【令和3年4月21日(知財高裁 令和2年(ネ)10055号)】

【事案の概要】

本件商標の商標権者であるX(一審原告)が、Y(一審被告)の輸入・販売するスニーカー(Y商品)に付されたY標章が本件商標と類似すると主張して提起した商標権侵害訴訟において、Y商品である靴の側面に付されたY標章の外観が本件商標の外観と類似するところ、靴において、商標としての出所識別機能を有する部分は、タンやタグ等に付されたロゴマークに限定されると解すべき合理的理由はなく、Y標章はY商品の出所識別機能を果たす態様で使用されており、商標法26条1項6号には該当しないとされた事例。
  原審は、一審原告の請求のうち、466万4168円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で一部認容し、その余の請求を棄却した。
  一審原告は、一審原告敗訴部分のうち、控訴の趣旨の限度で、原判決を不服として控訴を提起し、また、一審被告は、一審被告敗訴部分を全部不服として、控訴を提起した。

【判例文抜粋】(下線は筆者)

主文
 1 一審被告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
  (1) 一審被告は、一審原告に対し、195万6000円及びこれに対する平成29年4月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  (2) 一審原告のその余の請求を棄却する。
 2 一審原告の控訴を棄却する。
 3 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを30分し、その29を一審原告の負担とし、その余を一審被告の負担とする。
 4 この判決の第1項(1)は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
 1 一審原告
  (1) 原判決を次のとおり変更する。
  (2) 一審被告は、一審原告に対し、1319万0860円及びこれに対する平成29年4月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 一審被告
  (1) 原判決中、一審被告敗訴部分を取り消す。
  (2) 前項の部分につき、一審原告の請求を棄却する。
第2 事案の概要(略称は、特に断りのない限り、原判決に従う。)
(中略)
 3 争点
  (1) 原告各商標と被告各標章の類否(争点1)
  (2) 被告各標章の商標法26条1項6号該当性(争点2)
  (3) 一審原告の損害額(争点3)
第3 争点に関する当事者の主張
(中略)

