【知財高判令和1年9月11日(令和5年(行ケ)第10006号)】

 

1 事案の概要(以下では、説明の必要のため事案を若干簡略化している)

本件は、特許権侵害訴訟の事案であり、2件特許が問題となっているが、特に問題となった発明の名称を「システム作動方法」(特許第3350773号。以下「本件特許A」という。)のうち請求項1に係る発明(以下「本件発明A1」という。)を取り上げる。本件発明A1の内容は以下のとおりである。

(ア)本件発明A1

  A   ゲームプログラムおよび/またはデータを記憶するとともに所定のゲーム装置の作動中に入れ換え可能な記憶媒体(ただし、セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除く。)を上記ゲーム装置に装填してゲームシステムを作動させる方法であって、

  B   上記記憶媒体は、少なくとも、

  B-1 所定のゲームプログラムおよび/またはデータと、所定のキーとを包含する第1の記憶媒体と、

  B-2 所定の標準ゲームプログラムおよび/またはデータに加えて所定の拡張ゲームプログラムおよび/またはデータを包含する第2の記憶媒体とが準備されており、

  C   上記拡張ゲームプログラムおよび/またはデータは、上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータに加えて、ゲームキャラクタの増加および/またはゲームキャラクタのもつ機能の豊富化および/または場面の拡張および/または音響の豊富化を達成するためのゲームプログラムおよび/またはデータであり、

  D   上記第2の記憶媒体が上記ゲーム装置に装填されるとき、

  D-1 上記ゲーム装置が上記所定のキーを読み込んでいる場合には、上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータと上記拡張ゲームプログラムおよび/またはデータの双方によってゲーム装置を作動させ、

  D-2 上記所定のキーを読み込んでいない場合には、上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータのみによってゲーム装置を作動させることを特徴とする、

  E    ゲームシステム作動方法。

被告(被控訴人)は、ゲームソフト等を製作・販売する会社であり、ゲームソフト「戦国無双」(前作)を組み合わせてプレイするとキャラクタが追加される等の拡張プレイが楽しめるゲームソフト「猛将伝」(後作)を製作・販売していた。本件は、原告が被告に対し、ゲームソフト「猛将伝」等が本件特許Aに係る特許権を侵害するとして、損害賠償を求めた事案である。

 

 原審は、本件特許発明A1は、本件特許Aに係る特許出願前に発売されていたファミリーコンピュータ、ファミリーコンピュータディスクシステム、ゲームソフト「魔洞戦記」、ゲームソフト「勇士の紋章」、及びテレビを用いて実現されるゲームシステムにより、公然知られた発明又は公然実施された発明と同一であるから、新規性欠如の無効理由があるとした。

 ここで、ゲームソフト「魔洞戦記」とゲームソフト「勇者の紋章」は、シリーズ物のゲームソフトであり、前者が前作、後者が後作である。プレイヤーは、「魔洞戦記」をプレイしてキャラクタのレベルを16以上獲得した場合、そのセーブデータを「勇者の紋章」に転送すれば、「勇者の紋章」をプレイする際に、レベル1ではなくレベル2からプレイできる等の特典を獲得することができる。

 

【原審の認定判断】

(ア)本件発明A-1と公知発明1の対比

 上記で認定した公知発明1によれば、①「ファミリーコンピュータとディスクシステムとテレビ」は、本件発明A-1の「ゲーム装置」に相当し、②「魔洞戦紀DDⅠ」は本件発明A-1の「第1の記憶媒体」に相当し、③「勇士の紋章DDⅡ」は本件発明A-1の「第2の記憶媒体」に相当し、④「勇士の紋章」の標準ゲーム機能部分を実行する標準ゲームプログラムおよび/またはデータ」は、本件発明A-1の「標準ゲームプログラムおよび/またはデータ」に相当し、⑤「『魔洞戦紀』にセーブされたキャラクタのレベルが21であることを示す情報」ないし「『魔洞戦紀』にセーブされたキャラクタのレベルが21、すなわち16以上であることを示す情報」は、本件発明A-1の「所定のキー」に相当し(以下、所定のキーは後者のみで表記する。)、⑥「魔洞戦紀DDⅠから転送されたキャラクタの魔洞戦紀におけるレベルが16以上であるときには、そのキャラクタの勇士の紋章におけるレベルが最初から2となり、神殿で祈ると『ゆうけんしのしそん じゅんくよ。がんばるのだぞ。』とのメッセージが表示され、アイテム『くさのつゆ』及び『しろきのこ』が1つ増える」ことは、本件発明A-1の「ゲームキャラクタのもつ機能の豊富化」に相当し、そのためのプログラム等は、「拡張ゲームプログラムおよび/またはデータ」に相当するから、本件発明A-1は、公知発明1と同一の構成であると認められる。したがって、本件発明A-1は新規性を欠く。

