【令和5年4月20日(大阪地裁 令和2年(ワ)第4913号)】

 

【ポイント】

①特許法102条2項に基づく損害額の推定の覆滅事由の存否、②当該推定の覆滅した部分について、同条3項の適用の可否について判断した事案

 

【キーワード】

特許法102条2項
特許法102条3項
覆滅事由
競合品の存在
被告製品の性能
特許発明の部分実施

 

第1 事案

 本件は、発明の名称を「電動式衝撃締め付け工具」とする特許(本件特許)に係る特許権(本件特許権)を有する原告が被告に対し、被告が本件特許の請求項1記載の発明(原告の訂正請求により訂正された)の技術的範囲に属する製品を製造、譲渡等しているとして、本件特許権に基づく損害賠償等を求めた事案である。
 本事案における争点の一つとして、①特許法102条3項に基づく損害額の推定の覆滅事由の存否、及び②特許法102条2項及び3項の重畳適用の可否があった。以下では、当該争点について述べる。

 

第2 当該争点に関する判旨(裁判所の判断)(*下線等は筆者)

(イ) 推定覆滅事由について
(省略)
b 競合品の存在
(a) 被告製品及び原告製品は、いずれも、ねじやボルト等を締め付ける用途に用いられる電動式衝撃締め付け工具である(甲34~36、乙58)。また、本件訂正発明の効果は、小型、軽量、低反力かつ耐久性というものであるところ、被告カタログ(乙58)によれば、被告製品は、トルクの範囲が最小で12Nm~35Nmの範囲のものから最大で55Nm~150Nmの範囲のものまで、その間のトルクを網羅しており、充電式(コードレス)でバッテリーを除く重さが1.3kg~2.98kg、長さが200mm~227mm、高さが231mm~285mmで、片手で使用することが可能であり、高トルク、高精度、低反力等を訴求している。
 このような事情を踏まえると、被告製品及び原告製品の需要者が重視するのは、電動式の締め付け工具としての性能、機能、用途及び操作性であると考えられることから、被告製品と同程度の性能、機能及び操作性を実現し、同種の用途に用いられる製品であれば、競合品に含まれると認められる。
(b) 証拠によれば、被告が競合品であると主張する製品のうち、瓜生製作が販売するUBX-Tシリーズ、UBX-AFシリーズ及びBP-Tシリーズ(乙52の4、88、89)、デソータの低反力ナットランナー(BLRTシリーズ)(乙54の3)、マキタのTW161シリーズ及びTW181シリーズ(乙56の1、56の2)並びにエスティックのEHC-L0026-PZ1/2(乙73、74)は被告製品とトルク範囲を中心とする性能及び機能、充電式であることや大きさ、重さ、片手での操作性及び用途等が共通し、販売時期が重複していることから、競合品であると認められる(ただし、いずれもトルクが被告製品のものと同等であるかが証拠上不明な品番、当該製品の最大トルクが被告製品の下限に達しない品番及び最小トルクが被告製品の上限を超える品番を除く。)。
(省略)
(d) 以上によれば、被告製品及び原告製品と共通する電動式締め付け工具の市場において競合品が一定数存在することが認められるもっとも、当該市場における被告製品や原告製品の市場占有率等が明らかではないことや、競合品と認められる製品の中には、被告製品との価格差が比較的大きいものもあると考えられること等を踏まえると、競合品の存在を理由とする大幅な覆滅を認めることはできないというべきである。
c 侵害品の性能
(省略)
(b) 衝撃発生部が油圧パルス発生部である電動式衝撃締め付け工具において、アウタロータ型電動モータを採用するという本件訂正発明は、電動式衝撃締め付け工具の基幹部分であるモータに関する発明であり、インナロータ型電動モータが採用される場合と比較して、小型、軽量、低反力、耐久性実現の作用効果を有する点で、相当の技術的価値があるといえる。実際に、被告製品のモータを本件訂正発明の技術に属しない構造に変更するにはモータの構造等を変更する必要があり、その場合には製品全体の構造や技術を見直す必要があり、この点からの代替技術が採用される可能性が高いとはいえない。
 もっとも、本件訂正発明の作用効果である「小型、軽量、低反力、耐久性」を実現する技術及び被告製品で訴求される各特徴を実現する技術は、アウタロータ型電動モータ以外にも存在する。被告製品においてアウタロータ型電動モータを採用したことによる作用効果は、被告カタログにおいて訴求されている「高トルク」、「低反力」及び「メンテナンス軽減」に関連し得るが、前記(a)のとおり、被告カタログでは、「高トルク」を実現する技術として「TorqueBoost」、「優れた冷却システム」、「高度なモーター制御」が記載されており、実際に、被告が保有し被告製品で採用されている技術においても実現されていると認められる。
 そのほか、前記(a)のとおり、被告製品には、本件訂正発明以外にも多数の技術が使用され、当該技術による作用効果が被告カタログにおいて被告製品の特徴として記載されており、需要者に強く訴求されていることが認められる。
