平成25年9月19日第2部判決(知財高裁平成24年(行ケ)第10435号) 審決取消請求事件
【要旨】 発明の名称を「窒化ガリウム系発光素子」とする特許権についての特許無効審判請求不成立審決の取消訴訟において、審決の引用発明の認定には誤りがあると判断した上で、正しい相違点に関する本件発明の構成の容易想到性については、当事者双方とも主張立証をしていないとし、審決が取り消し、続いて検討すべき争点については審判の審理で行うべきものとするのが相当とされた事例。
【キーワード】 無効審判、引用発明の認定の誤り、主張・立証

【事案の概要】
 本件は、被告(日亜化学工業株式会社)の有する特許権(特許4033644号、平成13年7月3日特許出願、優先権主張番号:特願2001-202726号、優先日:平成12年7月18日、平成19年11月2日特許登録、請求項の数は7。)に対し、原告(三洋電機株式会社)が無効審判請求をし、これを不成立とした審決の取消訴訟である。争点は、容易想到性(実質的には、引用発明の認定誤り)の有無である。
1 本件発明の要旨
 審決では、本件発明3ないし7については本件発明1と同様の理由で容易想到性が否定されているため、ここでは本件発明1の要旨のみ示す。
[請求項1](本件発明1)
「ストライプ状の発光層の両端面に、光出射側鏡面と光反射側鏡面を持つ共振器構造を有する窒化ガリウム系発光素子において、
光出射側鏡面には、窒化ガリウムより低い屈折率を有する低反射膜が、該光出射側鏡面から屈折率が順に低くなるように2層以上積層され、該光出射側鏡面に接した第1の低反射膜が、ZrO2、MgO、Al2O3、Si3N4、AlN及びMgF2から選ばれたいずれか1種から成り、
光反射側鏡面には、ZrO2、MgO、Si3N4、AlN及びMgF2から選ばれたいずれか1種からなる単一層の保護膜が接して形成され、かつ、該保護膜に接して、低屈折率層と高屈折率層とを低屈折率層から積層して終端が高屈折率層となるように交互に積層してなる高反射膜が形成されてなる窒化ガリウム系発光素子。」
2 原告が主張する無効理由
 原告は、本件発明1について、刊行物1(特開2000-49410号公報)に記載された引用発明及び刊行物2(特開平3-142892号公報)に記載された刊行物2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると主張した。
3 審決の理由の要点(以下、下線は筆者)
(1)引用発明の認定について
「刊行物1には、従来の窒化物半導体レーザ装置は、レーザ端面に設けた保護層と窒化物半導体レーザダイオードとの間における格子不整合や熱膨張係数が異なること等に起因して、特に高出力時の寿命が短いという問題があったが、保護層の材料を窒化物半導体レーザダイオードが発振する光に対して透明であるAl1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x、y、z≦1、且つ、0≦x+y+z≦1)との一般式から選択することで、窒化物半導体レーザダイオードと十分な格子整合及び熱膨張係数の整合をとることができ、レーザ装置の長寿命化と熱応力による欠陥発生を抑制することのできる窒化物半導体レーザ装置が記載されているものと認められる。すなわち、引用発明において、保護層の材料を一般式から選択する技術的意義は、単に、レーザの発振光に対して透明になるようにするのみならず、保護層の格子定数とMQW活性層の格子定数との差をMQW活性層の格子定数の約3%以下、保護層の熱膨張係数とMQW活性層の熱膨張係数との差をMQW活性層の熱膨張係数の約20%以下とすることにあるものと解される。
 しかるところ、刊行物1には、窒化物半導体レーザダイオードのMQW活性層と、格子整合及び膨張係数の整合をとることのできる保護層として具体的に記載されているのは、実施形態6において『半導体レーザダイオード10の後面に直接形成される保護層として、In0.02Ga0.98N層を用いてもよい。』と記載されているほか、すべての実施形態において、保護層として「GaN」が記載されているにとどまり、上記一般式から『AlN』を選択することを示唆する記載は認められない。そして、『AlN』が、保護層の材料は、レーザの発振光に対して充分に透明な材料であるのみならず、窒化物半導体レーザダイオードのMQW活性層と、格子定数及び熱膨張係数の整合がとれる特性を備えた材料であることが、本件特許の優先日当時の技術的常識であると認めるに足る証拠を見出せない。