 

 一方、控訴審である本件では、上記ゲームシステムに係る発明(以下「本件公知発明1」という。)を以下のとおり認定し、本件特許Aとの対比において、以下の相違点があると認定した。

【本件公知発明1の認定】

a    ファミリーコンピュータとディスクシステムとテレビとから構成され、ディスクを用いてゲームを行うファミコンゲームシステムにおいて、セーブデータなどを記憶可能で、ゲームプログラム及び/又はデータを記憶するファミコンゲームシステムの動作中に入れ換え可能なディスクをディスクシステムに挿入して、ファミコンゲームシステムを作動させる方法であって、

 b   上記ディスクは、RWM(読み書き可能メモリ)であって、

 b-1 魔洞戦紀のゲームプログラム及び/又はデータと、魔洞戦紀にセーブされたキャラクタのレベルが21であることを示す情報とを包含する魔洞戦紀DDⅠと、

 b-2 標準ゲーム機能部分を実行する標準ゲームプログラム及び/又はデータに加えて、魔洞戦紀DDⅠから転送されたキャラクタの魔洞戦紀におけるレベルが16以上であるときには、そのキャラクタの勇士の紋章におけるレベルが最初から2となり、神殿で祈ると「ゆうけんしのしそん じゅんくよ。がんばるのだぞ。」とのメッセージが表示され、アイテム「くさのつゆ」及び「しろきのこ」が1つ増えるという動作機能を実行する拡張ゲームプログラム及び/又はデータを包含する勇士の紋章DDⅡとが準備されており、

 c   拡張ゲームプログラム及び/又はデータは、標準ゲームプログラム及び/又はデータに対して、キャラクタのレベルの増加、又はキャラクタのためのアイテムの増加を達成するように形成されたものであり、

 d   勇士の紋章DDⅡがディスクシステムに挿入されるとき、

 d-1 ファミリーコンピュータが、魔洞戦紀DDⅠから、キャラクタのレベルが21、すなわち16以上であることを示す情報を読み込んでいる場合には、標準ゲーム機能部分を実行する標準ゲームプログラム及び/又はデータと拡張ゲーム機能部分を実行する拡張ゲームプログラム及び/又はデータの双方によってファミリーコンピュータを作動させ、

 d-2 ファミリーコンピュータが、魔洞戦紀DDⅠから、キャラクタのレベルが16以上であることを示す情報を読み込んでいない場合には、標準ゲーム機能部分を実行する標準ゲームプログラム及び/又はデータのみによってファミリーコンピュータを作動させる、

 e   ファミコンゲームシステム作動方法。

【相違点】

イ 本件発明A1と本件公知発明1の対比

  本件発明A1と本件公知発明1とを対比すると、以下の相違点が存在することが認められる。

(相違点1-1)

  一の記憶媒体、二の記憶媒体が、本件発明A1は、「記憶媒体(ただし、セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除く。)」であるのに対し、本件公知発明1は「セーブデータなどを記憶可能なディスク」である点。

(相違点1-2)

  本件発明A1の「第1の記憶媒体」は、セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除くから、「所定のキー」はセーブデータを含まないのに対し、本件公知発明1では、魔洞戦紀DDIに包含される「所定のキー」が、魔洞戦紀DDIに記憶されたセーブデータであって、魔洞戦紀DDIにセーブされたキャラクタのレベルが21であることを示す情報である点。

2 判示内容(判決文中、下線部や(※)部は本記事執筆者が挿入)

裁判所(控訴審)は、上記のとおり本件発明A1と本件公知発明1の相違点を認定した上で、容易想到性については、本件公知発明1の技術思想について検討した上で、各相違点について本件発明A1の構成とすることは、阻害要因があるとして、当業者が容易に想到し得たものであるとはいえないと判断した。

 すなわち、相違点1に関し、本件発明1の構成は「記憶媒体(ただし、セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除く。)」とあり、セーブデータを記憶する媒体は除かれている一方、本件公知発明1は、前作のセーブデータを後作に用いるようになっており、セーブデータを記憶する媒体が必要であるところ、この点が本件発明1の構成に想到することの阻害要因のポイントとなっているのである。

 具体的には、裁判所は、相違点1に関し、「『キャラクタ』、『プレイ実績』を示す情報を前作の記憶媒体にセーブできることが本件公知発明1の前提であって、『キャラクタ』、『プレイ実績』の情報をセーブできない記憶媒体を採用すると、前作のゲームにおける『キャラクタ』、『プレイ実績』の情報が記憶媒体に記憶されないこととなり、『前作のゲームのキャラクタで、後作のゲームをプレイする』、『前作のキャラクタのレベルが16以上であると、後作において拡張ゲームプログラムを動作させる』という本件公知発明1を実現することができなくなることは明らかである。」と認定している。