(c) したがって、被告製品は、本件訂正発明及びその作用効果以外にも、種々の技術とこれに基づく特徴・性能を備えており、これらの要素が、需要者の購入動機の形成に相当程度寄与していると認められる。被告製品が多彩な機能を有し、これが顧客誘引力に寄与していることは、被告製品が、対応する原告製品よりも総じて●(省略)●であるという価格差にも裏付けられているといえる。
(d) 以上より、被告製品の性能に係るこれらの事情は、特許法102条2項に基づく推定を、相当程度覆滅する事由であると認められる。
d 本件訂正発明は被告製品の一部のみに使用されていること
 前記1(2)のとおり、本件訂正発明は、インナロータ型電動モータを搭載した従来の電動式衝撃締め付け工具の有する課題を解決するため、出力トルクが大きいアウタロータ型電動モータを採用し、小型及び軽量で、低反力かつ耐久性を有する電動式衝撃締め付け工具を提供するというものであり、被告製品の特徴とされる「高トルク、低反力、メンテナンス軽減」(前記c(a))の作用効果の実現に使用されているといえるが、前記cで検討した諸事情からすれば、それらの作用効果は、本件訂正発明のみによって実現されているとはいえない上、被告製品が備える種々の性能の一部にすぎないことが認められる。したがって、本件訂正発明が被告製品の一部のみに使用されていることは覆滅事由に該当する。ただし、覆滅の基礎となる事情は前記cの事情と重複することから、推定覆滅の程度の検討に当たっては被告製品の性能を理由とする推定覆滅と実質的に重なるものとして評価するのが相当と解される。
(省略)
(ウ) 推定覆滅の程度
 以上のとおり、本件においては、一定数の競合品の存在、被告製品の性能及び本件訂正発明が被告製品の一部のみに使用されていることを理由とする推定覆滅が認められ、前記()のとおりの事情を総合的に考慮すると、6割の限度で損害額の推定が覆滅されるものと解するのが相当である。これに反する原告及び被告の主張はいずれも採用できない。
(エ) 以上から、特許法102条2項に基づき推定される原告の損害額は、被告製品ごとに、別紙損害一覧表(裁判所認定)の表1及び表2の各「2項損害額」欄記載のとおりとなる。
イ 特許法102条3項の重畳適用について
() 特許権者は、自ら特許発明を実施して利益を得ることができると同時に、第三者に対し、特許発明の実施を許諾して利益を得ることができることに鑑みると、侵害者の侵害行為により特許権者が受けた損害は、特許権者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による逸失利益と実施許諾の機会の喪失による得べかりし利益とを観念し得るものと解される。
 そうすると、特許法102条2項による推定が覆滅される場合であっても、当該推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは、同条3項の適用が認められると解すべきである。そして、同項による推定の覆滅事由が、侵害品の販売等の数量について特許権者の販売等の実施の能力を超えること以外の理由によって特許権者が販売等をすることができないとする事情があることを理由とする場合の推定覆滅部分については、当該事情の事実関係の下において、特許権者が実施許諾をすることができたかどうかを個別的に判断すべきものと解される(知的財産高等裁判所令和4年10月20日特別部判決参照)。
(イ) これを本件について見ると、本件において覆滅事由として認められるのは競合品の存在、被告製品の本件訂正発明以外の性能及び本件訂正発明が被告製品の一部のみに使用されていることに係る事情であり、いずれも特許権者の実施の能力を超えること以外の理由により特許権者が販売等をすることができないとする事情があることを理由とするものである。
 市場における競合品の存在を理由とする覆滅事由に係る覆滅部分については、侵害品が販売されなかったとしても、侵害者及び特許権者以外の競合品が販売された蓋然性があることに基づくものであるところ、競合品が販売された蓋然性があることにより推定が覆滅される部分については、特許権者である原告が被告に対して実施許諾をするという関係に立たないことから、原告が被告に実施許諾をすることができたとは認められないし、本件における競合品をみると、いずれも本件訂正発明の効果と同様の性能等を有するものの、アウタロータ型電動モータを採用していると認められるものはなく、本件訂正発明の構成とは異なる機構を有していると認められるから、この点からも、原告が、当該覆滅部分について、実施許諾の機会を喪失したとはいえない。
 また、被告製品が本件訂正発明以外の性能を有すること及び本件訂正発明は被告製品の一部のみに使用されていることを理由とする覆滅部分については、被告製品の売上に対し本件訂正発明が寄与していないことを理由に推定が覆滅されるものであり、このような特許発明が寄与していない部分について、原告が実施許諾をすることができたとは認められない。
 したがって、本件においては、特許法102条2項による推定の覆滅部分について、同条3項の適用は認められない。

