平成25年3月21日第2部判決(知財高裁 平成24年(行ケ)第10241号)審決取消請求事件
【判旨】
審決は、補正発明の技術的課題と刊行物1に記載の技術的課題の対比を誤り、補正発明と対比すべき技術的思想がないのに刊行物1に記載の事項を漫然と抽出して補正発明と対比すべき引用発明として認定した誤りがあり、ひいては補正発明を刊行物1に記載の引用発明から容易に想到しうるものと誤って判断したものというべきである。
【キーワード】
拒絶査定不服審判、進歩性、引用発明の認定の誤り

【事案の概要】
 本件は、特許出願拒絶審決の取消訴訟である。争点は、進歩性の有無である。
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、平成17年8月19日、名称を「医療用ゴム栓組成物」とする発明について特許出願をし(特願2005-238059号、公開公報は特開2007-50138号〔甲18〕)、平成20年4月1日付け、平成22年6月10日付で特許請求の範囲等の変更の補正(甲3、8)をしたが、拒絶査定を受けたので、これに対する不服の審判請求をした(不服2011-5681号)。
 その中で原告は平成23年3月14日付けで特許請求の範囲等の変更の補正(甲12、本件補正)をしたが、特許庁は、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は平成24年6月1日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
(1)本件補正後の請求項1(補正発明)
 「質量平均分子量が30万~50万であるスチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体100質量部に対して、軟化剤160~200質量部、ポリプロピレン15~40質量部を配合した組成物であって、該組成物のJIS K 6253Aに規定する硬さが30~45であることを特徴とする医療用ゴム栓組成物。」(下線は補正箇所)
(2)本件補正前の請求項1(補正前発明)
 「スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体100質量部に対して、軟化剤160~200質量部、ポリプロピレン15~40質量部を配合した組成物であって、該組成物のJIS K 6253Aに規定する硬さが30~45であることを特徴とする医療用ゴム栓組成物。」
3 審決の理由の要点
(1)刊行物1(特開2001-258991号公報、甲1)には、実質的に次の発明(引用発明)が記載されていることが認められる。
 「重量平均分子量が20万~40万であるスチレン・エチレン・ブチレン・スチレンブロック共重合体100部に対して、パラフィン系オイル50~300部、ポリオレフィン樹脂10~50部を配合した組成物であって、該組成物のJIS(DURO)のA硬度が20~70である医療用薬液用瓶若しくは袋の針刺し止栓の針刺部分。」
(2)補正発明と引用発明との一致点と相違点は次のとおりである。
【一致点】
 「スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体に対して、軟化剤、ポリオレフィンを配合した組成物である医療用ゴム栓組成物。」
【相違点1】
 スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体の質量平均分子量が、補正発明は「30万~50万」であるのに対し、引用発明は「20万~40万」である点。
【相違点2】
 スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体に対して、軟化剤とともに配合するポリオレフィンが、補正発明は、「ポリプロピレン」に限定しているのに対し、引用発明ではそのような限定がない点。
【相違点3】
 スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体100質量部に対する、軟化剤とポリオレフィンの配合量が、補正発明はそれぞれ、160~200質量部、15~40質量部であるのに対し、引用発明は、それぞれ50~300質量部、10~50質量部である点。
【相違点4】
 JIS K 6253Aに規定する硬さが、補正発明は、30~45であるのに対し、引用発明は20~70である点。
(3)〈1〉 相違点1について
