平成25年8月28日判決(知財高裁 平成24年(行ケ)第10352号)
【ポイント】
下記の構成からなる原告登録商標「ほっとレモン」(第32類)(以下「本件商標」という。)に対して、訴外サントリーホールディングス株式会社及びキリンホールディングス株式会社が、商標法3条1項3号等を理由に登録異議の申立てを行ったところ、特許庁は本件商標の商標登録を取り消す旨の決定をしたので、原告が決定の取消しを求めて出訴したが、本件商標は3条1項3号に該当し、3条2項に該当しないとの理由により、決定を維持して原告の請求を棄却した事例

【キーワード】
商標法3条1項3号、2項


 
           登録商標                  使用商標

【事案の概要】
本件は、原告の商標登録に対する異議申立について、特許庁が、本件商標は商標法3条1項3号に該当し、3条2項にも該当しないとして、取消決定をしたことに対し、本件決定の取消しを求めた事案である。

1 本件商標
 原告は、平成21年12月19日、「ほっとレモン」という上記構成からなる商標(以下本件商標という。)につき、指定商品を第32類として商標登録出願をし、平成23年6月27日に設定登録がなされた。
2 特許庁における手続の経緯
 訴外サントリーホールディングス株式会社は、本件商標について平成23年10月21日、本件商標は商標法3条1項3号及び6号に該当するとして本件商標の登録異議の申立てをし、また、訴外キリンホールディングス株式会社は、本件商標について同月24日、本件商標は商標法3条1項3号に該当するとして本件商標の登録異議の申立てをしたところ、特許庁は、これらを無効2011-900380号事件として審理し、平成24年9月4日、本件商標の商標登録を取り消す旨の決定をし、その謄本は、同月13日、原告に送達された。
3 本件決定の理由の要旨
 本件商標は、商標法3条1項3号に該当し、また、本件商標について使用により自他商品識別力を獲得したものと認められないから、同条2項に該当しないとするものである。

【争点】
①商標法3条1項3号該当性
②商標法3条2項該当性

【判旨抜粋】
1 商標法3条1項3号該当性

 ⑴ 「レモン」部分について
本件文字部分のうち,片仮名「レモン」部分は,指定商品(第32類「レモンを加味した清涼飲料,レモンを加味した果実飲料」)を含む清涼飲料・果実飲料との関係では,果実の「レモン」又は「レモン果汁を入れた飲料又はレモン風味の味付けをした飲料」であることを意味する。
⑵ 「ほっと」部分について
また本件文字部分のうち,平仮名「ほっと」部分は,上記指定商品との関係では,「熱い」,「温かい」を意味すると理解するのが自然である。また,本件輪郭部分については,上辺中央を上方に湾曲させた輪郭線により囲み枠を設けることは,清涼飲料水等では,比較的多く用いられているといえるから,本件輪郭部分が,需要者に対し,強い印象を与えるものではない。さらに,「ほっとレモン」の書体についても,通常の工夫の範囲を超えるものとはいえない。
⑶ 小括
よって「ほっとレモン」との文字及びそれを囲む輪郭部分の組合せからなる本件商標は、本件商標の指定商品(「レモンを加味した清涼飲料、レモンを加味した果実飲料」)との関係では、商標法3条1項3号所定の「商品の・・・品質,原材料・・・を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」に該当するというべきである。

