平成25年12月24日判決(知財高裁 平成25年(行ケ)第10154号)
【判旨】
 全面が暗黒となるブラックアウト型の車両用計器(引用発明)に,目盛り板(ないし指針)の明るさがキースイッチのオフ後徐々に低下する車両用指針装置(本件発明1)と技術的意義を同じくするフェードアウト技術(周知技術1)を適用して,相違点1に係る構成をとることは,当業者が容易に発明できたことであるから,相違点1についての審決の容易想到性判断には誤りがあるとして,審決を取り消した事例。
【キーワード】
容易想到性,進歩性

【事案の概要】
 本件は,特許無効審判請求を不成立とする審決の取消訴訟である。
 被告Y(デンソー)は,平成8年5月23日,「車両用指針装置」とする発明につき特許出願をし(特願平8-128704号),平成15年10月3日,特許登録を受けた(特許第3477995号)。原告X(カルソニックカンセイ)は,平成24年9月3日,請求項1~3につき特許無効審判請求をしたところ(無効2012-800143号),特許庁は,平成25年4月26日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,この謄本は同年5月9日にXに送達された。
 審判においてXは,引用発明,周知技術1,公知技術1及び本件技術常識からみて容易想到であるとの無効事由を主張した。
 相違点1は,「車両のキースイッチのオフに伴い消灯させるように制御する制御手段について,本件発明1では,その照射光の輝度を徐々に低下させるように制御するのに対し,引用発明では,単に,消灯させるように制御するにとどまる点」である。
 特許庁は,引用発明に周知技術1を適用できるか否かについて,「車両に関する照明・・・や住宅用照明灯を消灯する際に,照射光の輝度を徐々に低下させるように制御することは,一般にフェードアウトと呼ばれる周知技術であり・・・何らかの心理的効果がもたらされることも周知である(周知技術1)。明るさが徐々に低下していることを認識できる視認対象を目盛り板に特定して,キースイッチオフ後の車両用指針装置の視認性の斬新さを図るようにした本件発明1と・・・周知技術1とは,照射光の輝度を徐々に低下させるように制御する点で共通するとはいえる。しかし,周知技術1については,乗員などの・・・周囲の雰囲気全体の明るさを徐々に低下させることで,その人に対するフェードアウトという心理的効果を狙ったものであり,視認対象が特定されているものではない。これに対し,本件発明1は,・・・「目盛り板の明るさがキースイッチのオフ後徐々に低下するので・・・斬新な視認性を提供できる。」との作用効果を奏する点にその技術的特徴があり,視認対象が運転中に注目する必要のある指針装置の目盛り板に特定されているものである。このように,照射光の輝度を徐々に低下させるように制御することの技術的な意義は,本件発明1と周知技術1とでおよそ異なるものである。そうすると,「イグニッションキー10」のオフに伴い前記「目盛板照明装置3」及び「指針照明装置5」を消灯させるように制御するための制御手段を備えるにとどまる引用発明に,フェードアウト減光に係る周知技術1を適用することはできない。
 また,引用発明は,ブラックアウト効果,すなわち,イグニッションキーをオフにしたときに,車両用計器全面が暗黒となる効果を保つことを意図しているものであり,イグニッションキーのオフ後は,直ちに,「目盛板照明装置3」や「指針照明装置5」が消灯されることが要請されるものであるから,車両におけるフェードアウト効果を得ることが周知であるとしても,阻害要因がある」として,本件技術常識を踏まえても,引用発明に対し,周知技術1及び公知技術1を適用することができず,当業者といえども,本件発明1は,上記の技術から容易に発明することができたとはいえないと判断した。

【争点】
 争点は容易想到性の有無である。
 審決は,引用発明に対し,周知技術1及び公知技術1を適用することができたとはいえず,本件発明1は容易想到性がないとした。これに対して,本判決は,引用発明に周知技術1を適用することは,当業者が容易に発明できたことであるから,容易想到性が認められるとした。

