令和4年12月23日(東京地裁 令和4年(ワ)第4104号)不正競争行為差止等請求事件

【判旨】
本件は、原告が、原告製品の形態は周知な商品等表示に該当し、被告が被告製品を製造または販売する行為は、上記商品等表示と類似の商品等表示を使用するものとして、不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為に該当すると主張して、被告に対し、不競法3条1項および2項に基づき、被告製品の製造等の差止め並びに被告製品およびその製造に用いられる金型その他の製造機具の廃棄を求めた事案。裁判所は、本件製品の需要者は、約30社の専門業者に限られ、もっぱら安全性、信頼性等の観点から購入を判断すること等を理由に、原告製品の形態は、一定程度の周知性があるとしても、出所表示機能を有するものではなく、不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないと判示し、原告の請求を棄却した。

【キーワード】
不正競争防止法2条1項1号、商品等表示

1 事案の概要及び争点

 原告は、ドイツ法に基づき設立された法人であり、製造業、エネルギー、ヘルスケア、インフラ等の分野における製造等及びシステム・ソリューションの事業を行っている。被告は、自動機械装置、駆動機器、空気圧制御機器、空気圧関連機器等の開発、製造、販売及び輸出等を目的とする株式会社である。
 原告製品に係るガスバルブは、昭和60年に、ランディスギア社の販売代理店であるインターシステム株式会社により、日本における販売が開始された。その後、ランディスギア社のガスバルブ事業は、平成10年頃に、シーメンス・ビルディング・テクノロジー社に譲渡され、同社は、平成22年に原告に吸収合併された。被告は、平成31年4月頃、被告製品の製造、販売を開始した。

※各製品の形態

原告製品被告製品

(2)争点

 本件の争点は下記のとおりである。本稿では争点1に関し説明する。
①原告製品の商品等表示性(争点1)
②原告製品と被告製品の類似性(争点2)
③混同のおそれの有無(争点3)

2 裁判所の判断

(1)比較対象とする同種商品の範囲

 まず,裁判所は,不競法2条1項1号に係る商品等表示に該当するための要件として、従前の裁判例と同じく、特別顕著性、周知性の2つを備えていることが必要と判示した(下記)。

※裁判例より抜粋(下線部は筆者が付加。以下同じ。)

   ⑴  不競法2条1項1号は、他人の周知な商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)と同一又は類似の商品等表示を使用等することをもって、不正競争に該当する旨規定している。この規定は、周知な商品等表示の有する出所表示機能を保護するという観点から、周知な商品等表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと誤認混同させて顧客を獲得する行為を防止し、事業者間の公正な競争等を確保するものと解される。そして、商品の形態は、特定の出所を表示する二次的意味を有する場合があるものの、商標等とは異なり、本来的には商品の出所表示機能を有するものではないから、上記規定の趣旨に鑑みると、その形態が商標等と同程度に不競法による保護に値する出所表示機能を発揮するような特段の事情がない限り、商品等表示には該当しないというべきである。そうすると、商品の形態は、①客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴(以下「特別顕著性」という。)を有しており、かつ、②特定の事業者によって長期間にわたり独占的に利用され、又は短期間であっても極めて強力な宣伝広告がされるなど、その形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知(以下「周知性」という。)であると認められる特段の事情がない限り、不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないと解するのが相当である。
  そして、周知な商品等表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと誤認混同させて顧客を獲得する行為を防止するという同号の上記趣旨目的に鑑みると、商品の形態が、取引の際に出所表示機能を有するものではないと認められる場合には、特定の出所を表示するものとして特別顕著性又は周知性があるとはいえず、上記商品の形態は、不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないと解するのが相当である。

(2)原告製品の商品等表示該当性について

 次に,裁判所は,本件のガスバルブという製品の性質や、取引の実情について言及しつつ、需要者はそもそも製品の形態自体に着目して本件製品を購入するものとはいえないとして、原告製品の商品等表示該当性を否定した。

