【平成25年9月3日(知財高裁 平成25年(行ケ)第10034号)】
【はじめに】
本件は、継部に溶接された部材に捻り力等の外力が加わった場合に、継部が溶接部から抜けたり、継部が変形したりするのを防止することを目的とした継手装置に関するものである。審決が引用した引用発明1は、本願の継手装置とは目的が異なり、本願の継手装置の構成を有さないものであった。これに対し、引用発明1に適用した引用発明2は、引用発明1とは技術分野及び解決課題が異なるものであり、引用発明1に引用発明2を適用することができないとされた。
【キーワード】
引用発明、認定、進歩性、動機、組合わせ、組み合わせ
【概要】
本件は、原告が「継手装置」とする発明について、拒絶査定不服審判を請求したところ、特許庁は、本願発明は、引用発明1及び引用発明2に基づいて、容易想到であるとして、不成立審決をした。これに対して、原告は、本件審決の取消しを求めたものである。争点は、進歩性の有無である。
【判旨】
本判決において、引用発明、一致点及び相違点の認定は、審決における認定がそのまま是認されたところ、それらは以下のとおりである。なお、本願発明も併せて記載する。
● 本願発明(特願2009-184095号)
【請求項1】
接続対象物と接続される継手装置であって、前記継手装置は、前記接続対象物と溶接で接続される溶接性の良好な第1の継手部材と、該第1の継手部材の一部を露出した状態で鋳包むことにより、前記第1の継手部材と一体的に形成されている鋳鉄製の第2の継手部材とを備え、前記第1の継手部材は、前記第2の継手部材内に埋め込まれた端面と、前記端面の周方向に間隔を存して配置され、前記端面の外側縁から中央に向けて延び、かつ、前記端面に対して垂直に形成され前記端面の周方向に離間した内壁面を有する複数の切欠き部とを備え、前記内壁面間の間隔が前記端面の外側縁に近づくにつれて拡開されていることを特徴とする継手装置。
● 引用発明1(特開2001-99367号公報)
パイプPと接続される複合継手部材であって、前記複合継手部材は、前記パイプPと溶接で接続される溶接性の良好な筒状部20と、該筒状部20の一部を露出した状態で鋳包むことにより、前記筒状部20と一体的に形成されている鋳鉄製の本体1とを備えている複合継手部材
● 一致点
接続対象物と接続される継手装置であって、前記継手装置は、前記接続対象物と溶接で接続される溶接性の良好な第1の継手部材と、該第1の継手部材の一部を露出した状態で鋳包むことにより、前記第1の継手部材と一体的に形成されている鋳鉄製の第2の継手部材とを備えている継手装置
● 相違点
本願発明は、「前記第1の継手部材は、前記第2の継手部材内に埋め込まれた端面と、前記端面の周方向に間隔を存して配置され、前記端面の外側縁から中央に向けて延び、かつ、前記端面に対して垂直に形成され前記端面の周方向に離間した内壁面を有する複数の切欠き部とを備え、前記内壁面間の間隔が前記端面の外側縁に近づくにつれて拡開されている」のに対し、引用発明1は、そのような構成を備えていない点。
● 相違点の判断
1 本願発明について
本願明細書(甲3)及び手続補正書(甲6)によれば、本願発明につき以下のことを認めることができる。
本願発明は、異なる接続対象物の継手となる、捻り力等の荷重が加わる接続対象物が溶接接合される第1の継手部材を第2の継手部材にて鋳包み、一体的に成形した継手装置に関するものである(段落【0001】)。
従来、刊行物1に記載されているように、溶接性の良好な材料からなる継部を鋳鉄による鋳ぐるみにて形成した継手部材として、継手部材の一方にフランジを形成し、ボルト・ナットによりフランジ同士を互いに突き合わせてパイプを連結することが知られているが、上記従来の継手部材では、継部に溶接された部材に捻り力等の荷重が加わった場合に、継部が接続部本体から抜けたり、継部が変形したりするおそれがあった(段落【0002】)。
