【平成25年11月26日判決(東京地裁 平成24年(ワ)3374号)】1
【判旨】
原告は、発明の名称を「食品類を内包した白カビチーズ製品及びその製造方法」とする特許権に基づき損害賠償請求をしたが、被告製品及びその製造方法は、特許発明の技術的範囲に属しないと解すべきであるとされた。
【キーワード】
充足論、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条、白カビチーズ
1.事案の概要
(1)本件特許
特許番号 特許第3748266号
発明の名称 食品類を内包した白カビチーズ製品及びその製造方法
出願日 平成15年12月19日
出願番号 特願2003-422837号
登録日 平成17年12月9日
原告は、本件特許権の無効審判請求事件(無効2007-800027号)において訂正請求をし、当該訂正は、平成23年2月17日付け審決において認められ、確定した(以下、本件特許権の特許出願の願書に添付された明細書で、上記審決により訂正されたものを「本件明細書」という。)。
(2)対比表 2
以下、請求項1記載の発明を「本件発明1」という。
本件発明1 | 被告製品 |
A1 成型され、表面にカビが生育するまで発酵させたチーズカード 3の間に香辛料を均一にはさんだ後、 | (ア)略円板状に成型したチーズカードにつき、●(省略)●の段階でチーズカードを上下に2分割し、●(省略)● (イ)●(省略)● (ウ)●(省略)●各個片を、●(省略)●アルミ箔により個別に密着包装して切断面にカビを生育させない状態にした後、カップ(プラスチック容器)に収納し、 |
A2 前記チーズカードを結着するように熟成させて、結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化させ、 | (エ)前記カップに収納した各個片を●(省略)●させ、後日前記カップの上面をプラスチックフィルムでシール密封するが、●(省略)● |
B その後、加熱することにより得られる、 | (オ)その後、前記密封したカップごと6個の個片を加熱殺菌することにより得られる、 |
C 結着部分からのチーズの漏れがない、香辛料を内包したカマンベールチーズ製品。 | (カ)外縁部及び6ポーションカット 4の切断面からのチーズの漏れのない、各個片の表面のうち上面、底面及び外縁部を構成する面は白カビで覆われるものの、6ポーションカット切断面は白カビに 覆われずに黒胡椒とチーズが露出している、前記各工程を経て得られる個片からなるカマンベールチーズ製品。 |
2.争点
被告製品は、本件発明1の技術的範囲に属するか。
3.判旨
「(2)以上の記載内容を踏まえ、まず、争点(2)イ(構成要件A2及びD2の充足性)について検討する。
ア 構成要件A2及びD2は「結着部分から引っ張ってもはがれない」ことを規定するところ、被告製品及びその製造方法においては、●(省略)●(前記1(1)ア(エ)及びイ(エ)。乙20参照)。原告は、本件各発明の目的がチーズの結着により型くずれや食品の漏れのない白カビチーズ製品を製造することにあることから、「結着部分」とは白カビが生育している部分、すなわち外縁部を意味するので、本件においては構成要件A2及びD2の充足が認められると主張する。
イ そこで判断するに、本件各発明の特許請求の範囲の記載をみると、構成要件A2及びD2における「前記チーズカードを結着するように熟成させ」との文言は、その文脈上、構成要件A1及びD1の「チーズカードの間に香辛料を均一にはさ」むことを受けたものであるから、構成要件A2及びD2にいう「結着する」とは、白カビが生育する外縁部に限られず、香辛料を挟んだ部分の全体を対象とすると解釈するのが特許請求の範囲の文言に沿うと解することができる。
また、構成要件A2及びD2には「上記チーズカードを結着するように熟成させ」との文言があり、本件各発明におけるチーズカードの結着は「熟成」により行われることが示されている。そして、前記前提事実(4)のとおり、カマンベールチーズの一般的な製造工程における「熟成」には、チーズカードの表面上にカビを発生させるもの(以下「チーズカード表面の熟成」という。)と、これに続いてカビが生成する酵素の作用によってチーズカードを外側から内部に向かって軟化させるもの(以下「内部を軟化させる熟成」という。)とがあるところ、本件明細書において、構成要件A2及びD2の「熟成」がどちらか一方の熟成に限定されることをうかがわせる記載は見当たらない。そうすると、構成要件A2及びD2における「熟成」とは、チーズカード表面の熟成と内部を軟化させる熟成の双方を含むものと解するのが相当であり、「熟成」により行われる「結着」も、チーズカード表面の熟成により白カビが上下のチーズカードの表面を覆いそれらの外縁部において一体化すること(このことは当事者間に争いがない。)のみならず、内部を軟化させる熟成により上下のチーズカードがその接合面において一体化することをも含むと解すべきものとなる。かかる解釈は、本件明細書の【実施例1】(段落【0008】)及び【実施例2】(段落【0010】)において、熟成が完了した状態、すなわちチーズカード表面の熟成のみならず内部を軟化させる熟成が十分に進んだ状態において結着が確認されていることや、【発明を実施するための最良の形態】欄(段落【0007】)において、加熱によって結着がより強固に一体となるとされ、加熱によりチーズが溶融する部分、すなわち上下のチーズカードが接合する面全体が既に(強固ではないとしても)結着していると示されていることからも裏付けられる。
