【令和5年10月12日(知財高裁 令和5年(ネ)第10059号)】

 

【キーワード】

地図の著作物、複製、翻案、著作権侵害、類似性

 

【事案の概要】

X(個人発明家)が、以下の各地図が、Xが平成8年頃に作成した地図(以下「控訴人地図」とする。)[i]の著作権を侵害するとして、Y社に対して損害賠償請求した事案である。

  • A社が作成した「プロアトラス地図」
  • A社を吸収合併したY社が地図閲覧サービスで配信する「ヤフー地図」
被侵害著作物 ヤフー地図 プロアトロス地図
被疑侵害者 Zホールディングス及び旧ヤフー アルプス社、Zホールディングス及び旧ヤフー
著作権 公衆通信権 複製権、翻案権、譲渡権、公衆送信権
著作者人格権 同一性保持権、氏名表示権 同一性保持権、氏名表示権
主請求額 1億円(一部請求) 1000万円(一部請求)
附帯請求起算日 訴訟送達日翌日(r3.7.27) 不法行為後の日(h25.10.1)
附帯請求利率 民法所定 平成29年法律第44号による改正前の民法所定

以下、本件の争点のうち、控訴人地図の著作権侵害の成否に焦点を当てて論じる。
控訴人は、控訴人地図の表現上の本質的特徴として下記①ないし⑧の点を主張し、当該①、③ないし⑤のうち一部の組み合わせだけでも独創性があり、更にこれらを全て総合すると極めて独創性の高い表現であると主張した。
そして、控訴人地図とプロアトラス地図とは下記aないしhが共通する要素であると主張した。
また、控訴人地図とヤフー地図との間で共通する要素についても概ね同一の主張であり、プロアトラス地図とは下線箇所が該当しない点で異なるのみである。なお、画像は判決文別紙より引用しているため、解像度が粗いものが含まれる点はご了承いただきたい。

 

共通要素a

①住宅地図において、素材として、「道路・河川」、「検索の目安となる公共施設や著名ビル等の個別建物形」、「一般住宅及び建物の個別建物形」、「検索の目安となる公共施設や著名ビル等の名称」、及び「建物番地」を記載することを選択し、住宅地図の一般的な素材である、一般住宅及び建物に関する「居住人氏名」や「建物名称」、「地類界」(宅地の境等)、「等高線」その他地理に関する素材を記載しないことを選択している。

(控訴人地図)

(プロアトラス地図)

共通要素b

②「道路・河川」は、盛土(土堤)やコンクリート被覆等を記載せず、シンプルに、道路の形状をその両外延を示す線で表現するとともに、河川をその両外延を示す線で表現し、かつ、内部を水色で着色している。

(控訴人地図)

(プロアトラス地図)

共通要素c

③「検索の目安となる公共施設や著名ビル等」及び「一般住宅及び建物」の個別建物形は、建物のポリゴンの集約を行うことなく、個別の建物の形を影なしの建物のポリゴンで表示している。

(控訴人地図)

(プロアトラス地図)

共通要素d

④「検索の目安となる公共施設や著名ビル等の名称」は、原則として、その場所を示す点(「・」)の右側に続けて、必ずしも建物のポリゴンの内部に収まらずに、紙面・画面の水平方向に沿って横書きで折り返すことなく、一定の大きさのフォントで記載している。

(控訴人地図)

 

(プロアトラス地図)

共通要素e

⑤「建物番地」は、原則として、建物のポリゴンのほぼ中央に、紙面・画面の水平方向に沿って横書きで折り返すことなく、必ずしも建物のポリゴンの内側に収まらずに、アラビア数字で一定の大きさのフォントで記載している。

(控訴人地図)

(プロアトラス地図)

共通要素f

⑥「区画境界」は、一点鎖線又は破線で境界を表示しつつ、異なる色で異なる区画を着色している。

(控訴人地図)

(プロアトラス地図)

