【令和5年6月12日判決(知財高裁 令和5年(行ケ)第10008号)】
◆争点:公然知られた意匠と認められるかの判断に関する裁判例
(本件では、その他にも意匠の類否、意匠の共同創作者の認定、新規性喪失の例外の適用範囲も争点となっているが、本項では上記争点についてのみ取り上げる)
【キーワード】
意匠法3条1項3号、公然知られた、新規性、新規性の喪失
1 事案の概要
本件は、意匠に係る物品を「瓦」とする意匠(本件意匠)についての無効審判請求不成立審決に対する取消訴訟である。
本件では、本件意匠(本件で意匠権の有効性が争われた意匠。)と類似する意匠(本件模様瓦の意匠)が、本件意匠の出願前に、原告の事務所に被告(意匠権者)の事務所の提供されたり、本件模様瓦が掲載されたパンフレット等を原告に送付されるなどしたことにより、本件意匠と類似する意匠が公然知られたと認められるかが争点になった。
2 裁判所の判断
(※下線は筆者が付した)
第4 当裁判所の判断
・・・
・・・そうすると、前記需要者の観点からみた場合、本件意匠と本件模様瓦の意匠は類似するというべきである。
(2)・・・認定した事実によれば、本件模様瓦(試作品B)は、平成28年11月頃に、被告小林瓦が原告事務所に持ち込んで提供した後、同事務所に保管され、平成29年2月16日に原告事務所に本件パンフレット及び本件写真が送付されたところ、本件写真及び本件パンフレットには、本件模様瓦の意匠が開発中のものであることや開発者に対する内部的なものであることの記載はなく、また、「秘」、「部外秘」、「非公開資料」などの記載がないばかりか、本件写真や本件パンフレットを添付した電子メールにおいても、その本文などに、添付された本件写真や本件パンフレットの電子データが営業秘であるとか内部的なものであるなどの記載もなく、原告事務所及びその従業員について、被告らとの間で、本件模様瓦の意匠に関し守秘義務を結んでいるなどの事実は認められないから、遅くとも、同日には原告事務所の従業員らに対して知られるところとなり、公然知られたものと認められる。
そうすると、本件意匠は、本件意匠の出願前に公然知られた意匠と類似するから、意匠法3条1項3号に該当し、意匠登録を受けることができないものであり、同法48条1項1号により無効とされるべきものである。
・・・
(4) 被告らは、原告事務所は、被告らから本件模様瓦の意匠について、守秘扱いを求められる関係にあったことなどに照らせば、本件意匠は公然知られたものではない旨を主張する。
しかし、被告小林瓦から、原告事務所に対し、本件意匠について何らかの秘密の保持を求めた事実が認められないことのほか、被告小林瓦は、平成28年11月頃に本件模様瓦の意匠の示された試作品Bを原告事務所に持ち込み、そのまま保管を委ねていること、・・・原告事務所において本件模様瓦の意匠等について秘密とする意思がないことが客観的にも明らかとなり、・・・情報も共有されたにもかかわらず、これにつき特段の異議を述べたり、本件意匠に関し秘密保持の要請をしたり、あるいはその後の公開行為についての情報提供の要請をするなどもしていない事実からすると、本件特許出願に係る疑似漆喰模様の製法についてはともかくとして、本件意匠に関しては、被告らはこれを秘密とする意思ないし公開による新規性喪失の例外規定の適用を受ける意思はなかったとみられるものであり、被告らの主張は前提を欠くものというほかない。
したがって、被告らの上記主張は採用することができない。
(5) 被告らは、原告事務所の従業員らは、秘密保持義務を負う者である旨を主張する。
ア ある意匠が他の者に知られた場合であっても、その者が秘密保持義務を負っていると認められる場合には、意匠法3条1項1号の「公然知られた」ということはできないが、秘密保持義務があるといえるためには、必ずしも明示の契約によることは必要ではなく、当事者間の関係や対象となる事項の性質・内容などに照らして、社会通念上秘密にすることが求められる状況にあり、当事者がそのことを認識することができれば、秘密保持義務があるということができるものと解される。この点、被告らは、開示の相手が秘密扱いにすることを暗黙のうちに求められ、かつ、開示者が期待し信頼する客観的な関係にあればよいと主張するところ、被告らにおいて本件意匠を秘密にする意思があったものと認められないことは前記のとおりであるが、この点を措くとしても、開示を受けた者が秘密であることを認識する可能性がなければ、その者が当該事項を他の者に知らせることが行われ得るのであるから、同号の「公然知られた」ということができるのであって、被告らが主張するように、開示を受けた者の認識可能性いかんにかかわらず、同号に該当するということはできない。
