平成26年9月25日判決(東京地裁平成25年(ワ)第25813号)
【キーワード】
技術的範囲、特許法第70条第1項・第2項

【事案の概要】
 発明の名称を「美容器」とする特許権(特許第5356625号)を有する原告が,被告による別紙被告製品目録記載1ないし3の美容用ローラー(以下「被告各製品」と総称する。)の製造販売等が本件特許権の侵害に当たると主張して,被告に対し,被告各製品の製造,販売及び販売のための展示の差止め並びに被告各製品及びその製造のための金型の廃棄を求め、原告の請求が認められた事案。

本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,各構成要件を「構成要件A」などという。)。
A ハンドルの先端部に一対のボールを,相互間隔をおいてそれぞれ一軸線を中心に回転可能に支持した美容器において,
B 往復動作中にボールの軸線が肌面に対して一定角度を維持できるように,ボールの軸線をハンドルの中心線に対して前傾させて構成し,
C 一対のボール支持軸の開き角度を40~120度,
D 一対のボールの外周面間の間隔を8~25mmとし,
E ボールの外周面を肌に押し当ててハンドルの先端から基端方向に移動させることにより肌が摘み上げられるようにしたことを特徴とする
F 美容器。

 以下は、本件発明の参考図(本件特許公報の【図1】)。

【争点】
 被告各製品の技術的範囲の属否(「ボール」(構成要件A,B,D,E),「一軸線」(同A),「一定角度を維持」(同B),「外周面間の間隔」(同D)及び「肌が摘み上げられる」(同E)の各構成の充足の有無)
 無効事由の存否についてはここでは省略。

