平成25年11月12日判決(知財高裁 平成25年(行ケ)第10061号)
原告 たいまつ食品株式会社
    マルシン食品株式会社
    株式会社丸一オザワ
被告 越後製菓株式会社

【事案の概要】
本件は、餅製品メーカーである原告が、同じく餅製品メーカーである被告の特許権について無効審判を請求したところ、特許庁から請求不成立の審決を受けたので、その取消しを求めた事案である。なお、実施可能要件違反、明確性違反についても争われているが、裁判所の判断は発明未完成の争点に実質的に包含されているので、割愛する。

1 特許庁における手続の経緯
 被告は,発明の名称を「餅」とする特許第4111382号(以下「本件特許」という。出願日:平成14年10月31日,登録日:平成20年4月18日)の特許権者である。
 原告らは,平成24年3月30日,本件特許について無効審判を請求した(無効2012-800039号)。
 特許庁は,平成25年1月29日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年2月7日,原告らに送達された。

2 本件発明の要旨
 本件発明の要旨は,特許第4111382号公報の特許請求の範囲
に記載された下記のとおりである。

【請求項1】
A 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,
B この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として,
C 焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする
D 餅。

3 審判で主張された無効理由
 本件発明は,構成A及びBである「切り込み部又は溝部」(スリット)を設けることで,スリットの「上側が下側に対して持ち上がって,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に,膨化した中身が,サンドされている状態に膨化変形することで,膨化による外部への噴き出しを抑制する」という構成(構成C)の技術内容が,当業者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていないため,発明として未完成のものである。

4 本件審決の要旨
 本件発明は,スリットを設けることで,スリットの「上側が下側に対して持ち上がって,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に,膨化した中身が,サンドされている状態に膨化変形することで,膨化による外部への噴き出しを抑制する」という構成の技術内容が,当業者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されているといえ,未完成発明であるとはいえず,本件特許は,特許法29条1項柱書の「発明」に該当するから,特許法123条1項2号に該当し無効である,とすることはできない。

【争点】
構成要件Cの技術内容が当業者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものといえるか(特許法29条1項柱書)

【判旨抜粋】
1 本件明細書の記載
 ⑴ 明細書の該当箇所
 本件明細書には,餅の膨化による外部への噴き出し,及び餅の膨化変形に関して,概ね,以下のとおり記載されている。
 従来,オーブントースターや電子レンジなどで餅を焼いて食べる場合,加熱時の膨化によって内部の餅が外部へ突然噴き出して下方へ流れ落ち,焼き網に付着してしまうことが多く(【0002】,【0003】),また,膨化による噴き出し部位も特定できず,膨化による噴き出しを制御することができなかった(【0005】)。
 本件発明においては,切餅に切り込み部又は溝部(切り込み)を設けることにより,噴き出し位置を特定することができ,また,切り込みを長さを有するものとすることにより,膨化による噴出力(噴出圧)を小さくすることができるため,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しを抑制できる(【0014】)。
 切り込みを,周方向に連続して形成してほぼ環状としたり,側周表面に周方向に沿って形成したり,側周表面の少なくとも対向側面に所定長さ以上連続して形成したりすることで,膨化によって,切り込みの上側が下側に対して持ち上がる。この持ち上がりにより,最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態(やや片持ち状態に持ち上がる場合も多い。)に自動的に膨化変形する(【0015】,【0017】~【0019】,【0027】)。
 ⑵ 明細書に基づく裁判所の理解
 ①オーブントースターは,通常,上下方向から加熱するものであること(甲5,甲6の1~7),②餅を焼くと,餅の内部が軟化するとともに,餅の内部に含まれる水分が蒸発して水蒸気となる等により,餅の内部空間の圧力が高くなり,膨化すること(甲1)は,いずれも技術常識である。このような技術常識を踏まえると,本件明細書の上記記載は,以下のように理解することができる。
 オーブントースターで切餅を焼く場合,上下方向から加熱されるため,切餅の平坦上面及び載置底面は固化が進む(その結果,切餅の上下に焼板状部が形成される。)。一方,側周表面は遅れて固化すると考えられる。また,切餅の内部が軟化するとともに,切餅の内部に含まれる水分が蒸発して水蒸気となる等により,切餅の内部空間の圧力が高くなり,膨化する。その圧力が一定程度まで高くなると,その圧力に耐えられなくなった切餅の不特定の部位から,突然,内部の水蒸気等が外部へ噴き出すとともに,その噴出力(噴出圧)が相当程度大きい場合には,内部の軟化した餅も外部へ噴き出して下方へ流れ落ち,焼き網に付着することになる。
 本件発明は,切餅の側周表面に所定の切り込みを設けたものであるが,このような切り込みは,切餅の内部空間を囲む餅の外側部分(固化する部分)の厚みを小さくするものであり,また,側周表面は,平坦上面及び載置底面と比べて固化が遅いことから,切り込みが存在する部分の強度は,その他の部分と比べて低いと考えられる。
 このような相対的に強度が低い部分(切り込みが存在する部分)では,一定程度の圧力がかかると,噴き出しが生じやすいといえる。すなわち,切り込みを設けることにより,噴き出し位置を特定することができる。また,その際,切り込みを長さを有するものとすれば,噴き出しの生じる部分の面積を大きくすることが可能であり,それにより,膨化による噴出力(噴出圧)を小さくすることができるため,内部の水蒸気等が外部へ噴き出したり,あるいは,さらに内部の軟化した餅も外部へ噴き出したりするとしても,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しは抑制できる。
 また,相対的に強度が低い部分(切り込みが存在する部分)は,一定程度の圧力がかかると,変形して伸びやすいともいえる。切餅の内部空間の圧力は,切り込みが存在する部分に限らず,全方向,例えば上下方向にもかかるから,切り込みが存在する部分が変形して伸びることにより,切り込みの上側が下側に対して持ち上がることになる。その持ち上がりにより,最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態(上下の焼板状部が平行に近い対称な状態で持ち上がる場合もあるが,非平行な片持ち状態に持ち上がる場合も多い。)に自動的に膨化変形する。
 このような膨化変形によれば,切餅の内部空間の体積は大きくなり,その分だけ圧力が高くなるのを抑えられること,また,それにより,膨化による噴出力(噴出圧)が大きくなるのも抑えられることは明らかであるから,上記のように膨化変形することでも,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しを一定程度抑制できることは,当業者にとって明らかといえる。
 以上によれば,本件発明における「焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制する」について,以下のとおり認めることができる。
 側周表面に所定の切り込みを設けた切餅をオーブントースターで焼くと,切餅の内部が軟化するとともに,切餅の内部に含まれる水分が蒸発して水蒸気となる等により,切餅の内部空間の圧力が高くなり,膨化するが,その圧力によって切り込みが存在する部分が変形して伸びることにより,切り込みの上側が下側に対して持ち上がる。その持ち上がりにより,最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態(やや片持ち状態に持ち上がる場合も多い。以下同じ。)に自動的に膨化変形する。切餅の側周表面に所定の切り込みを設けたことにより,膨化による噴出力(噴出圧)を小さくすることができるため,上記切り込みを設けない場合と比べて,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しを抑制できるが,上記のように膨化変形することでも,膨化による噴出力(噴出圧)が大きくなるのを抑えられるため,上記切り込みを設けない場合と比べて,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しを一定程度抑制できる。