   ⑵  これを本件についてみると、前記認定事実によれば、①本件製品は、中圧B供給用ガス遮断弁であるところ、その国内における需要者は、ガスボイラーメーカーやガスバーナーメーカーの専門業者約30社に限られ、一般消費者が店頭において商品を見比べて購入するという性質の製品ではないこと、②本件製品は、その性質上、高度の安全性が求められる製品であり、不具合があると、多大な損失が生ずる可能性があるため、需要者である専門業者は、購入に当たって、製品の安全性、信頼性を重視していること、③現に、需要者は、2~3年かけてテストを繰り返しながら慎重に製品の採否を検討するのであり、その検討のためには、製品内部の動作や構造についても詳細な情報を要求するのが通例であること、④被告製品自体、原告製品の機能やアフターサービスに対する需要者の要望を受けて、原告製品の互換品として開発されるに至ったものであること、⑤被告製品の価格は、約50万円と高額であり、原告製品も同程度であると推認されること、⑥原告自身、原告製品に関する宣伝広告に当たって、原告製品の形態上の特徴それ自体を強調しておらず、被告においても、被告製品の形態をセールスポイントとするものではないこと、以上の事実が認められる。
  上記認定事実によれば、本件製品の需要者は、約30社の専門業者に限られるのであり、当該専門業者は、長期間費やし製品をテストするなどして、専ら安全性、信頼性の観点から本件製品を購入していることが認められることからすると、需要者である本件製品の専門業者は、取引の際にそもそも製品の形態自体に着目して本件製品を購入するものとはいえない。
  上記認定に係る本件製品の取引の実情に鑑みると、原告製品の形態は、一定程度の周知性があるとしても、出所表示機能を有するものではなく、不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないと解するのが相当である。

 また、裁判所は、仮に原告製品の形態が商品等表示に該当するとしても、上述した取引の実情を踏まえると、需要者において誤認混同は生じていないとも判示した。

 仮に、原告製品の形態が商品等表示に該当するという見解に立ったとしても、上記認定に係る本件製品の取引の実情を踏まえると、需要者である本件製品の専門業者は、長期間費やし製品をテストするなどして、専ら安全性、信頼性の観点から本件製品を購入しているのであるから、当該需要者において原告製品と被告製品の誤認混同が生じないことは、明らかである。
  したがって、被告が被告製品を製造又は販売する行為は、不競法2条1項1号の不正競争行為に該当するものと認めることはできない。

 原告は、両製品の類似性により広義の混同が生じ得る旨の主張も行ったが、当該主張は採用されず、原告の請求は全て棄却された。

   ⑶  これに対し、原告は、原告製品と被告製品の類似性により、原告と被告との間に緊密な営業上の関係やグループ関係があるかのような混同が生じる旨主張する。
  しかしながら、本件製品の需要者はその形態自体に着目して本件製品を購入するものではないことは、上記において説示したとおりである。そうすると、本件製品に係る取引の実情を踏まえると、原告主張に係る広義の混同が生じるものと認めることはできない。
  その他に、原告提出に係る主張書面及び証拠を改めて検討しても、上記認定に係る本件製品の取引の実情に照らすと、前記判断を左右するには至らない。
  したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。

3 検討

 本件は、約20年以上という長期に渡って独占的に販売されていた製品であったにも関わらず、商品形態の商品等表示性が認められなかった事案である。本件製品の購入者が30社程度の専門業者に限られていることや、安全性などの性能面を重視して購入がされる製品であること等、取引の実情がかなり商品等表示性の判断に影響を与えたと思われる。また、上述のように特殊な取引の実情を踏まえ、商品等表示性だけでなく混同のおそれについても明示的に否定されている点で、不競法2条1項1号の中では珍しい判決といえる。
 全ての商品について本判決の考え方が当てはまる訳ではないが、需要者が特定の専門業者に限られているなど特殊な取引事情がある場合には、参考になる事案と思われる。

以上
弁護士・弁理士 丸山真幸