【令和5年8月28日(大阪地裁 令和2(ワ)9135号 商標移転登録抹消登録等請求事件)】

【キーワード】
商標法35条、特許法98条1項、商標移転登録、商標権譲渡禁止特約

【事案の概要】

原告は、東京都を中心に洋和菓子の製造、小売り等の事業(以下、旧総本家の当該事業を「本件事業」という。)を行っていた千鳥屋総本家株式会社(以下「旧総本家」という。)から、本件事業を譲り受けた株式会社である。また、原告は、旧総本家で事業を行っていたP5(被告P1の祖父)から、以下の商標権(以下「本件商標権」という。)を含む合計50件の商標権を1円で譲り受け、その後、移転登録手続を行った。

<登録番号>
商標登録第5820605号
<商標>

<指定役務>
第35類  飲食料品の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供

その後、原告は、被告P1に対し、本件商標権を含む合計5件の商標権を1円で譲渡した。そして、被告P1は、原告に対し、当該5件を含む合計11件の商標権について無償での専用使用を許諾した(以下「専用使用許諾契約」という。)。専用使用権許諾契約には、被告P1は、原告の事前の承諾なく、当該11件の商標権を第三者に譲渡し、又は、原告の使用権の範囲外で第三者に使用許諾してはならない旨の特約(以下「本件譲渡禁止特約」という。)が付されていた。なお、本件商標権については、原告から被告P1への移転登録がされたが、被告P1から原告に対する専用使用権許諾契約に係る登録はされていない。、
その後、被告P1は、平成29年4月10日、被告P2及び被告株式会社千鳥饅頭総本舗(以下「被告総本舗」という。)に対し、本件商標権等の持分3分の1をそれぞれ無償で譲渡する旨の合意を書面をもって行い、被告P2及び被告総本舗は、同合意に基づき、同月19日、一部移転登録(以下「本件移転登録」という。)を行った。

原告は、被告P2及び被告総本舗に対し、被告P1から被告P2及び被告総本舗への商標権の譲渡は無効であるとして、本件移転登録の抹消登録手続きを行うよう求め、被告P1に対し、専用使用許諾契約に基づく専用使用権の設定登録手続きを行うよう求めた。

【争点】

・本件移転登録は、被告P1と被告P2及び被告総本舗の合意に基づくものか

【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)
第1~第3(省略)
第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件移転登録は、被告P1と被告P2及び被告総本舗の合意に基づくものか)について
(1) 証拠(甲5、乙13~15、丙1、証人P7)及び弁論の全趣旨によれば、被告P1は、平成29年4月10日、被告P2及び被告総本舗に対し、本件商標権等の持分3分の1をそれぞれ無償で譲渡する旨の合意を書面をもって行い(丙1)、被告P2及び被告総本舗は、同合意に基づき、同月19日、本件移転登録を行ったものと認められる。
この点に関する被告らの主張は、理由がある。
(2) 原告は、仮に、本件移転登録が被告P1の意思に基づくものであったとしても、本件移転登録は、物権的な効力を有する本件譲渡禁止特約に反するものであって絶対的に無効である旨を主張する。しかし、商標権の設定登録は商標権の発生要件であり(商標法18条1項)、専用使用権の登録もまた効力発生要件であること(同30条4項、特許法98条1項2号)からすると、登録を伴わない契約当事者間の単なる合意が本件移転登録の効力に優越するとは考え難い。原告の前記主張は採用できない。
(3) 以上から、本件移転登録は、被告P1と被告P2及び被告総本舗の合意に基づくものと認められる。したがって、被告P1が被告P2及び被告総本舗に対して本件移転登録の抹消を求める法的根拠はなく、原告の被告P2及び被告総本舗に対する請求は、いずれも理由がない。
また、本件移転登録により本件商標権は被告らにおいて共有される状態となったところ、被告P2及び被告総本舗が、本件商標権につき原告に専用使用権を設定することについて承諾する見込みはない(弁論の全趣旨)から、専用使用権許諾契約に基づく、被告P1の原告に対する専用使用権設定登録手続債務は社会通念上履行不能となったというべきである。
したがって、原告の被告P1に対する主位的請求もまた理由がない。
・・(以下、省略)・・

【検討】

1 商標権の移転の登録
商標権は、財産権であるため当然に移転可能なものである。しかし、商標権移転を合意したとしても、当該移転についての商標原簿への登録がなされなければ、移転の効力は生じない(商標法35条、特許法98条1項1号)。移転の効力を登録という表示にかからしめることで、権利の移転を明確にする趣旨である。
としても、商標原簿への登録があるからといって、商標権の移転がなされているとは限らない点に注意が必要である。登録はあくまで効力発生要件であるため、商標権移転の契約が存在しないのであれば、そもそも移転は発生していないからである。
商標権の移転の有無は、商標原簿への登録だけでなく、他の証拠や事実関係より判断する必要がある。

2 本件について
本件では、被告P1が、本件商標権の持分を、被告P2及び被告総本舗へ譲渡し、その旨を登録した(本件移転登録)。そうしたところ、原告は、そもそも被告P1からP2及び被告総本舗への商標権の持分譲渡が、原告・被告P1間の本件譲渡禁止特約違反であり、無効であるため、本件移転登録は抹消すべきと主張した。
原告の主張は、商標原簿上は商標権の移転が登録されているが、実際には商標権の移転はされていない、との旨の主張といえる。
裁判所は、契約当事者間の単なる合意である本件譲渡禁止特約が、書面をもって合意し登録がなされている被告P1・被告P2・被告総本舗での商標権の持分移転に優越しない、として、本件移転登録は合意に基づくもので抹消する理由はないと判断した。契約は当事者間のみを拘束するという大原則のもと、原告と被告P1との間の本件譲渡禁止特約は、被告P1・被告P2・被告総本舗を拘束するものではないため、三者間の合意に基づく本件移転登録に何らの問題もないと判断したものである。
原告には酷な結果のように思えるが、原告が専用使用許諾契約の締結時に専用使用権の登録を行っていれば(商標法35条、特許法98条1項2号)、被告P2及び被告総本舗に対しても専用使用権を対抗できていたため、そもそも紛争を防ぐことができていた。
専用使用権を設定した際には、登録手続きを忘れないように留意が必要である。

以上
  弁護士 市橋景子