 引用発明のスチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体の質量平均分子量は20万~40万であるが、補正発明のスチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体の質量平均分子量30万~50万とは、30万~40万の範囲で重複・一致している。そして、高分子材料の平均分子量が、その材料の物性値に影響することは当業者にとって自明であり、所望の性質を得るため、その分子量を適宜選択することは、数値範囲の最適化のための当業者の通常の創作能力の発揮である。また、引用発明においても、その質量平均分子量を、他の用途より大きい範囲に定めることを意図しているものである。さらに、補正発明の上記「30万~50万」という数値限定条件範囲において、補正発明が、格別に顕著かつ臨界的に優れた作用・効果を奏するものともいえない。
〈2〉 相違点2について
 刊行物1にも、スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体にポリプロピレンを配合することが記載されており、ポリオレフィンとしてポリプロピレンを選択することは、当業者であれば容易に想到し得る事項である。
〈3〉 相違点3について
 スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体100質量部に対する軟化剤とポリオレフィンの配合量について、軟化剤については、引用発明が50~300質量部であるが、補正発明では160~200質量部と補正発明の数値範囲はすべて引用発明に含まれる範囲であり、また、ポリオレフィンについては、引用発明が10~50質量部であるが、補正発明では15~40質量部と補正発明の数値範囲はすべて引用発明に含まれる範囲である。そして、軟化剤の配合量、ポリオレフィンの配合量が、得られる組成物の硬さを調整するものであることは当業者にとって自明であり、その硬さが針の保持性、針刺性、液漏れ性に影響することも当業者にとっては自明であり、最適な硬さの組成物を得るため、軟化剤とポリオレフィンの配合量を適宜選択することは、数値範囲の最適化のための当業者の通常の創作能力の発揮である。また、補正発明の数値限定条件範囲において、補正発明が、格別に顕著かつ臨界的に優れた作用・効果を奏するものともいえない。
〈4〉 相違点4について
 JIS K 6253Aに規定する硬さが、引用発明は20~70であるが、補正発明は30~45と、補正発明の数値範囲はすべて引用発明に含まれる範囲である。そして、その硬さが、補正発明や引用発明のような医療用ゴム栓組成物の針の保持性、針刺性、液漏れ性に影響することは当業者にとって自明であることは上述したとおりであり、その硬さ範囲を最適な数値に設定することは、最適化のための当業者の通常の創作能力の発揮である。また、補正発明の数値限定条件範囲において、補正発明が、格別に顕著かつ臨界的に優れた作用・効果を奏するものともいえない。そして、補正発明による効果も、引用発明から当業者が予測し得た程度のものであって、格別のものとはいえない。
〈5〉 したがって、補正発明は、引用発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法29条2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。
(4)補正前発明は、補正発明から「スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体」の限定事項である「質量平均分子量が30万~50万である」との構成を省いたものである。そうすると、補正前発明の発明特定事項をすべて含み、さらに、他の発明特定事項を付加したものに相当する補正発明が、引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、補正前発明も、同様に、引用発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

【原告主張の審決取消事由】
 原告は、「審決には引用発明認定の誤りがある」とし、「補正発明の課題は、補正明細書(甲12)記載の液漏れ性試験にも合格するような卓越した液漏れ性を有する医療用ゴム栓の組成物を提供することにあるところ、引用発明とは、液漏れ性評価が異なり、前提とするゴム栓(針刺部分)の使用条件も異なり、さらに適用される製造方法も異なる補正発明は、引用発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものとはいえない。」と主張した。

【判旨抜粋】(以下、下線は筆者)
1 補正発明について
 本願明細書(甲12)の記載によれば、補正発明につき次のことを認めることができる。
 補正発明は、輸液バッグなどに用いられる医療用ゴム栓組成物に関するものである(段落【0001】)。