そこで、溶接により接続された接続対象物に捻り力等の荷重が加えられても、溶接された第1の継手部材と、この第1の継手部材を鋳包んだ第2の継手部材との一体性を強固にすることができ、第1の継手部材が変形したり、第2の継手部材から抜けたりすることを防止できる継手装置を提供することを目的として(段落【0004】)、請求項1記載の構成とし、以下の効果が得られるようにした。すなわち、第2の継手部材に鋳包まれている第1の継手部材の端面には、端面の外側縁から中央に向けて延び、端面に対して垂直に形成され周方向に離間した内壁面を有する切欠き部が備わり、内壁面の間隔が端面の外側縁に向かって拡開する構成としたことで、切欠き部に鋳鉄からなる第2の継手部材の溶湯が切欠き部に入り込み、強固に歯合して周方向に対して強固に固定され、これにより、接続対象物に捻り力が加わっても、そのトルクを複数の切欠き部で分散して受けることができるので、このような捻り力に対して高い強度(耐性)を発揮することができ、また、切欠き部の内壁面は、端面の外側縁に向かって広がって形成されているため、捻り力が加わった場合にそのトルクが第1の継手部材の外周側に集中せず、そのトルクを切欠き部の内壁面でも受けることができ、したがって、第1の継手部材と第2の継手部材のいずれかの歯合部分が変形または破壊してしまうことを防止することができ、耐久性の向上を図ることができるようになり、さらに、第2の継手部材より溶接性の良好な第1の継手部材を用い、これを第2の継手部材に鋳包んだことにより、第1の継手部材と溶接により接続される接続対象物との接続性を強固にすることができるようにしたものである(段落【0007】)。
2 引用発明について
刊行物1(甲1)によれば、以下のことを認めることができる。
刊行物1に記載された発明は、パイプ等の部材が溶接される筒状部と、ボルト等の機械的手段によって他の部材と連結されるフランジ等の連結部を有する本体とを、鋳ぐるみ法によって一体的に形成して成る複合継手部材に関するもので、例えば、鉄塔、ポール等においてパイプ同士を連結する部分、または水、油、水蒸気、化学薬品等の流体の輸送用配管においてパイプ同士を連結する部分等に好適に用いられる複合継手部材に係るものである(段落【0001】)。
パイプ同士を互いに突き合わせた状態で連結するために用いられる継手部材として、筒状部の端部がパイプPの端部と突き合わせた状態で溶接され、本体のフランジが他の継手部材のフランジとボルト連結されて、これによりパイプ同士を互いに突き合わせた状態で連結するようにする従来例(段落【0002】)においては、その溶接性を確保するためにその全体を鋼製のものとしているが、このように継手部材全体を溶接性の優れた高価な材料により形成するものは、コスト高になるという問題点があり(段落【0005】)、鋳鉄を用いて継手部材を一体鋳造する場合には、鋳鉄はその溶接性が格段に悪いため、この場合には溶接に極めて多大の手数を要することになり、そのため実用には供し得ないという問題を有していた(段落【0006】)。
そこで、上記従来の欠点を解決するためになされたものであり、その目的は、溶接が必要な部分の溶接性を従来同様に確保しつつ、その製造コストを大幅に低減することが可能な複合継手部材を提供することにあり(段落【0008】)、機械的に他の部材に連結されるフランジ等の連結部10を有する本体1と、パイプP等が溶接される筒状部20とが一体的に形成されて成る複合継手部材であって、上記本体1と上記筒状部20とは別材質で、上記筒状部20は上記本体1よりも溶接性の良好な材料から成り、上記本体1は、特定形状に形成された筒状部20を鋳くるむことで形成されていることを特徴とする(段落【0009】)。
3 刊行物2発明について
刊行物2(甲2)によれば、以下のことを認めることができる。
刊行物2発明は、鉄鋼線材、棒材等の圧延に使用されるロールの製造方法に関するものである(段落【0001】)。