 よって、刊行物1の段落【0039】の記載を根拠に、MQW活性層と、格子定数及び熱膨張係数の整合がとれる材料として、刊行物1に『AlN』が記載されていると直ちに認めるに到らない。したがって、刊行物1に、保護層の材料として『AlN』が開示されていると認めることはできない。
 以上によれば、刊行物1には、次の発明(引用発明)が記載されていることが認められる。
 『窒化物半導体レーザダイオードと、窒化物半導体レーザダイオードのレーザ端面に設けられた保護層とを有し、
 保護層は、
 窒化物半導体レーザダイオードが発振する光に対して透明であるAl1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x、y、z≦1、且つ、0≦x+y+z≦1)からなり、
 窒化物半導体レーザダイオードは、
 InuGa1-uN/InVGa1-vN(0≦u、v≦1)からなる多重量子井戸活性層を有し、
 保護層に接して、窒化物半導体レーザダイオードが発振する光を反射する反射層を更に有し、
 反射層は、屈折率が互いに異なる第1および第2層が交互に積層された積層構造を有し、
 保護層がGaNであり、第1層および第2層は、それぞれ、SiO2およびTiO2または窒化物半導体レーザダイオードが発振する光に対して透明であり、且つ屈折率が互いに異なる2種類のAl1-xy-zGaxInyBzN(0≦x、y、z≦1、且つ、0≦x+y+z≦1)からなる、窒化物半導体レーザ装置であって、
 窒化物半導体レーザダイオードが、
 アンドープのIn0.02Ga0.98N/In0.15Ga0.85Nからなる多重量子井戸活性層を有し、
 多重量子井戸活性層の前面及び後面にGaN層が形成され、
 後面に設けられたGaN層の上に、SiO2層及びTiO2層が交互に5対積層された反射層が形成された、窒化物半導体レーザ装置。』」
(2)刊行物2について
 「刊行物2によれば、以下の刊行物2発明が記載されているものと認められる。
 『一対の対向する共振器端面のうち少なくとも一方の共振器端面が、該共振器端面上に形成された放熱用誘電体膜と、該放熱用誘電体膜上に形成されたパッシベーション膜とを備えており、
 該放熱用誘電体膜は、該パッシベーション膜の熱伝導率よりも高い熱伝導率を有し、
 該パッシベーション膜は、該放熱用誘電体膜よりも高い耐水性を有した半導体レーザ素子(請求項1を参照)であって、
 放熱用誘電体膜がAlN膜である(請求項2を参照)、
半導体レーザ素子。』」
3 本件発明1と引用発明との一致点及び相違点について
 「【一致点】
 『発光層の両端面に、光出射側鏡面と光反射側鏡面を持つ共振器構造を有する窒化ガリウム系発光素子において、光出射側鏡面に、膜が積層され、光反射側鏡面には、単一層の保護膜が接して形成され、かつ、該膜に接して、低屈折率層と高屈折率層とを低屈折率層から積層して終端が高屈折率層となるように交互に積層してなる高反射膜が形成されてなる窒化ガリウム系発光素子。』
 【相違点1】
 発光層の形状に関し、本件発明1は、『ストライプ状』であるのに対して、引用発明は、ストライプ状であるか否か不明である点。
 【相違点2】
 光出射側鏡面の膜に関し、本件発明1は、『窒化ガリウムより低い屈折率を有する低反射膜が、該光出射側鏡面から屈折率が順に低くなるように2層以上積層され、該光出射側鏡面に接した第1の低反射膜が、ZrO2、MgO、Al2O3、Si3N4、AlN及びMgF2から選ばれたいずれか1種から成』るのに対して、引用発明は、窒化ガリウムより低い屈折率を有する膜が、光出射側鏡面から屈折率が順に低くなるように2層以上積層されてはおらず、GaN層である点。
 【相違点3】
 光反射側鏡面の単一層の保護膜の材料に関し、本件発明1は、『ZrO2、MgO、Si3N4、AlN及びMgF2から選ばれたいずれか1種』であるのに対して、引用発明は、GaNである点。」
