者が得た利益の一部又は全部について、特許権者が受けた損害との相当因果関係が欠けることを主張立証した場合には、その限度で上記推定は覆滅されるものということができる。
  そこで、以下、本件特許権の侵害行為により被告が受けた利益の額について検討し、次に、侵害者すなわち被告による推定覆滅事由に関する主張の当否について検討する。
   イ 侵害行為により被告が受けた利益の額
 (ア) 利益の意義

・・・(中略)・・・

 (エ) 利益の額に関する小括
  以上の次第で、被告製品の売上高は●(省略)●円であると認められる。そして、上記の売上高の額から控除すべき費用の額については、被告製品の原価●(省略)●円、租税公課●(省略)●円、支払手数料●(省略)●円、荷造運賃●(省略)●円及び直接広告費●(省略)●円の合計●(省略)●円と認められる。
  したがって、被告が被告製品を販売することにより得た利益の額は●(省略)●円と認められるから、原告が被った損害の額は同額と推定される。
   ウ 推定覆滅事由
 (ア) 推定覆滅の事情
  特許法102条2項における推定の覆滅については、侵害者が主張立証責任を負うものであり、侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たると解される。また、特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合においても、推定覆滅の事情として考慮することができるが、特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに上記推定の覆滅が認められるのではなく、特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け、当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決するのが相当である。
 (イ) 被告製品の優位性について
  被告は、被告製品について、①12本又は20本連続して喫煙することができる機能がある点、②高いデザイン性がある点、③温度調節が可能である点及び④手動クリーニング機能がある点で、原告製品より優位性があると認められるから、原告が被った損害の額についての推定が覆滅されると主張する。
  確かに、証拠(甲6、7、乙8ないし10、14ないし17、21ないし24)によれば、被告製品には被告が主張する上記①、③及び④の機能が存在し、これらの機能に対する肯定的な評価がされているものと認められ、上記②については、被告製品がiFデザインアワード2019を受賞するなど、そのデザイン性について一定の肯定的な評価がされているものと認められる。
  しかし、侵害品である被告製品が原告製品よりも優れた機能やデザイン性を有するとしても、そのことから直ちに推定の覆滅が認められるのではなく、推定の覆滅が認められるためには、当該優れた機能やデザインが侵害者である被告の売上げに貢献しているといった事情がなければならないというべきである。そして、上記①ないし④の機能等については、本件全証拠によっても被告製品の売上に具体的にどのように貢献したか明らかではないから、前記イの推定を覆滅する事情と認められないというべきである。
 (ウ) 競合品の存在について
  被告は、原告タバコスティックを利用できる「IQOS互換機」が被告製品の他にも数多く販売されているから、被告製品の販売がされなかったとしても、必ずしも原告製品が購入されることにはならないとして、上記のような競合品の存在は原告が被った損害の額についての推定を覆滅させる事情に当たる旨を主張する。
  しかし、被告において、電子タバコ端末の市場における原告製品、被告製品及び被告が競合品と主張する製品の市場占有率等の具体的な事情は何ら主張立証されておらず、仮に、原告タバコスティックとの互換性がある被告製品以外の製品が存在するとしても、当該製品が原告製品及び被告製品と競合関係に立つ製品であると直ちに評価することはできないから、そのような製品の存在を前記イの推定を覆滅する事情として考慮することはできないというべきである。
 (エ) 被告による営業努力について
  被告は、被告製品のプロモーションのために、「SUPER GT」でイベントを行うなどの営業努力をしており、被告製品の売上げにはこうした営業努力が大きく貢献しているとして、その営業努力が原告が被った損害の額についての推定を覆滅させる事情に当たる旨を主張する。
