【令和4年12月15日(東京地裁 平成30年(ワ)第28930号)】

【判旨】

発明の名称を「レーザ加工装置」とする特許及び発明の名称を「レーザ加工方法及びレーザ加工装置」とする特許の特許権者である原告会社が、被告会社による被告製品の製造・販売等が本件各特許権の侵害を構成するとして、被告会社に対し、特許法100条1項に基づく被告製品の製造・販売等の差止及び同条2項に基づく被告製品の廃棄を求めるとともに、損害賠償金の支払を求めた事案。裁判所は、被告製品は、本件発明1、本件発明2ー2及び2-3の技術的範囲に属すると認められ、本件発明1及び本件発明2について、被告会社が主張する無効理由は認められず、また、被告会社が主張する本件実施許諾契約の成立も認められないとして、原告会社の差止請求及び廃棄請求を認容するとともに、特許法102条3に基づき損害を算定して、損害賠償請求を一部認容した。

【キーワード】

特許法102条2項、102条3項、損害賠償

1 事案の概要と争点

 原告は、光半導体、光学応用機器等の開発・製造を主たる業務とする技術開発型の企業であり、被告は、精密計測機器と半導体製造装置のメーカーである。本件特許(特許第3867108号)の内容は以下のとおりである。

【本件特許権】

 内容
ウェハ状の加工対象物の内部に、切断の起点となる改質領域を形成するレーザ加工装置であって、
前記加工対象物が載置される載置台と、
レーザ光を出射するレーザ光源と、
前記載置台に載置された前記加工対象物の内部に、前記レーザ光源から出射されたレーザ光を集光し、そのレーザ光の集光点の位置で前記改質領域を形成させる集光用レンズと、
レーザ光の集光点が前記加工対象物の内部に位置するように、前記加工対象物のレーザ光入射面を基準として前記加工対象物の厚さ方向に第1移動量だけ前記集光用レンズを移動させ、レーザ光の集光点が前記加工対象物の切断予定ラインに沿って移動するように、前記加工対象物の厚さ方向と直交する方向に前記載置台を移動させた後、レーザ光の集光点が前記加工対象物の内部に位置するように、前記レーザ光入射面を基準として前記加工対象物の厚さ方向に第2移動量だけ前記集光用レンズを移動させ、レーザ光の集光点が前記切断予定ラインに沿って移動するように、前記加工対象物の厚さ方向と直交する方向に前記載置台を移動させる機能を有する制御部とを備え、
前記加工対象物はシリコンウェハであることを特徴とするレーザ加工装置。

 本件特許発明は、半導体基板を切断するためのステルスダイシング技術に係るものであり、原告が世界で初めて開発した。ウェハ表面を加工しないため、ウェハ表面に形成された機能素子を損傷するような粉塵を発生させることがなく純水での洗浄工程も不要となるほか、加工箇所を最小限に抑えることができるため、フラッシュメモリ等の精密な機能素子のチップを切り出すために有用な技術となっている。原告は、ステルスダイシング技術を用いて半導体基板をダイシングするための装置(以下「SDダイサー」という。)の中核モジュールであるステルスダイシングエンジンユニット(以下「SDエンジン」という。)を製造し、被告を含む半導体製造装置メーカーに供給してきた。
 本件の争点は充足論、無効論、損害論と多岐に渡るが、本稿では損害論の点に絞って解説を行う。

2 裁判所の判断

 まず、裁判所は、特許法102条2項の適用に関し、特許権者が販売等する製品が侵害品の部品に相当するものであり、両者が市場において競合関係に立つと認められない場合は、同項による損害額の推定は認められないと判示した。

※判決文より抜粋(下線部は筆者付与。以下同じ。)