ウ 相違点の容易想到性について

(ア)本件公知発明1の技術思想

   本件公知発明1の内容に加え、前記アに掲記の各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、①ディープダンジョン(DD)シリーズの後作「勇士の紋章」は、前作「魔洞戦紀」の続編であって、両者は、魔洞戦紀において、魔王が勇剣士に倒され平和を取り戻したものの、勇士の紋章において、魔王が復活し、勇剣士が再び冒険するという一連のストーリーを有するゲームであること、②「魔洞戦紀」の勇剣士のキャラクタを、「勇士の紋章」に転送することにより、「魔洞戦紀」の「勇剣士」を、「勇士の紋章」の「勇士」として復活させることができること、③「魔洞戦紀」において、キャラクタのレベルが16以上であれば、レベル1からではなく、レベル2のキャラクタとして「勇士の紋章」でプレイできること、④このような場合に、「魔洞戦紀」から転送されたレベル16以上のキャラクタは、「勇士の紋章」においては「勇剣士の子孫」として復活すること、⑤「魔洞戦紀」のキャラクタリストは、「魔洞戦紀」において、特定のキャラクタでゲームをプレイしている途中で中断し、その後、中断した場面からゲームを再開してプレイするために、ディスクにセーブされたものと解されることが認められる。

   上記認定事実によれば、本件公知発明1は、前作と後作との間でストーリーに連続性を持たせた上、後作のゲームにおいても、前作のゲームのキャラクタでプレイしたり、前作のゲームのプレイ実績により、後作のゲームのプレイを有利にしたりすることによって、前作のゲームをプレイしたユーザに対して、続編である後作のゲームもプレイしたいという欲求を喚起し、これにより後作のゲームの購入を促すという技術思想を有するものと認められる。

(イ)相違点1-1について

   前記(ア)のとおり、本件公知発明1は、キャラクタでプレイするゲームにおいて、セーブされたキャラクタを前作のゲームから後作のゲームに転送するものであり、前作のゲームにおいて、プレイ途中でセーブして、なおかつ、キャラクタのレベルが16以上である場合に、後作のゲームにおいて、ゲームのプレイが有利になるという特典が与えられるものである。

   そうすると、本件公知発明1は、少なくとも、前作において、ゲームをプレイ途中でセーブするとともに、ゲームをある程度達成した、すなわち、前作のゲームにおいて、キャラクタのレベルが16以上となるまでプレイしたという実績があることが、後作においてプレイを有利にするための必須の条件であり、「キャラクタ」、「プレイ実績」を示す情報を前作の記憶媒体にセーブできることが本件公知発明1の前提であって、「キャラクタ」、「プレイ実績」の情報をセーブできない記憶媒体を採用すると、前作のゲームにおける「キャラクタ」、「プレイ実績」の情報が記憶媒体に記憶されないこととなり、「前作のゲームのキャラクタで、後作のゲームをプレイする」、「前作のキャラクタのレベルが16以上であると、後作において拡張ゲームプログラムを動作させる」という本件公知発明1を実現することができなくなることは明らかである

   したがって、仮に、被控訴人の主張するとおり、ゲームプログラム及び/又はデータを記憶する媒体としてCD-ROMを用いることが本件特許Aの出願前において周知技術であり、また、同一タイトルのゲームをCD-ROMやROMカセットに移植することが一般的に行われている事項であったとしても、本件公知発明1において、記憶媒体を、ゲームのキャラクタやプレイ実績をセーブできない「記憶媒体(ただし、セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除く。)」に変更する動機付けはなく、そのような記憶媒体を採用することには、阻害要因がある

   以上のとおりであるから、本件公知発明1において、相違点1-1に係る本件発明A1の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たものであるとは認められない。

(ウ)相違点1-2について

   前記(イ)と同様の理由により、本件公知発明1において、相違点1-2に係る本件発明A1の構成を採用することは、動機付けを欠き、むしろ阻害要因があるというべきであるから、当業者が容易に想到し得たものであるとは認められない。

3 若干のコメント

本件の原審は、大要、ゲームソフトの後作を拡張プレイするために前作を用いるという点を捕まえて、本件発明A1の新規性を欠くと判断したところ、控訴審は、本件発明A1と本件公知発明1の相違点を認定した上で、本件公知発明1の技術思想に踏み込んで容易想到性を検討し、阻害要因を認定した。本件は、ビジネスモデル関連発明における無効主張を検討する上で、参考になると思われる。

以上

弁護士 藤田 達郎