平成25年11月14日判決(知財高裁 平成25年(行ケ)第10086号)
原告 マイクロソフト コーポレーション
被告 特許庁長官

【事案の概要】
発明の名称を「階段化されたオブジェクト関連の信用決定」とする発明について、引用発明及び周知技術から容易想到であるとして拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決を、引用発明の認定に誤りがあるとして取り消した判決である。

1 特許庁における手続の経緯
 原告は、名称を「階段化されたオブジェクト関連の信用決定」とする発明について、平成16年7月22日を国際出願日として米国における優先権を主張して特許出願(特表2007-522582)をしたが、平成22年11月30日付けで拒絶査定を受けたので、平成23年4月1日、不服の審判請求をした(不服2011-6890号)。特許庁は、平成24年11月13日付けで「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年11月27日原告に送達された。

2 本件発明の要旨
 請求項1の発明(本願発明)に係る特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。
 【A】ウェブページに関連付けられたオブジェクトを検出することと、
 【B】前記オブジェクトがユーザによって開始されたかどうかを判定することと、
 【C】前記オブジェクトがユーザによって開始されていないと判定された場合、複数の信用レベルのうちのどのレベルが前記オブジェクトに与えられるかを査定し、前記与えられた信用レベルに基づいて前記オブジェクトを抑制することと、
 【D】前記オブジェクトが抑制された場合、前記オブジェクトが抑制されたことをユーザに通知するとともに、ユーザに前記オブジェクトのアクティブ化の機会を提供するためのモードレスプロンプトを表示することと
 【E】を備えることを特徴とする方法。

3 本件審決の要旨
 ⑴ 引用発明の認定
 園田道夫、「基礎から固めるWindows セキュリティ第1回 ActiveX コントロールとスクリプトの危険性悪用されやすいIEの標準機能実行条件を制限し安全を確保」、日経Windows プロ、第73号、第98~102頁、日経BP社、2003年4月1日(刊行物1)には、次の発明(刊行物1発明)が記載されていることが認められる。
 【Ⅰ】Webページに関連付けられたActiveX コントロールを検出することと、
 【Ⅱ】前記Webページに関連付けられたActiveX コントロールがユーザによって登録されたかどうかを判定することと、
 【Ⅲ】複数の実行条件に関する区別のうちのどの区別が前記Webページに関連付けられたActiveX コントロールに与えられるかを査定し、前記与えられた実行条件に関する区別に基づいて前記ActiveX コントロールを抑制することと、
 【Ⅳ】前記ActiveX コントロールが抑制された場合、前記ActiveX コントロールが抑制されたことをユーザに通知するとともに、ユーザに前記ActiveX コントロールの実行許可の機会を提供するためにダイアログを表示することと
 【Ⅴ】を備える方法。
 ⑵ 一致点
 本願発明と刊行物1発明との一致点は、次のとおりである。
 【ア】ウェブページに関連付けられたオブジェクトを検出することと、
 【イ】前記オブジェクトがユーザによって操作されたかどうかを判定することと、
 【ウ】複数の信用レベルのうちのどのレベルが前記オブジェクトに与えられるかを査定し、前記与えられた信用レベルに基づいて前記オブジェクトを抑制することと、
 【エ】前記オブジェクトが抑制された場合、前記オブジェクトが抑制されたことをユーザに通知するとともに、ユーザに前記オブジェクトのアクティブ化の機会を提供するための表示を表示することと
 【オ】を備える方法。
 ⑶ 相違点
 本願発明と刊行物1発明との相違点は、次のとおりである。
ア 相違点1
 本願発明の構成【B】は、オブジェクトがユーザによって「開始」されたかどうかの判定を行っているのに対し、刊行物1発明の構成【Ⅱ】は、オブジェクトがユーザによって「開始」されたかどうかの判定を行うことについて、明確には記載されていない点。
イ 相違点2
 本願発明の構成【C】は、まず判定を行い、判定の結果オブジェクトがユーザによって操作されていないと判定された場合に、複数の信用レベルによる査定を行っているのに対し、刊行物1発明の構成【Ⅲ】は、判定と複数の信用レベルによる査定をどのような条件及び順番で行うかについて、明確には記載されていない点。
ウ 相違点3
 本願発明の構成【D】は、「プロンプト」であるのに対し、刊行物1発明の構成【Ⅳ】は、「ダイアログ」である点。
 ⑷ 結論
 相違点1~3は設計事項にすぎず、本願発明は、刊行物1発明、刊行物2発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

【争点】
本願発明と引用発明との相違点認定の誤り(①引用発明認定の誤り、②本願発明と引用発明との対比の誤り、③本願発明と引用発明との一致点認定の誤り、④本願発明と引用発明との相違点認定の誤り)