(2) 特許法102条2項の適用の可否
ア 特許法102条2項は、民法の原則の下では、特許権侵害によって特許権者が被った損害の賠償を求めるためには、特許権者において、損害の発生及び額、これと特許権侵害行為との間の因果関係を主張、立証しなければならないところ、その立証等には困難が伴い、その結果、妥当な損害の填補がされないという不都合が生じ得ることに照らし、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益の額を特許権者の損害額と推定するとして、立証の困難性の軽減を図った規定である。そして、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められると解すべきである。
そして、特許法102条2項の上記趣旨からすると、同項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額とは、原則として、侵害者が得た利益全額であると解するのが相当であって、このような利益全額について同項による推定が及ぶと解すべきである。もっとも、上記規定は推定規定であるから、侵害者の側で、侵害者が得た利益の一部又は全部について、特許権者が受けた損害との相当因果関係が欠けることを主張立証した場合には、その限度で上記推定は覆滅されるものということができる(知的財産高等裁判所平成30 年 第10063号令和元年6月7日特別部判決参照)。
もっとも、特許権者において販売等する製品が、侵害品の部品に相当するものであり、侵害品とは需要者を異にするため、市場において競合関係に立つものと認められない場合には、当該侵害品の市場においては、侵害品の代わりに部品が購入されるものとはいえない。それにもかかわらず、上記場合において、上記部品が、侵害品と市場において競合関係に立つ第三者の製品に使用され得ることをも重ねて推認した上、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在するものと認めるのは、明らかに特許権者が受けた損害の額以上の額を推認することになるから、特許法102条2項の趣旨に鑑み、同項の推定の範囲を超えるものであって、相当であるとはいえない。
したがって、上記場合には、侵害者が侵害品の販売等により受けた利益の額は、特許権者が受けた損害の額と推定することはできないと解するのが相当である。

 そして、本件において、原告SDエンジンメーカーであり、原告の販売する製品は被告や第三者が販売するSDダイサーの部品に相当するものであるから、市場において競合関係に立つことは認められず、損害額の推定規定は適用されないと判示した。

イ これを本件についてみると、前記認定事実によれば、原告は、SDエンジンメーカーであり、SDダイサーの一部を構成するSDエンジンを製造し、被告やディスコ社等のSDダイサーメーカー(半導体製造装置メーカー)に対し、これを販売するものである。これに対し、前記認定事実によれば、被告はSDダイサーメーカーであり、原告から購入し又は自ら製造したSDエンジンを搭載したSDダイサーを製造し、サムスン社等の半導体製造業者や半導体加工業者(エンドユーザ)に対し、これを販売するものであることが 認められる。
そうすると、特許権者である原告が販売する製品(SDエンジン)は、侵害品であるSDダイサーの部品に相当するものであり、SDダイサーとは需要者を異にするため、市場において競合関係に立つものと認めることはできない。
したがって、本件においては、被告が、侵害品であるSDダイサーの販売等により受けた利益の額は、原告が受けた損害の額と推定することはできないと解するのが相当である。

 原告は、原告製品の販売先であるディスコ社の製品の販売料が減少した結果、原告においてもディスコ社への販売を通じて得られたはずであろう利益が喪失したとして、特許法102条2項の適用をあくまで主張したが、かかる主張は以下のとおり採用されなかった。