 

第3 検討

 令和元年に特許法102条1項が改正され、特許法102条2項に基づく損害額の推定が覆滅した部分に、同条3項が重畳適用されるか否かの議論が活発化している。
 本件は、当該令和元年改正後に出された裁判例であり、かつ、特許法102条2項及び3項の重畳適用の可否について判断した知財高裁の大合議判決(知財高大判令和4年10月20日・令和2年(ネ)10024号)後に出された裁判例であり、実務上参考になる事案である。具体的には、①特許法102条2項に基づく損害額の推定の覆滅事由の存否、②「競合品の存在」、「被告製品の性能」及び「特許発明の部分実施」を理由に覆滅した部分について、特許法102条3項の適用の可否について判断した事案である。
 上記①の争点のうち、「競合品の存在」について、本判決は、「被告製品と同程度の性能、機能及び操作性を実現し、同種の用途に用いられる製品であれば、競合品に含まれる」と述べ、この基準の下、競合品が一定数存在することを認定した。
 他方で、本判決は「当該市場における被告製品や原告製品の市場占有率等が明らかではないことや、競合品と認められる製品の中には、被告製品との価格差が比較的大きいものもあると考えられること等を踏まえると、競合品の存在を理由とする大幅な覆滅を認めることはできない」とも判示する。つまり、被告(侵害者)の立場として、競合品の存在を理由として大幅な覆滅事由を認めてもらうためには、当該市場における原告製品及び被告製品の市場占有率等が必要である旨を述べる。また、競合品の中に、被告製品との価格差が比較的大きいものもあると、競合品の存在を理由とする覆滅割合は小さくなる旨を述べおり、特許権者の立場としては、仮に競合品が存在しそうだとしても、当該競合品が被告製品と価格差があること(大きいこと)を述べる意義があるということである。
 また、上記①の争点のうち、「被告製品の性能」について、本判決は、「被告製品には、本件訂正発明以外にも多数の技術が使用され、当該技術による作用効果が被告カタログにおいて被告製品の特徴として記載されており、需要者に強く訴求されていること」等から、被告製品の性能に係る事情は、覆滅事由に該当すると判示した。
 そして、上記①の争点のうち、「特許発明の部分実施」について、本判決は、「(被告製品)の作用効果は、本件訂正発明のみによって実現されているとはいえない上、被告製品が備える種々の性能の一部にすぎないことが認められる」ことから、本件訂正発明が被告製品の一部のみに使用されていることは、覆滅事由に該当すると判示した。他方で、本判決は、「覆滅の基礎となる事情は前記cの事情(注:被告製品の性能に係る事情)と重複することから、推定覆滅の程度の検討に当たっては被告製品の性能を理由とする推定覆滅と実質的に重なるものとして評価するのが相当と解される。」と述べている。このように、被告施品における特許発明の部分実施が、被告製品の性能に係る事情により導かれる場合には、その評価が実質的に重なるので覆滅割合はその分増加しない旨を述べている。これは、特許権者としてはこのような事情がある場合は主張したい点である。