 この種のゴム栓組成物としては、成形性が良いこと、輸液バッグに輸液を注入あるいは取り出すための注射針が容易に刺し通せること(針刺し性)、針をゴム栓から引き抜いたときに輸液が針穴から漏れないこと、ゴム栓に刺通した針が簡単に抜けないこと(針保持性)が要求されるところ(段落【0002】)、従来技術としては、スチレン-エチレン-プロピレン-スチレンブロック共重合体(SEPS)、メルトインデックス23以上のポリプロピレン・パラフィンオイルからなり、JISK-6301(現JIS K 6253)に規定する硬さが28のものや、スチレン-エチレン-プロピレン-スチレンブロック共重合体、ポリオレフィン系樹脂、非芳香族系ゴム用軟化剤からなり、JIS K-6301(現JIS K 6253)に規定する硬さが5以上30未満である組成物が存在した(段落【0003】)。しかし、従来技術による医療用ゴム栓組成物は、成形性、針刺し性及び液漏れ性を確保するために、硬さを30未満に設定しているが、硬さが30以下になると針保持性が悪くなって針が抜け易くなるし、また液漏れ性も実用的に満足するには至っていないという問題点があった(段落【0005】)。補正発明は、このような課題を解決するために、医療用ゴム栓組成物の構成として、質量平均分子量が30万~50万であるスチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体(SEBS)100質量部に対して、軟化剤160~200質量部、ポリプロピレン15~40質量部を配合し、JIS K 6253Aに規定する硬さを30~45としたものであり(段落【0006】)、成形性、特に射出成形性が良好で、かつ針刺し性に優れ、ゴム栓から針を抜いた時に針穴が速やかに弾性復元力によって塞がれることによって液漏れがなく、さらに針保持性が良いゴム栓が得られるという効果を有するものである(段落【0007】~【0008】)。(略)
2 甲1に記載された発明について
 甲1によれば、刊行物1に記載された発明について以下のことを認めることができる。
 (1)刊行物1に記載された発明は、医療用薬液を封入した薬液用瓶若しくは袋に注射用又は点滴用針を刺すことができるように、熱可塑性合成樹脂弾性体で作られた針刺部分を備えた針刺し止栓とその製造方法に関するものである(段落【0001】)。従来技術としては、止栓に熱可塑性合成樹脂弾性体(弾性体をエラストマともいう。)を用いるものや熱可塑性合成樹脂エラストマを積層して2層の止栓が提案されているところ、これらは加硫ゴムを使用した止栓の欠点を補うものではあるが、針を刺して抜いた後の薬液の漏れに対しては充分な効果がなく、実用的なレベルに達したものではないとの課題があり(段落【0003】、【0004】)、その改良品として提案されたものも、針刺部分や止栓本体の材質、及び滅菌処理の温度によっては弾力性が低下し、僅かだが液漏れすることがあった(段落【0005】~【0007】)。刊行物1に記載された発明は、射出成形した針刺し止栓を加熱処理しても容器内の液体が漏れない針刺し止栓とその製造方法を提供することを目的とし(段落【0008】)、そのために、針刺し止栓は、針を差し込む部分であり熱可塑性合成樹脂弾性体で作られた針刺部分と、針刺部分の材料より剛性が高く、針を針刺時の応力が外部に伝播することを防止し、針刺部分を区画するための外周部分を有した止栓本体とを有する針刺し止栓において、熱可塑性合成樹脂弾性体が、重量平均分子量で150000以上のスチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であり、共役ジェンがイソプレン、ブタジエンから選択される1種以上の組成物であるスチレン系エラストマーであることを特徴とするものである(段落【0009】)。
 (2)そして、刊行物1の実施例の記載から、そこに記載の発明の目的を達成するためには、針刺し止栓は、止栓本体の成形時に針刺部分を針の針刺方向に撓ませて成形されたものであることが必要と解される。すなわち、(略)、キャビティ内に隙間を配置し、その結果、止栓本体の成形時に針刺部分を針の針刺方向に撓ませて成形した実施例1では、5例中4例が「漏れなし(水滴少々あり)」、1例が「漏れなし」であり、甲1に記載された発明の目的が達成できることが、刊行物1に記載されている(段落【0010】、【0045】、【0046】、【0054】、【表2】、【0058】、【図8】)。この記載に接した当業者は、刊行物1に記載された針刺し止栓であって、液漏れのない針刺し止栓を得るためには、止栓本体の成形時に針刺部分を針の針刺方向に撓ませて成形させる必要があると理解すると認められる
(略)
