【令和5年6月15日判決(大阪地裁 令和3年(ワ)第10032号】
【事案の概要】
本件は、発明の名称を「チップ型ヒューズ」とする特許(以下「本件特許」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を有する原告が、被告が本件特許の特許請求の範囲請求項1記載の発明(以下「本件発明」という。)の技術的範囲に属する被告製品を販売等することは本件特許権の侵害に当たると主張して、被告に対し、特許法100条1項及び2項に基づき、被告製品の譲渡等の差止め等を求める事案である。
【キーワード】
均等侵害、第1要件、対象製品等が特許発明の構成要件の一部を欠く場合
【争点】
争点は複数あるが、本稿においては、均等侵害の第1要件から第3要件の成否についてのみ紹介する。
【本件発明】
本件発明の構成要件は、次のとおり分説される。
A-1 基板への取り付け用端子の2つの平板状部を間隔をあけて同一水平面上に有し、
A-2 当該水平面とは異なる高さにある水平面における前記2つの平板状部間に位置するヒューズが、
A-3 前記2つの平板状部と一体に形成されている端子一体型ヒューズと、
B-1 一方の面が閉じられ、前記一方の面と異なる水平面に位置する他方の面が開口され、
B-2 前記開口の周縁から前記一方の面に向かう周壁部を有し、
B-3 前記ヒューズが前記開口から前記一方の面側に向かう中途の位置に位置し、
B-4 前記2つの平板状部が前記周壁部にそれぞれ接触しているケースと、
C 前記ケース内において前記ヒューズに設けられた消弧材部とを、具備する
D チップ型ヒューズ。
なお、本件特許の明細書では、消弧材部は、一例として、「ケース14内には、消弧材部、例えばシリコーン樹脂またはセメントの層26が、その内部にヒューズ本体4を埋没させるようにケース14の内部全体に形成されている。シリコーン樹脂は、ゴム様弾性があり、かつ耐熱性があり、炭化しない点から、またセメントは耐熱性があり、炭化しない点から、採用されている。」と説明されている。
【被告製品】
【裁判所の判断】(下線は筆者が付した。)
1 争点1(本件発明の技術的範囲への属否(均等侵害の成否))について
(1) 被告製品の構成
被告製品が、本件発明の構成要件A-1 ないしB-4 及びD を充足すること、同Cを充足しないこと(文言侵害が成立しないこと)は当事者間に争いがない。
そこで、被告製品は、本件発明と均等であるかについて検討する。
(2) 均等侵害の成否
ア 特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても、①同部分が特許発明の本質的部分ではなく(第1要件)、②同部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって(第2要件)、③上記のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(第3要件)、④対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたものではなく(第4要件)、かつ、⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(第5要件)は、同対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
そして、対象製品等が特許発明の構成要件の一部を欠く場合であっても、当該一部が特許発明の本質的部分ではなく、かつ前記均等の他の要件を充足するときは、均等侵害が成立し得るものと解される。
これに対し、被告は、対象製品等が構成要件の一部を欠く場合に均等論を適用することは、特許請求の範囲の拡張の主張であって許されない旨を主張するが、構成要件の一部を他の構成に置換した場合と構成要件の一部を欠く場合とで区別すべき合理的理由はないし、本件において、原告は、被告製品には構成要件Cの「消弧材部」に対応する消弧作用を有する部分が存在し、置換構成を有する旨主張していると解されるから、被告の前記主張を採用することはできない。
イ 第1要件ないし第3要件
原告は、別紙「均等侵害の成否等」の「原告の主張」欄記載のとおり、本件発明の本質的な構成部分は構成要件のうちA-1 ないしA-3、B-3 及びB-4 であり、構成要件C は本件発明の課題解決方法に資するものではないとして、第1要件は満たす旨主張するところ、被告もこれを積極的に争っていない。
一方、第2要件及び第3要件に関し、原告は、被告製品の構成c の「接着剤で接着することにより形成された密閉された空間26」が本件発明の構成要件 C の「消弧材部」と同一の作用効果(消弧作用)を有することを示す実験報告書等(甲13、14、32)を証拠提出する。これらは、被告製品と同じ構造を有する製品につき、ヒューズエレメント部が密閉構造である場合と、非密閉構造である場合又は端子一体型ヒューズ素子を取り出して遮断試験用基板に実装して遮断試験を行った場合の、各アーク放電の持続時間を対比した結果、密閉構造のものは、非密閉構造等のものに比べ、同持続時間が2分の1ないし3分の1になったというものである。しかし、これらは、被告製品の「密閉された空間」と本件発明の「消弧材部」の各作用効果の対比自体を行うものではないことに加え、被告が証拠提出する試験報告書(乙16)によれば、被告製品、被告製品に消弧材部を設けたヒューズ及び被告製品のヒューズ素子のみを対象として、アーク放電の持続時間を記録したところ、被告製品が最も同時間が長かったという結果であったことが認められ、被告製品とヒューズ素子の各アーク放電の持続時間について、原告が提出する実験報告書(甲14)と相反する結果となっている。そうすると、原告が提出する前記証拠その他の事情等から、被告製品の構成c が本件発明の構成要件C と同様の作用効果を有するとまでは認め難いから、少なくとも第2要件が満たされるとはいえない。
【検討】
本件では、均等侵害の成否が問題となったところ、被告が「対象製品等が構成要件の一部を欠く場合に均等論を適用することは、特許請求の範囲の拡張の主張であって許されない」と主張したことに応じてか、本判決は、「対象製品等が特許発明の構成要件の一部を欠く場合であっても、当該一部が特許発明の本質的部分ではなく、かつ前記均等の他の要件を充足するときは、均等侵害が成立し得るものと解される。」と判示した。
対象製品等が特許発明の構成要件の一部を欠く場合、特許請求の範囲に記載された構成中に存する対象製品等と異なる部分を対象製品等におけるものと置き換えることが観念できないと思われる。
したがって、対象製品等が特許発明の構成要件の一部を欠く場合には、第2要件の「同部分を対象製品等におけるものと置き換えても」という、第2要件の前提部分を欠き、第2要件を充足しないものと思われる。また、第1要件は被疑侵害物件が置換後もなお特許発明と同一の技術的思想の範囲内にあるか否かを問う要件であると解すると(技術的思想説〔解決原理説〕)、対象製品等が特許発明の構成要件の一部を欠く場合、置換が観念できないと思われることから、置換を前提とする第1要件を充足しないものと思われる。
よって、本判決の上記判示部分については、疑問が残る。
また、本判決は、被告の上記主張を退けるにあたり、「本件において、原告は、被告製品には構成要件Cの『消弧材部』に対応する消弧作用を有する部分が存在し、置換構成を有する旨主張していると解される」ことを理由の一つとして挙げるが、被告製品には構成要件Cの「消弧材部」に対応する消弧作用を有する部分が実際に存在するかどうかが重要であって、原告がそのような主張をしていることを理由にすべきではない。本判決の当該部分の判示にも疑問が残る。
本判決は、上記のとおり、疑問が残る部分はあるものの、均等の第1要件について、一般的な判断を示したもので、参考になり得ることから、紹介した。
以上
文責 弁護士・弁理士 梶井 啓順