線材、棒材等の圧延に用いられるロールとして、超硬金属にて形成した超硬リングをロール本体に嵌めた複合ロールで、超硬リングを鋳くるんだ従来例があるが(段落【0002】)、鋳ぐるみ金属(30)と超硬リング(2)の境界部が金属結合状態となっており、超硬リング(2)と鋳ぐるみ金属(30)との熱膨張差は大きいため、ロールに割れが発生し易すい問題等(段落【0003】~【0005】)があったことから、複合ロールにおいて、超硬リング(2)の側面に、ロールの回転方向に段差のある凹凸面(21)を形成し、ロール本体(3)は該凹凸面(21)に噛み合って係合し(段落【0006】)、また、複合ロールの製造方法において、側面に周方向に凹凸面(21)を形成している超硬リング(2)と鋳ぐるみ金属(30)が金属結合しない様に、溶湯温度を調節して鋳型(1)に溶湯を注ぎ、溶湯の凝固部分を超硬リング(2)の凹凸面(21)に食込ませるようにしたので(段落【0007】)、鋳ぐるみ金属(30)と超硬リング(2)は単に接しているだけで金属結合しておらず、残留応力に起因するロールの割れを防止できるとの作用効果を奏するとともに(段落【0008】)、超硬リング(2)とロール本体(3)は、超硬リング(2)側面の凹凸面にロール本体(3)が噛み合っているため、超硬リング(2)がロール本体(3)に対して空回りすることはないとの作用効果を奏する(段落【0009】)ものである。
各実施例において、リング側面の凹凸面(21)は、凹部と凸部の高さの差は、1mm程度あれば、圧延使用時にも、リング(2)が空回りすることなく、リングとロール本体(3)の一体回転を保障できる(段落【0022】)。
4 容易想到性について
(1) 本願発明と引用発明との間には審決認定のとおりの相違点があるところ、引用発明は、前記に記載したとおりのものであり、パイプ等の部材が溶接される筒状部と本体とを接続するという継手部材の機能からして当然に本体と筒状部とが強固に一体化することが要求されることは明らかであることに加え、刊行物1中においても、パイプの引張、圧縮力が作用した場合に本体を係止可能な抜け止め手段を採用することが望ましいことが記載されている(段落【0052】。なお、同段落には「抜け止め防止手段」と記載されているが、その文脈から「抜け止め手段」又は「抜け防止手段」を意味することは明らかである。)。したがって、第1部材と第2部材との一体性をより強固なものにするという点においては、本願発明と共通の課題を有している。
しかしながら、本願発明が、ユニバーサルジョイントに限定されるものでないのは被告主張のとおりであるが、「継部に溶接された部材に捻り力等の荷重が加わった場合に、継部が接続部本体から抜けたり、継部が変形したりするおそれ」(甲3の段落【0002】)や、「捻り力等の荷重が加えられても、溶接された第1の継手と、この第1の継手部材を鋳包んだ第2の継手部材との一体性を強固にする」、「第1の継手部材が変形したり、第2の継手部材から抜けたりすることを防止」(甲3の段落【0004】)することを目的とするのに対して、引用発明に係る刊行物1にはそのような記載はない。
また、刊行物1には、筒状部20(第1の継手部材)は、鋳鉄製の本体1(第2の継手部材)内に埋め込まれた端面と、前記端面の周方向に間隔を存して配置され、前記端面の外側縁から中央に向けて延び、かつ、前記端面に対して垂直に形成され前記端面の周方向に離間した内壁面を有する複数の切欠き部とを備え、前記内壁面間の間隔が前記端面の外側縁に近づくにつれて拡開されていること(本願発明の相違点1に係る構成)は、記載も示唆もされていない。
(2) 他方、刊行物2には、超硬リング2が、鋳ぐるみ金属30内に埋め込まれた端面と、端面の周方向に間隔を存して配置され、端面の外側縁から中央に向けて延び、かつ、端面の周方向に離間した内壁面を有する複数の凹凸面(21)とを備えるとともに、内壁面間の間隔が端面の外側縁に近づくにつれて拡開するように形成されていることが記載されている。
しかしながら、刊行物2発明は、前記のとおり、鉄鋼線材、棒材等の圧延に使用されるロールに関するものであって、本願発明や引用発明が継手装置に関するものであるのとは、技術分野を異にしている。また、刊行物2発明の超硬リング2は筒状形状といえるとしても、刊行物2発明の超硬リング2とロール本体1(鋳ぐるみ金属30)との配置構造は、本願発明や引用発明の第1の継手部材(筒状部20)と第2の継手部材(本体1)との配置構造とは異なり、超硬リング2はロール本体に完全に埋め込まれているため、ロール本体1から超硬リング2が抜けることのない構造であり、引張、圧縮力が作用した場合に本体を係止可能な抜け止めのために、本体と筒状部の一体化を求める引用発明とは解決課題を異にしている。