 したがって、刊行物1に記載された発明の構成は、針を差し込む部分であり熱可塑性合成樹脂弾性体で作られた針刺部分と、針刺部分の材料より剛性が高く、針刺時の応力が外部に伝播することを防止し、かつ、針刺部分を区画するための外周部分を有した止栓本体とを有する針刺し止栓において、熱可塑性合成樹脂弾性体が、重量平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であって共役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上であるベースポリマー100部に対して、パラフィン系オイルを50~300部、ポリオレフィン樹脂を10~50部配合した組成物であって、当該組成物のJIS(DURO)のA硬度が20~70である針刺し止栓であり、かつ、針刺部分を射出成形した後、射出成形金型のキャビティに針刺部分を隙間を有して載置し、射出成形金型と針刺部分とで区画され隙間を除いたキャビティに、止栓本体の材料である熱可塑性合成樹脂の溶融樹脂を射出して止栓本体を成形することにより、針刺部分を針の針刺方向に撓ませて成形した針刺し止栓である。
 (3)(略)
 (4)刊行物1に記載された発明の針刺部分を構成する材料の組成について
 (略)すなわち、刊行物1に記載された発明の針刺部分を構成する材料を使用しなかった場合は、たとえ、針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形したとしても、針刺し止栓からの液漏れがあることの技術的課題が示されているということができる
 そして、刊行物1には、(略)針刺部分を構成するベースポリマーとして分子量が15万以上のSEBS又はSEPSを使用した場合に、針刺し止栓からの液漏れがないことについての実施例はなく、これらのものを使用して、針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形した場合の当該針刺し止栓の液漏れ性能については、刊行物1には記載されていない
3 補正発明の容易想到性について
(1)刊行物1から認定すべき発明について
 刊行物1に記載された発明の構成は、前記のとおり、針刺部分を射出成形金型のキャビティ内に隙間を有して載置し、止栓本体の材料を射出成形金型と針刺部分とで区画された隙間を除いたキャビティに射出して成形した針刺し止栓であるところ、この針刺し止栓の針刺部分が補正発明に係る医療用ゴム栓組成物に相当する。そして、補正発明は、医療用ゴム栓組成物について、その組成と組成物の硬さを発明特定事項とするものであるから、刊行物1において補正発明と対比すべき発明は、刊行物1に記載された技術的事項から、針刺部分の組成及びその硬さについて抽出した「重量平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であって前記共役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上であるベースポリマー100部に対して、パラフィン系オイルを50~300部、及びポリオレフィン樹脂を10~50部配合した組成物であって、当該組成物のJIS(DURO)のA硬度が20~70である針刺し止栓の針刺部分組成物」となる。審決が認定した引用発明における「重量平均分子量が20万~40万であるスチレン・エチレン・ブチレン・スチレンブロック共重合体」は、上記認定の構成「重量平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であって前記共役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上であるベースポリマー」に包含されるものではあるが、前記のとおり、刊行物1に記載された発明が十分な液漏れ性能等の確保といった目的を達成するためには、止栓本体の成形時に針刺部分を針の針刺方向に撓ませて成形されたものであることが必要と解されるのに対し、補正発明では針刺部分を撓ませることは前提とされていないという点で技術思想が異なるものであり、このような差違を考慮しないまま上記認定の構成に包含されるからといって、その中の特定の構成を引用発明として認定するのは相当ではない。原告主張の取消事由もこの趣旨をいうものと理解することができる。
(2)補正発明と刊行物1に記載の構成物の対比
 刊行物1に記載されているのは、医療用薬液を封入した薬液用瓶若しくは袋に使用する針刺し止栓(甲1の段落【0001】)の針刺部分組成物であり、そこにおける実施例では、スチレン系エラストマー、パラフィン系オイル、及びポリオレフィン樹脂のコンパウンドをエラストマー(弾性体)と称していることから、ベースポリマー、パラフィン系オイル、及びポリオレフィン樹脂を配合した組成物である針刺部分の材料は、ゴム状であると解される。そうすると、補正発明の医療用ゴム栓組成物に対比されるべき発明は、刊行物1における針刺し止栓の針刺部分組成物に相当する。
