平成25年9月30日判決(東京地裁 平成24年(行ワ)第33535号)
【判旨】
 本件における自炊代行サービスは,書籍を電子ファイル化するという点に特色があり,電子ファイル化の作業が複製における枢要な行為というべきであるところ,その枢要な行為をしているのは自炊代行サービス提供者であるから、同サービス提供者を複製の主体と認めるのが相当である。
【キーワード】
 自炊、自炊代行、利用主体、私的複製、著作権法30条1項

第1 事案
1 事案の概要
 本件は,小説家・漫画家・漫画原作者である原告らが,法人被告らは,電子ファイル化の依頼があった書籍について,権利者の許諾を受けることなく,スキャナーで書籍を読み取って電子ファイルを作成し(以下,このようなスキャナーを使用して書籍を電子ファイル化する行為を「スキャン」あるいは「スキャニング」という場合がある。),その電子ファイルを依頼者に納品しているから(以下,このようなサービスの依頼者を「利用者」という場合がある。),注文を受けた書籍には,原告らが著作権を有する作品(以下,併せて「原告作品」という。)が多数含まれている蓋然性が高く,今後注文を受ける書籍にも含まれている蓋然性が高いとして,原告らの著作権(複製権)が侵害されるおそれがあるなどと主張し,(1)著作権法112条1項に基づく差止請求として,法人被告らそれぞれに対し,第三者から委託を受けて原告作品が印刷された書籍を電子的方法により複製することの禁止を求めるとともに,(2)不法行為に基づく損害賠償として,(ア)被告株式会社サンドリーム(以下、「被告サンドリーム」という。)及び同被告の代表者である被告Y1に対し,弁護士費用相当額として原告1名につき21万円の連帯支払,(イ)被告有限会社ドライバレッジジャパン(以下、「被告ドライバレッジ」という。)及びその代表者である被告Y2に対し,同様に原告1名につき21万円の連帯支払等を求めた事案である。
2 当事者
(1)原告ら
 原告らは,小説家,漫画家,漫画原作者である。
(2)被告ら
 被告サンドリームは,第三者から注文を受けて,小説,エッセイ,漫画等の様々な書籍をスキャナーで読み取り,電子ファイル化する事業を行う株式会社である。  
 被告Y1は,被告サンドリームの代表取締役である。
 被告ドライバレッジは,上記と同様の事業を行う特例有限会社である。
 被告Y2は,被告ドライバレッジの取締役である。
 3 被告らのサービスの内容
(1)被告サンドリームの事業概要
 被告サンドリームは,「ヒルズスキャン24」の名称でスキャン事業を行っている。
被告サンドリームのウェブサイトの記載(平成24年11月現在のもの)では,そのスキャン事業の概要は以下のとおりである。(1)利用者は,ウェブサイトにおいて,無料会員登録をした後,会員ページにログインして利用を申し込む。(2)対象の書籍は,最大A3サイズまでの書籍である(ただし,辞書,専門書等で極度に薄い紙質のものなどは除く。)。(3)サービス料金は,5営業日以内に納品される「通常納品」の場合は1冊240円,15営業日以内に納品される「15営業日納品」の場合は1冊180円,90営業日以内に納品される「のんびり納品」の場合は1冊100円,72時間以内に納品される「特急納品」の場合は1冊360円,24時間以内に納品される「超速納品」の場合は1冊480円であり(1冊の基準は500頁),カバースキャン等の有料オプションサービスも用意さ¥れている。(4)利用者は,指定された住所に書籍を送付するが,アマゾン等のオンライン書店から直送することもできる。(5)被告サンドリームは,書籍を裁断した上で,スキャナーで読み取ることにより,書籍を電子的方法により複製して,電子ファイルを作成する。電子ファイルのフォーマットは,PDF形式又はJPEG形式(有料オプション)がある。(6)完成した電子ファイルは,利用者がインターネット上のダウンロード用サイトからダウンロードするが,希望により電子ファイルを収録したDVD,USBメモリ等の媒体を配送する方法により納品される。
(2)被告ドライバレッジの事業概要
 被告ドライバレッジは,「スキャポン」の名称でスキャン事業を行っている。
