平成25年6月27日判決 (知財高裁平成24年(行ケ)第10454号)
【ポイント】
他人の商標についてのパロディ商標が登録されていたところ,これに無効審判が請求され,4条1項7号および15号で登録が無効とされた事例
【キーワード】
無効審判,パロディ商標,4条1項7号,4条1項15号
【事案の概要】
本件商標については,平成18年4月3日、本件商標を出願し,平成18年4月3日に商標登録された。
指定商標は、第25類「洋服、コート、セーター類、ワイシャツ類、寝巻き類、下着、水泳着、水泳帽、和服、エプロン、靴下、スカーフ、手袋、ネクタイ、マフラー、帽子、ベルト、運動用特殊衣服、運動用特殊靴(「乗馬靴」を除く。)」(一部放棄(平成24年7月31日受付)により、指定商品のうち、「寝巻き類、水泳着、水泳帽、和服、運動用特殊衣服、運動用特殊靴(乗馬靴を除く。)」について登録の一部抹消)とされている。
被告は、平成23年10月12日、本件商標の登録無効審判を請求し、特許庁は、平成24年11月27日、商標法4条1項7号及び15号に該当するとして、無効審決をした。
これに対し、原告は、同審決の取消訴訟を提起したのが本件である。
尚,本件商標は,引用商標「PUMA」の文字部分を「KUMA」に置き換え,かつ,「PUMA」の右肩部分の動物を熊に置き換えたパロディ商標であった。
【争点】
他人の商標についてのパロディ商標は,4条1項7号および15号で登録が無効とされるか。
【結論】
本件商標は,4条1項7号および15号で登録が無効とされる。
【判旨抜粋】
「1 取消事由2(15号該当の判断の誤り)について
(1) 本件商標
本件商標は、独特の太く四角い書体で、全体が略横長の長方形を構成するようにロゴ化して表した「KUmA」の欧文字の右上に、左方に向かって前かがみに二足歩行する熊のシルエット風図形を配し、上方にゴシック体で小さく表した「KUMA」の欧文字を添えてなるものである。
(2) 引用商標
引用商標は、独特の太く四角い書体で、全体が略横長の長方形を構成するようにロゴ化して表した「PUmA」の欧文字の右上に、左方に向かって跳び上がるように前進するピューマのシルエット風図形を配し、「A」の欧文字の右下に、円内にアルファベットの大文字の「R」を記した記号を小さく添えてなるものである。
引用商標の構成になる前記8つの引用商標は、平成6年12月20日から平成21年5月15日にかけて出願され、平成9年6月20日から平成21年11月13日にかけて登録された。
(3) 引用商標の周知著名性
ア 甲4~11、乙1、2(各枝番を含む)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(ア) 被告は、スポーツ用品・スポーツウエア等を製造販売する世界的に知られた企業であって、1920年にアディ・ダスラー及びルドルフ・ダスラー兄弟が靴を販売する「ダスラー兄弟社」を設立したのが始まりであり、その後、兄弟は1948年(昭和23年)にそれぞれ独立し、兄が被告を設立した。
(イ) 被告は、1949年から俊敏に獲物を追い詰め必ず仕留めるアメリカライオンのピューマから命名した「PUMA」の文字及びピューマの図形を被告のブランドとしてスポーツシューズに使用し始め、我が国においては、日本国内における代理店としてコサ・リーベルマン株式会社が、1972年から2002年まで、被告の業務に係る商品のうち「靴、バッグ、アクセサリー」について事業を展開し、2003年5月1日に、プーマの日本法人であるプーマジャパンが同事業を承継した。そして、ウエアについては、1972年から国内のライセンシーであるヒットユニオン株式会社が製造・販売していたが、2006年1月に、日本において引用商標を付したアパレル関連商品を生産する被告の日本法人であるプーマ・アパレル・ジャパンが設立され、同社がヒットユニオン株式会社から営業権を譲り受けた。
(ウ) 引用商標は、「ジャケット、ジョギングパンツ、ズボン、Tシャツ、水泳着、帽子、ベルト、スポーツシューズ」等に長年使用されてきた。
(エ) 2003年ないし2008年版のスポーツアパレル産業白書(甲7の3~6)の、「スポーツアパレル/ブランド別国内出荷金額ランキング」によれば、「プーマ」ブランドは、2001年ないし2004年は3位、2005年及び2006年は4位であり、サッカーウエアについて、2006年の出荷高に占める上位5ブランドシェアは、「アディダス」ブランドが98億円の26.8ポイントでトップ、以下2位「プーマ」約80億円、上位の「アディダス」「プーマ」「ナイキ」の3ブランドだけで市場の65%を占めている状態にある。
(オ) 引用商標は、本件商標の登録出願前である2005年から登録査定後である2006年にかけて我が国で発行された多数の商品カタログや雑誌等において、スポーツシューズ、バッグ、スポーツウエア(上下服)、Tシャツ、水着等に付され掲載され、テレビコマーシャルも多数放送されている。