したがって、被告らの上記主張は採用することができない。
イ 被告らは、①本件意匠の対象である瓦が石垣市庁舎のために開発中の試作品であったこと、②被告小林瓦らと原告事務所との関係から、原告事務所に守秘義務がある旨を主張する。しかし、本件意匠の対象である瓦が石垣市庁舎のために開発中の試作品であったからといって、当然に秘密保持義務が認められるものではないし、被告小林瓦らと原告事務所との関係から、仮に被告小林瓦らにおいて原告事務所に対して秘密保持契約を締結することを求めることが困難であったとしても、そのことから直ちに、原告事務所に秘密保持義務が認められることにはならない。この点に関し、被告小林瓦は、原告事務所に対しては、平成28年11月21日に面談をした際に、本件模様瓦が一般販売前のものであることや新規開発中であることを説明しており、原告事務所において瓦の形態が秘密であることの認識可能性があったと主張するが、当該事実を認めるに足りる的確な証拠はなく、また、仮にそうであれば、そのまま現在に至るまで、同瓦が原告事務所に保管されている事実とも整合しない。また、仮にそのような説明があったとしても、一般販売前のものである、新規開発中であるといった点の説明があったことから直ちに、本件模様瓦に係る意匠について、原告事務所が秘密保持義務を負うものとは認められない。
したがって、被告らの上記主張は採用することができない。
3 コメント
対象の意匠が一般公開される前の事業者間のやり取りによって、その意匠が公然に知られたものと判断された事案である。
本件で、裁判所は、「ある意匠が他の者に知られた場合であっても、その者が秘密保持義務を負っていると認められる場合には、意匠法3条1項1号の「公然知られた」ということはできないが、秘密保持義務があるといえるためには、必ずしも明示の契約によることは必要ではなく、当事者間の関係や対象となる事項の性質・内容などに照らして、社会通念上秘密にすることが求められる状況にあり、当事者がそのことを認識することができれば、秘密保持義務があるということができるものと解される」としつつも、「一般販売前のものである、新規開発中であるといった点の説明があったことから直ちに、本件模様瓦に係る意匠について、原告事務所が秘密保持義務を負うものとは認められない」とも判示している。
意匠を開示した者としては、開示した意匠が一般販売前・新規開発中のものであると説明したから相手方も秘密として取扱ってくれるであろうという期待を抱くこともあり得るかもしれないが、それだけでは「公然知られた」状態にならないための手段としては十分ではなく、より積極的に秘密にしてほしい旨の意思表示をすべきことが示されている。
本件は意匠権に関する事案ではあるが、特許権に関しても共通する部分は多い。
特に力関係のある事業者間では、秘密保持契約が締結されていない状態で発明を開示してしまう(せざるを得ない)場合も現実には少なくない。
そのような場合でも、その発明が直ちに公然知られたものとして取扱われるとは限らないが、少なくとも、それを秘密にしてほしい旨を伝えたり、秘密にしてほしい情報を記載した資料等には「秘」等の標識を目立つように表示しておくなどは、実務上最低限の対策として行っておくべきであろう(もちろん、いざというときにその事実を証明できるように記録化しておくことも重要である。)。
この点、本稿執筆中の2025年3月時点において特許庁が公開している「平成30年改正法対応・発明の新規性喪失の例外規定についてのQ&A集」には、新規性喪失の例外規定の適用手続の必要性に関して、「特定少数の者で行われる商談(秘密保持契約を行った場合のみならず、第三者に開示しないことが暗黙のうちに求められ、かつ、期待されると考えられる一般的な商談の場合)で説明を行った場合には、その説明により発明が公然知られたものとは認められませんので、発明の新規性喪失の例外規定の適用を受ける必要はありません(参考:東京高判平成12年12月25日(平成11年(行ケ)第368号))。」(※下線は筆者が付した。)と記載されているが、ここでいう「特定少数の者で行われる商談」や「一般的な商談」の範囲を広くとらえて、安易に新規性喪失の例外規定の適用が必要ないと判断してしまうことには、危険が伴うだろう。
以上
弁護士・弁理士 高玉峻介