【結論】
 被告各製品は,本件発明の技術的範囲に属する。

【判旨抜粋】
1 争点(1)(被告各製品の本件発明の技術的範囲への属否)について
(1) 被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するとの原告の主張に対し,被告は,被告各製品が特許請求の範囲にいう「ボール」(構成要件A,B,D,E),「一軸線」(同A),「一定角度を維持」(同B),「外周面間の間隔」(同D)及び「肌が摘み上げられる」(同E)の各構成を備えず,本件発明の作用効果を奏しない旨主張するので,以下,検討する。
(2) 本件明細書の発明の詳細な説明の欄には,以下の趣旨の記載があると認められる。(甲8)
ア 技術分野(段落【0001】)
 本件発明は,ハンドルに設けられたマッサージ用のボールによって顔,腕等の肌をマッサージすることにより,血流を促したりするなどして美しい肌を実現することができる美容器に関するものである。
イ 従来技術及びその課題(段落【0002】~【0006】)
 従来,この種の美容器が種々提案されており,例えば,特開2009-142509号公報に開示された美肌ローラは,柄と,該柄の一端に設けられた一対のローラとを備え,ローラの回転軸が柄の長軸方向の中心線とそれぞれ鋭角をなし,さらに,一対のローラの回転軸のなす角度が鈍角をなすように設定されている。
 しかしながら,かかる美肌ローラには,① 柄の中心線と両ローラの回転軸が一平面上にあることから,美肌ローラの柄を手で把持して両ローラを肌に押し当てたとき,肘を上げ,手先が肌側に向くように手首を曲げて柄を肌に対して直立させなければならず,操作性が悪い上に,手首角度により肌へのローラの作用状態が大きく変化するという問題,② 各ローラが楕円筒状に形成されていることから,ローラを一方向に押したときに肌の広い部分が一様に押圧され,逆方向に引いたときに両ローラ間に位置する肌がローラの長さに相当する領域で引っ張られることから強く挟み込まれ難いため,毛穴の開きや収縮が十分に行われず,毛穴の汚れを綺麗に除去することができず,さらに,楕円筒状のローラが肌に線接触して肌に対する抵抗が大きく,動きがスムーズでなく,しかも移動方向が制限されやすいため,操作性が悪いという問題があった。
 本件発明は,このような問題点に着目してされたものであり,その目的は肌に対して優れたマッサージ効果を奏するとともに,肌に対する押圧効果と摘み上げ効果とを顕著に連続して発揮することができ,かつ,操作性が良好な美容器を提供することにある。
ウ 課題解決のための手段及び本件発明の効果(段落【0007】~【0009】)
 上記課題を解決するため,本件発明は,特許請求の範囲に記載の構成を採用したものであり,① 美容器の往復動作中にボールの軸線が肌面に対して一定角度を維持できるようになっていることから,ハンドルを把持して一対のボールを肌に当てるときに手首を曲げる必要がなく,手首を真直ぐにした状態で,美容器を往動させたときには肌を押圧することができるとともに,美容器を復動させたときには肌を摘み上げることができるという効果を有し,② 肌に接触する部分が筒状のローラではなく,真円状のボールで構成されていることから,ボールが肌に対して局部接触し,ボールが肌の局部に集中して押圧力や摘み上げ力を作用することができるとともに,肌に対するボールの動きをスムーズにでき,移動方向の自由度も高いという効果を有する。
(3) 以上を踏まえ,被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて検討する。
ア 「ボール」について
(ア) 被告各製品において肌に押し当てられて回転する部材(原告が「ボール」と,被告が「ローラ」と称するもの)は,別紙被告各製品の構成目録添付の図面のとおり,断面が楕円状の縦長のものであるところ,被告が特許請求の範囲にいう「ボール」は真球状のものに限られると主張するのに対し,原告は楕円球状のものを含むと主張する。
(イ) そこで判断するに,「ボール」の語の通常の意味は「球又は球状のもの」であり,「球」とは「丸い形,丸いもの」をいうが(広辞苑〔第6版〕2577頁,710頁参照),ラグビーボールのような楕円球や長球も「ボール」と呼ばれることがある。また,本件発明の「ボール」は支持軸を介してハンドルに取り付けられるので,その構成上,取付部分は切り欠かれ,真球とはなり得ないものである。
 このように特許請求の範囲の文言上は真球状のものに限定されるか定かでないので,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮すると,本件発明が「ボール」を採用したのは,従来技術における楕円筒状のローラには,毛穴の汚れを綺麗に除去することができず,操作性も悪いという課題(前記(2)イ②)があったので,これを解決するため,筒状のローラにおけるように幅を持った直線部分が肌に接触するのではなく,肌に対して局部接触するようにしたものである。そうすると,「ボール」というためには,肌と接触する部分が局部接触可能な程度に曲率半径を持ったものであれば足り,その全体が真球状であることを要しないと解することができる。
 以上の解釈は,本件明細書(甲8)に実施例として「ボール」の形状をバルーン状,断面楕円形状,断面長円形状等に変更することができる旨記載されていること(段落【0050】,【0052】,図8及び9)からも裏付けられる。
(ウ) 証拠(甲7,9,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,被告各製品において肌に押し付けられる部材は,別紙被告各製品の構成目録の図A~C,G及びHに記載のとおり,円筒状ではなく,真円形状に近い曲率半径を有しており,これを肌に当てて移動させた場合,断面楕円の短軸部分の表面上に設けられた帯状の部分を中心とした局部において肌に接し,その局部に集中して押圧力や摘み上げ力を作用することができる輪郭形状となっていることが認められる。そうすると,上記部材は,局部において肌と接触する丸い形状を有していると認められるから,特許請求の範囲にいう「ボール」に相当するということができる。
イ 「一軸線」について
(ア) 構成要件Aに係る特許請求の範囲の記載は,「一対のボールを,相互間隔をおいてそれぞれ一軸線を中心に回転可能に支持」するというものであるから,その文言上,「一軸線」が,ボールが回転する際に中心となる回転軸を意味することが明らかである。
 これに対し,被告は,回転軸とボールの中心を通る線が異なる場合には,後者が「一軸線」である旨主張するが,特許請求の範囲の記載に反するばかりでなく,本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみても被告の主張の根拠となるべき記載は見当たらない。したがって,被告の上記主張を採用することができない。