2 試験結果
  ・・・(中略)・・・

3 まとめ
 以上のとおりであるから,側周表面に所定の切り込みを設けた切餅をオーブントースターで焼くことにより,「焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形」し,そのような状態に膨化変形することで「膨化による外部への噴き出しを抑制する」ことができるといえる。

【解説】
1 未完成発明
 未完成発明とは、一応発明らしき外観を呈しているものの、その発明の課題解決の具体的手段に欠け、あるいは課題解決の具体的手段が曖昧であるものを指す。「発明」といえるためには、その技術分野における通常の知識を有する者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され、客観化されたものでなければならないから、その技術内容がこの程度にまで構成されていないものは、発明として未完成のものであって、2条1項にいう「発明」とはいえず、ひいて、特許要件を定めた29条1項柱書にいう「発明」ということもできない(特許法P104、中山信弘)。
 未完成発明は未だ発明ではないので、原則として補正により発明とされることはないのに対し、明細書の記載不備の場合は、要旨変更にならない限り補正が認められるため、未完成発明と明細書の記載不備とを分ける理由があるとされてきた。

2 裁判所の判断
 知財高裁は、まず構成要件Cの「餅の膨化による外部への噴き出し」及び「餅の膨化変形」に関して明細書の記載を挙げ、その記載を、技術常識をもとに内容を理解した。すなわち、①オーブントースターで上下を加熱すると、上面及び下面は固化が進むものの、側面は固化が遅れる、②加熱により切餅の内部が軟化し、内部の圧力が高くなって膨化する、③側面は固化が遅れることから、切込みが存在する部分は他の部分に比べて強度が低い、④切込み部分は変形して伸びやすく、圧力は上下方向にもかかる、という技術常識から、サンドウイッチのように膨化変形することを理解している。

3 考察
 本件においては記載不備も争点となっているものの、未完成発明か否かが主として争われた珍しい事件である。未完成発明とは上記で述べたとおり、当業者が反復実施することができる程度まで具体化・客観化されていれば足り、100%の反復可能性は要求されていない。本件発明は、切込み部分については側面に設けること以外に、構成要件Bである程度特定がなされており、明細書の記載や技術常識からすれば、知財高裁が発明として完成しているとした認定は十分理解できる。この点原告は、「最中やサンドウイッチのように」という要件を重視していないなどと反論しているが、あまり有効な反論とはいえないだろう。そもそも未完成発明や記載不備のみで無効を争うことは筋が悪いといわざるをえない。無効を争うのであれば、まずは29条1項及び2項違反を指摘すべきであり、記載不備はあくまで従属的な主張あるいは新規性進歩性違反を支える主張とすべきである。記載不備等は、新規性進歩性違反の主張に比べて、表面上は簡単に主張しやすいものではあるが、今回の原告の主張のように、「「膨化した中身」は具体的に何を意味するか不明である」などと形式的な主張に終始しても、裁判所に取り上げてもらえる確率は低い。発明未完成の主張は認められる確率がそもそも低いため、本件においては主張すべきではなかったが、記載不備については、今回の原告のような形式的な主張に終始するのではなく、知財高裁が技術常識として認定した側面の切込み部分の技術的特性を十分理解したうえで、例えば「発明の効果を奏しない構成も請求項に含まれており、臨界的なデータが存在しない」などの主張を構成すべきだろう。

2013.12.2 弁護士 幸谷泰造