平成25年4月18日判決(知財高裁 平成24年(行ケ)第10360号)
【ポイント】
標準文字からなる被告登録商標「インテルグロー」(第19類及び第37類)(以下「本件商標」という。)に対して,原告が原告登録商標「INTEL」等(以下「引用商標」という。)を引用商標として商標法4条1項7号,8号,11号,15号,19号違反を理由に商標登録無効審判を請求したが不成立となった審決に対し,本件商標は引用商標と類似しない等の理由により,審決を維持して原告の請求を棄却した事例
【キーワード】
商標法4条1項7号,8号,11号,15号

【事案の概要】
本件は,原告が後記の手続において,原告の本件商標に対する商標登録無効審判請求について特許庁が同請求は成り立たないとした本件審決の取消しを求めた事案である。

1 本件商標
  被告は平成18年1月19日,「インテルグロー」という標準文字からなる商標(以下本件商標という。)につき,指定商品を第19類及び第37類として商標登録出願をし,平成18年8月18日に設定登録がなされた。
2 特許庁における手続の経緯
  原告は,本件商標について平成23年8月18日,本件商標の登録無効審判を請求したところ,特許庁は,これを無効2011-890072号事件として審理し,平成24年7月20日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その謄本は,同月27日,原告に送達された。
3 本件審決の理由の要旨
  特許庁は,
  ①本件商標は,他人の著名な略称を含む商標に該当するものとは認められないから,たとえ,原告の承諾がないとしても,8号に違反して登録されたものということはできない。
  ②本件商標と引用商標は非類似であるから,11号に違反して登録されたものということはできない。
  ③商品の出所について混同を生じさせるおそれがあるとはいえないから,15号に違反して登録されたものということはできない。
  ④本件商標は引用商標と同一又は類似するものではないこととは前記のとおりであるから,本件商標は,19号に違反して登録されたものとはいえない。
  ⑤本件商標は,公の秩序又は善良の風俗を害するおそれのある商標には該当せず,7号に違反して登録されたものとはいえない。
  として上記請求を不成立とした。

【争点】
①商標法4条1項8号該当性
②商標法4条1項11号該当性
③商標法4条1項15号該当性
④商標法4条1項19号該当性
⑤商標法4条1項7号該当性

【判旨抜粋】
①商標法4条1項8号該当性
 原告の略称である「インテル」が,原告の業務に係る商品(半導体・集積回路等)の取引者・需要者を始めとして,相当に広い範囲にわたり知られるに至っていたことは,審決認定のとおりである。
 これに対し,本件商標は,「インテルグロー」の片仮名を標準文字で同書,同大,等間隔に書され外観視覚上極めてまとまりよく一体に表され,これより生ずると認められる「インテルグロー」の称呼も冗長でなく無理なく一気一連に称呼し得るものであるから,一体不可分の造語として理解されるとみるのが相当である。
 したがって,本件商標は,その構成文字中に「インテル」の文字を有するけれども,一体不可分のものとして認識されるものであるから,「インテル」の文字は,本件商標全体の中に埋没していて,それのみが独立して把握されるものではない。したがって,本件商標は,原告を想起させるものではなく,8号の「他人の略称を含む商標」には当たらないとした審決の判断に誤りはない。

②商標法4条1項11号該当性
 本件商標は,「インテルグロー」の片仮名を標準文字で同書,同大,等間隔に書され外観視覚上極めてまとまりよく一体に表されているものである。
 また,本件商標は,これより生ずると認められる「インテルグロー」の称呼も冗長でなく無理なく一気一連に称呼し得るものである。
 そうすると,本件商標は,その構成全体をもって一体不可分の造語として認識し把握されるとみるのが自然であり,その構成文字全体に相応し一連して「インテルグロー」の称呼を生じさせ,特段の観念を生じない。
 本件商標より一体不可分に生ずる「インテルグロー」の称呼と引用商標より生ずる「インテル」の称呼とは,「インテル」の部分において共通するものの,構成音数若しくは音構成において相当の差異を有するものであるから,明確に聴別することができ,本件商標と引用商標とは,称呼上,明らかに区別し得るものである。
 また,本件商標と引用商標とは,外観上,判然と区別し得るものであり,また,・・・観念において共通するところがない。
 そうすると,本件商標と引用商標とは,類似するものということはできない。