(イ) 被告各製品における上記「ボール」に相当する部材は,証拠(甲7,9,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,ハンドルに設けられた一対の支持軸に,支持軸を中心に回転可能な状態で支持されている。
 したがって,被告各製品は,「ボール」を「一軸線」を中心に回転可能に支持したものとして,構成要件Aを充足すると認められる。
ウ 「一定角度を維持」について
(ア) 本件発明は「ボールの軸線が肌面に対して一定角度を維持できるように,ボールの軸線をハンドルの中心線に対して前傾させて構成した」ものであるところ,「ボールの軸線」の意義につき,原告はボールの回転軸である旨,被告はボールの中心を通る線である旨主張する。
(イ) そこで判断するに,「軸線」という文言自体が回転する際の「軸」を意味する上,特許請求の範囲には「ハンドルの中心線」との記載があり,被告主張のように解釈すべきものとすれば「ボールの中心線」と記載されたと考えられる。
 また,本件発明は,従来技術の美容器においては,柄の中心線とローラの回転軸が同一平面上にあることから,操作性が悪い上,手首角度により肌への作用状態が大きく変化するという課題(前記(2)イ①)があったので,これを解決するため,ボールの軸線をハンドルの中心線に対して前傾させる構成という構成(構成要件B)を採用したものである。
 そうすると,構成要件Bにいう「ボールの軸線」は,ボールの中心線ではなく,ボールの回転軸を意味すると解するのが相当である。
(ウ) これに対し,被告は,本件発明の肌に対する押圧効果及び摘み上げ効果を発揮するのはボールそのものであるから,ハンドルに関して一定角度を維持することに意味があるのはボールの中心軸であると主張するが,以上に説示したところに照らし,採用することができない。
(エ) 証拠(甲7,9,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,被告各製品の上記「ボール」に相当する部材は,ハンドルの中心線に対し前傾させて設けられた保持軸に軸着され,この保持軸を軸として回転するように構成されており,同部材を肌に押し付けて被告各製品を往復動作させると,この保持軸は肌面に対して一定角度に維持されることが認められる。
 したがって,被告各製品は構成要件Bを充足するということができる。
エ 「外周面間の間隔」について
(ア) 被告各製品の上記「ボール」に相当する一対の部材は,それぞれ偏芯回転し,外周面間の間隔が最小8.9mm,最大11.8mmの範囲で変動するものであるところ,原告が構成要件Dの「8~25mm」の範囲で可変なものも技術的範囲に含まれると主張するのに対し,被告は固定されたものに限られる旨主張する。
(イ) そこで判断するに,特許請求の範囲の文言上,ボールの外周面間の間隔は「8~25mm」という幅を持ったものとして規定されており,ボールの軸線に関しては往復運動中に「一定角度を維持」するとされているのに対し,上記間隔について一定に維持するとの限定はない。
 また,本件明細書(甲8)には,発明の実施形態に関して,ボールの外周面間の間隔は,肌の摘み上げを適切に行うため,好ましくは8~25mmであり,この間隔が8mmに満たないときは摘み上げ効果が強く作用しすぎて好ましくなく,25mmを超えるときは肌を摘み上げることが難しくなって好ましくない旨の記載があり(段落【0021】),これによれば,外周面間の間隔が上記数値の範囲にあれば好ましい肌の摘み上げ効果が奏されるのであって,これが変動した場合に上記効果が失われることをうかがわせる証拠はない。
 そうすると,被告の上記主張を採用することはできず,被告各製品は構成要件Dを充足すると判断することが相当である。
オ 「肌が摘み上げられる」との構成及び作用効果について
(ア) 被告は,被告各製品はローラの外周面間の間隔が変動するという構成により肌面の摘み上げとその開放を周期的に繰り返すので,構成要件Eを充足せず,本件発明の作用効果を奏しない旨主張する。
(イ) そこで判断するに,本件発明の美容器は,特許請求の範囲の記載のとおり,ハンドルに一対の支持軸を設けてこれにボールを回転可能に取り付け,支持軸をハンドルの中心線に対して前傾させ,かつ,その開き角度を40~120度に構成したものであり,ボールの外周面を肌に押し当ててハンドルの先端から基端方向に移動させると,一対のボールに挟まれた部分の肌は,上記の構成から必然的に,ボールの外周面間の間隔により摘み上げる力の強弱はあるものの,ボールの回転に伴って摘み上げられることになる。そして,被告各製品は上記ア~エのとおり本件発明と同様の構成を有するものであるから,ハンドルの先端から基端方向に移動させると,外周面間の間隔の変動により摘み上げる力が変化するとしても,肌は摘み上げられるものと認められる(甲9参照)。
 したがって,被告各製品は構成要件Eを充足し,かつ,本件発明の作用効果(前記(2)ウ)を奏すると認めることができる。
(ウ) これに対し,被告は,被告各製品は肌面の摘み上げとその開放を周期的に繰り返すことにより本件発明と異なる作用効果を有する旨主張する。しかし,ローラの中心位置と回転軸の位置を偏心させることにより,被告各製品が本件発明にみられない作用効果を有するとしても(乙20,21参照),被告各製品が本件発明の構成要件を全て充足し,その作用効果を奏する以上,他の作用効果をも有することをもって本件発明の技術的範囲に属しないということはできない。
(4) 以上によれば,被告各製品は本件発明の技術的範囲に属すると認められる。
【解説】
 被告製品の構成要件充足性につき、本件特許発明の文言解釈が問題となった典型事例である。
1 「ボール」について
本件特許発明の「ボール」の意義につき、特許請求の範囲の文言上は、真球状のものに限定さあれるか定かでないとした上、本件明細書・図面の記載の主に解決課題を参酌した上で、「ボール」というためには,肌と接触する部分が局部接触可能な程度に曲率半径を持ったものであれば足り,その全体が真球状であることを要しないと解釈すべきとした。特に、当該解釈をするにあたり、本件明細書の変形例における、「ボール」をバルーン状,断面楕円形状,断面長円形状等に変更することができることの記載を利用している。以下は、当該記載の引用である。
「【0050】
 なお、前記実施形態を次のように変更して具体化することも可能である。
 ・ 図8及び図9に示すように、前記ボール17の形状を、ボール17の外周面のハン
ドル11側の曲率がボール支持軸15の先端側の曲率よりも大きくなるようにバルーン状
に形成することもできる。このように構成した場合には、曲率の小さな部分で肌を摘み上
げ、曲率の大きな部分で摘み上げ状態を保持できるため、ボール17を復動させたときの
肌20の摘み上げ効果を向上させることができる。
・・
【0052】
 ・ 前記ボール17の形状を、断面楕円形状、断面長円形状等に適宜変更することも可
能である。
 ・ 前記ボール17の外周部に磁石を埋め込み、その磁力により肌20に対して血流を
促すように構成することもできる。

