【ポイント】
特許出願に添付の図面は設計図ではなく説明図にとどまり、これにより各部分の寸法や角度等が特定されるものではないものとして引用発明が認定され進歩性が肯定された審決が、同図面から寸法等が特定し得るとして審決取消訴訟で取り消された事例。
【キーワード】
進歩性、用途の相違、動機づけ、引用発明の認定
【事案の概要】
・以下の特許請求の範囲の下線部につき、進歩性の有無が問題となった。
吊支ロープを連結する上部フレームに上シーブを軸支し,左右一対のシェルを回動自在に軸支する下部フレームに下シーブを軸支するとともに,左右2本のタイロッドの下端部をそれぞれシェルに,上端部をそれぞれ上部フレームに回動自在に軸支し,上シーブと下シーブとの間に開閉ロープを掛け回してシェルを開閉可能にしたグラブバケットにおいて,/シェルを爪無しの平底幅広構成とし,シェルの上部にシェルカバーを密接配置するとともに,シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合,シェルの幅内寸の距離を60以上とし(注:相違点3),かつ,側面視においてシェルの両端部がタイロッド及び下部フレーム並びに下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出している(注:相違点4)ことを特徴とする平底幅広浚渫用グラブバケット
・引用発明の内容
引用例1:【課題】 バケットの吊上げ初期の揺れがほとんどなく、開閉ロープのロープ寿命も長い浚渫(しゅんせつ)用グラブバケットを提供する。
引用例3:【目的】 砂利、砂の荷揚げや荷降ろし等を行うグラブバケットにおいて、開幅よりも口幅を広い形状とすることにより、安定性を高め、容重比を小さくして操作性を高めたグラブバケットを提供する。
【構成】 シェル1,1の口幅Lを開幅Wよりも大きく形成し、重量に対する容量の比が略1.0であって、上部枠5と下部枠2とを接近させて設けるとともに、下部枠2の上面に下部滑車7を、上部枠5の下面に上部滑車8をそれぞれ設け、これらの滑車7,8を介してシェル1,1が開閉できるように構成した。
・審決の認定
本件発明と相違点1ないし9を有する引用例1に引用例3を含む引用例を組み合わせることによっても、当業者が本件発明に容易に想到し得ない。
(争点1)
引用例3に、相違点3、4にかかる構成が開示されているといえるか否か。
(争点1の判断)
相違点3、4につき、本件審決は,本件構成1について,引用例3ないし5の各図面には本件構成1が開示されているかのように見受けられるが,特許出願の際に願書に添付される図面は設計図ではなく,説明図にとどまり,これにより各部分の寸法や角度等が特定されるものではない。
(争点2)
荷役用グラブバケットに係る技術(引用発明1)を浚渫用グラブバケット(引用例3)に適用可能か否か
(争点2の判断)
浚渫用のグラブバケットである引用発明1に,荷役用のグラブバケットに係る技術を適用することは,操縦者が対象物を目視できるために想定外の荷重がシェルにかかるおそれが少ない荷役用グラブバケットと,掴み物を目視できず,掴み物の種類や形状も安定しないため,荷役用と比較して,グラブバケットの強度を高く設定する必要がある浚渫用グラブバケットとでは,使用態様に基づいて要求される特性の相違から,当業者が容易に想到することができたものとはいえない。
【結論】
・相違点3・4
「以上のとおり,相違点3及び4に係る構成は,引用発明1に引用例3に記載された発明を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得たものというべきであるから,本件審決の相違点3及び4に係る判断は誤りであるというほかない。」
・結論
「以上の次第であって,本件審決の相違点3及び4に係る判断並びに相違点7及び8に係る判断は誤りであるというほかないところ,本件審決は,その余の相違点の各構成が当業者にとって容易に想到し得たか否かについて審理を尽くしていない。
よって,その余の相違点について更に審理を尽くさせるために,本件審決を取り消すのが相当である。」
【争点・判示】
・相違点3・4
(争点1の判示)
イ 引用例3における本件構成1及び2の開示について
(ア) 前記(2)ア(カ)によると,従来のグラブバケットにおいて,シェルの外側がシェルを軸支する軸よりも外側に張り出している状態が図示されており,引用例3に記載された発明においても同様の構成を有しているものといえる。
そして,引用例3の図2及び7からすると,シェルは,軸を回動軸として回転し,グラブバケットが砂利や砂を取り込むのであるから,グラブバケットの開口の幅(開幅)は,シェルとアームが回動可能に連結される2つの軸間の距離(以下「軸間の距離」という。)よりも広いということができる。
開幅が軸間の距離よりも狭い状態としては,シェルの動作時において,シェルが砂利や砂などの取り込む対象に対して閉じた状態から僅かしか開いていない状態か,グラブバケットの構造自体において,シェル同士を連結する軸とシェルの先端である口金までの距離が極端に短い構成を有する状態のいずれかであるか,あるいはその双方が想定されるところ,前者の状態の場合,シェル内に取り込むことのできる対象物がシェルの容積に対して少なくなるから,シェルの動作時における一過性の状態としてはともかくとして,このような構成を採用することは通常想定し難いものである。また,後者の状態の場合,シェルの容量自体が少なくなるから,やはり,このような構成を採用することは通常想定し難いものである。