以上によれば、構成要件A2及びD2における「結着部分」とは、外縁部を含む上下のチーズカードの接合面全体をいうものと解するのが相当である。
他方、上記1(1)ア(エ)及びイ(エ)認定のとおり、被告製品及びその製造方法における上下のチーズカードは、●(省略)●したがって、被告製品及びその製造方法が構成要件A2及びD2を充足するということはできない。
ウ なお、原告は、上記「結着部分」を外縁部と解釈すべきことの根拠として、本件審決取消訴訟の判決がかかる解釈を採用しているとも主張する。しかし、同判決は、「上側のチーズと下側のチーズの内部の結着面について、二次熟成の過程で内部の組織が軟化して溶融することは、可能性としては考えられるが、熟成後、「分離せずに一体となった状態」となることは、甲1の2、2の記載及び画像から、読み取ることはできない。」とも判示しており(甲19)、外縁部のみならず上下のチーズカードの接合面の全体を「結着面」とみていることは明らかである。そうすると、同判決が「結着部分」を外縁部に限定して判断したものとは解されないから、原告の上記主張を採用することはできない。
(3)さらに、争点(2)ウ(構成要件C及びFの充足性)についても検討する。
ア 原告は、構成要件C及びFの「内包」とは、香辛料が内部に含まれていればよく、香辛料を内包することにより香辛料が見えない状態になるかどうかは、チーズ製品の外縁部から見て判断されるべきものであって、ポーションカットした部分から香辛料が見えることは構成要件充足性を妨げないと主張する。
イ そこで判断するに、「内包」とは、一般に「内部に含み持つこと」という意味であるが(乙2)、特許請求の範囲の文言のみからは、チーズ製品の内部に香辛料が含み持たれていれば足りるのか、外面に露出していないことを要するのかについては明確であるといい難い。
そこで、本件明細書の記載を参酌すると、【背景技術】(段落【0002】)及び【発明が解決しようとする課題】(段落【0003】)には、本件各発明は、ナチュラルチーズの一種である白カビチーズで、食品類である香辛料をチーズの内部に包含するが、見た目は通常のチーズと異ならないもの及びそのような白カビチーズの製造方法を提供することを目的とするものであることが、【発明の効果】(段落【0005】)には、本件各発明の完成品が通常のカマンベールチーズ製品(白カビチーズ製品)と外観上見分けがつかないものであることが記載されている。
そして、構成要件C及びFにおける「香辛料を内包したカマンベールチーズ製品」とは、本件各発明を実施することにより製造されたチーズ製品の完成品を指すものと解すべきであるから、上記各構成要件における「内包」とは、完成品であるチーズ製品の外観から香辛料が見えない状態で内部に含み持たれていることを意味するものと解するのが相当である。
ウ 上記1(1)ア(カ)及びイ(カ)の認定のとおり、被告製品は、各個片の表面のうち上面、底面及び外縁部を構成する面は白カビで覆われるものの、6ポーションカット切断面は白カビに覆われずに黒胡椒とチーズが露出しているカマンベールチーズ製品である。そのため、上面、底面及び外縁部から見た場合には香辛料は見えないが、6ポーションカット切断面から見た場合は香辛料が外部に露出している。
したがって、被告製品及びその製造方法が構成要件C及びFを充足するということはできない。
エ 以上に対し、原告は、本件各発明においてはチーズカードの成型時期に関する限定はないから、●(省略)●ことは構成要件充足性に何ら影響しない旨を主張する。
そこで判断するに、特許発明の技術的範囲に属する物を生産した後、当該製品を加工して当該特許発明の技術的範囲に属しないものとした場合には、一旦技術的範囲に属するものを生産したことをもって特許権が侵害されたものと解されることは当然である(物を生産する方法の発明についても同様である。)。これを本件各発明に即していうと、本件発明2の方法により製造した、結着部分からのチーズの漏れがない、香辛料を内包したカマンベールチーズ製品(略円板状に成型されたままの状態で、表面全体が白カビで覆われ、外から香辛料が見えないもの)を、その完成後に6ポーションカットした場合には、切断後の各個片自体はその切断面において香辛料が露出するため構成要件C及びFを充足しないが、その切断前の段階において本件発明1の技術的範囲に属する製品が生産され、本件発明2の方法が使用されている以上、かかる点をもって本件特許権が侵害されたものと解する余地はある。
しかしながら、被告製品は、前記1(1)ア及びイ認定のとおり、●(省略)●加熱処理を施されてカマンベールチーズ製品として完成するものである。そのため、被告製品の製造工程においては、本件各発明の構成要件C及びFの「内包」の要件を充足する「カマンベールチーズ製品」は一度も製造されない。そして、上記イのとおり、本件各発明は食品類である香辛料をチーズの内部に包含するが見た目は通常のチーズと異ならない白カビチーズ製品を製造することを目的とするものであり、構成要件C及びFの「内包」の要件は本件各発明の必須の構成といえるから、被告製品の製造工程において、●(省略)●アルミ箔により包装する工程(上記1(1)ア(ウ)及びイ(ウ)認定の工程)が入ることにより、被告製品及びその製造方法は本件各発明の必須の構成を欠くものとなる。したがって、被告製品及びその製造方法における上記ポーションカットの工程と、本件各発明の実施品をその完成後に切断することとは同列に論じられないから、原告の上記主張を採用することはできないというべきである。