 このように、本件明細書において、解決課題及び本件発明の作用効果からして、真球状のものでないことが変形例で詳細に裏付けられていることが、「真球状」に限定解釈しなかった根拠となっているものと思われる。
 広範な意義に解釈される可能性がある文言については、変形例を記載し、また、当該変形例を含むような課題・作用効果を記載するよう心がけることが肝要である。
2 「一軸線」について
 裁判所は、「一軸線」が,ボールが回転する際に中心となる回転軸を意味するものと述べ、回転軸とボールの中心を通る線が異なる場合に、ボールの中心を通る線を「一軸線」と解すべきとの被告主張を斥けた。被告主張は、少なくとも特許請求の範囲の「ボールを、・・一軸線を中心に回転」との記載に反するものであり、特許請求の範囲の文言解釈として適当でないというものである。
3 「一定角度を維持」について
 被告は、被告各製品は,断面楕円形状でラグビーボール形状の楕円ローラを,断面楕円形状の長軸(楕円ローラの中心線)からずれた線をローラ保持軸の軸線としてこれを中心に偏芯回転するものと主張し、楕円ローラの中心線と、回転軸とが異なり、前者が「一定角度を維持」の対象とする「ボールの軸線」に該当すると主張したが、裁判所はこれを斥けた。柄の中心線とローラの回転軸が同一平面上にあることから,操作性が悪い上,手首角度により肌への作用状態が大きく変化するという課題解決のためになされたことが本件明細書に記載されていることからすれば、ローラの中心線を「軸線」と解釈しても、当該課題解決に直接結びつくとは限らないため、当該認定に結びついたものと思われる。
4 「外周面間の間隔」について
 被告は、外周面間の間隔が固定されたものに限られたと主張したが、裁判所はこれを斥けた。特許請求の範囲の文言上も、幅を持った数値として規定され、かつ、それが変動した場合に本件発明の作用効果(肌の摘み上げ効果)が失われることも立証されない以上、被告主張のとおりに解することができないというものである。

(文責)弁護士・弁理士 和田祐造