③商標法4条1項15号該当性
 原告は,半導体・集積回路等の世界最大の製造販売業者であって,その略称でもある商標「インテル」や「INTEL」が,半導体・集積回路等の取引者・需要者の間では著名であり,他方,原告の業務に係る商品を組み込んだパソコン,サーバや,それらの広告に「intel inside」ロゴを表示するマーケティング手法によって,一般消費者へも認知度を高めており,本件商標の登録出願時において既に,上記商標が半導体・集積回路等の分野での原告商標であるものとして相当に広い範囲にわたり知られるに至っていたことを認めることができる。
 しかし,原告の業務に係る商品(半導体・集積回路等)は,電子機器の部品であり,ブランド構築の難易度が高い業界に属し,「intel inside」プログラム等のマーケティング的努力によって,商標「インテル」,「INTEL」が,半導体・集積回路等や,パソコン,サーバの取引分野において,これら商標のブランド力を浸透させるのに成功したことは優に認めることができるものの,これらの取引分野を超えて,著名となっていることまで認めるに足りる証拠はない。原告が住宅設備機器・建材商品の販売・施工を行っているとは認められず,原告主張の防護標章登録の事実からは,これら商標が防護標章登録の商品,役務の分野において著名となっていることを推認することはできない。
本件商標の指定商品又は役務は,原告の上記商標「インテル」,「INTEL」が使用して取引される商品又は役務と異なり,商標「インテル」,「INTEL」が,半導体・集積回路等や,パソコン,サーバ以外の取引分野においても著名であるとは認められない。そして,本件商標は前記のとおり「インテルグロー」と一連に称呼されるものであり,イタリアのサッカーチーム「InternazionaleMilano(インターナショナル・ミラノ)が我が国において「インテル」の略称で有名であることは当裁判所にも顕著であり,我が国における一般消費者がパソコン,サーバ以外の取引分野において「インテル」の音を聞いたときに,原告の商標「インテル」,「INTEL」を想起すると限らないものと認められる。
これらを合わせ考慮すると,本件商標が指定商品又は役務に使用されることによって,原告又はこれと営業上何らかの関係を有する者の業務に係る商品又は役務であるかのように,出所について混同を生じるおそれがあるとは認められない。

④商標法4条1項19号該当性
 本件商標が引用商標と類似しないこと,原告の商標「インテル」,「INTEL」が,半導体・集積回路等や,パソコン,サーバ以外の取引分野においても著名であるとは認められないこと,本件商標が指定商品又は役務に使用されることによって,原告又はこれと営業上何らかの関係を有する者の業務に係る商品又は役務であるかのように,出所について混同を生じるおそれがあるとは認められないことは,上記のとおりである。したがって,本件商標の使用により,商標「インテル」若しくは「INTEL」に化体した信用,名声,顧客吸引力等を毀損させるおそれがあるとは認められず,本件商標が,不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的その他の不正の目的をもって登録されたものということはできない。

⑤商標法4条1項7号該当性
本件商標は,その構成文字中に「インテル」の文字を有するけれども,「インテルグロー」と一体不可分のものとして認識されるものであるから,「インテル」の文字は,本件商標全体の中に埋没して,それのみが独立して把握されるものではなく,本件商標は,原告の商標「インテル」又は「INTEL」を想起させるものではない。他に,本件商標を指定商品・指定役務に使用することが公の秩序を乱すこととなる等の事情は認められない。

【解説】
1 審決取消訴訟における商標の類否判断について
  査定系の商標の類否に関する判例としては氷山印事件が有名であり,以降の判決では多数引用がなされている。当該事件において最高裁は「商標の類否は、対比される両商標が同一または類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによつて決すべきであるが、それには、そのような商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によつて取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべく、しかもその商品の取引の実情を明らかにしうるかぎり、その具体的な取引状況に基づいて判断するのを相当とする」として,商標の類似を,外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察するとしている。
  最近の査定系の類似に関する最高裁判決としてはつつみのおひなっこや事件(最判平20.9.8)が記憶に新しいところであるが,この中で最高裁は「複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などを除き,許されないというべきである」(最判昭37.12.5)を引用し,分離観察は原則として許されないとした。そして本件においては「各文字の大きさ及び書体は同一であって,その全体が等間隔に1行でまとまりよく表されているものであるから,「つつみ」の文字部分だけが独立して見る者の注意を引くように構成されているということは出来ない」「「つつみ」の文字部分が本件指定商品の取引者や需要者に対し引用各商標の商標権者である被上告人が本件指定商品の出所である旨を示す識別標識として強く支配的な印象を与えるものであったということはできない」「本件商標の構成中の「おひなっこや」の文字部分については,これに接した全国の本件指定商品の取引者需要者は,ひな人形ないしそれに関係する物品の製造,販売等を営む者を表す言葉と受け取るとしても,「ひな人形屋」を表すものとして一般に用いられている言葉ではないから,新たに造られた言葉として理解するのが通常であると考える。そうすると,上記部分は,土人形等に密接に関連する一般的,普遍的な文字であるとはいえず,自他商品を識別する機能がないということはできない」として,「つつみのおひなっこや」と「つつみ」「堤」は類似しないとした。
2 本件における判断について
  本件の主な争点は,本件商標の称呼「インテルグロー」と引用商標の称呼「インテル」が類似するか否かである。
  知財高裁は,まず,本件商標について「インテルグロー」は一体不可分に生ずる称呼であると認定した。そのうえで,引用商標の称呼である「インテル」の部分において共通するものの,構成音数若しくは音構成において相当の差異を有するものであるから,明確に聴別することができ,本件商標と引用商標とは,称呼上,明らかに区別し得るものであると認定した。知財高裁は,「インテル」が支配的な印象を与えるか否かというよりも,「インテルグロー」がまとまりよく一体に表されているということをより重視していると考えられる。
 最判平20.9.8における「つつみ」とは異なり,世界的に著名な半導体メーカーである「インテル」の文字を含む称呼であっても分離観察を認めなかった本判決は,今後の商標の類否判断において少なからず影響を与えるものと思われる。

2013.8.5 弁護士 幸谷泰造