被告ドライバレッジのウェブサイトの記載(平成24年11月現在のもの)では,そのスキャン事業の概要は以下のとおりである。(1)利用者は,ウェブサイトにおいて,無料会員登録をした後,会員ページにログインして利用を申し込む。(2)対象の書籍は,A4サイズまでの書籍である(雑誌のように静電気が発生してスキャンに支障が出るもの,辞書やタウンページ等のように薄い頁の書籍等を除く。)。被告ドライバレッジのウェブサイトの「著作権について」と題するページには,スキャン対応不可の著作者一覧として,原告らを含む著作者120名の氏名が記載されている。(3)サービス料金は,「スキャン料金」が1冊200円,書籍到着後7~10日で納品を行う「お急ぎ便」(ブックカバースキャン,OCR処理がセット)が1冊380円であり(1冊は350頁までであり,以降200頁ごとに1冊分の追加料金が付加される。),他に「通販直送便」のプランがあるほか,ブックカバースキャン等の有料オプションサービスも用意されている。(4)利用者は,書籍を指定された住所に送付するが,アマゾン等のオンライン書店から直送することもできる。(5)被告ドライバレッジは,書籍を裁断した上で,スキャナーで読み取ることにより,書籍を電子的方法により複製して,電子ファイルを作成する。電子ファイルのフォーマットは,PDF形式(セルフサービスでJPEG形式に変換可能)である。(6)完成した電子ファイルは,利用者がインターネット上のダウンロード用サイトからダウンロードするが,希望により電子ファイルを収録したDVDを配送する方法により納品される。
 上記(5)のスキャン作業については,被告ドライバレッジの事務所に設置されたスキャナーとコンピュータを接続したシステムにおいて,電動裁断機等で裁断した書籍をスキャンし,その結果をPDFファイルで保存し,保存されたPDFファイルはJPEG形式に変換される。上記システムでは,JPEG形式のファイルに対して,Hough変換処理(紙粉によるスジノイズ検知)や各頁の縦横サイズ計算(縦横のサイズが異なる頁を検知)を行う。上記システムによるデータ不良のチェックが完了すると,検品システムに目視検品が可能なリストが表示され,主に外注スタッフが検品システムにログインし,リストに表示されたファイルを目視で全頁検品する。この検品により,頁折れ,ゴミの付着の有無,紙粉スジの有無,傾斜,歪み,糊の跡,頁の順番,落丁,重複等がチェックされる。目視による検品の後,書籍をありのまま再現し,スキャンにより生じたノイズを取り除くために,事務所内のスタッフが画像ソフトによる修正作業を行う。修正作業後,PDFファイルのファイル名入力作業が行われる。(以上につき甲12~17,24,丙2)

第2 判旨 -請求一部認容-
 裁判所は、以下のとおり判示し、原告らの差止請求を認容するとともに、損害賠償請求については各原告につき金10万円の限度でこれを認容した。
1 複製の主体等について
 「(ア) 著作権法2条1項15号は,「複製」について,「印刷,写真,複写,録音,録画その他の方法により有形的に再製すること」と定義している。
 この有形的再製を実現するために,複数の段階からなる一連の行為が行われる場合があり,そのような場合には,有形的結果の発生に関与した複数の者のうち,誰を複製の主体とみるかという問題が生じる。この問題については,複製の実現における枢要な行為をした者は誰かという見地から検討するのが相当であり,枢要な行為及びその主体については,個々の事案において,複製の対象,方法,複製物への関与の内容,程度等の諸要素を考慮して判断するのが相当である(最高裁平成21年(受)第788号同23年1月20日第一小法廷判決・民集65巻1号399頁参照)。
 本件における複製は…,(1)利用者が法人被告らに書籍の電子ファイル化を申し込む,(2)利用者は,法人被告らに書籍を送付する,(3)法人被告らは,書籍をスキャンしやすいように裁断する,(4)法人被告らは,裁断した書籍を法人被告らが管理するスキャナーで読み込み電子ファイル化する,(5)完成した電子ファイルを利用者がインターネットにより電子ファイルのままダウンロードするか又はDVD等の媒体に記録されたものとして受領するという一連の経過によって実現される。
 この一連の経過において,複製の対象は利用者が保有する書籍であり,複製の方法は,書籍に印刷された文字,図画を法人被告らが管理するスキャナーで読み込んで電子ファイル化するというものである。電子ファイル化により有形的再製が完成するまでの利用者と法人被告らの関与の内容,程度等をみると,複製の対象となる書籍を法人被告らに送付するのは利用者であるが,その後の書籍の電子ファイル化という作業に関与しているのは専ら法人被告らであり,利用者は同作業には全く関与していない。
 以上のとおり,本件における複製は,書籍を電子ファイル化するという点に特色があり,電子ファイル化の作業が複製における枢要な行為というべきであるところ,その枢要な行為をしているのは,法人被告らであって,利用者ではない。