【判旨抜粋】
1 刊行物1発明認定の誤りについて
 ⑴ 構成【Ⅱ】の点
 刊行物1において、[信頼済みサイト]の設定に際してActiveX コントロールを実行してもよいサイト(Webページ)を登録し、安全なサイトについてのみActiveX コントロールの実行を許可する運用を行うとは、サイトがユーザによって[信頼済みサイト]に登録されているか否かの判定を行うことを意味するのであり、ActiveX コントロールそれ自体がユーザによって登録されることや、ActiveX コントロール自体がユーザによって登録されたかどうかを判定することは刊行物1には記載されていない。そうすると、刊行物1発明が、「Webページに関連付けられたActiveX コントロールがユーザによって登録されたかどうかを判定すること」との構成(【Ⅱ】)を有しているとはいえない。
 ⑵ 構成【Ⅲ】の点
 刊行物1において登録されるのはActiveX コントロールではなくWebページであり、アクセス先の区別もWebページの区別により設定されるものであるから、刊行物1に、「複数の実行条件に関する区別がWebページに関連付けられたActiveX コントロールに与えられる」との記載があるとはいえない。そうすると、刊行物1発明が、「複数の実行条件に関する区別のうちのどの区別が前記Webページに関連付けられたActiveX コントロールに与えられるかを査定し、前記与えられた実行条件に関する区別に基づいて前記ActiveX コントロールを抑制すること」との構成(【Ⅲ】)を有しているとはいえない。
 ⑶ 構成【Ⅳ】の点
 刊行物1において、ダイアログが表示されるのは、ActiveX コントロールの実行の可否をダイアログによってユーザに選択させることにより、ActiveX コントロールが実行されるか又は実行されないかを選択させると記載されている(99頁右欄2行~100頁右欄1行目、101頁図3)。したがって、ダウンロードやActiveX コントロールを実行しようとするたびにユーザの対話式の選択を要求するというものであるから、ダイアログによる選択の前に積極的にActiveX コントロールの実行を抑制する判断が経由されているものではなく、このようにダイアログが表示されることを根拠として直ちにActiveX コントロールの実行が抑制されていると評価することはできない。そうすると、刊行物1に、ActiveX コントロールが抑制された場合にその旨をユーザに通知するとの記載があるとはいえず、刊行物1発明が、「ActiveX コントロールが抑制された場合、ActiveX コントロールが抑制されたことをユーザに通知するとともに、ユーザに前記ActiveX コントロールの実行許可の機会を提供するためにダイアログを表示すること」との構成(【Ⅳ】)を有しているとはいえない。
2 相違点認定の誤りについて
  (省略)

【解説】
1 進歩性の判断基準
 進歩性の判断手法は、以下の流れとなる。
 ① 本願発明の要旨の認定
 ② 引用発明の要旨の認定
 ③ 本願発明と引用発明との一致点及び相違点の認定
 ④-1 相違点の構成に係る証拠がない場合には、相違点に係る構成が設計事項か否かを判断する。
   ④-2 相違点の構成に係る証拠がある場合には、(ⅰ)技術分野の関連性、(ⅱ)課題の共通性、(ⅲ)作用、機能の共通性、(ⅳ)引用発明の内容中の示唆等の観点から構成の組み合わせ又は置換の動機づけとなり得るかを判断する。
2 裁判所の判断
  本判決で主として問題となったのは、上記②引用発明の要旨の認定である。本判決は、(ⅰ)刊行物1発明の[信頼済みサイト][イントラネット][インターネット][制限付きサイト]はウェブページに関するものであって、これをActiveX コントロールに関するものと同視することはできない、(ⅱ)刊行物1発明のダイアログはActiveX コントロールが抑制されたことを通知するものではないとして、審決は刊行物1発明の認定を誤り、その結果、一致点・相違点の認定も誤っている等として、これを取り消した。
3 考察
 本判決は、相違点に係る構成が設計事項か否かを判断する前段階、すなわち、引用発明の認定が誤っていたと判断された事案である。本願発明や引用発明の認定は、容易想到性の認定よりも比較的明確に判断しやすいため、訴訟代理人としては、この段階に誤りがあると思料する場合は、積極的に主張していくべきだろう。
 本判決は、一言でいえば、「サイト」と「オブジェクト」は異なるとしたものである。特許庁主張のように、たしかに、[信頼済みサイト]に登録することは、そのWebページに一体に埋め込まれたActiveX コントロールの実行許可を目的とする場合もあるだろう。しかし、[信頼済みサイト]や[制限付きサイト]に登録することは、必ずしもActiveX コントロールの実行許可を目的とするだけでなく、そもそもサイト自体が有害な情報を提供するサイトであったり、フィッシングサイトであったりするような場合も対象となり、「オブジェクト」を制限する目的よりも広いと思われる。この点について知財高裁は、「技術理念としては異なるもの」としており、その判断は妥当であると思われる。
 このように、特許庁の本願発明及び引用発明の認定を鵜呑みにせず、技術として異なるものが、「同一視できる」というマジックワードで片づけられていないか否か、注意深く検討することが必要となるだろう。その際には、単に言葉の上っ面だけをとらえて「違う」と主張するのではなく、技術を根本から理解したうえで技術的な違いを強調する主張を組み立てなければ、裁判所は相手にしてくれないことも肝に命じておくべきである。

2014.01.06 (文責)弁護士 幸谷泰造