そうすると、引用発明と刊行物2発明が、複数の部品を鋳ぐるみ鋳造によって一体的に形成する複合部品に関する技術という点で共通するとしても、引用発明に刊行物2発明を適用することが、当業者にとって容易に着想し得るとはいえない。
(3) また、仮に、引用発明に刊行物2発明を適用するとしても、刊行物2発明の超硬リングは、刊行物2の図6のように波状に連続した凹凸面であって、本願発明のように端面に対して垂直に形成されてはいないから、直ちに本願発明の相違点に係る構成となるものでないところ、引用発明に刊行物2発明を適用する際に、波状に連続した凹凸面を端面に対して垂直なものに変更することが、当業者にとって設計的な事項であるとはいえない。そして、複数の部品を鋳ぐるみ鋳造によって一体的に形成する複合部品に関する技術分野において、鋳ぐるみ部品の抜けや空回りを防止するために、鋳造時に溶融した材料が流入する部分の形状を端面に対して垂直に形成することが、従来周知の技術手段(甲1の図5の周溝25、甲2の図3の突条22)であるとしても、引用発明に刊行物2発明を適用して、筒状部(第1の継手部材)の端面に波状に連続した凹凸面を形成した上で、さらに上記周知の技術手段を適用して、波状に連続した凹凸面を端面に対して垂直な凹凸面に変更することの動機付けがあるとはいえず、そのような構成を採用することが当業者にとって容易に想到し得ることとはいえない。
(4) よって、相違点に係る本願発明の構成は、引用発明及び刊行物2発明並びに周知の技術手段に基づいて、当業者が容易に想到できたものということはできず、原告ら主張の取消事由には理由がある。
(5) 被告は、引用発明の複合継手部材には、捻り力(トルク)に対して本体1と筒状部20との一体化をより強固なものにするという技術的課題が内在しており、これは本願発明の解決課題と共通するから、容易想到性がある旨主張する。しかし、道路標識のポールの技術分野における技術常識(乙1ないし3)に照らし、引用発明の継手部材においても捻り力(トルク)に対し本体と筒状部の一体性をより強固なものにするとの技術的課題が内在しているとしても、刊行物1の図9~11に記載された溶湯が貫通孔に浸入、凝固する構成においては、捻り力(トルク)に対して本体1と筒状部20との一体化をより強固なものにするという技術的課題は既に解決されており、筒状部(第1の継手部材)の端面に切欠き部を形成する動機や、さらに貫通孔に代えて端面に切欠き部を形成する動機はない。
また、被告は、刊行物2は、「鋳ぐるみ部品の空回りを防止するための技術的手段を開示するもの」であるが、そのような複数部品間で空回りを防止するものである以上、刊行物2に記載された技術的事項と、引用発明である複合継手部材とは、2つの部材間に相対的に作用する捻り力に対抗して、2つの部材を回転方向に一体化するという技術的課題においても共通しているから、刊行物2に記載された技術的事項を、引用発明に適用するという動機付けは十分存在すると主張する。
しかし、前記のとおり、引用発明と刊行物2発明は、技術分野が異なるだけではなく、その解決課題も隔たっており、刊行物2の記載事項から、複数部材間に相対的に作用する捻り力に抗して、2つの部材を回転方向に一体化するという技術課において共通していると認識するのは当業者にとって容易ではなく、引用発明に刊行物2を適用する動機付けを見いだすことは困難であり、容易に発明をすることができたものということはできない。
【コメント】
本件は、進歩性(特許法29条2項)の有無、特に引用発明の組合せの動機に関するものである。
審決は、引用発明の認定において、主として引用文献の図面から発明の認定を行ったものと思われる。そして、本件は、機械分野に属する発明であり、機械分野においては、目的や課題を図面から認定できることがあるので、引用文献における記載がなくても、図面から認定した引用発明同士を組み合わせて、本願の進歩性を否定したものと思われる。
しかし、本判決は、引用文献の記載を踏まえて引用発明同士の組合せの可否を判断しており、機械分野において、引用発明を引用文献の図面だけから認定し、組み合わせの動機付けも図面だけから認定することに対して、消極の判断をしたものである。本判決の判断手法は、機械分野における引用発明の認定及び組合せの動機付け等において、参考になるものと思われる。
(文責)弁護士 関裕治朗