 したがって,法人被告らを複製の主体と認めるのが相当である。
2 利用者が複製主体であるとの趣旨の被告らの主張について
 「確かに,法人被告らは,利用者からの発注を受けて書籍を電子ファイル化し,これを利用者に納品するのであるから,利用者が因果の流れを支配しているようにもみえる。
 しかし,本件において,書籍を電子ファイル化するに当たっては,書籍を裁断し,裁断した頁をスキャナーで読み取り,電子ファイル化したデータを点検する等の作業が必要となるのであって,一般の書籍購読者が自ら,これらの設備を準備し,具体的な作業をすることは,設備の費用負担や労力・技術の面において困難を伴うものと考えられる。
 このような電子ファイル化における作業の具体的内容をみるならば,抽象的には利用者が因果の流れを支配しているようにみえるとしても,有形的再製の中核をなす電子ファイル化の作業は法人被告らの管理下にあるとみられるのであって,複製における枢要な行為を法人被告らが行っているとみるのが相当である。
 また,被告らは,法人被告らが補助者にすぎないと主張する。利用者がその手足として他の者を利用して複製を行う場合に,「その使用する者が複製する」と評価できる場合もあるであろうが,そのためには,具体的事情の下において,手足とされるものの行為が複製のための枢要な行為であって,その枢要な行為が利用者の管理下にあるとみられることが必要である。本件においては,上記のとおり,法人被告らは利用者の手足として利用者の管理下で複製しているとみることはできないのであるから,利用者が法人被告らを手足として自ら複製を行ったものと評価することはできない。
3 原告の請求が権利の濫用にあたるか
 「被告サンドリームらは,本件は,法的に見ても,社会的に見ても,評価や将来の制度設計について多様な意見があり得る問題といえるなどとして,仮にスキャン代行が私的使用に該当しないと判断される場合であっても,権利の濫用に該当する旨主張する。
 しかしながら,被告サンドリームらの主張によっても権利の濫用に該当する事情は見当たらないし,上記(1)において認定した事実に加え,本件記録を精査しても,同様に権利の濫用に該当する事情は見当たらないから,被告サンドリームらの主張は理由がない。」。

第3 若干のコメント
 1 本件で問題となった自炊代行業の態様と本判決の判断
 本件は、いわゆる自炊代行業者についての著作権侵害責任が認められた事例である。自炊とは、自己が所有する書籍をスキャナー等で電子データ化することを指し、自炊代行業者は、これを代行するサービスを提供する者のことをいう。
 この自炊代行業にも種々の類型が有りえるが(野田 馨央、渡辺 毅、川崎 仁他「書籍の自炊代行に関する著作権問題」パテント65巻7号72頁-73頁(2012年)参照)、本件で問題となったのは、業者に書籍を送付すると,業者から書籍をスキャンした電子データが返送される態様の代行サービスである。
 このような態様の自炊代行サービスについては、その複製主体は利用者であって、代行業者は私的複製(著作権法30条1項)により適法に為し得る行為に関与しているに過ぎないとの議論もあり得る。実際、本件の被告らもこのような主張をしていた。
 しかしながら、本判決はかかる被告らの主張を容れず、本件被告らが行っていたようなサービスにおいては、電子ファイル化の作業が複製における枢要な行為であるところ、当該行為を行っているのは被告法人らであるから、その複製主体は被告ら法人である、とのロジックで原告らの請求を認容した。
 2 その他の態様の自炊代行サービスの適法性について
 ところで、本判決のようなロジックによれば、たとえば、ユーザーが自ら書籍を持ち込み、店舗におかれた裁断機を使用して書籍を裁断したうえ、店舗に設置されているスキャナーを用いて自らこれをスキャンする場合や,さらに進んで、同様の事例で業者が書籍裁断サービスを提供していたとしても、これらのサービスは適法と判断される可能性が残されている。
 いずれにしても、本件で問題と鳴ったような類型の自炊代行業や、上記の解説で例に出した態様の自炊代行業であれば、著作権者に経済的な不利益を与えるおそれは。少ないものと思われる筆者としては、このようなビジネスの芽が徒に潰されることがあってはならないと考える次第である(他方、裁断した書籍を店舗に並べておき、利用者に自由に複製させるような態様のサービスは、著作権者に与える経済的不利益が大きく、適法と解するのは困難ではないかと思われる。)。

以上
(文責)弁護士 高瀬亜富