【知財高判令和5年10月30日(令和4年(ワ)第10112号)】

1 事案の概要(以下では、説明の必要のため事案を若干簡略化している)

 本件は、発明の名称を「有料自動機の制御システム」とする特許(特許第6513856号。以下「本件特許」という。)に対する特許無効審判において維持審決がなされたところ、この審決を不服とする審決取消訴訟である。
 本件特許は、その出願経過において、特許請求の範囲の記載が以下のとおり補正(以下「本件補正」という。)され、登録となっている。

出願当初

補正後

【請求項1】

 現金を投入する現金投入部、前記現金投入部への現金の投入を検知して検知信号を出力する現金投入検知部、および、前記検知信号に基づいて有料自動機の動作を制御する有料自動機制御部を有する有料自動機の制御システムであって、
 前記現金投入検知部と前記有料自動機制御部との間に接続されるポイントカード装置と、
 前記ポイントカード装置と電気通信回線により接続される管理サーバと、前記有料自動機の動作を検知するセンサーとを含み、
 前記ポイントカード装置は、前記センサーの検知信号に基づいて前記有料自動機の動作状態を監視し、結果を前記管理サーバへ送信する動作状態監視部を有するものであり、
 前記管理サーバは、前記動作状態監視部から送信された前記有料自動機の動作状態を表示する動作状態表示手段を有するものである
 有料自動機の制御システム。

【請求項2】

前記センサーは、前記有料自動機の電源コードに接続された電流センサーである請求項1記載の有料自動機の制御システム。

【請求項1】

 複数のランドリー装置の各々に対応して配置されるICカードリーダー/ライタ部と通信部とを有する装置と前記複数のランドリー装置の稼働状況に関する情報を集める管理サーバとからなるランドリー装置の制御システムであって、
 複数のランドリー装置の各々は、現金を投入する現金投入部、前記現金投入部への現金の投入を検知して現金投入の検知信号を出力する現金投入検知部、および、前記現金投入の検知信号の入力に応じてランドリー装置の動作を制御するランドリー装置制御部を有し、
 前記ICカードリーダー/ライタ部と通信部とを有する装置は、前記ICカードリーダー/ライタ部が読み取った情報に基づき前記検知信号と同じ信号を前記ランドリー装置制御部に送出し、接続されている前記ランドリー装置が運転中であるか否かを示す情報を出力し、
 前記ランドリー装置制御部は、対応して配置されているICカードリーダー/ライタ部と通信部とを有する装置より出力された前記現金投入の検知信号と同じ信号の入力に応じて前記ランドリー装置を制御し、
 前記管理サーバは、前記ICカードリーダー/ライタ部と通信部とを有する装置が出力した前記ランドリー装置が運転中であるか否かを示す情報を用いて、前記複数のランドリー装置の各々が運転中か否かを示す運転情報を作成し、前記運転情報を前記管理サーバに電気通信回線を介して接続された表示装置を有する端末に提供することを特徴とするランドリー装置の制御システム。

【請求項2】

 複数のランドリー装置の各々は、前記複数のランドリー装置を特定するための機器番号を有し、
 前記管理サーバは、前記運転情報を前記複数のランドリー装置を特定するための機器番号に関連づけて作成することを特徴とする請求項1に記載のランドリー装置の制御システム。

【請求項3】

 前記ICカードリーダー/ライタ部は非接触型であることを特徴とする請求項1又は2に記載のランドリー装置の制御システム。

 なお、本件特許は、特許異議の申立てがなされ、請求項1の「前記ICカードリーダー/ライタ部と…前記ランドリー装置が運転中であるか否かを示す情報を出力し」の記載を、「前記ICカードリーダー/ライタ部と…前記ランドリー装置が運転中であるか否かを示す情報を生成し、かつ出力し」と変更する訂正請求がなされている。

 本件において、原告は、当初明細書には「有料自動機動作状態を監視…する動作状態監視部」がセンサーに基づき検知する構成しか開示されていないにもかかわらず、本件補正では当該構成に基づかない監視も含むように上位概念化することは新規事項の追加(特許法17条の2第3項)に該当する旨主張した。

2 判示内容(判決文中、下線部は本記事執筆者が挿入)

 裁判所は、結論として、本件補正は新規事項を追加するものではないとして、原告の主張を容れなかった。

 ⑴ 新規事項の追加といえるかどうかの基準

   裁判所は、まず新規事項の追加といえるかどうかの基準について、ソルダージレスト知財高裁大合議判決(知財高判平成20年5月30日(平成18年(行ケ)第10563号))の示した基準について言及した。

(1) 補正要件について

 特許法17条の2第3項は、特許請求の範囲等の補正については、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならない旨規定するところ、ここでいう「最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項を意味するものというべきである。そして、第三者に対する不測の損害の発生を防止し、出願当初における発明の開示が十分に行われることを担保して先願主義の原則を実質的に確保しようとするとの見地からすれば、当該補正が、上記のようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものに当たるというべきである(知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10563号同20年5月30日特別部判決参照)。

 ⑵ 補正事項の整理

   裁判所は、本件補正を以下の二つに分け、それぞれが新規事項の追加に該当するかどうかを検討するとした。

(2) 補正事項について

 前記第2の2(1)及び(2)によると、本件補正は、下記の補正事項を含むものである。

ア 本件補正前の特許請求の範囲の請求項1における「前記有料自動機の動作を検知するセンサーとを含み、」「前記センサーの検知信号に基づいて」を削除する。(以下、この補正事項を「補正事項1」という。)