【判旨】
 請求認容(審決取消し)
「(2)本件発明の技術的意義について
 本件発明は,・・・車両用指針装置において・・・キースイッチのオフ後の視認性の斬新さを乗員に与えるようにすることを目的として・・・目盛り板(ないし指針)の明るさがキースイッチのオフ後徐々に低下するとの構成をとり,斬新な視認性を提供するというものである。
 その一方,本件発明は,キースイッチのオフを契機として制御を開始するものであり,もはや車両用計器の情報を読み取る必要がなく・・・乗員が必ずしも指針や目盛り板自体に注目している場合を前提とするものではない。・・・本件発明は,指針や目盛り板を注視する必要がないが,その存在あるいは光が視界に入る状況下で,キースイッチのオフに伴って,指針や目盛り板が瞬時に暗くなるという唐突感を生じさせず,違和感なくスムーズに減光することで,乗員に良好な心理的効果を与えるものと解される。
 そうすると,安全性の観点から視認性を確保するため,あるいは,光の変化に目を慣らすための減光などの実際的な必要性とは異なり,フェードアウトによる「何らかの良好な心理的効果」を得ようとする点で,本件発明と周知技術1とは共通するものであり,例えば,周知技術1がキーシリンダ照明灯である場合には,イグニッションキーをオフにする際に,キー差込口がどこにあるかという情報を読み取る必要がなくなったキーシリンダを演出用に使って,視認性の斬新さを図るものであると解されるから,本件発明1によって奏される「視認性の斬新さ」は,周知技術1により奏される「何らかの良好な心理的効果」と異なるものではないといえる。
 よって,本件発明と周知技術1とは,照射光の輝度を徐々に低下させるように制御する点で共通するだけでなく,その技術的な意義も同一であると認めるのが相当である。
(3)引用発明への周知技術1の適用について
 引用発明は,前記2に記載したとおり,イグニッションキーが投入されていないときに車両用計器の全面が暗黒となるブラックアウト型において,指針のみが観視されることを防止してブラックアウト効果が保たれるようにし,観者に対する違和感を防止するという効果を狙ったものである。そして,前記(1)の甲2~7に記載されているように,フェードアウトによる何らかの良好な心理的効果を得ようとすることは,照明技術における一般的な課題であり,また,フェードアウトが種々の照明に適用されていることを踏まえると,観者に対する違和感の払拭という心理的効果を目指した引用発明において,目盛り板照明装置の制御手段として良好な心理的効果を目指した周知技術1を適用して,照射光の輝度を徐々に低下させるように制御することは,当業者にとって容易に着想し得ることである。また,甲8によれば,メータ類の照明(目盛り板の照明)において,消灯に際し明るさを徐々に低下させることが公知の技術(公知技術1)であると認められ,車両指針装置においてフェードアウトを生じさせる構成をとることには技術的困難性がないことからも,容易想到性が裏付けられる。
(4)Yの主張について
ア これに対し,Yは,引用発明の制御は,審決の認定のとおり,イグニッションキーのオフ後に,直ちに,目盛り板照明装置や指針照明装置が消灯されるものであるから,フェードアウトが周知技術1であるとしても,その周知技術1を,直ちに消灯する引用発明に適用するには阻害要因がある旨主張する。
 しかしながら,甲1に,「前記目盛板照明装置3と指針照明装置5とはイグニッションキーのオフ時には共に消灯されて,車両を使用しないときには車両用計器1はブラックアウトするものとされている点は従来例のものと同様である。」(段落【0007】)及び「走行を停止しイグニッションキー10をオフすると前記「目盛板照明装置3」と「指針照明装置5」とが消灯すると同時に,前記演算回路9は所定数の逆転パルスを発生した後に自らも動作を停止するものとなり,この逆転パルスにより前記指針4はゼロ目盛20aから更に下方,すなわち,マイナスの振れ角側に回転し,前記指針マスク板7により覆われる範囲内に移動するものと成る。」(同【0011】)と記載されているように,引用発明は,イグニッションキーをオフにすると目盛り板照明装置と指針照明装置とが消灯するが,イグニッションキーのオフ後に,「直ちに」消灯されなければならない必然性はない。また,図2に記載された電源は,ステッピングモータ8に接続される演算回路9に対するものであって,「目盛板照明装置3」及び「指針照明装置5」に対するものではなく,この点をもって,直ちに消灯されることを示すものとは認められない。 
 そうすると,引用発明に周知技術1を適用することに阻害要因があるとは認められず,Yの前記主張は採用できない。
イ また,Yは,甲8に記載されているのは,自動車が走行中で指針装置から乗員がメータ類の情報を読み取る必要がある際の減光であるから,引用発明の消灯に,減光することの契機が異なる公知技術1(甲8)を適用することには,阻害要因がある旨主張する。しかし,甲8は,メータ類の照明(目盛り板の照明)において徐々に減光することが技術的に困難でないことを例示したものであり,引用発明に直接的に甲8の公知技術1を適用して本件発明を導くというものではないのであるから,引用発明と公知技術1との消減光の契機が異なるとしても,減光させる技術において,その契機が差異をもたらすものでない以上,上記の契機の違いは結論を左右するものでない。
(5)以上によれば,引用発明に,本件発明1と技術的意義を同じくする周知技術1を適用して,相違点1に係る構成をとることは,当業者が容易に発明できたことであるから,相違点1についての審決の容易想到性判断には誤りがある。」