4 審決は、相違点2について、下記のように判断した上で、「相違点1及び3を検討するまでもなく、本件発明1は、当業者が刊行物1及び2並びに上記の文献に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものとはいえない」とした。
 「刊行物2発明は、半導体レーザ素子の共振器端面にAlN膜を形成することを前提に、AlN膜の欠点を、パッシベーション膜を形成することで克服したものと解される。しかしながら、引用発明は、保護層として「AlN」を用いたものではなく、刊行物1にも、(中略)保護層として「AlN」の選択を示唆する記載もないことから、引用発明の保護層の上に、刊行物2発明の「パッシベーション膜」を形成する動機付けが見当たらない。
 また、刊行物1には、光出射側鏡面(前面)に保護層を2層以上積層することを示唆する記載のないことに照らせば、引用発明の保護層は、ひとまず、単一層と解されるところ、引用発明において、刊行物2の記載に基づいて「AlN」を選択することを想定すると、あわせて、パッシベーション膜を形成する手間が生じるものと考えられるから、当業者が引用発明において、あえて「AlN」を選択すべき理由が見出せない。
 したがって、刊行物2の記載に基づいて、引用発明の保護層の材料として「AlN」を選択することは容易に想到し得たとはいえない。
(中略)
 したがって、引用発明において、相違点2に係る本件発明1の構成を採用することは当業者が容易に想到しえたとはいえない。
 よって、相違点1及び3を検討するまでもなく、本件発明1は、当業者が刊行物1及び2並びに上記の文献に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものとはいえない。

【原告主張の審決取消事由】
 原告は、「具体的な実施形態として記載されていないという理由で、GaN以外が本件明細書に記載されていないとする審決の論理には飛躍があり、審決が、保護層について『AlN』は開示されておらず、『GaN』のみを認定したのは誤りである。」と主張し、「その誤りは審決の結論に影響するものであるから、審決は違法であり、取り消されるべきものである」と主張した。

【判旨抜粋】
1 本件発明について(略)
2 引用発明の認定について
 「引用発明は、従来の窒化物半導体レーザ装置において、レーザダイオードの端面に設けた保護層(SiO2又はTiO2)と窒化物半導体レーザダイオードとの間における格子不整合や熱膨張係数が異なること等に起因して、結晶層中に格子欠陥を生じ、特に高出力時の寿命が短くなるという課題を解決するために、保護層の材料を窒化物半導体レーザダイオードが発振するレーザ光に対して透明である上記一般式から選択することで、窒化物半導体レーザダイオードと格子定数及び熱膨張係数の整合をとることができ、格子不整合及び熱応力による欠陥発生を抑制できるため、低出力時は勿論のこと、歪みや欠陥の影響が大きい高出力発振時においても高信頼性で長寿命の窒化物半導体レーザ装置が得られるものであることが開示されている。他方で、審決が、引用発明の技術的意義であると認定した『保護層の格子定数とMQW活性層の格子定数との差をMQW活性層の格子定数の約3%以下、保護層の熱膨張係数とMQW活性層の熱膨張係数との差をMQW活性層の熱膨張係数の約20%以下とすること』に関しては、上記段落【0042】、【0043】の記載に照らすと、いずれも上記の条件を満たすように『選択することが好ましい』と記載されていること、格子定数の差に関して、段落【0042】のなお書には、『約3%を超える格子不整合があっても、寿命が低下しない場合がある。』と記載されていることに照らすと、引用発明における上記条件については、好ましい条件とされているにすぎず、必須の条件であると見ることはできない。
 そして、刊行物1に示された従来の保護層(SiO2又はTiO2)がアモルファス層であり、結晶構造をとっていないのに対し、「Al1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x、y、z≦1、且つ、0≦x+y+z≦1)」の一般式で示されるものは、必ずNを含む窒化物系半導体としての結晶構造を有することから、従来の保護層(SiO2又はTiO2)よりも窒化物半導体レーザダイオードとの格子定数の整合がとれることは当業者に自明の事項である。また、後記のとおり、熱膨張係数も窒化物系半導体と相当に異なるものであったことからすると、従来の保護層との比較において、窒化物系半導体である保護層が熱膨張係数において、一般的に整合がとれるものであることも、当業者に自明の事項である(段落【0024】参照)。