(4)以上によれば、被告製品及びその製造方法は、本件各発明の技術的範囲に属しないと解すべきものとなる。」
4.検討
(1)充足論
ア 本判決では、構成要件A2の「結着部分」、構成要件Cの「内包」の充足性が問題となった。
イ 構成要件A2の「結着部分」については、「結着部分」は、白カビが生育している部分、すなわち外縁部 5のみを意味するのか、それとも外縁部のみならず香辛料を挟んだ部分の全体を意味するのかが争われたところ、判決は、特許請求の範囲基準の原則及び明細書参酌の原則のいずれからしても、後者の意味と解釈できると判断した。
確かに、特許請求の範囲の記載上、構成要件A2の「結着」は、構成要件A1の「チーズカードの間に香辛料を均一にはさんだ後」を受けていることからすると、「結着」させるのは、「はさんだ」香辛料の部分であることは、その文脈上、明らかであるし、明細書の記載を見ても、香辛料の部分を結着させることを前提とした記載しか見当たらず、外縁部のみを結着させるかのような記載は一切見当たらないことから、後者の意味にしか解釈できない。
一方、原告は、「熟成時における白カビの作用によってチーズが結着されることは本件明細書に記載されており、このことは、カマンベールチーズにおいて、チーズ表面に生育したカビの作用により厚さ数㎜のフェルト状の外皮が構成されて強固に結着されるという古くからの技術常識」であると主張して、外縁部のみが結着部分であると主張したが、本主張は認められなかった。明細書の記載を参酌する場合、明細書全体の記載に整合するように解釈しなければならないが、本件では、白カビの作用によってチーズが結着される旨が明細書に記載されていることから、外縁部に結着が生じる旨の記載があったとしても、明細書には、「上下2枚のチーズカードが結着し」(【0008】、【0010】)等の記載があり、香辛料の部分にも結着が生じることを前提とした記載があることは明らかであるので、原告の主張は、明細書の記載全体に整合するような解釈をしていないと考えられる。また、原告は、技術常識に基づく主張も行っているが、クレーム解釈は、あくまで特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて行われることから、これらの記載に反するような、技術常識に基づく主張であったため、認められなかったものと考えられる。
以上の検討から、「結着部分」に関する判決の認定は、妥当と考えられる。
ウ 構成要件Cの「内包」については、「内包」とは、香辛料を内包することにより、香辛料が見えない状態をいうのか、香辛料が見える状態もこれに含まれるのかが争われたところ、判決は、特許請求の範囲の記載の文言のみからは、この点について明確であるとはいえないが、明細書に「見た目が通常のチーズと異ならない」等と記載されていることを理由に、後者の意味に解釈できると判断した。
一方、原告は、特許請求の範囲の「内包」の文言解釈のみから、香辛料が見える状態も含まれると主張していたが、本主張は認められなかった。原告の主張は、上記の明細書の記載と明らかに矛盾するし、「内包」の記載から一義的に香辛料が見える状態も含まれるとは解釈できないにもかかわらず、明細書の記載に触れずして、特許請求の範囲の記載のみに基づき主張することには無理があると考えられる。
以上の検討から、「内包」に関する判決の認定は、妥当と考えられる。
エ 本判決は、クレーム解釈を学ぶ上で、参考になるため、取り上げた次第である。
(2)“権利行使に強い”特許出願書類
“権利行使に強い”特許権を取得するためには、第三者が特許権侵害を回避しながら、模倣してくる事態も想定して特許出願書類を作成することが求められる。本件特許権の技術分野であるプロセスチーズの分野では、市場で販売されている製品として、円弧形状のまま販売されているチーズも存在すれば、これを6ポーションカットしたチーズも存在することは、周知であるところ、特許出願書類の作成においては、6ポーションカットしたチーズまで権利範囲に含まれるよう配慮することは不可欠である。しかし、本件では、6ポーションカットしたチーズへの配慮は一切見られなかったため(そのため、明細書には「見た目が通常のチーズと異ならない」等の記載があった)、6ポーションカットの構成により容易に侵害回避されたと見ることもできよう。
2本稿では、請求項1についてのみ検討する。なお、被告製品のうち「●」部分は、営業秘密に該当するとして、閲覧制限又は秘密保持命令がされたていたものと考えられる。
3チーズカード(凝乳)とは、乳に、酸やキモシンなどの酵素を作用させてできる凝固物のことをいう。
46ポーションカットとは、略円盤状に成形されたチーズカードを直径に沿って鉛直方向に6等分することをいう。
5外縁部とは、チーズカードが成型当初の形状、すなわち略円板状の形をしているときにおけるその外周側面部分をいう。