ウ 原告の主張について
(ア)原告は、被告及びディスコ社の2社が国内及び海外のエンドユーザに対し、ほぼ独占的にSDダイサーを供給しているところ、被告の侵害行為により、ディスコ社製品の販売量が減少した結果、原告においても、ディスコ社への販売を通じて得られたはずであって、①SDエンジン一式の販売利益、②LDモジュールの交換による利益、③包括ライセンス契約による実施料相当の利益を失ったため、特許権者に侵害行為による特許権侵害行 為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在するとして、特許法102条2項の推定規定が適用されるべきである旨主張する。
しかしながら、前記認定事実によれば、①国内においては、被告及びディスコ社が市場におけるシェアをほぼ独占しているものの、海外には、EO社等の競合他社が存在すること、②SDダイサーの最大の需要者であるサムスン社は、直近では、被告及びディスコ社のみからSDダイサーを購入しているものの、特定のメーカー1社のみからSDダイサーを購入しないことを基本方針とし、当該2社も時期により変動していること、③被告は、これまで●(省略)●台のSD装置をTI社に販売しているところ、TI社は、被告製のSDダイサーのみを購入しており、原告からはSDエンジンを購入した実績がないこと、以上の各事実が認められる。
上記認定事実によれば、エンドユーザにおいて、被告からSDダイサーを購入していなければ、代わりにディスコ社からSDダイサーを購入するという関係が直ちに成り立つものと認めるに足りないというべきである。
そうすると、原告の主張は、その前提を欠く。そして、部品であるSDエンジンと侵害品であるSDダイサーが需要者を異にして市場において競合関係に立つものとは認められない場合、特許法102条2項の推定規定が適用されないことは、上記において説示したとおりであり、原告の主張は、上記判断を左右するものとはいえない。 したがって、原告の主張は、採用することができない。
(イ)原告は、平成30年1月末までのディスコ社の失注台数と原告の販売台数を比較すると、両者が一致する旨主張する。
しかしながら、原告が主張するディスコ社の失注台数については、客観的な裏付けを欠くものであり、仮に、原告の主張を前提としても、サムスン社についてはディスコ社の失注台数が●(省略)●であるのに対し、被告製品の販売台数は●(省略)●台であり、また、SCPKについては、ディスコ社の失注台数が●(省略)●であるのに対し、被告製品の販売台数は●(省略)●台であり、両者は必ずしも一対一の関係にはないことが認められ、原告の主張は、前提を欠く。したがって、原告の主張は、採用することができない。 その他に、原告の主張及び提出証拠を改めて検討しても、上記において説示したところに照らし、原告の主張は、いずれも採用することができない。
エ 以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、特許法102条2項に基づく原告の請求は理由がない。

 裁判所は、特許法102条1項に基づく損害額の主張についても、同様の理由から同条項の適用を否定した。

(1) 特許法102条1項の適用の可否
ア 特許法102条1項
特許法102条1項は、民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり、特許法102条1項本文において、侵害者の譲渡した物の数量に特許権者又は専用実施権者(以下「特許権者等」という。)がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた額を、特許権者等の実施の能力の限度で損害額とし、同項ただし書において、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が販売することができないとする事情を侵害者が立証したときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものと規定して、侵害行為と相当因果関係のある販売減少数量の立証責任の転換を図ることにより、より柔軟な販売減少数量の認定を目的とする規定である。
上記にいう特許法102条1項の文言及び趣旨に照らせば、特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは、侵害品と需要者を共通にする同種の製品であって、市場において、侵害者の侵害行為がなければ販売等することができたという競合関係にある製品をいうものと解するのが相当である(知的財産高等裁判所平成31年 第10003号令和2年2月28日特別部判決参照)。
イ 当てはめ
これを本件についてみると、前記争点6-1-1において説示したとおり、SDエンジンはSDダイサーの部品であるところ、特許権者である原告が販売する製品(SDエンジン)は、侵害品であるSDダイサーの部品に相当するものであり、SDダイサーとは需要者を異にするため、市場において競合関係に立つものと認めることはできない。 そうすると、SDダイサーである被告製品は、原告において侵害行為がなければ販売することができた物には該当せず、特許法102条1項は、本件に適用されないと解するのが相当である。
(2) 原告の主張について ア 原告は、知的財産高等裁判所令和2年2月28日特別部判決(いわゆる美容器事件大合議判決)に基づき、「侵害品の販売により特許権者等の製品の販売数量が影響を受ける関係」にあれば、特許法102条1項の適用が認められるという前提に立ち、本件においては、被告製品の販売により、ディスコ社製品の販売数量が直接影響を受ける結果、特許権者である原告のSDエンジンの販売する量もそれに応じて影響を受ける関係にあるから、同項が適用されるべきである旨主張する。しかしながら、上記において特許法102条1項を解釈したところを踏まえると、同項にいう推定の基礎は市場における競合関係にあると解するのが相当であり、原告の主張は、これとは異なる前提に立って主張するものに帰し、上記判断を左右するものとはいえない。
したがって、原告の主張は、採用することができない。
イ その他に、原告の主張及び提出証拠を改めて検討しても、原告の主張は、上記において特許法102条1項を解釈したところに照らし、いずれも採用することができない。 (3) 以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、本件においては、特許法102条1項に基づく請求は理由がない。

