【判旨】
被告が原告に対して各特許権について移転登録手続きを求める権利を有しないことを確認するという確認訴訟について、訴えの利益がなく当該訴えを却下すると判断した事案。
【キーワード】
特許法33条、特許を受ける権利、国際裁判管轄、準拠法、民事訴訟法118条、民事執行法24条

【事案の概要】
 本件では、原告らが、被告に対し、各特許権及び各特許出願の特許を受ける権利の移転登録手続を求める権利及び移転手続を求める権利を有しないことの確認を求める事案である。ただ、本訴に至るまでの各訴訟が複数存在するため、以下、詳細に述べる。
 
前提事実(証拠の摘示のない事実は,弁論の全趣旨により認められる事実又は当裁判所に顕著な事実である。)
 
(1) 当事者
ア(ア) 原告大林精工株式会社(以下「原告大林精工」という。)は,金型,自動車部品等の製造及び販売等を業とする株式会社である。
(イ) 原告Aは,平成3年4月から平成10年6月までの間,韓国法人であるエルジー電子株式会社(以下「LG電子」という。)の液晶ディスプレイ事業部門に技術顧問として勤務していた者である(甲33,乙22)。
イ 被告(旧商号「エルジー・フィリップスエルシーディー株式会社」)は,液晶ディスプレイパネル等の開発,製造等を業とする韓国法人である。被告は,平成10年12月31日付けで,LG電子から液晶ディスプレイ事業を譲り受けた(甲34,乙21)。
 
(2) 原告らの特許出願等
ア 原告大林精工は,日本において,別紙目録1記載のとおり,・・・各特許権(以下「目録1の各特許権」と総称する。)の設定登録を受けた。
イ 原告Aは,日本において,別紙目録2記載のとおり,・・・各特許権(以下「目録2の各特許権」と総称する。)の設定登録を受けた。
また,原告Aは,別紙目録3記載のとおり,・・・特許出願を行った(別紙目録3の1ないし4記載の各特許出願を「目録3の各出願」と総称し,それぞれを「目録3の1の出願」,「目録3の2の出願」などという。)。
 
(3) 原告らと被告間の特許権の移転等に関する合意書
ア 原告らと被告(当時の商号「エルジー・フィリップスエルシーディー株式会社」)が作成した2004年4月付け合意書(以下「本件合意書」という。)には,次のような条項がある(甲4)。
「1.Aは1995.6.23から1998.6.15までLG.Philips LCD株式会社の前身であるLG電子でLCD開発関連業務に従事した事実を確認する。」
「2.Aと大林精工は,LG.Philips LCDが定める日程と方法に従って,下の[表]に記載された特許に関する全ての権利をLG.Philips LCDに無償にて移転する。」(判決注・同条項中の「下の[表]」の記載内容は,別表1のとおりである。)
「3.Aと大林精工は,第2項[表]記載の特許に関し,本合意以前に行った実施権設定,譲渡又は担保の設定は,全て無効であることを確認する。」
「4.LG.Philips LCDは,第2項[表]記載の特許に関するAの出願及び登録手続きで所要した努力を認め,Aの要請がある場合は,Aに無償にて通常実施権を付与するものとする。」
「9.本件合意書に関し紛争が行った場合,その準拠法は韓国法令とし,管轄法院(裁判所)はソウル中央地方法院にする。」
 
イ 別表1のとおり,本件合意書2項の表には,「№1ないし19」欄に,目録1の1及び2の各特許権,目録1の3ないし6に記載の各出願,目録2の各出願を含む合計19の特許権及び特許出願の記載があり,また,「№20」欄に,「上記の各特許発明に対応する韓国,米国などの外国特許出願及び登録特許一切」との記載がある。
 