第4 当裁判所の判断
 1 争点1(原告各商標と被告各標章の類否)について
(中略)
 2 争点2(被告各標章の商標法26条1項6号該当性)について
  以下のとおり訂正するほか、原判決の「事実及び理由」の第4の2記載のとおりであるから、これを引用する。
  (1) 原判決24頁4行目の「(2)」を「(2)ア」と改め、同頁19行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
  「イ また、一審被告は、当審において、〈1〉靴の側面に商標を付しているメーカーにおいては、常に統一した図形を靴の側面に配しているわけではなく、靴の側面は、商品の外観を構成する全体のデザインの一要素にすぎず、側面に付されている標章も、その形状や位置について、同一メーカー内でも商品ごとに変化を加えているから(乙102ないし105等)、靴において、商標として機能する部分は、通常は、変化のないタンやタグ等に付されたロゴマークである、〈2〉原告各商標の指定商品の需要者である消費者は、靴の側面のデザイン等に注目してインターネット上の通信販売サイトで商品購入を検討しているが、その際、靴の側面に付された図形を特定の出所に係る表示として認識しているわけではないから、靴の側面に付された図形に商標としての出所表示機能を持たせるためには、最低限標章が画一的なデザインとなっていることが必須であるところ、被告各標章は、太さや長さ、角の形状など商品によってデザインが異なり、被告商品において画一的なデザインとなっていないから、被告各標章に触れた需要者は、被告商品を含むミュニック社商品では、シリーズごとに靴の側面に様々なデザインが施されていると認識するにすぎず、被告各標章を何人かの業務に係る出所識別標識として認識するものではない、〈3〉ミュニック社が「運動靴の側面中央部に付されたX形状の図形よりなる位置商標」についてした商標登録出願について拒絶査定(乙118、119)がされたことも、これを裏付けるものであるとして、被告商品に付された被告各標章は、商標法26条1項6号(「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」)に該当するから、原告各商標権の効力は、被告各標章に及ばない旨主張する。
  しかしながら、〈1〉及び〈2〉については、先に説示したとおり、被告各標章は、別紙被告標章目録のとおり、いずれも被告商品の靴の甲の側面において、側方から見て概ね中央の位置に付されており、上記位置は、靴の外観において特に目立つ部分であること、靴において、上記位置に商標を付すことは一般的に行われていることからすると、上記位置に目立つ大きさで付されている被告各標章は、被告商品の出所識別機能を果たす態様で使用されていることが認められる。
  また、靴の側面に付されている標章の形状や位置が同一のメーカー内でも商品ごとに変化を加えているからといって、靴において、商標としての出所識別機能を有する部分は、タンやタグ等に付されたロゴマークに限定されるものと解すべき合理的理由はないし、靴の側面に付された図形が、画一的なデザインでなければ、出所識別機能を果たさないとする合理的理由もない
  〈3〉については、ミュニック社が「運動靴の側面中央部に付されたX形状の図形よりなる位置商標」についてした商標登録出願について拒絶査定を受けたからといって、被告商品に付された被告各標章が需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていないことの根拠となるものではない
  したがって、一審被告の上記主張は採用することができない。」
  (2) 原判決24頁23行目の「3」から24行目の「以上によれば、」までを「(4)以上によれば、」と改める。
  -3 原判決25頁2行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
  「そして、一審被告には、過失があったものと推定されるから(商標法39条、特許法103条)、一審被告は、一審原告に対し、上記侵害行為(同法37条1号)につき、不法行為に基づく損害賠償責任を負うものである。」
 3 争点3(一審原告の損害額)について
(中略)
  「(3) 推定覆滅事由について
  一審被告は、〈1〉一審原告の商品と被告商品との価格差及び限界利益額の差、需要者層の相違、販売態様の相違、〈2〉一審原告が原告各商標を使用しない商品を販売していたこと、〈3〉競合品の存在、〈4〉一審被告の営業努力、ブランド力の差等は、本件推定を覆す事情に該当し、かかる事情を考慮すると、本件推定は覆滅される旨主張するので、以下において判断する。
  ア 一審原告の商品と被告商品との価格差及び限界利益額の差、需要者層の相違、販売態様の相違について
  一審被告は、〈1〉被告商品の価格は、一審原告の商品の価格の約2倍から4倍であり、一審原告の商品と被告商品とでは大きな価格差があり、安価のスニーカーを求める一審原告の需要者と高級志向のスニーカーを求める被告商品の需要者とでは、需要者層が異なること、一審原告の商品はインターネット上で販売されるのに対し、被告商品は高級デパートの店頭で販売され、販売態様においても差があることに照らすと、被告商品が販売されなかったとしても、被告商品の需要者が、安価で大衆向けの一審原告の商品を購入することはあり得ないこと、〈2〉仮に一審被告による被告商品の販売に係る限界利益率を一審原告が訴状で主張していた販売価格の10パーセントとすると、一審原告の商品の1足当たりの限界利益は300円となるのに対し、被告商品の1足当たりの限界利益は、560円から1155円となり、限界利益の額に差があることから、これらの事情は本件推定を覆す事情に該当する旨主張する。
  (ア) そこで検討するに、証拠(甲68ないし77、183ないし186)及び弁論の全趣旨によれば、一審原告は、自社の商品を、主に靴の量販店やインターネット上の通信販売サイトを通じて販売し、その小売価格は2000円から6000円程度の商品が中心であり、一審原告が対象期間中に原告各商標と類似する商標を付したスニーカーを販売した際の販売価格は1足当たり3000円程度であったことが認められる。
  一方で、証拠(乙19)及び弁論の全趣旨によれば、被告商品は主に百貨店等の店頭で販売されたものであり、原判決別紙3被告商品販売一覧表記載のとおり、その小売価格は1万5000円から2万1000円、被告が百貨店等に販売する際の卸売価格は5600円から1万1550円であったことが認められる。
  上記認定事実によれば、一審原告の商品と被告商品の販売価格は、1足当たりの小売価格で5倍から7倍程度の差があり、被告商品が高額であることが認められる
