【判旨】
原告(控訴人)の商品等表示である「日本車両」(商号は、日本車輌製造株式会社)は周知であるから、被告(被控訴人)「日本車両リサイクル株式会社」を使用する行為は、原告の事業と混同を生じさせ、不正競争行為に該当する。
【キーワード】
不正競争 周知性 業務関連性

【事案の概要】
車両製造等を業とする控訴人は,鉄道車両の解体,リサイクル等を業とする被控訴人に対し,被控訴人の商号が,①控訴人の著名な営業表示である「日本車両」との表示(控訴人表示)と類似し(不正競争防止法2条1項2号),又は,②被控訴人の周知の営業表示と類似し,控訴人の営業と混同を生じさせる(同項1号)として,同法3条1項に基づき,当該商号の使用の差止めを求めるとともに,同条2項に基づき,当該商号の抹消登記手続を求めた。原判決は,控訴人表示が控訴人の営業であることを示す表示として,著名であると認めることはできないし,需要者の間に広く認識されているとも認められないとして,控訴人の請求を棄却した。
 
【争点】
 「日本車両」は、周知又は著名といえるか。
 
【判旨抜粋】
第1審の判断
(…中略…)
2 争点1(原告表示が,原告の営業表示として著名又は周知であるか否か。)
について
 (1) 原告表示の著名性
 前記1の認定事実によれば,原告の営業であることを示す表示として,原告表示のみが使用された全国紙の全国版は,昭和37年4月26日付け朝日新聞にとどまり,「日本車輌」との表示についてみても,同日付け日本経済新聞及び毎日新聞に使用されたにとどまる。そして,新聞,雑誌の記事やテレビ番組の中では,原告表示が,例えば,「日本車両製造」,「日車」及び「日車両」等の原告表示以外の表示と併用するものがあるほか,「日本車両製造会社」,「日本車両製造」,「日本車輌製造」及び「日本車輛製造」などの表示を使用して,原告表示を使用しないものがある。このことに加えて,原告は,現在は会社案内冊子やウェブサイトにおいて原告表示を使用しているものの,これまでに原告が,その営業であることを示す表示として原告表示を使用ないし宣伝していたことは格別窺えない。
 以上に照らせば,原告表示が原告の営業であることを示す表示として著名であると認めることはできない。
 なお,原告は,原告と被告はともに鉄道車両を扱う同業種であり,同業者に対して原告表示が著名であれば著名といえると主張する。しかしながら,原告の主たる業務は鉄道車両の製造であるのに対し,被告の主たる業務は鉄道車両のリサイクルであり,主たる業務が異なるのであるから,原告と被告とが同業者であるということはできない。したがって,原告の主張は,その前提を欠きこれを採用することができない。
 (2) 原告表示の周知性
 前記前提となる事実に,証拠(甲2,乙11ないし15)及び弁論の全趣旨を総合すれば,被告は,平成21年6月25日,鉄道車両の解体,リサイクル,鉄,非鉄金属のリサイクル,リサイクル関連機器の開発,仕入,販売等を目的として設立され,平成22年1月12日,上記のほか,大型バス,トラックの解体処理及び部品の輸出,船舶の解体処理,コンクリート廃材の再生処理,木屑の破砕処理,固形燃料の製造,プラスチック類の破砕処理を目的に加えたこと,被告は,富山県高岡市に鉄道車両リサイクル専門工場を建設していて,平成24年8月から,同工場を拠点として,鉄道車両のリサイクルを開始すること,被告は,鉄道車両のリサイクルのほか,大型バスやトラック,FRP漁船,コンテナなどのリサイクルや解体した鉄,銅及びアルミニウムの輸出を予定していること,以上の事実が認められ,これらの事実によれば,被告の需要者は,解体するための鉄道車両等の購入相手である鉄道会社等やリサイクルした製品,解体した鉄等の販売先であると認められる。
 前記(1)に判示したように,新聞,雑誌の記事やテレビ番組において,原告の営業であることを示す表示として種々のものが使用され,原告表示のみが使用された事例が極めて乏しいものである上,原告がこれまでにその営業であることを示す表示として原告表示を使用ないし宣伝していたことも格別窺えないから,鉄道会社についてはともかくとしても,少なくともリサイクルした製品や解体した鉄等の販売先については,原告表示が原告の営業であることを示す表示として広く認識されているとは考えがたいところである。
 そして,原告表示が,原告の営業であることを示す表示としてリサイクルした製品や解体した鉄等の販売先の間に広く認識されていることを認めるに足りる的確な証拠はない。
 そうであるから,原告表示が原告の営業であることを示す表示として需要者の間に広く認識されているとは認められない。
 