そして、補正発明の医療用ゴム栓組成物は、質量平均分子量が30万~50万であるスチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体をベースポリマーとする組成物であるのに対し、刊行物1における上記ベースポリマーは、重量平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であって共役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上のものであるから、両者は少なくともベースポリマーの成分で相違する部分がある。
(3)相違点についての判断
 前記のとおり、刊行物1に記載の針刺部分組成物は、当該組成物から得た針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形することが、液漏れのない針刺し止栓を得るために必要であるのに対し、補正発明の構成物は、ゴム栓組成物の成形物が針の針刺方向に撓ませて止栓本体と一体化して成形されていなくとも、特許請求の範囲で特定された組成及び硬さを有するものであれば、使用時に液漏れを生じないものとして発明されたものである。具体的には、本願明細書で実施例1ないし3及び比較例1ないし5として記載された8種のゴム栓組成物は、いずれも刊行物1において補正発明と対比すべき発明に係る針刺し止栓の針刺部分の組成及び硬さを満たすものであるところ、刊行物1の記載によれば、これら8種の組成物を使用して製造した針刺部分は、これを針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形する構成を伴うことにより、液漏れが生じない針刺し止栓を得ることができる。一方、本願明細書の記載によれば、これら8種の組成物の中で、実施例として記載の3種の組成物、ひいては特許請求の範囲に記載されたベースポリマーの種類及び分子量、軟化剤及びポリプロピレンの配合量、並びに硬さに特定された組成物のみが、針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形するという手法を用いなくとも、液漏れのない医療用ゴム栓を得ることができるというものである。そうすると、補正発明は、当裁判所が認定した刊行物1に記載の上記組成物におけるベースポリマーの種類及び分子量、軟化剤及びポリプロピレンの配合量、並びに組成物の硬さを特定の範囲に限定することにより、針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形するという手法を用いなくとも、液漏れのない医療用ゴム栓を得ることができる効果を見出したものということができる。そして、針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形することを液漏れのない針刺し止栓を得るために必要とする刊行物1記載の針刺部分組成物のベースポリマーの種類及び分子量、パラフィン系オイル及びポリオレフィンの配合量、並びに硬さの範囲の中から、針刺部分を針の針刺方向に撓ませることが不要な特定の組成を見出すという発想は、刊行物1の記載から見出すことができず、刊行物1に記載の事項と補正発明とでは前提とする技術的思想が異なるものである。すなわち、補正発明の構成は、前記の技術的課題からの発想に伴うものであり、そのような発想である技術的思想が上記のとおり刊行物1には記載も示唆もない以上、そのような発想と離れた組成物が刊行物1に記載されているとしても、そこに、補正発明の構成が容易想到であると認めるまでの発明としての構成が記載されているということはできない
審決は、補正発明の技術的課題と刊行物1に記載の技術的課題の対比を誤り、補正発明と対比すべき技術的思想がないのに刊行物1に記載の事項を漫然と抽出して補正発明と対比すべき引用発明として認定した誤りがあり、ひいては補正発明を刊行物1に記載の引用発明から容易に想到しうるものと誤って判断したものというべきである。

【コメント】
 本件は、進歩性(特許法29条2項)の有無、特に審決の引用発明認定の誤りが問題となった事案である。
 補正発明と引用発明の技術的思想の差異を考慮せずに引用発明を認定した審決に対し、裁判所は、引用発明にかかる刊行物1は「止栓本体の成形時に針刺部分を針の針刺方向に撓ませて成形」することで「十分な液漏れ性能等の確保といった目的を達成する」という技術的思想を有するのに対し、補正発明は「ベースポリマーの種類及び分子量、軟化剤及びポリプロピレンの配合量、並びに組成物の硬さを特定の範囲に限定することによ」って液漏れのない医療用ゴム栓を得るというものであり、両者は技術的思想が異なると判断した。
 その上で、裁判所は、補正発明との技術的思想の差異を考慮した上で引用発明の認定を行い、結論として、容易想到性を否定したものであり、引用発明認定の手法として参考となり得る判決である。

以上
(文責)弁護士 永里佐和子