2 商標法3条2項該当性

⑴ 本件商標の各部分及び全体について
 ア 輪郭部分について
使用商標における「輪郭部分」は,右上隅以外の隅がレモンの図形等により隠され,その全体の形状を確認することができない。したがって,輪郭部分の形状が長く使用され,その特徴によって,商品の出所識別機能を有するに至ったと解することは到底できない。
 イ 「レモン」部分について
使用商標における「レモン」の文字部分については,以下のとおりの理由から,商品の出所識別機能を有するに至ったとすることはできない。すなわち,①使用商標には,レモンの図柄が描かれていること,②使用商標には,レモンを連想させる色彩でグラデーションされた円形図形が施されていること,③使用商標には,輪郭部分の外側においても,レモンを連想する彩色が施されていること,④一般に,本件商標の指定商品を含む清涼飲料・果実飲料においては,各種果物がその原材料として使用されていること等の事実を総合すれば,「レモン」の文字部分は,当該商品が,果実の「レモン」又は「レモン果汁を入れた飲料又はレモン風味の味付けをした飲料」であることを端的に示したものと合理的に理解されるから,「レモン」の文字部分が長く使用され,その特徴によって,商品の出所識別機能を有するに至ったとすることは到底できない。
 ウ 「ほっと」部分について
使用商標における「ほっと」の文字部分は,以下のとおりの理由から,商品の出所識別機能を有するに至ったとすることはできない。すなわち,①使用商標では,「輪郭部分」及び「『ほっとレモン』の文字部分」は,いずれも「温かさ」,「暖かさ」を連想させる赤色に彩色されていること(この点は,本件商標も同様である。),②使用商標では,上段に「ほっと」,下段に「レモン」が,丸みを帯びた赤く彩色された書体により,まとまりよく表記されていることから,一連の意味を持つものとの印象を需要者に与え,そうであるとすると「温かいレモン飲料」を容易に想起させ得ること,③「ホットレモン」との語が,レモン果汁を入れた温かい飲料又はレモン風味の味付けをした温かい飲料を意味するものとして定着していると認められること,④平仮名「ほっと」については,本件商標の指定商品を含む清涼飲料・果実飲料においては,「ほっとドリンクゆず」,「ほっとカシス」,「ほっとりんご」,「ほっとアセロラ」,「ほっと金柑」,「ほっと梅」,「ほっとアップル」,「ほっとゼリー」,「ほっとゆずれもん」,「ほっとグレープフルーツ」が販売され,「ほっと」と「果物等の素材」とを組み合わせた文字は,当該商品が果物等の素材を原材料とし,あるいは加味した,温かい清涼飲料・果実飲料であることを示す語として普通に使用されていることから,需要者は,上記のように認識,理解していると解するのが合理的であること,⑤原告商品それ自体も,「温かいレモン果汁を入れた飲料又はレモン風味の味付けをした飲料」であること等の事実を総合すれば,使用商標における「ほっと」の文字部分は,温かい状態で飲まれることを想定した清涼飲料等であることを示す表記であるといえる。したがって,使用商標中の「ほっと」の文字部分が長く使用され,その特徴等によって,商品の出所識別機能を有するに至ったとすることは到底できない。
 エ 全体について
以上に指摘した各事情を考慮すると,本件輪郭部分と本件文字部分からなる本件商標は,これを全体としてみたとしても,商品の出所識別機能を有するに至ったとすることはできない。
⑵ 「ほっとレモン」「ホットレモン」等の名称に関する調査結果等について
  「『缶やペットボトル入りの温かいレモン飲料』ときくと,なんという商品名やメーカー(会社名)が思い浮かぶか」との質問に対して,「ホットレモン」と回答した者は全体の27.3%であり,「ほっとレモン」と回答した者は全体の20.3%であったとの結果が得られたとしている。②「ホットレモン」と回答した者のうち,メーカー名について回答した者は,「わからない」との回答者が一番多く(全体の14.7%),原告であると回答した者は,全体の1.0%であった。③「ほっとレモン」と回答した者のうち,メーカー名について回答した者は,同様に「わからない」との回答者が一番多く(全体の11.0%),原告であると回答した者は,メーカー5社中最下位(全体の0.3%)に位置し,「ほっとレモン」の文字を含む商品を市場に提供していないメーカーと対比しても低いことが記載されている。
同調査結果によれば,「ほっとレモン」の文字,及び同文字の一部である平仮名「ほっと」が,調査時点において,「缶やペットボトル入りの温かいレモン飲料」との品質,原材料等を説明的に示すものとして使用されており,それを超えて,特定の出所識別機能を有するものとして使用されているということはできない。