(4) 原告らと被告間の韓国及び日本における訴訟の経緯
ア 被告は,2006年(平成18年)10月20日,ソウル中央地方法院に,被告が本件合意書2条の合意(以下「本件権利移転合意」という。)に基づいて原告らから特許権及び特許出願中の特許を受ける権利を無償で譲り受けたと主張して,原告大林精工に対し,目録1の各特許権及び韓国,米国等の対応特許権の特許権移転登録手続等の履行を,原告Aに対し,目録2の各出願について被告を出願人とする出願人名義変更手続等の履行を求める訴訟(ソウル中央地方法院2006カハプ89560特許権移転登録請求事件。以下,審級を問わず,「本件韓国訴訟」という。)を提起した(甲6,弁論の全趣旨)。
ソウル中央地方法院は,2007年(平成19年)8月23日,①被告の請求のうち,日本などの外国で登録された特許権の移転登録手続及び外国の特許出願の出願人変更手続の履行を求める部分・・・は,その登録及び出願手続が進められている国に国際裁判管轄が専属し,本件合意書に関する紛争の管轄法院(裁判所)をソウル中央地方法院とする本件合意書9条の管轄合意(以下「本件管轄合意」という。)の効力が認められないので,ソウル中央地方法院が国際裁判管轄権を有せず,上記部分に係る訴えは不適法である・・・として,被告の上記①の請求に係る訴えを却下・・・する旨の判決(以下「ソウル中央地方法院判決」という。)を言い渡した(甲6)。
被告は,ソウル中央地方法院判決を不服として控訴した。その後,ソウル高等法院は、ソウル中央地方法院判決を取り消し,被告の原告らに対する請求を全部認容する旨の判決(以下「ソウル高等法院判決」という。)を言い渡した(甲11)。
原告らは,ソウル高等法院判決を不服として上告(韓国大法院2009ダ19093特許権移転登録請求事件)をした。
イ 原告らは,平成22年7月29日,東京地方裁判所に,被告が目録1及び2の各特許権の移転登録手続を求める権利及び目録3の各出願の特許を受ける権利の移転手続を求める権利を有しないことの確認を求める本件訴訟を提起した。・・・。
韓国大法院は,2011年(平成23年)4月28日,原告らの上告をいずれも棄却する旨の判決(以下「韓国大法院判決」という。)をし,同日,ソウル高等法院判決が確定した(乙1,2)。韓国大法院判決は,原告らの国際裁判管轄権に関する上告理由について,①本件権利移転合意に基づいて特許権の移転登録又は特許出願人の名義変更を求める「本事件」の訴えは,その主な紛争及び審理の対象が本件合意の解釈及び効力の有無だけであり,「本事件」に係る特許権の成立に関することやその有効無効,又は取消しを求めることは関係がないため,「本事件」に係る特許権の登録国又は出願国である日本国等の裁判所が専属管轄を有するとは判断されない,②「本事件」は,韓国の裁判所と合理的な関連性があり,かつ,本件管轄合意が著しく不合理又は不公正で公序良俗に反するような事情も見当たらないので,本件管轄合意は,国際的な専属裁判管轄の合意として有効である旨判示して,排斥している(乙1の訳文4頁)。
エ(ア) 被告は,平成23年7月29日,名古屋地方裁判所豊橋支部に,原告大林精工を相手に,ソウル高等法院判決の主文の「第2項イのうち別紙1目録記載の特許に関する特許権の移転登録手続を履行せよとの部分」及び「第3項」について,民事執行法24条に基づき,執行判決を求める訴訟(名古屋地方裁判所豊橋支部平成23年(ワ)第561号執行判決請求事件。以下「別件訴訟①」という。)を提起した(乙21)。
また,被告は,同日,水戸地方裁判所下妻支部に,原告Aを相手に,ソウル高等法院判決の主文の「第2項アのうち別紙4目録順番2及び4記載の特許出願に関する出願人名義変更届の手続を履行せよとの部分」及び「第3項」について,民事執行法24条に基づき,執行判決を求める訴訟(水戸地方裁判所下妻支部平成23年(ワ)第206号執行判決請求事件。以下「別件訴訟②」という。)を提起した(乙22)。
(イ) 水戸地方裁判所下妻支部は,平成24年11月5日,別件訴訟②について,外国裁判所の属する国が国際裁判管轄を有するかについては,ソウル高等法院判決の時点においてこれを直接的に規定した法令がないことからすれば,当事者間の公平,裁判の適正・迅速を帰するという理念により,条理に従って決定するのが相当である(最高裁判所平成10年4月28日第三小法廷判決・民集52巻3号853頁参照。以下,この最高裁判決を「平成10年最高裁判決」という。)とした上で,「日本における登記・登録に関する訴訟」は,日本の裁判所の専属管轄に服するとするのが国際裁判管轄に関する条理にかなうというべきであり,この理は私法上の合意に基づいて特許権の移転登録を求める訴訟であっても異なることはなく,ソウル高等法院判決の主文第2項アは,上記専属管轄に違反し,民事訴訟法118条1号所定の要件を欠くなどとして,被告の請求を棄却する旨の判決(以下「別件判決②」という。)を言い渡した(甲32)。被告は,同月14日,別件判決②を不服として控訴(東京高等裁判所平成24年(ネ)第7779号執行判決請求控訴事件)し,同控訴事件は,本件口頭弁論終結日現在,東京高等裁判所に係属中である(乙23,24,弁論の全趣旨)。
(ウ) 名古屋地方裁判所豊橋支部は,平成24年11月29日,別件訴訟①について,平成10年最高裁判決の判断基準を示した上で,平成23年法律第36号による改正前の民事訴訟法の下においても,日本国内において登録すべき知的財産権の登録に関する訴えは,我が国の裁判所に専属すると解するのが条理にかなうというべきであり,本件のように,複数国で登録されている特許権を一括譲渡する契約を締結し,同契約に基づき所定の登録手続を請求するような類型の訴訟も含め,我が国の裁判所に専属すると解するのが相当であり,・・・ソウル高等法院判決の主文第2項イは,民事訴訟法118条1号所定の要件を欠くなどとして,被告の請求を棄却する旨の判決(以下「別件判決①」という。)を言い渡した(甲35)。被告は,平成24年12月10日,別件判決①を不服として控訴(名古屋高等裁判所平成24年(ネ)第1289号執行判決請求控訴事件)し,同控訴事件は,本件口頭弁論終結日現在,名古屋高等裁判所に係属中である(乙25,弁論の全趣旨
 