したがって,引用例3には,グラブバケットの開口の幅(開幅)が,軸間の距離よりも広い構成が開示されているということができる。(イ) 引用例3に記載された発明において,アームが回動可能に連結された2つの軸間の距離は,本件構成1の「シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離」に相当するところ,前記(2)エのとおり,引用例3に記載された発明は,シェルの口幅Lを開幅Wよりも大きく形成したものであるから,引用例3には,シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離より,シェルの口幅方向の長さを長くした構成が開示されているものということができる。もっとも,幅内寸は,シェルの板厚分程度,長さLよりも短くなるが,引用例3は,砂利や砂などを対象としたグラブバケットに係る文献であることからすると,板厚はシェルが変形しない程度の強度を保持していれば薄い方が優れているということができるから,少なくともシェルの幅内寸はシェルの口幅方向の長さの60%以上に相当するものということができる。
(争点2の判示)
本件審決は,・・とする。
しかしながら,グラブバケットは,荷役用又は浚渫用のいずれの用途であっても,重量物を掬い取り,移動させる用途に用いられるものであるから,技術常識に照らし,ある程度の強度が必要となることは明らかであって,必要とされる強度は想定される対象物やその量,設計上の余裕(いわゆる安全係数)等によって定められる点において変わりはないものというべきである。確かに,浚渫用グラブバケットは,上記各観点に加えて,掴み物を目視できない点をも考慮した上で強度を高く設定する必要があることは否定できないが,ここでいう強度とは,想定される対象物(掴み物)に対してどの程度の強度上の余裕を確保すべきかという観点から決せられるべきものである。本件リーフレット(甲25)には,本件製品に関する照会の際には掴み物の種類や大きさを連絡することを求める旨の記載があり,荷役用グラブバケットにおいても,対象物に応じて強度を設定する必要があることは明らかである。
したがって,荷役用のグラブバケットに係る技術を浚渫用のグラブバケットに適用する際には,浚渫用のグラブバケットにおいて特に考慮すべき強度上の余裕を確保することに支障を生ずるか否かについて,十分配慮する必要があるとしても,浚渫用グラブバケットの上記特性とは直接関連しない,対象物を掬い取って移動させるという両目的に共通する用途に係る技術について,一律に適用を否定することは相当ではない。
(相違点3)
「(ア) 引用例3は,前記(2)ア(エ)のとおり,グラブバケットの安定性確保や容重比を小さくすることを課題とするものではあるが,前記(2)ア(オ)のとおり,本件構成1と同様の構成を採用することにより,掴み量が大きくなることが明記されているものであるし,バケットの開幅Wよりも口幅Lを広い形状とすれば,口幅Lが大きいことに起因して掴み量が大きくなるのは自明であって,引用例3には,掴み物の切取面積を大きくすることにより,掴み量を大きくすることが開示されているということができる。
また,作業効率を向上するために,バケット本体の実容量及び掴み物の切取面積を大きくすることは,浚渫用,荷役用にかかわらず,グラブバケットにおける一般的な課題であるということができる。本件リーフレット(甲25)にも,掴み量が増大することにより,作業時間の短縮,燃料費節約及びオペレーターの疲労軽減により,総合的なランニングコストダウンが確保できることが紹介されている。
したがって,引用発明1に,引用例3が開示する本件構成1を適用することについては,動機付けを認めることが相当である。
(イ) 以上によると,相違点3に係る構成は,引用発明1に引用例3に記載された発明を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得たものということができる。」
【解説】
(争点1)
審決では、引用例3の図面は説明図にとどまり設計図とはいえないから、各部分の寸法、角度等が特定されるものでないとしたのに対し、判決は、寸法も記載されているとした。根拠として、当該構成の技術的意義・引用例3で採用されるグラブバケットの通常有する構成からすると、記載されていることが読み取れると判断している。図面の記載から引用発明の内容をどこまで認定できるかはケースバイケースであり一般化はできないが、引用例3の場合、当該図面においてもその寸法がその発明の技術的意義として意味のあるものとされていたことから、当該図面から読み取れる寸法比を認定できるものとされていると思われる。
(争点2)
「荷役用」、「浚渫用」という用途の相違が動機づけを否定し得るか、阻害要因といえるかが問題となり、審決は、「荷役用」、「浚渫用」の両者の使用態様に基づき要求される特性の相違から、容易想到性なしとしたが、判決は、以下の理由により動機づけができ、適用の阻害要因はないと判断された。
「ラブバケットは,荷役用又は浚渫用のいずれの用途であっても,重量物を掬い取り,移動させる用途に用いられるものであるから,技術常識に照らし,ある程度の強度が必要となることは明らかであって,必要とされる強度は想定される対象物やその量,設計上の余裕(いわゆる安全係数)等によって定められる点において変わりはない」
「荷役用のグラブバケットに係る技術を浚渫用のグラブバケットに適用する際には,浚渫用のグラブバケットにおいて特に考慮すべき強度上の余裕を確保することに支障を生ずるか否かについて,十分配慮する必要があるとしても,浚渫用グラブバケットの上記特性とは直接関連しない,対象物を掬い取って移動させるという両目的に共通する用途に係る技術について,一律に適用を否定することは相当ではない。」
用途の相違のみに基づき動機づけを否定するのは難しい。用途の相違が構成上の相違にいかに影響し、当該構成上の相違が適用の阻害要因に結びつくところがなかったといえるかが、進歩性を主張するために肝要と考える。
2013.4.1 (文責)弁護士・弁理士 和田祐造