 最終的に、裁判所は、特許法102条3項に基づく実施料相当額の損害のみを認定したが、その料率は30%と非常に高額なものであった。その理由としては、本件特許発明の価値が高く評価されたことに加え、侵害の態様が悪質なものであったこと等が考慮されたようである。

33 争点6-3(特許法102条3項に基づく損害額)
(1) 実施料相当額の算定について
ア 特許法102条3項
特許法102条3項は、特許権侵害の際に特許権者が請求し得る最低限度の損害額を法定した規定であって、同項による損害は、原則として、侵害品の売上高を基準とし、そこに、実施に対し受けるべき料率を乗じて算定すべきである。そして、平成10年法律第51号による改正により、「通常受けるべき金銭の額」という同項の規定のうち「通常」の部分が削除された経緯に照らせば、同項に基づく損害の算定に当たっては、必ずしも特許権についての実施許諾契約における実施料率に基づかなければならない必然性はなく、特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき、実施に対し受けるべき料率は、むしろ、通常の実施料率に比べて自ずと高額になるであろうことを考慮すべきである。
したがって、実施に対し受けるべき料率は、①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や、それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ、②当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性、他のものによる代替可能性、③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様、④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めるべきである(知的財産高等裁判所平成30年第10063号令和元年6月7日特別部判決参照)。
イ 当てはめ
これを本件についてみると、前記認定事実、後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、上記①ないし④に係る考慮事情として、次の事実を認めることができる。
・・・(中略)・・・
(イ)本件各発明の技術内容や重要性
a 前記認定事実、証拠(甲134、135)及び弁論の全趣旨によれば、ステルスダイシング技術は、原告が世界で初めて開発した技術であるところ、加工対象物の内部に溶融処理領域を形成し、もって、加工対象物の表面を溶融させることなく、加工対象物の切断を可能にするものであり、これによれば、ウェハ表面に粉塵を発生させることがなく、ブレードの交換や冷却水での洗浄処理を必要としないほか、加工箇所を最小限に抑えることができる。そのため、半導体チップの薄型化、小型化という要請に即応したものであって、小型化や高集積化が進んでいる半導体チップを切り出すための革新的かつ実用的な基本技術となっている。取り分け、本件発明1は、ステルスダイシング技術の中核的技術思想を具現化するものであって、根本的に代わり得る代替技術が存在することはうかがわれず、その重要性が極めて高いものといえる。
また、本件発明2-2及び2-3は、SD技術を適用して実際に加工を行う際に問題となる端部の形状変動に対応した実用的な技術であり、SDダイサーを用いて実際に加工を行うに当たって有用なものである。
したがって、本件各発明(非侵害と認定された本件発明2-1を除く。以下、侵害論における説示において同じ。)のステルスダイシング技術は、半導体製造装置に関連する分野において、極めて高い技術的価値を有するものと認められる。
b 被告の主張について
被告は、本件各発明の価値は限定的である上、本件訂正により本件各発明の価値が相当程度低下しており、被告は、本件発明2の代替技術(乙167)を開発した旨主張する。しかしながら、上記において説示したところに照らすと、被告の主張は、そもそも、本件発明1の中核的技術思想を正解するものではなく、上記認定を左右するものとはいえない。 そして、本件訂正を前提とした場合であっても、本件訂正により特許請求の範囲から除外されたのは、「溝のあるシリコンウェハ」に限られるのであり、弁論の全趣旨によれば、半導体を製作する際に用いられるシリコンウェハには溝が入っていないものが通常であるといえるから、被告の主張は、上記認定に係る本件発明1の技術的価値を左右するものとはいえない。さらに、被告にいう代替技術が本件発明2の侵害を回避し得るものであるとしても、本件発明2のステルスダイシング技術の有用性に鑑みると、その技術的価値の評価を直ちに左右する事情とはいえない。
