平成25年10月24日判決(知財高裁 平成24年(ワ)第57433号(甲事件)、平成24年(ワ)第19120号(乙事件))

甲事件
本件特許は無効にすべきものとして無効審判の審決を取り消す旨の知財高裁判決が確定した後に、特許権者(原告)より特許法134条の3第1項(平成23年改正前)の訂正請求期間指定の申立てがなされなかった場合には、特許権は無効とされるべきものであって侵害訴訟における権利行使が認められなかった事例。
乙事件
甲事件が対象とする本件特許1(1)(2)は化合物に関するものであるところ、乙事件が対象とする本件特許2(1)(2)は当該化合物を用いた医薬組成物の発明であり、本件特許1(1)(2)が進歩性を欠く以上、本件特許2(1)(2)も進歩性を欠くとして、特許権は無効とされるべきものであって権利行使が認められなかった事例。

【キーワード】
特許法134条の3第1項、期間指定の申立て、特許法181条2項前段、行政事件訴訟法33条1項、最高裁平成4年4月28日判決(高速旋回式バレル研磨法事件)、特許法123条、特許法104条の3、東京地裁民事第46部判決

【事案の概要】
 本件は,特許第3296564号の特許権(甲事件 ※1)及び特許第4790194号の特許権(乙事件 ※2)を有する原告が,被告が輸入,製造及び販売する被告各製品が上記各特許権を侵害している旨主張して,被告に対し,特許法100条1項に基づき,被告製品1の製造,販売及び販売の申出の差止め並びに被告製品2の輸入差止めを求めるとともに,同条2項に基づき,被告製品1についての健康保険法に基づく薬価基準収載品目削除願の提出及び被告各製品の廃棄を求める事案である。

※1:請求項1に記載された発明を本件発明1(1)、同発明に係る特許を本件特許1(1)、請求項2に記載された発明を本件発明1(2)、同発明に係る特許を本件特許1(2)という。
※2:請求項1に記載された発明を本件発明2(1)、同発明に係る特許を本件特許2(1)、請求項3に記載された発明を本件発明2(2)、同発明に係る特許を本件特許2(2)という。

 本件特許1(1)(2)(本件発明1(1)(2))の無効審判請求の経緯は以下のとおり。
ア 被告は、無効審判を請求し、特許庁は請求不成立の審決(以下「本件審決」という。)をしたが、本件審決の取消訴訟において、知財高裁は、平成24年12月5日、①本件審決には、実施可能要件に係る判断に誤りがあり、その審理を尽くさせる必要がある、②本件発明1(1)(2)は、乙7発明により開示されたアトルバスタチンの結晶性形態について、当業者が通常なし得る範囲の試行錯誤によって得ることができるものというべきであるし、当該結晶性形態の作用効果についても、格別顕著なものとまでいうことはできないから、本件発明1(1)(2)は、乙7発明及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであるとして、本件審決を取り消す旨の判決(以下「別件判決」という。)をした。
イ 原告は、別件判決を不服として上告受理を申し立てたが、最高裁判所は、平成25年8月21日、上告審として受理しない旨の決定をし(同庁平成25年(行ヒ)第149号)、別件判決は確定した。
ウ 原告は、別件判決確定の日から1週間以内に、特許法(平成23年法律第63号による改正前のもの。以下同じ。)134条の3第1項に基づく、本件特許権1の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正請求をするための期間指定の申立てをしなかった。

以上の無効審判請求手続の経緯の下、本件侵害訴訟の争点は、
(1) 文言侵害又は均等侵害の成否
(2) 本件各特許に係る無効理由の有無
  ア 実施可能要件違反の有無
  イ 乙7文献に基づく進歩性欠如の有無
  ウ 乙8文献(特表平8-507521号公報)に基づく進歩性欠如の有無
であったが、裁判所は、争点(2)イのみを判断し、本件発明1(1)(2)及び本件発明2(1)(2)はいずれも無効とすべきものであるから権利行使は許されず、その余の争点につき判断することなく、原告の請求を棄却した。