共通要素g

⑦「縮尺」は、控訴人地図1が約1/3000、プロアトラス地図が約1/2600であり、適宜圧縮して、広い鳥瞰性を備える。

共通要素h

配色は、全体的に淡い黄色を基調としつつ、ポリゴンとその背景を異なる色とする

(控訴人地図)

(プロアトラス地図)

 

【判旨(概要)】

1.結論

プロアトラス地図とヤフー地図いずれについても、控訴人地図の著作権侵害を否定した。

2.判断基準(判旨を抜粋)

⑴ 地図の著作物の複製・翻案の判断枠組みについて

「地図の著作物としての創作性は、地理情報の取捨選択、その配置等の具体的な表現方法に求められると解される。もっとも、地図の実用的な用途を踏まえると・・・表現上の内在的制約も想定されるところである。その結果・・・選択の幅は狭く、創作的表現の余地は大きくないものと解される。こうした点を踏まえると、地理情報の取捨選択、その配置等の具体的な表現に係る特徴が、上記のような常識的な選択の幅の範囲内にとどまり、従来の地図に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えるに至らない場合には、そのような個別の特徴の部分的な一致のみから直ちに創作的表現の同一性を導いて広く独占を認めてしまうような判断は適切でなく、相違点も含めた総体としての全体的な考察により、その表現上の本質的部分の特徴を直接感得できるかどうかを検討する必要がある。」

⑵ 判断手法(検討手順)について

「複製又は翻案の有無を検討する手法としての2段階テストと濾過テストの採否について・・・要は、創作性のある表現部分について同一性があるといえるかどうかの判断がされれば足りるのであって、その判断に至る過程で、最初に両著作物の共通部分の抽出を行うか、創作性の認められる表現上の特徴にまず着目するかという検討手順に関しては、合理的・効率的な判断に資するための合目的的な観点から、事案に応じて適切に使い分ければ足りる。
本件では、控訴人の主張する手法(控訴人のいう2段階テスト)に沿って(部分的に濾過テストの手法を併用する。)、以下、検討することとする。」

3.認定(下線部は作成者による)

⑴ プロアトラス地図

 控訴人地図とプロアトラス地図とを比較検討した結果、前記共通要素につき以下の認定を踏まえ、「地理情報の取捨選択、その配置等の具体的表現方法における共通点は断片的・部分的なものにとどまり、控訴人の主張する本質的特徴とされる点の多くは重要な点で一致しておらず、むしろ創作性に強い影響を及ぼす要素につき有意な相違点が多数認められ・・・全体的に見た場合、控訴人地図の表現上の本質的特徴を直接感得できるとは、到底認められない」とした。。

ア 共通要素a

地理情報の取捨選択という観点から、両地図間で「公共施設や著名ビル等の名称」等の選択は必ずしも一致しておらず、後者では、前者に記載していない「一般住宅及び建物」に関する「建物名称」を記載している点でも相違する。具体的な表現形式という観点でも、地理情報を表現する際の創作性に強く影響を及ぼす有意な相違(後者では、建物の種類を示す記号を用いる、表示の塗分けが多い等)がある。地図の著作物における地理情報の取捨選択、その配置等の具体的な表現方法には一定の制約があり、選択の幅が狭い点を踏まえると、上記のような相違点を軽微なものと評価するのは相当ではない

イ 共通要素d

後者は、前者の一律的な記載ルールとは異なる個別性の高い表現形式(種類に応じて文字の大きさ・太さ及び背景となる建物ポリゴンの色を変える等)を採用するところ、当該相違は、地理情報を表現する際の創作性に強い影響を及ぼす要素であり、前者の本質的特徴が後者と共通する特徴とはいえない。

ウ 共通要素e

後者では、公共施設や一般住宅等の名称を付す建物には「建物番地」を記載しないものが多数あり、また、「建物番地」は敢えて目立たせないことを意図した表現となっている。双方に部分的な共通点はあるが、地理情報を表現する際の創作性に重要な影響を及ぼす部分で相違するため、表現上の本質的特徴の同一性は認められない。