【解説】
1 商標法3条1項3号について
 本号列挙のものを不登録とするのは、これらは通常、商品又は役務を流通過程又は取引過程に置く場合に必要な表示であるから何人も使用をする必要があり、かつ、何人もその使用を欲するものだから一私人に独占を認めるのは妥当でなく、また、多くの場合にすでに一般的に使用がされあるいは将来必ず一般的に使用がされるものであるから、これらのものに自他商品又は自他役務の識別力を認めることはできないという理由による。
 また、「普通に用いられる方法」とは、願書記載の商標が、審査官の経験則で考えて、同業者らの採択使用のために開放しておかなくてはならない程度のものであるときに該当する。すなわち、当て字や、極めて特殊な書体で書したもの等は「普通に用いられる方法」ではないとして登録される。
2 商標法3条2項について
 いわゆる使用による特別顕著性の発生の規定である。3号から5号までのものは特定の者が長年その業務に係る商品又は役務について使用した結果、その商標がその商品又は役務と密接に結びついて出所表示機能をもつに至ることが経験的に認められるので、このような場合には特別顕著性が発生したと考えて商標登録をしうることにした。この認定の基準は、当該商標の使用がされている具体的な取引の実情等を参酌して定められるべきである。
3 本件における判断について
 知財高裁は、3条1項3号該当性について、「ほっと」と「レモン」それぞれの部分について、指定商品との関係を考慮している。特に「ほっと」の部分については、原告は、「ほっと」が「HOT」を観念するものとして一般化しているとはいえないと主張しているが、ひらがなとカタカナの組合せである「ほっとレモン」が従来から用いられていたことや、温かい状態で飲まれることを想定した飲料において「ほっと」の文字が使用される例は少なくないことを重視している。また、輪郭部分や書体についても、普通に用いられる方法の範疇を超えるものではないとしている。
 3条2項該当性については、「輪郭部分」、「ほっと」、「レモン」の3つの部分についてそれぞれの識別性を判断しており、特に「ほっと」については、温かい状態で飲まれることを想定した表記であることを認定している。
 3条1項3号については、「普通に用いられる方法」という要件があるが、当該要件は、極めて特殊な書体等でなければ該当するとされ、本件の「ほっとレモン」の表記は、普通に用いられる方法の範疇であるとされている。たしかに、「ほっとレモン」という標準文字からなる商標であれば、3条1項3号に該当すると考えられるが、本件商標のような、図形とやや特殊な書体からなる商標については、デザインによって需要者に強い印象を与えうるものであるから、登録を認めてもよいのではないかと思われる。同業者が「ほっとレモン」を、識別力を発揮しない態様で用いているのであればそもそも商標的使用に該当しないし、また、「温かいレモン飲料」という商品の品質を表すものとして普通に用いられる方法で使用するのであれば、26条1項2号により商標権の効力は及ばないからである。すなわち、仮に商標登録を受けても、権利行使が可能なのは、特殊な書体や図形からなる商標で、かつ原告登録商標と称呼・外観・観念が類似するものに対してのみということになるから、他者の事業活動を不当に阻害することにはならないと思われる。
 3条2項については、本件商標の各部分及び全体が、自他商品識別機能を発揮するような態様で使用されておらず、かつ、ほっとレモンと聞いて連想するメーカーについて、原告が最下位であることから、特別顕著性は認められないとしている。特に、調査結果については特別顕著性を認めるにあたって致命的であったと思われる。この点は「あずきバー」が特別顕著性が認められたことと対照的である。企業としては、ロングセラー商品の記述的商標については、自己の商標であることを宣伝で強調する必要があると思われる。

2013.9.2 弁護士 幸谷泰造