第2審の判断
(…中略…)
1 争点1(控訴人表示が,控訴人の営業表示として著名又は周知であるか否か)について 
(…中略…)
 (2) 前記認定のとおり,控訴人は,創業100余年を数え,その主要事業である車両製造の分野では,国内最大手の会社である。そして,控訴人の表示としては,その商号である「日本車輌製造株式会社」のほか,控訴人表示(日本車両),「日本車輌」「日本車両製造」「日本車輌製造」「日車両」「日車輌」等があるが,控訴人は,平成8年に,「日本車両」との文字(控訴人表示)とコーポレートマークを組み合わせた社名ロゴマークを策定し,建物看板,展示用のぼり,工事現場等の看板にこれを使用していること,控訴人が製造した鉄道車両には,原則として,その社内の前部又は後部の壁の上段等に,控訴人表示を記載した銘板が設置されていること,多数の新聞,雑誌で控訴人表示を用いた広告が行われていること,控訴人に関する新聞記事でも,控訴人の表示として,控訴人表示を用いたものが多数あることなどからすると,控訴人表示と「日本車輌」との表示の差異について検討するまでもなく,控訴人表示は,控訴人の営業表示として,控訴人の商品又は営業の取引者,需要者のほか,広く一般の国民にも認識されており,遅くとも被控訴人が設立された平成21年6月までには,少なくとも周知性を獲得していたということができる。 
 なお,控訴人表示が表示された各新聞記事は,控訴人が自らその営業表示として控訴人表示を使用したものではない。しかしながら,不正競争防止法2条1項1号にいう広く認識された他人の営業であることを示す表示には,営業主体がこれを使用ないし宣伝した結果,当該営業主体の営業であることを示す表示として広く認識されるに至った表示だけでなく,第三者により特定の営業主体の営業であることを示すものとして用いられ,そのような表示として広く認識されるに至ったものも含まれるものと解するのが相当である(最高裁平成5年(オ)第1507号同年12月16日第一小法廷判決・裁判集民事170号775頁参照)から,上記各新聞記事に基づいて控訴人表示の周知性を認定することが妨げられるものではない。 