【争点】
争点としては、本件においては、韓国大法院と水戸地方裁判所下妻支部及び名古屋地方裁判所豊橋支部の判断が分かれているところ、被告らからの本件訴訟が訴えの利益を有するかという点である。
 
【判旨抜粋】
第4 当裁判所の判断
1 本件訴えの確認の利益の有無について
(1) 本件の事案に鑑み,まず,本件訴えについて確認の利益が認められるかどうかについて判断することとする。・・・
 (2) ところで,確認の利益は,原告の権利又は法的地位に現に危険又は不安が存し,それを除去又は解消する方法として,一定の権利又は法律関係の存否について確認判決を得ることが,紛争の解決のために必要かつ適切である場合に認められると解すべきである。
ア そこで検討するに,前記前提事実によれば,・・・本件韓国訴訟と本件訴訟(本件訴え)とは,・・・各出願の特許を受ける権利に関し,被告の原告らに対する本件権利移転合意に基づく特許権移転登録手続等請求権に基づく給付の訴えと原告らの被告に対する上記請求権と同一の請求権又は実質的に同一の請求権が存在しないことの確認を求める消極的確認の訴えの関係にあるものと認められる。
イ また,前記前提事実によれば,・・・,別件訴訟①及び②は,ソウル高等法院判決の主文第2項に係る本件権利移転合意に基づく特許権移転登録手続等請求権についての債務名義の取得を目的とするものであり,実質上,ソウル高等法院判決に係る給付の訴え(本件韓国訴訟)の日本国内における事後的継続であるということができる。このような債務名義の取得という観点からみると,別件訴訟①及び②と本件訴訟(本件訴え)との関係は,本件韓国訴訟と本件訴訟との関係と同様に,実質上,給付の訴えと消極的確認の訴えの関係にあるものということができる
・・・このように別件訴訟①及び②において,ソウル高等法院判決の主文第2項に係る給付請求についてソウル高等法院に国際裁判管轄(間接管轄)が認められるかどうかと,本件訴訟において,原告らの消極的確認請求について日本の裁判所に国際裁判管轄(直接管轄)が認められるかどうかとは表裏一体の関係にある。
ウ 前記ア及びイの諸点を踏まえると,・・・執行判決を求める訴えの係属する裁判所の判断と消極的確認の訴えの係属する裁判所の判断とが矛盾抵触するおそれが生じ得るのみならず,請求権の存否についても,外国裁判所の確定判決の判断内容の当否を再度審査して,それと矛盾抵触する判断がされるおそれが生じ得る・・・。
また,仮に外国裁判所の確定判決の執行判決を求める訴えに係る請求が認容され,その判決が確定した場合には,同一の請求権について消極的確認請求を認容する判決が確定したとしても,当該判決には,前に確定した判決(外国裁判所の確定判決)と抵触する再審事由(民事訴訟法338条1項10号)が存することとなり,他方で,外国裁判所の確定判決の執行判決を求める訴えに係る請求が棄却され,当該判決が確定した場合には,日本において同一の請求権に基づく給付の訴えが提起される可能性があり,その場合には,同一の請求権についての消極的確認の訴えは訴えの利益を欠く関係にあるから,いずれの事態も消極的確認の訴えにより紛争の解決に直結するものとは認め難い。以上を総合すると,・・・本件訴えは,いずれも確認の利益を欠く不適法なものであるというべきである。
これに反する原告らの主張は,採用することができない。
 