 次に、上記②の争点については、まず、知財高裁の大合議判決(知財高大判令和4年10月20日・令和2年(ネ)10024号)の引用し、「特許法102条2項による推定が覆滅される場合であっても、当該推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは、同条3項の適用が認められると解すべきである。そして、同項による推定の覆滅事由が、侵害品の販売等の数量について特許権者の販売等の実施の能力を超えること以外の理由によって特許権者が販売等をすることができないとする事情があることを理由とする場合の推定覆滅部分については、当該事情の事実関係の下において、特許権者が実施許諾をすることができたかどうかを個別的に判断すべきものと解される」と述べる。
 そして、「競合品の存在」については、本判決は、「競合品が販売された蓋然性があることにより推定が覆滅される部分については、特許権者である原告が被告に対して実施許諾をするという関係に立たないことから、原告が被告に実施許諾をすることができたとは認められない」という一般論を述べた。そして、本件の事情として、「本件における競合品をみると、いずれも本件訂正発明の効果と同様の性能等を有するものの、アウタロータ型電動モータを採用していると認められるものはなく、本件訂正発明の構成とは異なる機構を有していると認められるから、この点からも、原告が、当該覆滅部分について、実施許諾の機会を喪失したとはいえない」と述べ、結論として、「競合品の存在」を理由に覆滅した部分について、同条3項の適用はないと判示した。
 また、「被告製品の性能」及び「特許発明の部分実施」については、本判決は、「被告製品の売上に対し本件訂正発明が寄与していないことを理由に推定が覆滅されるものであり、このような特許発明が寄与していない部分について、原告が実施許諾をすることができたとは認められない」として、同条3項の適用を認めなかった。
 このように、本判決は、「競合品の存在」、「被告製品の性能」及び「特許発明の部分実施」のいずれの覆滅事由においても、覆滅した部分に同条3項は適用されないと判示した。そして、上記のように、同条3項は適用されないとした理由はどのようなケースにも該当しうる抽象的な理由であり、他のケースでも同様の理由が該当し、同様の結論になりうることを示唆する。
 ただ、競合品の存在に関する覆滅事由について、本判決は、上記のとおり「競合品が販売された蓋然性があることにより推定が覆滅される部分については、特許権者である原告が被告に対して実施許諾をするという関係に立たないことから」と述べるが、検討すべきは、侵害がなければ侵害者にも実施許諾しえたという点で、競合品を販売している第三者に対する実施許諾ではなく、侵害者自身に対する実施許諾であるので、同項2号の適用を認めるべきという見解もある。
 本判決は、上記知財高裁の大合議判決(知財高大判令和4年10月20日・令和2年(ネ)10024号)では判断されていない覆滅事由(「競合品の存在」及び「被告製品の性能」)について、特許法102条2項及び同条3項の適用の可否を判断しているので、実務上参考になる事案である。

以上
弁護士 山崎臨在