イ 本件補正前の特許請求の範囲の請求項1における「前記ポイントカード装置は、・・・前記有料自動機の動作状態を監視し、結果を前記管理サーバへ送信する動作状態監視部を有するものであり、」を、本件補正後の「前記ICカードリーダー/ライタ部と通信部とを有する装置は、・・・接続されている前記ランドリー装置が運転中であるか否かを示す情報を出力し、」とする。(以下、この補正事項を「補正事項2」という。)

 上記補正事項1及び2が、当初明細書等に記載した範囲内の事項か否かにつき、以下検討する。

   上記の整理のうち、補正事項1の検討は、有料自動機の動作を検知する構成がセンサーに基づくものであることを削除する内容であるから上位概念化の問題により直接的であり、補正事項2の検討は、本件補正前の「…動作状態を監視し…管理サーバへ送信」という構成(以下「監視して送信」という。)と、本件補正後の「…運転中であるか否かを示す情報を出力」(以下「情報を出力」という。)という構成との関係を検討するものといい得る。
   裁判所は、2つの補正事項のうち、補正事項2から検討した。

 ⑶ 補正事項2について

   裁判所は、以下のとおり、「監視して送信」に関する明細書の記載から、「情報を出力」は当初明細書に記載されていたというのは当業者に自明であるとした。

(3) 補正事項2の検討

ア 省略

イ 上記各記載によると、当初明細書等には、(ア)「ポイントカード装置2」が、「動作状態監視部27」を有すること(【0014】)、(イ)「動作状態監視部27」は、有料自動機Lが運転中か空きかを監視した結果を管理サーバ4へ送信すること(【0020】)、(ウ)「有料自動機L」の実施形態は「ランドリー装置」であること(【0012】)、(エ)「ポイントカード装置2」は「ICカードリーダー/ライター36」と「通信部29」を有すること(【0015】)が記載されていたものと認められる。

ウ 上記イ(ア)及び(イ)によると、当初明細書等には「ポイントカード装置2は、有料自動機Lが運転中か空きかを監視した結果を管理サーバ4へ送信すること」が記載され、また、上記イ(イ)~(エ)によると、当初明細書等には「ICカードリーダー/ライター部と通信部とを有する装置は、ランドリー装置が運転中か空きかを監視した結果を管理サーバ4へ送信すること」が記載されていたと理解できる。
  ここで、「ランドリー装置が運転中か空きかを監視した結果」とは、「ランドリー装置」の状態を「運転中である」又は「運転中でない(空き)」の2つの状態に区分し、そのいずれかの状態に対応付けた結果を示す情報、すなわち「ランドリー装置が運転中であるか否かを示す情報」であるといえる。また、「結果を管理サーバ4へ送信すること」が「情報を出力すること」であることは、当業者に自明である。
  したがって、当初明細書等には「前記ICカードリーダー/ライタ部と通信部とを有する装置は、・・・接続されている前記ランドリー装置が運転中であるか否かを示す情報を出力し、」との事項である上記補正事項2が記載されていたといえる。

 ⑷ 補正事項1について

   裁判所は、補正事項2が新規事項の追加に該当しないという判断を前提に、補正事項1について、「検知する信号の種類…や監視の具体的な方法…を問わないものであり、本件補正の前後で何ら変わることのないものであるといえ」、「センサーの検知信号以外の情報に基づくものが含まれることになったとしても、上記自明の前提に照らせば、当初明細書等に記載された事項であって、新たな技術的事項を導入するものとはいえない」と判示した。

(4) 補正事項1の検討

 上記(3)のとおり、本件補正前の「前記有料自動機の動作状態を監視し、結果を前記管理サーバへ送信する」こと(以下「監視して送信」という。)は、本件補正後の「接続されている前記ランドリー装置が運転中であるか否かを示す情報を出力」すること(以下「情報を出力」という。)に対応し、両者はともに当初明細書等に記載された事項である。

 ここで、監視のためには監視対象の情報を取得する必要があり、情報を出力するためには出力したい情報に関するデータの入力が必要なことは自明のことであるから、上記「監視して送信」及び「情報を出力」のいずれの処理においても、その前提として、ランドリー装置の動作に関係する何らかの信号を検知すること自体は当然に行われることであり、当初明細書等において自明の前提であるといえる。そして、この自明の前提は、検知する信号の種類(電流値、コイン信号等)や監視の具体的な方法(計測値に基づく判断か、推測か等)を問わないものであり、本件補正の前後で何ら変わることのないものであるといえる。

 そうすると、本件補正前の請求項1の記載は、上記自明の前提を「前記有料自動機の動作を検知するセンサーとを含み、」及び「前記センサーの検知信号に基づいて」との事項によって更に特定したものであり、補正事項1において当該事項を削除することで、センサーの検知信号以外の情報に基づくものが含まれることになったとしても、上記自明の前提に照らせば、当初明細書等に記載された事項であって、新たな技術的事項を導入するものとはいえない。またこの点は、上記自明の前提の具体的な態様が「電流センサー」から他の手段に変わったとしても、「監視して送信」や「情報を出力」する処理が行われる限り、本件発明1の課題(各設置場所を巡回することなく有料自動機の動作状態を容易に確認することが可能な有料自動機の制御システムを提供する(甲2の【0005】))は解決され、効果に顕著な差が生じることがないことからも裏付けられる。

 したがって、補正事項1は、当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではないといえる。

 そして、本件補正の内容に照らすと、上記検討した補正事項1及び2のほかにおいても、当初明細書等に記載した範囲を超えるものはないと認められる。

3 若干のコメント

 新規事項の追加に該当するかの基準については、ソルダージレスト知財高裁大合議判決(知財高判平成20年5月30日(平成18年(行ケ)第10563号))において示された基準が裁判実務において採用されている。本件では、この基準に従い、具体的な検討を行った最近の事例であるが、特にビジネスモデル特許に関するものとして参考となる。

以上
弁護士 藤田 達郎