【知財高裁令和5年6月8日判決(令和4年(ネ)第10106号)】

【ポイント】

 社内イントラネット上で共有された新聞記事のうち内容が特定されないものについては、著作物に該当するとは認められず、著作権侵害がないと判断した事例

【キーワード】

 著作権
 著作物性
 社内イントラネット
 新聞記事

第1 事案

 日刊紙「東京新聞」を発行する1審原告が、鉄道事業者である1審被告に対し、1審被告が東京新聞に掲載された新聞記事の画像データを作成して社内のイントラネット(以下、「本件イントラネット」という。)で共有した行為が、1審原告の著作物である当該新聞記事に係る著作権(複製権、公衆送信権)の侵害に当たるとして、損害賠償請求を提起した。第一審(東京地判令和4年10月6日・令和2年(ワ)3931号)は、1審原告の請求を一部認容した。
 本件は、1審原告及び1審被告が、第一審の判決中の敗訴部分を不服として控訴した事案である。

第2 当該争点に関する判旨(裁判所の判断)(*下線や注釈は筆者)

1 争点1(本件イントラネットに掲載された1審原告発行の新聞記事の数量及びその著作物性)について
 ・・・
・・・平成30年度掲載記事は、各記事の作成者の個性が表れており、いずれも作成者の思想又は感情が創作的に表現されたものと認められるから、著作物に該当するものと認められる
  これに対し、1審被告は、平成30年度掲載記事は、「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道」(著作権法10条2項)であり、著作物に該当しない旨主張する。
  しかしながら、上記認定のとおり、平成30年度掲載記事(甲9、10、乙1、4)は、事故に関する記事や、新しい機器やシステムの導入、物品販売、施策の紹介、イベントや企画の紹介、事業等に関する計画、駅の名称、列車接近メロディー、制服の変更等の出来事に関する記事であるところ、そのうち、事故に関する記事については、相当量の情報について、読者に分かりやすく伝わるよう、順序等を整えて記載されるなど表現上の工夫をしそれ以外の記事については、いずれも、当該記事のテーマに関する直接的な事実関係に加えて、当該テーマに関連する相当数の事項を適宜の順序、形式で記事に組み合わせたり、関係者のインタビューや供述等を、適宜、取捨選択したり要約するなどの表現上の工夫をして記事を作成していることが認められ、各記事の作成者の個性が表れており、いずれも作成者の思想又は感情が創作的に表現されたものと認められるものであり、「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道」であるということはできない。また、著作物といえるための創作性の程度については、高度な芸術性や独創性まで要するものではなく、作成者の何らかの個性が発揮されていれば足り、報道を目的とする新聞記事であるからといって、そのような意味での創作性を有し得ないということにはならない。
  したがって、1審被告の上記主張は採用することができない。その他1審被告は、平成30年度掲載記事が著作物に該当しない理由を縷々指摘するが、いずれも採用することができない。」
・・・そして、1審被告が平成30年度掲載記事の画像データを作成して1審被告の社内イントラネットである本件イントラネットの電子掲示板用の記録媒体に記録した行為は、平成30年度掲載記事を本件イントラネットに接続した者の求めに応じて送信を行い、閲覧することを可能化したものであるから、1審原告の著作物である平成30年度掲載記事に係る著作権(複製権、公衆送信権)の侵害に当たるものと認められる
・・・
カ 以上によれば、平成17年9月1日から平成30年3月31日までの間において、枠付き記事以外に、本件イントラネットに1審原告が発行した東京新聞の記事が掲載されたこと及びその内容を認めるに足りる証拠はなく、また、仮に東京新聞の記事が掲載された可能性があるとしても、その内容を確認することができないから、当該記事が著作物に該当することを認めることはできない。
  これに対し、1審原告は、過去の著作権侵害行為を原因とする損害賠償請求をするに当たっては、被侵害著作物を個別に特定する必要はなく、このことは、判例の立場(知財高裁平成28年10月19日判決(同年(ネ)第10041号))であるとして、著作権が侵害されたとする新聞記事の内容を具体的に特定しないまま、1審被告が、平成17年9月1日から平成30年3月31日までの間に、毎月約11本の新聞記事を本件イントラネットに掲載していた旨主張する。
  しかしながら、新聞記事においては、訃報や人事異動等の事実をそのまま掲載するものから、主題を設定して新聞社としての意見を述べる社説まで様々なものがあって、記載する事項の選択や記事の展開の仕方、文章表現の方法等において記者の個性を反映させる余地があるとしても、新聞記事であることのみから当然に著作物であるということはできない
  また、新聞記事の中には、通信社や企業等から提供された情報や文章をそのまま掲載するものや、第三者から寄稿されたものもあり、当該記事を掲載した新聞の発行者が当然にその著作権を有するということもできない。
  さらに、1審原告が指摘する裁判例は、著作権等管理事業者であるJASRACが、その管理する著作物である楽曲を許諾なくライブ会場で演奏する者に対して著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償を求めた事案であり、上記裁判例は、本件とは、著作物の種類が異なるなど事案を異にするというべきであり、本件に適切でない。
  したがって、1審原告の上記主張は採用することができない。
  他に上記認定を左右するに足りる証拠はない。