 (3) 被控訴人の主張について
ア 被控訴人は,控訴人表示は国名を表す「日本」と,鉄道車両に限られない車両全般を表す「車両」という普通名詞を組み合わせたものであり,識別性がないから,控訴人表示は,控訴人の営業表示として,需要者の間に広く認識されているとはいえないと主張する。
しかしながら,控訴人表示が普通名詞を組み合わせた表示であるとしても,前記(2)のとおり周知性を獲得するに至っている以上,控訴人表示に識別性がないという被控訴人の主張は失当であり,これを採用することはできない。 
イ 被控訴人は,被控訴人の事業の需要者と控訴人の事業の需要者は共通するものではなく,また,鉄道業者や鉄鋼生産業者は被控訴人の需要者ではないとして,仮に,控訴人表示が控訴人の需要者には周知でも,被控訴人の需要者には周知でないから,不正競争防止法2条1項1号は適用されない旨主張する。
 しかしながら,前記のとおり,控訴人表示は,控訴人の営業表示として,控訴人の商品又は営業の取引者,需要者のほか,広く一般の国民に認識されているものである以上,控訴人の商品又は営業の取引者,需要者と被控訴人の商品又は営業の取引者,需要者との異同にかかわらず,被控訴人の商品又は営業の取引者,需要者の間における控訴人表示の周知性が否定されるものではない。
 のみならず,不正競争防止法2条1項1号にいう「需要者」には,最終需要者に至るまでの各段階の取引業者も含まれると解すべきところ,控訴人は,鉄道車両の製造以外にも,建設機械製造,橋梁建設等を業として行っているから,その取引者,需要者には,鉄道車両を購入する鉄道会社のほか,建設工事業者や橋梁工事等で発生した産業廃棄物の処理業者等も含まれるものと考えられ,一方,鉄道車両の解体,リサイクルを主たる目的とする被控訴人の取引者,需要者には,解体する車両を提供する鉄道会社のほか,リサイクルした製品,解体した鉄等の販売先等が含まれるものと考えられるから,両者の取引者,需要者は,相互に重なり合うか,あるいは,密接な関連性を有するものであるということができる。そうだとすると,控訴人の商品又は営業の取引者,需要者の間で控訴人表示が広く認識されているものである以上,被控訴人の商品又は営業の取引者,需要者の間においても,控訴人表示は広く認識されているというべきである。
 したがって,被控訴人の主張は採用することができない。
【検討・考察】
 本件の争点は、日本車輌株式会社の使用する「日本車両」という商標が周知といえるかどうかである。
 この点について、第1審では、「①原告表示のみが使用された事例が極めて乏しいものである上,原告がこれまでにその営業であることを示す表示として原告表示を使用ないし宣伝していたことも格別窺えないから,②鉄道会社についてはともかくとしても,少なくともリサイクルした製品や解体した鉄等の販売先については,原告表示が原告の営業であることを示す表示として広く認識されているとは考えがたいところである」と判示した。つまり、第1審では、①原告表示のみが使用された事実を認定することが困難であるから、②原告の業界とは異なるリサイクル業界まで周知であるとはいえないと判示している。
 これに対して、第2審では、「①控訴人は,平成8年に,「日本車両」との文字(控訴人表示)とコーポレートマークを組み合わせた社名ロゴマークを策定し,建物看板,展示用のぼり,工事現場等の看板にこれを使用していること,控訴人が製造した鉄道車両には,原則として,その社内の前部又は後部の壁の上段等に,控訴人表示を記載した銘板が設置されていること,多数の新聞,雑誌で控訴人表示を用いた広告が行われていること,控訴人に関する新聞記事でも,控訴人の表示として,控訴人表示を用いたものが多数あることなどからすると,②控訴人表示と「日本車輌」との表示の差異について検討するまでもなく,控訴人表示は,控訴人の営業表示として,控訴人の商品又は営業の取引者,需要者のほか,広く一般の国民にも認識されており,遅くとも被控訴人が設立された平成21年6月までには,少なくとも周知性を獲得していた」と判示した。つまり、①原告表示は様々な媒体で用いられているという事実を認定することができ、②それゆえ、原告の業界を超えて一般の国民にも認識されており、当然周知であると判示している。
 このように第1審と第2審では大きく判断が異なっているが、その理由を考えることが、本件のようなBtoB製品を取り扱う会社の商品等表示の周知性についての立証活動のヒントにつながると考える。
 まず、本件では第1審と第2審で原告代理人が異なっているところ、原告側で提出された証拠の数及び主張しようとした事実が大きく異なる。第1審では、証拠の数は50程度であるが、第2審では500程度と10倍になっている。もちろん証拠の数だけで立証活動を図ることができるものではないが、本件のような周知性立証においては、どの程度の数のメディアに取り上げられたかなどが重要な間接事実となりうるため、証拠の数が重要となる。例えば、全国紙において「日本車両」のみが用いられた事実を原告は立証しているところ、第1審での立証によれば、その数は昭和37年4月26日付け朝日新聞1回にとどまるところ、第2審での立証によれば、その数は平成14年1月29日から平成24年6月19日までの間に,朝日新聞又は産経新聞において,控訴人の表示として,控訴人表示のみが用いられているものが少なくとも合計25件以上と認定されている。
 周知性立証の手法としては、①全国的に周知(著名に近い)こと、すなわち全国的に、長期間にわたり独占的、かつ継続的に使用されたこと、又は、②原被告の業界が同一である又は関連性があり、当該業界で長期間にわたり独占的かつ継続的に使用されたことの立証活動が必要となる。①と②は分離しているように見えるかもしれないが、相対的なものであり、すなわち、原被告の取引業界の同一性と当該業界を超えての反復使用性は反比例関係にある。
 そのように考えれば、第2審での原告の立証活動及び第2審の判断は正しいといえる。つまり、第1審において、
「前記(1)に判示したように,新聞,雑誌の記事やテレビ番組において,原告の営業であることを示す表示として種々のものが使用され,原告表示のみが使用された事例が極めて乏しいものである上,原告がこれまでにその営業であることを示す表示として原告表示を使用ないし宣伝していたことも格別窺えないから,鉄道会社についてはともかくとしても,少なくともリサイクルした製品や解体した鉄等の販売先については,原告表示が原告の営業であることを示す表示として広く認識されているとは考えがたいところである。
 そして,原告表示が,原告の営業であることを示す表示としてリサイクルした製品や解体した鉄等の販売先の間に広く認識されていることを認めるに足りる的確な証拠はない。
と判断された以上、原告表示が全国的に周知であること、又は/及び、原被告の業界が密接に関連することを主張・立証するほかなく、後者は定性的であり立証が難しいことから、定量的な主張立証が可能である前者に重点を置くほかない。
 ともあれ、周知性立証においては、証拠の質もさることながら、物量作戦も重要であることを示唆する事例であるといえよう。
以上 
 2013.6.26 (文責)弁護士 溝田宗司