 そうすると、上記のような引用発明における従来技術の問題点及び解決課題に、上記段落【0011】、【0024】、【0026】、【0039】、【0040】の各記載を合わせて考慮すれば、引用発明は、保護層の材料をレーザ光に対して透明であり、かつ、上記の一般式を満たす材料を選択することで、従来の保護層(SiO2又はTiO2)よりも、窒化物半導体レーザダイオードと格子定数及び熱膨張係数の整合をとることができるものであるといえる。
 以上により、引用発明において、『保護層の材料をAl1-x-y-zGaxInyBzN(以下「一般式」という。)から選択する技術的意義は、単に、レーザの発振光に対して透明になるようにするのみならず、保護層の格子定数とMQW活性層の格子定数との差をMQW活性層の格子定数の約3%以下、保護層の熱膨張係数とMQW活性層の熱膨張係数との差をMQW活性層の熱膨張係数の約20%以下とすることにあるものと解される』とした審決の判断は誤りである。

 「次に、引用発明における保護層の材料として、『AlN』が開示されているか否かについて見るに、刊行物1には、GaN及びIn0.02Ga0.98N層(中略)は記載されているが、『AlN』を保護層の材料として選択した実施例に関する記載はない。
 しかし、AlNがレーザ光に対して透明であることは当事者間に争いがなく、上記一般式においてx=y=z=0を代入した場合には、保護層の材料が『AlN』となることは明らかである。そして、段落【0039】には、Alを含有した窒化物半導体材料を用いることが開示されており、刊行物1中において、特段、x=y=z=0を代入することを阻む事情についての記載はない。
 (中略)
 以上によれば、刊行物1において、保護層の材料として『AlN』が除外されているとはいえず、刊行物1には、レーザ光に対して透明であり、かつ、AlNを含む一般式からなる材料が開示されていると認められる。したがって、審決が、『甲1に、保護層の材料として「AlN」が開示されていると認めることはできない』としたのは、誤りである。
 「3 以上を前提として、上記に認定した引用発明と本件発明1との一致点・相違点について見ると、一致点及び相違点1については審決が認定したものと同一であるが、相違点2及び3については以下のとおり認定すべきこととなる。
 【相違点2”】
 光出射側鏡面の膜に関し、本件発明1は、『窒化ガリウムより低い屈折率を有する低反射膜が、該光出射側鏡面から屈折率が順に低くなるように2層以上積層され、該光出射側鏡面に接した第1の低反射膜が、ZrO2、MgO、Al2O3、Si3N4、AlN及びMgF2から選ばれたいずれか1種から成』るのに対して、引用発明は、窒化ガリウムより低い屈折率を有する膜が、光出射側鏡面から屈折率が順に低くなるように2層以上積層されてはおらず、AlNを含むAl1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x、y、z≦1、且つ、0≦x+y+z≦1)からなる層である点。(下線部が、審決認定の相違点2との相違部分)
 【相違点3”】
 光反射側鏡面の単一層の保護膜の材料に関し、本件発明1は、『ZrO2、MgO、Si3N4、AlN及びMgF2から選ばれたいずれか1種』であるのに対して、引用発明は、AlNを含むAl1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x、y、z≦1、且つ、0≦x+y+z≦1)である点。(下線部が、審決認定の相違点3との相違部分)
そうすると、相違点2”に関し、引用発明における保護層としてAlNを含むAl1-x-y-zGaxInyBzN(0≦x、y、z≦1、且つ、0≦x+y+z≦1)からなる層」の中から『AlN』を選択することについての容易想到性の有無、並びに保護層の材料としてAlNを選択したとして、それを積層すること及び光出射側鏡面から屈折率が順に低くなるように2層以上積層することについての容易想到性の有無について検討し、同様に相違点3”に関する本件発明1の構成についての容易想到性、さらには、相違点1に関する本件発明1の構成についての容易想到性の有無を判断して、本件発明1が引用発明から容易に発明することができたか否かの結論に至る必要がある。ここまで至って、引用発明を主たる公知技術としたときの本件発明1の容易想到性を認めなかった審決の結論に誤りがあるか否かの判断に至ることができる。