第3 検討

 本件は、社内イントラネット上で共有された新聞記事のうち内容が特定されないものについては、著作物に該当するとは認められず、著作権侵害がないと判断した事案である。
 前提として、第一審の判決の概要は以下のとおりである。平成30年度に本件イントラネットに共有された1審原告の新聞記事(以下、「平成30年度掲載記事」という。)については、直接裏付ける証拠があり、結果的に著作権侵害を認めた。
 他方で、平成29年度以前については、本件イントラネットに掲載された具体的な記事の内容や本数を直接裏付ける証拠はなかった。しかし、①「枠付き記事」(被告が、本件イントラネットに掲載する際に容易に周知することができるように、新聞記事のタイトルや取扱い部署等を記載したもので、フォルダにつづって保存していたもの)については、著作権侵害を認め、②その他に、1審被告の従業員(広報課長)の証言や平成30年度掲載記事の数や内容等の事情に照らし、「枠付き記事」以外にも1審被告が本件イントラネットに掲載したものがあったと推認できるとし、平成29年度以前についても、一定数の新聞記事に関する著作権侵害を認めた。
 このように、第一審は、個別の新聞記事の内容が特定されていないものについても、各種証拠から、一定数の新聞記事に関する著作権侵害を認めた。
 しかし、知財高裁(本判決)は、個別の新聞記事の内容が特定されていないものについては、直接裏付ける証拠はなく、仮に新聞記事が本件イントラネットに掲載された可能性があるとしても、その内容が分からないので、当該新聞記事が著作物に該当するか分からない旨等を述べ、著作権侵害を認めなかった。この前提としては、知財高裁(本判決)は、1審原告の主張の反論として述べているが、「新聞記事においては、訃報や人事異動等の事実をそのまま掲載するものから、主題を設定して新聞社としての意見を述べる社説まで様々なものがあって、記載する事項の選択や記事の展開の仕方、文章表現の方法等において記者の個性を反映させる余地があるとしても、新聞記事であることのみから当然に著作物であるということはできない」という点がある(下線は筆者)。
 このように、知財高裁は個別の新聞記事の内容が特定されていないものについては、厳格に判断し、具体的な記事の内容や本数を裏付ける証拠がないとして、著作権侵害を認めなかった。しかし、1審被告の従業員(広報課長)の本件イントラネットの運用状況等に関する証言、平成29年度以前も本件イントラネットに1審原告の新聞記事(「枠付き記事」)が掲載されたことが認められたこと、平成30年度掲載記事の数や内容等の事情から考えると、平成29年度以前についても、本件イントラネットに(「枠付き記事」以外にも)1審原告の新聞記事が掲載されていたこと、ひいては、著作権侵害による損害が発生したことが相当程度高いと思われる事案であり、1審原告は1審被告の内部情報を取得することが難しく損害の立証が困難である事案であることから、公平の観点から、民事訴訟法248条に基づき、一定の損害額を認定してもいい事案ではないかと考える。
 以上のように、本判決は、損害の立証が困難である事案であり、著作権者からすれば厳しい内容であるが、著作権者側としてどこまでの証拠が必要か等の点において、実務上参考になる事案である。

以上

弁護士 山崎臨在