【判旨抜粋】
1 争点(2)イ(乙7文献に基づく進歩性欠如の有無)について
 事案に鑑み,争点(2)イから判断する。
(1) 甲事件について
 前記・・・のとおり,本件特許1(1)(2)については,別件判決において,本件発明1(1)(2)は乙7発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるとして,本件審決を取り消す判断が示され,同判決は確定している。そして,原告は,別件判決確定の日から1週間以内に,134条の3第1項に基づく,明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正請求をするための期間指定の申立てをしなかった。
 そうすると,特許庁は,上記の無効審判請求事件につき,更に審理を行い審決をするに当たり,別件判決の主文を導き出すのに必要な事実認定及び法律判断に拘束され,これに抵触する認定判断をすることは許されないのであるから(特許法181条2項前段,行政事件訴訟法33条1項,最高裁平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁参照),別件判決に再審事由があることが明らかであるなど特段の事情のない限り,本件特許1(1)(2)を無効とする審決をするほかないこととなる。本件において上記特段の事情が存在することをうかがわせる事情はなく,また,原告もそのような事情を具体的に主張するものではない。
 なお,前記第2の1(3)ウのとおり,別件判決は,①本件審決には,実施可能要件に係る判断に誤りがあり,その審理を尽くさせる必要がある,②本件発明1(1)(2)には進歩性が認められない旨の判断をして,本件審決を取り消したものであるが,別件判決は,①の判断と②の判断との間に主従ないし軽重の区別を設けておらず,両者を全く同等の取消理由として取り扱っていることが判文上明らかであり,また,別件訴訟においては,当事者双方が上記の各争点のみを争点として十分に主張立証を尽くした上で別件判決がされたものであるから,特許庁における再度の審理及び審決に当たっては,上記①及び②の判断の双方に別件判決の拘束力が及ぶと解するのが相当である。念のため,本件各証拠に照らして検討しても,別件判決の上記②の認定判断を不当とすべき事情は見当たらない。
 したがって,本件特許1(1)(2)は,特許法123条1項2号,29条2項の定める無効理由があり,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,原告は,被告に対して本件特許1(1)(2)に基づく権利行使をすることができないものと解される。
(2) 乙事件について
 前記・・・のとおり,本件特許1(1)(2)については,本件発明1(1)(2)に進歩性が認められないとして,本件審決を取り消す旨の別件判決が最高裁判所の決定により確定しているところ,これは,本件特許1(1)(2)に関する判断であるから,これと異なる特許である本件特許2(1)(2)について,直ちに無効理由があることになるなどの直接的効果を及ぼすものではない。
 しかしながら,前記・・・のとおり,本件特許権2に係る出願は,原出願である本件特許権1に係る出願を分割してされたものである。そして・・・前者がそのアトルバスタチン水和物そのものの発明であるのに対し,後者がそのアトルバスタチン水和物に賦形剤等を混合した医薬組成物の発明である点が異なるにすぎない。
 そうすると,分割出願の元となった原出願の本件発明1(1)(2)に係る結晶性形態のアトルバスタチン水和物が進歩性を欠き,本件特許1(1)(2)が無効とされるべきものであるとの判断が確定した以上,これから分割された出願の本件発明2(1)(2)に係るアトルバスタチン水和物も進歩性を欠くことは明らかであるから,これに賦形剤等を混合して医薬組成物とすること自体に進歩性が認められるなど特段の事情のない限り,本件特許2(1)(2)もまた無効とされるべき筋合いであることは当然の事理というべきである。
 しかるところ・・・本件発明2(1)(2)は本件発明1(1)(2)に新たな技術的思想を付加するものということはできず,本件において上記特段の事情の存在を認めるには足りないというべきである。
 したがって,本件特許2(1)(2)も,特許法123条1項2号,29条2項の定める無効理由があり,無効審判により無効にされるべきものと認められるから,原告は,被告に対して本件特許2(1)(2)に基づく権利行使をすることができないものと解するのが相当である。
・・・(中略)・・・
2 結論
 以上によれば,その余の争点につき判断するまでもなく,甲事件請求及び乙事件請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して主文のとおり判決する。

【解説】
 審判官は、特許法181条1項の規定による審決の取り消しの判決(以下「取消判決」という。)が確定したときは、さらに審理を行い、審決をしなければならない(平成23年改正前特許法181条5項、現行法では同条2項前段)。そして、行政事件訴訟法33条1項(※3)により、この再度の審理には取消判決の拘束力が及ぶ。

※3 行政事件訴訟法33条1項
処分又は裁決を取り消す判決は、その事件について、処分又は裁決をした行政庁その他の関係行政庁を拘束する。

 ここで、特許無効審判事件についての上記「拘束力」については、最高裁平成4年4月28日判決(高速旋回式バレル研磨法事件)では、

「・・・この拘束力は、判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから、審判官は取消判決の右認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって、再度の審判手続において、審判官は、取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと、あるいは右主張を裏付けるための新たな立証をすることを許すべきではなく、審判官が取消判決の拘束力に従ってした審決は、その限りにおいて適法であり、再度の審決取消訴訟においてこれを違法とすることができないのは当然である。」
(前半部分:下線は筆者が付した。)

と判示されている。
 高速旋回式バレル研磨法事件では、
①第一審決(進歩性欠如の判断をし特許無効審決)
②第一審決取消訴訟(進歩性を肯定、審決を取り消す旨の判決)
③第二審決(進歩性を肯定、不成立審決)
④第二審決取消訴訟(進歩性欠如の判断、審決を取り消す旨の判決)
⑤特許権者が上告
という手続経緯において、上記④の第二審決取消訴訟の取消判決の違法性(特に、確定した第一審決取消訴訟の取消判決の拘束力に関する法令の解釈適用を誤った違法があるか否か)が問題となった。最高裁は、上記判示に続き、④の第二審決取消訴訟の取消判決の違法性につき、