 しかし、本件においては、審決が、認定した相違点1及び3に関する本件発明1の構成の容易想到性について判断をしていないこともあって、当事者双方とも、この点の容易想到性の有無を本件訴訟において主張立証してきていない。相違点2(当裁判所の認定では相違点2”)に関する本件発明1の構成については、原告がその容易想到性を主張しているのに対し、被告において具体的に反論していない。
 このような主張立証の対応は、特許庁の審決の取消訴訟で一般によく行われてきた審理態様に起因するものと理解されるので、当裁判所としては、当事者双方の主張立証が上記のようにとどまっていることに伴って、主張立証責任の見地から、本件発明1の容易想到性の有無についての結論を導くのは相当でなく、前記のとおりの引用発明の認定誤りが審決にあったことをもって、少なくとも審決の結論に影響を及ぼす可能性があるとして、ここでまず審決を取り消し、続いて検討すべき争点については審判の審理で行うべきものとするのが相当と考える。本件のような態様の審決取消訴訟で審理されるのは、引用発明から当該発明が容易に想到することができないとした審決の判断に誤りがあるか否かにあるから、その判断に至るまでの個別の争点についてした審決の判断の当否にとどまらず、当事者双方とも容易想到性の有無判断に至るすべての争点につき、それぞれの立場から主張立証を尽くす必要がある。本件については、上記のように考えて判決の結論を導いたが、これからの審決取消訴訟においては、そのように主張立証が尽くすことが望まれる。」

【コメント】
 進歩性(特許法29条2項)の判断においては、まず請求項にかかる発明と引用発明を認定し、さらに両者を対比することで一致点・相違点を明らかにした上で、当該引用発明や他の引用発明などから請求項にかかる発明が容易に想到できたかを検討する。本件は、上記進歩性判断のうち、具体的には引用発明の認定が争われた事案である。
 本件では、「審決が、刊行物1には『保護層』が『AlN』であることが開示されていないとして、引用発明の『保護層』の材料が『AlN』であることを認定しなかったことが誤り」という原告の主張に対し、裁判所は、引用発明にかかる刊行物の記載を詳細に検討した上で、審決が、刊行物1に、「『保護層の材料として「AlN」が開示されていると認めることはできない』としたのは誤りである」と審決における引用発明の認定が誤りであると判断し、この点について原告の主張を認めた。その上で、本件発明と引用発明の相違点2及び3について審決とは異なる認定をした。
 通常、裁判所は、新たに認定した相違点2″及び3″をもとに、当該引用発明から本件発明が容易に想到できたかを判断するものと思われる。ところが、本件では、裁判所が新たに認定した相違点2″及び3″については、「当事者双方とも、この点の容易想到性の有無を本件訴訟において主張立証してきて」おらず、「主張立証責任の見地から、本件発明1の容易想到性の有無についての結論を導くのは相当でなく、前記のとおりの引用発明の認定誤りが審決にあったことをもって、少なくとも審決の結論に影響を及ぼす可能性があるとして、ここでまず審決を取り消し、続いて検討すべき争点については審判の審理で行うべきものとするのが相当」として、審判で容易想到性について審理すべきとした。
 本判決は、審決取消訴訟において引用発明の認定の誤りを主張する場合は、審決の引用発明認定の誤りのみを主張するだけでは足りず、認定されるべき引用発明とそこから導き出されるべき本件発明との一致点・相違点についても主張立証した上で、このように認定された引用発明から本件発明が容易に想到できたかについての主張立証も尽くすことが「望まれる」ことを示したものであり、実務上も参考にするべき判決である。
 なお、再開された無効審判では、無効審判請求を不成立とした審決がなされている(平成26年12月10日確定)。

(文責)弁護士 永里佐和子