  そして、商標権が、特許権等の他の工業所有権とは異なり、それ自体に創作的価値があるものではなく、商品又は役務の出所である事業者の営業上の信用等と結びつくことによってはじめて一定の価値が生ずるという性質を有するため、商標権が侵害された場合に、侵害者の得た利益が当該商標権に係る登録商標の顧客誘引力のみによって得られたものとはいえない場合が多く、スニーカーにおいても、価格、全体のデザイン、アッパー及びソールの素材、履き心地等も考慮されて購買動機が形成されることに照らすと、一審原告の商品と被告商品との販売価格の上記違いは、原告各商標と類似する被告各標章が購買動機の形成に寄与した程度を低く評価すべき事情に当たるものと認めるのが相当である。
  したがって、一審原告の商品と被告商品との販売価格の上記違いは、本件推定を覆す事情に該当するものと認められる
  一方で、一審被告が主張する一審原告の商品と被告商品との1足当たりの限界利益の額の差については、一般に、需要者が限界利益の額を認識し得るものではなく、限界利益の額の差が購買動機の形成に直接影響するものとはいえなから、本件推定を覆す事情に該当するものと認めることはできない。また、一審被告が主張する一審原告の商品と被告商品との販売態様の差についても、被告商品がデパート等でのみ限定販売されていたとする事情は認められないから、本件推定を覆す事情に該当するものと認めることはできない
  (イ) これに対し一審原告は、スニーカーなどのファッションアイテムにおいては、需要者は、価格帯が多少異なっても気に入ったものを購入するものであり、例えば、同じブランドでも1500円~1万7280円という10倍以上の幅広い価格の商品が販売されている例(甲195)があるように、この程度の価格差をもって需要者層が異なるとはいえないこと、一審原告が被告商品の価格帯である1万5000円~2万1000円のスニーカーを現実には販売していないとしても、このようなスニーカーを販売する潜在的な能力を保有していることからすると、一審原告の商品と被告商品との販売価格の違いは、本件推定を覆滅すべき事情に該当しない旨主張する。
  しかしながら、一審原告の上記主張は、前記(ア)で説示したところに照らし、採用することができない。
  イ 一審原告が原告各商標を使用しない商品を販売していたことについて
  一審被告は、原告が販売していた商品の多くに、原告各商標と同一又は類似の標章が付されていなかったから、被告商品の販売によって一審原告の売上げが減少したという関係にないことは、本件推定を覆す事情に該当する旨主張する。
  しかしながら、一審被告による被告商品の輸入販売行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が一審原告に認められることは、前記(1)イ認定のとおりであり、一審原告が原告各商標と類似する標章が付されていないスニーカーも販売していたことを指摘するのみでは、本件推定を覆滅すべき事情があるものということはできない
  したがって、一審被告の上記主張は、採用することができない。
  ウ 競合品の存在について
  一審被告は、側面に「X」型十字が付された大人用スニーカーは、被告商品の他にも市場に多数存在していることは、本件推定を覆す事情に該当する旨主張する。
  しかしながら、乙1によれば、一審被告が他のスニーカーに付されていると指摘する「X」型十字は、その形状が被告各標章や原告各商標とは大きく異なるものであり、このほか、原告各商標と同一又は類似の標章が付された他社のスニーカーの存在及びそのシェアについての具体的な主張立証はされていないから、一審被告の上記主張は採用することができない。
  エ 一審被告の営業努力、ブランド力の差等について
  一審被告は、被告商品を販売するための営業努力、一審原告と一審被告とのブランド力の差、原告各商標の訴求力の程度等からすれば、原告各商標の被告商品の売上げへの寄与は著しく低いから、かかる事情は本件推定を覆す事情に該当する旨主張する。
  しかしながら、一審被告が作成した展示会の資料においてミュニック社商品については「2014年日本デビュー」との記載がされ、一審被告が広告宣伝活動を行ったこと(前記(2)イ(キ))を考慮しても、対象期間中の日本国内におけるミュニック社商品に係るブランドの知名度の程度を裏付ける証拠はない
  他方で、証拠(甲170ないし176、180ないし182)及び弁論の全趣旨によれば、原告各商標に関する販売、広告宣伝状況については、平成14年頃から原告各商標と類似の標章が付されたスニーカーが、原告が許諾した業者によって販売されており、歌手のBがこれを着用した雑誌広告が掲載されたこともあったとの事情も認められ、これらの点からすれば、一審被告の主張する上記各点をもって、本件推定を覆滅すべき事情に該当するものと認めることはできない。
  したがって、一審被告の上記主張は、採用することができない。
  オ まとめ
  以上を前提に検討するに、〈1〉前記ア(ア)認定の本件推定を覆す事情の内容、〈2〉前記ア(ア)認定のとおり、商標権が侵害された場合に、侵害者の得た利益が当該商標権に係る登録商標の顧客誘引力のみによって得られたものとはいえない場合が多く、スニーカーにおいても、価格、全体のデザイン、アッパー及びソールの素材、履き心地等も考慮されて購買動機が形成されること等を総合考慮すると、被告商品の限界利益の額に対する原告各商標の寄与割合は、8割と認めるのが相当であり、上記寄与割合を超える部分については被告商品の限界利益の額と一審原告の受けた損害額との間に相当因果関係がないものと認められる。
  したがって、本件推定は上記限度で覆滅されるから、商標法38条2項に基づく一審原告の損害額は、被告商品の限界利益の額(前記(2)ウ(ウ)の244万5001円)の8割に相当する195万6000円と認められる。」
  (12) 原判決35頁24行目から37頁末行までを次のとおり改める。
  「(4) 小括
  以上によれば、一審原告は、一審被告に対し、原告各商標権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、195万6000円(前記(3)オ)及びこれに対する平成29年4月15日(不法行為の後である訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。」
第5 結論
  以上によれば、一審原告の請求は、195万6000円及びこれに対する平成29年4月15日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないから棄却すべきものである。
  したがって、これと異なる原判決は失当であって、一審被告の控訴は一部理由があるから、原判決を上記のとおり変更し、一審原告の控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