【解説】
 本件では,引用発明に対し,周知技術1及び公知技術1を適用できるか否かの点において審決と判決で結論が異なり,容易想到性についての判断が分かれた。
 特許庁は,周知技術1はフェードアウトという心理的効果を狙ったものであるのに対し,引用発明は斬新な視認性という効果を有するもので,視認対象の特定の有無という点が異なっており,技術的意義が異なるとした。審決の「視認対象が特定されているか否か」により技術的特徴が異なるという箇所は理解しにくいところであるが,空間の場合は車内,外を問わずフェードアウトにより周囲の物全体が見えなくなるという効果があるのに対して,メータの場合は指針や目盛り板のみが見えなくなるということのようである。
 これに対して知財高裁は,本件発明1によって奏される「視認性の斬新さ」は,周知技術1により奏される「何らかの良好な心理的効果」と異なるものではない,空間であろうとメータであろうと徐々にフェードアウトすることが観る者に与える効果は同等であるとし,周知技術1も引用発明もフェードアウト効果を狙ったもので,技術的意義は同一であるとした。
 メータの指針がフェードアウトして画面がブラックアウトすることと,夜間に照明がフェードアウトして周囲が暗闇となる場合とは,「良好な心理的効果」を与える点では共通する。しかし,夜間においてはメータと照明にさほど差異は無いかもしれないが,昼間の明るい時間帯にメータをブラックアウトさせた上で指針を浮かび上がらせ,その後,浮かび上がっていたものが徐々に見えなくなるという演出は,夜間照明とは光の利用法が異なり,いくらか斬新さがあるように思われる。もっとも,照明を消灯する際に徐々に輝度を低下させる手法は随所でみられるものであるから,自動車用メータの照明を徐々に消灯させるというアイディアも,メータを設計,製造する当業者であれば,斬新さや高級感を演出する方法として真っ先に思いつくアイディアの一つであろう。本判決の結論は妥当であるように思われる。
 本判決の論理では,フェードアウト技術の場合,「安全性の観点から視認性を確保するため,あるいは,光の変化に目を慣らすための減光などの実際的な必要性」がある場合等を除き,一括りに「何らかの良好な心理的効果」を得ようとするものとして,同一の技術的意義を有するとされてしまう点に問題があるように思われるが,もともと人間の感覚にかかる技術的効果については,細かく分けていくこと自体が難しいということであろう。

(文責)弁護士 山口建章