「・・・再度の審決取消訴訟においては、審判官が当該取消判決の主文のよって来る理由を含めて拘束力を受けるものである以上、その拘束力に従ってされた再度の審決に対し関係当事者がこれを違法として非難することは、確定した取消判決の判断自体を違法として非難することにほかならず、再度の審決の違法(取消)事由たり得ないのである(取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断の当否それ自体は、再度の審決取消訴訟の審理の対象とならないのであるから、当事者が拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断を誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返し、これを裏付けるための新たな立証をすることは、およそ無意味な訴訟活動というほかはない)。
 2 以上に説示するところを特許無効審判事件の審決取消訴訟について具体的に考察すれば、特定の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとの理由により、審決の認定判断を誤りであるとしてこれが取り消されて確定した場合には、再度の審判手続に当該判決の拘束力が及ぶ結果、審判官は同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたと認定判断することは許されないのであり、したがって、再度の審決取消訴訟において、取消判決の拘束力に従ってされた再度の審決の認定判断を誤りである(同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができた)として、これを裏付けるための新たな立証をし、更には裁判所がこれを採用して、取消判決の拘束力に従ってされた再度の審決を違法とすることが許されないことは明らかである。」
(後半部分:下線は筆者が付した。)

と判示されている。

 本件においては、取消判決が確定し、特許庁での再度の審判が開始される段階にあった。それゆえ、本判決では、特許法134条の3第1項(平成23年前改正特許法)に基づく申立て(ひいては訂正請求)がない以上、行政事件訴訟法33条1項、及び高速旋回式バレル研磨法事件の上記前半部分の判示の考え方に従い、原則として、「特許庁は,上記の無効審判請求事件につき,更に審理を行い審決をするに当たり,別件判決の主文を導き出すのに必要な事実認定及び法律判断に拘束され,これに抵触する認定判断をすることは許されない」と判示している。
 なお、本件では、本件発明1(1)(2)の無効理由としては、実施可能要件違反及び進歩性違反があったが、本件判決では進歩性違反が取り上げられている。これは、高速旋回式バレル研磨法事件の射程(同事件でも無効理由として進歩性違反の有無が問題となった。)を意識したものと推測される。

 ところで、平成23年改正前特許法の下では、特許権者としては、再度の審決(特許を無効とする旨の審決:第二審決)後に、審決取消訴訟を提起して訂正審判の請求をすれば、訂正の機会が与えられる(特許法126条2項 ※4)。それゆえ、本件についても、特許権者側は本件訴訟については控訴しつつ、特許発明を訂正し、控訴審で訂正の再抗弁を主張することは可能である。
 おそらく、原告としては、上記訂正の機会を考慮しつつあえて特許法134条の3第1項の申立てをしなかったものと推測される(又は、被告製品を技術的範囲に含めるような訂正の根拠を見つけるのが難しいという事情があるのかもしれない。)。ただ、再度の無効審判の審理において従前の主張を裏付ける新たな立証が許されないとする高速旋回式バレル研磨法事件の判示を考慮すると、特許法134条の3第1項の申立て(現行法にも同様の規定がある。)をするのが特許権者側の通常の対応になると考える。

※4 平成23年改正前特許法についての青本(特許庁編 産業財産権法逐条解説 第18版)の386頁~387頁には、「訂正の機会を与えるに際して、被請求人である特許権者の申立を必要とした理由は、取消し判決の場合においては、差戻し決定の場合と異なり、必ず訂正の機会を確保する必要はないからである。また、仮に特許無効審判において訂正請求ができなくとも、再度の審決後に特許権者が出訴すれば訂正の機会が与えられることからみても、特許権者の申立てによることとすれば十分である。」と記載されている。

 本判決でもう一点興味深い点は、本件特許2(1)(2)の取扱いである。本件特許2は、本件特許1の化合物を医薬組成物としただけであって実質的な相違はなかったため、「分割出願の元となった原出願の本件発明1(1)(2)に係る結晶性形態のアトルバスタチン水和物が進歩性を欠き,本件特許1(1)(2)が無効とされるべきものであるとの判断が確定した以上,これから分割された出願の本件発明2(1)(2)に係るアトルバスタチン水和物も進歩性を欠くことは明らかである」とされた。医薬に用いる化合物と、この化合物を用いた医薬組成物との通常の関係を考えれば、本判決の判示は妥当であると考える。

 本判決は、特許権侵害訴訟及び特許無効審判手続の関連性について実務的に参考になると考え紹介する次第である。前述のとおり、特許権者は本件特許1、2共に訂正請求をすると推測され、本件侵害訴訟も控訴されて訂正の再抗弁が主張されると推測されるので、本件(甲事件、乙事件)の推移については今後も注目していきたい。

(文責)弁護士 柳下彰彦