【解説】
 本件では、各特許権及び各特許出願の特許を受ける権利の移転登録手続を求める権利及び移転手続を求める権利を有しないことの確認を求める裁判であるが、この訴えの利益が認められるか否かが争われた事案である。
 本件では、韓国において、韓国大法院が「主な紛争及び審理の対象が本件合意の解釈及び効力の有無だけであり,「本事件」に係る特許権の成立に関することやその有効無効,又は取消しを求めることは関係がない」として自らの裁判管轄を認め、被告(本件韓国訴訟原告)の請求を認めたところ、被告は水戸地方裁判所下妻支部(別件訴訟②が係属)及び名古屋地方裁判所豊橋支部(別件訴訟①が係属)に本件韓国訴訟の判決に基づく執行を求めた。民事執行法24条[1]に基づいたこの訴えは、同条第3項にある民事訴訟法118条1号[2]所定の要件を欠くとして請求が棄却された。
 このため、東京高等裁判所、名古屋高等裁判所に控訴事件として、上記別件訴訟①、②が係属している。
 こういった状況の中で、本件訴訟については、まず、確認の利益について、「原告の権利又は法的地位に現に危険又は不安が存し,それを除去又は解消する方法として,一定の権利又は法律関係の存否について確認判決を得ることが,紛争の解決のために必要かつ適切である場合に認められる」とし、別件訴訟①、②と本件訴訟は給付の訴えと消極的確認の訴えの関係にあり、また、請求権の存否に関しても外国裁判所の確定判決の当否を再度審査して、矛盾抵触が生じる恐れがあるために、民事訴訟法24条2項の趣旨を没却する者とした。
 特に、訴えの利益についての「紛争解決のために必要かつ適切な場合」ではない理由として、別件訴訟①、②が認容し確定され、その際に消極的確認訴訟である本件訴訟で請求が認容し確定(被告の請求権がないとの判断。)されたとしても、再審事由が存在し、反対に別件訴訟①、②が棄却し確定されても同一の請求権に基づく給付の訴えが提起される可能性があり、その場合には、消極的確認の訴えである本件訴訟は訴えの利益を欠くことになるために、紛争解決には役立たないとして、訴えの利益を否定した。
 実務的には、専属管轄を契約書において定めただけでは、紛争の完全な予防にはならず、特に特許権のように属地的な権利の場合には、当該国の特許法、民事訴訟法等の関係法令を慎重に確認する必要がある。海外との特許権の取引等が多く行われる現状において、非常に参考になる事件であると思われるため、ここに取り上げる。
  


[1]第二十四条 外国裁判所の判決についての執行判決を求める訴えは、債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所が管轄し、この普通裁判籍がないときは、請求の目的又は差し押さえることができる債務者の財産の所在地を管轄する地方裁判所が管轄する。
 執行判決は、裁判の当否を調査しないでしなければならない。
 第一項の訴えは、外国裁判所の判決が、確定したことが証明されないとき、又は民事訴訟法第百十八条各号に掲げる要件を具備しないときは、却下しなければならない。
 執行判決においては、外国裁判所の判決による強制執行を許す旨を宣言しなければならない。
[2]第百十八条 外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。
 法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること。
(以下略)
2013.2.20 (文責)弁護士 宅間仁志