エ 共通要素h

双方は抽象的レベルにおいて共通するが、後者は、多くの情報(建物や道路の種類、緑地部分等)を色分けして表現しており、文字の配色も異なるから、表現が大きく異なる。

⑵ ヤフー地図

プロアトラス地図と多くの点で共通する特徴を有する以上、控訴人地図とプロアトラス地図との対比検討の項目で述べたところがほぼそのまま妥当するとして、ヤフー地図についても、控訴人地図の表現上の本質的特徴を直接感得できるとはいえないとした。

 

【若干のコメント】

地図は、一般に実用性や機能性が求められるという内在的制約があり、その表現の選択の幅は広くないため、他の著作物に比べて創作性が認められにくく、(仮に認められたとしても)その保護範囲は狭く解されうる。
本件と令和4年5月27日(東京地裁 令和元年(ワ)第26366号 著作権侵害差止等請求事件)とでは、住宅地図(様の地図)の著作物性が問題とされた事例である点は共通しており、また、地図の著作物性に関して素材選択及び表示方法を総合判断するという点でも、従来の下級審裁判例や本件の原審を踏襲している。
一方、本件は、控訴人地図の複製又は翻案等について丁寧な認定を要する事案であったため、知財高裁が、地図の著作物の複製・翻案の判断枠組み及び判断手法(検討手順)を明示した上[ii]、両地図の比較により著作権侵害(特に類似性)の有無を判断した点が特徴的である。
判断枠組みに関しては、地図の表現上の内在的制約を踏まえ、地図の「個別の特徴の部分的一致のみから直ちに類似性を判断するのではなく、相違点も含めた総体としての全体的な考察により、表現上の本質的特徴を直接感得できるかを検討」すべきとし、類似性に関して、具体的な表現等の共通部分のみでなく、それ以外の相違部分も考慮して判断するという点を明示した。「従来の地図に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えるに至らない場合には」という前置きも踏まえると、特に実用性等の高い地図の場合、着眼点によっては「ありふれた」表現とされやすい以上、裁判所が全体比較論的な手法を明示した点は理解できる。
裁判所の認定のとおり、プロアトラス地図等には、控訴人地図からは感得できない表現上の独自の工夫が多数認められるといえよう。本件では、そもそも表現上の内在的制約の大きい(選択の幅の狭い)住宅地図(様の地図)であるにもかかわらず、表現全体から受ける印象も異なる。複製・翻案の認定に関して、「地理情報を表現する際の創作性に強い影響を及ぼす要素」に有意な相違点があるとした本件の判断は妥当であろう。
以上から、実用性等の高い地図の複製又は翻案が認められるかは、地理情報の取捨選択、配置等の具体的表現について、共通点が断片的・部分的なものにとどまるか、また、本件でいう「地理情報を表現する際の創作性に強い影響を及ぼす要素」につき有意な相違点がどの程度認められるかがポイントとなる。例えば、背景、ポリゴン、注記等の表示に関する独自の工夫(配置、配色、フォント、サイズ、アイコンやマークの付記等)がこのような要素として挙げられよう。こうした工夫が一方の地図のみに認められ、ユーザにおいて異なる印象を与える場合等は、本件のように類似性は否定される方向となる。

[i] 正確にいえば、控訴人が平成8年頃に作成した沖縄県糸満市及びその周辺の地域を48の地域に分けて作成した「控訴人地図1」と、控訴人地図1に基づき作成した、特許出願(特願平8-271986号)の願書に添付した各図面である「控訴人地図2」に分けられるが、本記事では前者を対象として論じている。

[ii] 翻案権侵害の判断枠組みに関しては、最判平成13年6月28日(平成11年(受)第922号、江刺追分事件)参照。ソフトウェア使用時の画面の複製、翻案が争点とされた東京地判平成14年9月5日(平成13年(ワ)第16440号、サイボウズ事件)、知財高判平成24年8月8日(平成24年(ネ)第10027号、釣りゲーム事件)等は、江差追分事件の判断枠組みを踏まえ、「思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において既存の著作物と同一性を有するにすぎない著作物を創作する行為は,既存の著作物の翻案に当たらない」としている。

 

以上
弁護士 藤枝典明