したがって、被告の主張は、いずれも採用することができない。
(ウ)侵害の態様
a 前記認定事実によれば、被告は、もともと、原告との間で本件業務提携契約を締結した上、本件各発明の実施につきライセンスを受けていたことは、既に説示したとおりである。そして、被告は、本件業務提携契約が解消された後にも、本件各発明に係る特許権の侵害品である被告製品の製造販売を継続してきたことが認められ、ライセンス条件すら具体的に記載されていない走り書きのメモ(別紙本件議事録参照。乙18)によっては、被告主張に係る本件実施許諾契約の成立があったと認められないことも、前記において認定したとおりである。これらの事情を総合すると、原告が主張するとおり、被告は、故意に不正使用して原告の特許権を侵害したものと認めるのが相当である。したがって、このような事実を前提とすれば、被告の侵害の態様は、自己のダイシング事業継続に拘泥し、知的財産権を尊重する姿勢を欠くものとして極めて悪質なものであって、社会的信用を欠く行為であるというほかない。
b これに対し、被告は、本件実施許諾契約に基づき、本件各発明を実施することにつき適法なライセンスが得られている旨誤信していたことから、被告の侵害の態様は、悪質ではなく、むしろ相当実施料率を下げる方向に働く旨主張する。
しかしながら、本件実施許諾契約が成立していないことは、上記において説示したとおりである。そして、ライセンス条件すら具体的に記載されていない走り書きのメモ(別紙本件議事録参照。乙18)によっては、被告主張に係る本件実施許諾契約の成立があったと認められないことも、前記において繰り返し認定したとおりである。それにもかかわらず、被告において本件実施許諾契約の成立があった旨誤信していた旨の被告の主張は、知的財産権の重要性及び本件各発明の技術的価値を看過し、当を得ないものとして、明らかに採用の限りではない。
そうすると、被告において上記にいう走り書きのメモ(別紙本件議事録参照)をもってライセンスを得たものと誤信していた旨の被告の主張は、特許法102条3項に基づく相当実施料額の算定に当たって、被告に有利に斟酌されるべきものとはいえない。したがって、被告の主張は、採用することができない。
c 被告は、本件各発明が共同出願違反であり、本来無効であるべき特許であることを根拠として、本件各発明の価値が低い旨も主張する。しかしながら、特許法102条3項にいう「その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額」を判断するに当たって考慮すべき特許発明の価値とは、飽くまで当該特許が有効であることを前提とするものであって、当該特許が無効であることを前提とする諸事情は、考慮されるべきものとはいえない。そして、被告の主張を十分に考慮したとしても、本件各発明が有効である以上、上記判断を左右するに至らない。したがって、被告の主張は、採用することができない。
d その他に、被告の主張及び提出証拠を改めて検討しても、被告の主張は、上記において説示したところに照らし、いずれも採用することができない。
(エ)実施料率の算定
上記認定に係る実際の実施許諾契約における実施料率、本件各発明の技術内容や重要性、本件各発明を被告製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様、原告の営業方針その他の本件に現れた諸事情を総合考慮して、特許法102条4項の趣旨に鑑み、合理的な料率を定めると、実施に対し受けるべき料率は、少なく見積もっても30%を下らないというべきである。 したがって、上記実施料率は、30%と認めるのが相当である。

3 検討

 本件は、原告製品と被告製品とが部品と完成品の関係にあり、市場において競合関係にないと判断されたことから、特許法102条1項及び2項に基づく損害額の主張こそ認められなかったものの、最終的には同条3項により30%の実施料率に基づく損害額が認められた。特許権侵害訴訟における102条各項の具体的な適用事例として、実務上参考になると思われる。

以上

弁護士・弁理士 丸山真幸