  しかし、事業者は、製品の販売等に当たり、製品の利便性について工夫し、営業努力を行うのが通常であるから、通常の範囲の工夫や営業努力をしたとしても、推定覆滅事由に当たるとはいえないところ、本件全証拠によっても、被告の営業努力が通常の範囲を超えるものとは認められず、そのような営業努力を前記イの推定を覆滅する事情として考慮することはできないというべきである。
 (オ) 本件発明が被告製品の一部分にのみ実施されていることについて
  被告は、本件発明が加熱アセンブリの加熱要素の構成に関するものであって被告製品の一部分のみに実施されているにすぎず、被告製品においては、その余の部分に顧客吸引力が認められるとして、当該事由は推定覆滅事由に当たると主張する。
  そこで検討すると、証拠(甲3ないし8、11)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品の使用者は、まず、被告製品に原告タバコスティックを挿入し、加熱アセンブリの一部である、先端が尖った加熱ブレードに差し込んだ上、ファンクションボタンを押して原告タバコスティックの加熱を開始し、原告タバコスティックからエアロゾルを発生させて、これを吸入することが認められる。
  そして、本件発明は、原告タバコスティックを加熱し、エアロゾルを発生させるための機能を有するものであって、その機能は、被告製品により原告タバコスティックを使用してエアロゾルを吸引するために不可欠であり、被告製品の構成において極めて重要な意義を有するものというべきである。
  また、原告製品と被告製品を比較すると、前記(イ)の①ないし④の機能等は被告製品にのみ備わっていると認められるものの、前記(イ)のとおり、本件全証拠によってもそれらの機能等の顧客吸引力の程度は明らかではない。むしろ、前記前提事実(5)のとおり、被告製品は、原告タバコスティックとの互換性を有することを売り物にして販売されていたものであるから、原告タバコスティックを使用することができるという特色が、被告製品が顧客吸引力を有する重要な一因となっていたと認めることができる。
そして、被告製品は、上記の形状を有する加熱ブレードを含む加熱アセンブリを備えることにより、原告タバコスティックを使用することができることから、被告製品において実施されている本件発明は、被告製品に顧客吸引力を生じさせることに大きく貢献していると認めるのが相当である。
  そうすると、本件発明が被告製品の一部分にのみ実施されているものではあるものの、これを根拠として推定の覆滅を認めることはできないというべきである。
 (カ) 関連事件の存在について
  被告は、別件訴訟において被告製品の販売が原告の別件特許権を侵害していると判断され、損害賠償請求が認容された場合、かかる認定がされたこと自体が、原告が被った損害の額についての推定を覆滅させる事情に当たると主張する。
  しかし、別件訴訟は、現在、東京地方裁判所において審理されている段階にあるから、別件訴訟において、原告の被告に対する損害賠償請求権の存在及びその損害額が確定しているものではない。このことは、別件訴訟において、受訴裁判所により別件特許権の侵害を認める心証が開示されたとしても同様である。このように、別件訴訟の審理が途上にあり、その最終的な判断がいかなるものとなるのかがいまだ確定していない段階にある以上、別件訴訟において被告製品の販売が別件特許権を侵害していると判断される可能性をもって、本件訴訟における推定覆滅事由と扱うことはできないというべきである。
 (キ) 推定覆滅事由に関する小括
  以上の次第で、本件において特許法102条2項の推定を覆滅する事由は認められない。
   エ 特許法102条2項に関する小括
  よって、被告による本件特許権の侵害について、特許法102条2項により算定される損害額は、●(省略)●円となる。

【3 検討】

 本件は、機械分野に属する物の構造の発明について、クレームに記載のない事項による限定解釈を認めず、クレーム文言に忠実且つ明細書における作用効果等の記載とも矛盾しない形でクレーム文言を解釈したものであり、実務上参考になる部分が多いと思われる。損害論においては、推定覆滅事由のうち本件発明が被告製品の一部分にのみ実施されていることについて、本件発明の機能が被告製品において極めて重要であることや、被告製品が原告製品との互換性を売りにしていたこと等を踏まえ、寄与度による推定覆滅を認めなかった点が興味深い。近年の裁判例は、損害論における推定覆滅事由を容易に認めない傾向があるが、本判決もその傾向に沿ったものとして位置付けられる。

以上

弁護士・弁理士 丸山真幸