【解説】

 本件は、本件商標の商標権者である一審原告が、一審被告の輸入・販売するスニーカー(Y商品)に付されたY標章(被告各標章)が本件標章と類似するとして提起した商標権侵害訴訟である。
 争点2(被告各標章の商標法26条1項6号該当性)について、一審被告は、Y商品である靴の側面に付された被告各標章の外観が本件商標の外観と類似したとしても、靴において、商標としての出所識別機能を有する部分は、タンやタグ等に付されたロゴマークに限定されるので、被告各標章は、商標法26条1項6号に該当し、本件商標の効力は、Y標章に及ばないと主張した。
 これに対して、裁判所は、被告各商標が付された位置は、靴の外観において特に目立つ部分であること、靴において、上記位置に商標を付すことは一般的に行われていることからすると、上記位置に目立つ大きさで付されている被告各標章は、被告商品の出所識別機能を果たす態様で使用されているとして、同号の該当性を否定した。
 裁判所が指摘したとおり、靴において、側面に商標を付すことは一般的に行われていることであり、当該場所に付された標章に出所識別機能がない(出所識別機能を有する部分がタンやタグに限定される)とすれば、著名な商標と類似の標章を靴の側面に付すことに制約がなくなってしまうので、裁判所の判断は妥当なものと考えられる。
 また、争点3(一審原告の損害額)について、裁判所は、一審原告の商品と被告商品との販売価格の違い(一審原告の商品と被告商品の販売価格は、1足当たりの小売価格で5倍から7倍程度の差があり、被告商品が高額であること)は、本件推定を覆す事情に該当するものと認めたが、それ以外の、限界履歴額の差、需要者層の相違、販売態様の相違については、推定を覆滅する事情と認めなかった。
 商標法26条1項6号は、裁判例で認められてきた商標的使用論の考え方について、平成26年の商標法改正でその一部を明文化したものとされている。明文化以降の裁判例を見ると、同号の該当性が認められ、商標権の効力が及ばないと判断された事例の方がやや多いようであるが、本件は、同号の該当性が認められなかった事例として紹介させていただいた。

以上
弁護士 石橋茂