イ 以上の事実によれば、被告は、1949年から「PUMA」の文字及びピューマの図形を被告のブランドとしてスポーツシューズに使用開始し、我が国においては、1972年から、代理店を通じて、あるいはライセンシーないし日本法人を通じて、スポーツウエア、靴、バッグ、アクセサリーを製造・販売してきたこと、引用商標を付したスポーツシューズ、バッグ、スポーツウエアあるいはTシャツなどの被服等については、少なくとも2005年頃からは、ランナーズ等多数の雑誌や新聞において継続して宣伝してきたことが認められる。
そして、引用商標は、略横長の長方形を構成するようにロゴ化して表した欧文字の右上に、左方に向かって跳び上がるようなピューマのシルエット風図形を配した構成態様として独創的であり、需要者に強い印象を与えるものである。
そうすると、引用商標は、本件商標の登録出願時には既に、被告の業務に係るスポーツシューズ、被服、バッグ等を表示する商標として、我が国の取引者、需要者の間に広く認識されて周知・著名な商標となっており、本件商標の登録査定時及びそれ以降も、そのようなものとして継続していたと認めることができる。
被告が使用してきた商標のうちには、引用商標を上段にし、下段に「puma.com」の文字を書した構成の商標があり、原告は、この態様の商標は引用商標とは異なると主張するが、当該使用商標は、引用商標の構成が顕著に表されているものであり、下段の「puma.com」は、被告のドメインネームであり、自他識別機能を果たし得ないから、当該使用商標の要部は引用商標からなる部分であり、当該使用商標は、引用商標と同等のものである。
原告は、被告が引用商標の著名性を証明するために提出している甲6~11には、引用商標そのものとは全く異なる標章が多数掲載されており、引用商標が著名であることの証拠になっておらず、むしろ統一性を失った標章の使用態様であるため信用が化体する対象が定まっていないと主張するが、「PUmA」の文字とプーマの図形を組み合わせて使用する商標の態様は、ほとんどが、引用商標の態様であり、引用商標の一部を用いる態様や、「PUmA」の書体が異なる態様があるとしても、引用商標の変形として、引用商標が周知・著名であることを踏まえての態様と認められるから、引用商標の周知・著名性の認定を裏付けるものではあっても、その認定の妨げとはならない。
(4) 本件商標と引用商標との類似性
本件商標と引用商標とを対比すると、両者は、4個の欧文字が横書きで大きく顕著に表されている点、その右肩上方に、熊とピューマとで動物の種類は異なるものの、四足動物が前肢を左方に突き出し該欧文字部分に向かっている様子を側面からシルエット風に描かれた図形を配した点において共通する。両者の4個の欧文字部分は、第1文字が「K」と「P」と相違するのみで、他の文字の配列構成を共通にする。しかも、各文字が縦線を太く、横線を細く、各文字の線を垂直に表すようにし、そして、角部分に丸みを持たせた部分を多く持つ縦長の書体で表されていることから、文字の特徴が酷似し、かつ、文字全体が略横長の長方形を構成するようにロゴ化して表した点で共通の印象を与える。文字の上面が動物の後大腿部の高さに一致する位置関係が共通しており、足や尾の方向にも対応関係を看取することができる。
本件商標の上方にゴシック体で小さく表した「KUMA」の欧文字や、引用商標の「A」の欧文字の右下に非常に小さく、円内にアルファベットの大文字の「R」を記した記号は、目立たない位置にあることや表示が小さいこと等により看者の印象に残らない。
原告は、両商標の4個の欧文字の書体は文字線の太さや隣接する文字と文字との間隔において構成を異にすると主張するが、前記各文字を子細にみれば、文字の縦線間の隙間の幅が若干異なる等の差異があるとしても、かかる差異は看者の印象・記憶に影響を及ぼす程のものではなく、上記共通点を凌駕するものではない。
以上、共通する構成から生じる共通の印象から、本件商標と引用商標とは、全体として離隔的に観察した場合には、看者に外観上酷似した印象を与えるものといえる。
(5) 取引の実情
本件商標の指定商品は、引用商標が長年使用されてきた「ジャケット、ジョギングパンツ、ズボン、Tシャツ、水泳着、帽子、ベルト、スポーツシューズ」等とは同一であるか又は用途・目的・品質・販売場所等を同じくし、関連性の程度が極めて高く、商標やブランドについて詳細な知識を持たず、商品の選択・購入に際して払う注意力が高いとはいえない一般消費者を需要者とする点でも共通する。
衣類や靴等では、商標をワンポイントマークとして小さく表示する場合も少なくなく、その場合、商標の微細な点まで表されず、需要者が商標の全体的な印象に圧倒され、些細な相違点に気付かないことも多い。
原告は、原告製品は観光土産品として、観光土産品の販売場所で販売されていると主張するけれども、観光土産品は、土産物店のみならずデパート・商店街等でも販売され、同一施設内で観光土産品用でない被服も販売されていることが認められるから、販売場所も共通にするといえる(乙4、5)。
(6) 混同を生ずるおそれ
上記事情を総合すると、本件商標をその指定商品について使用する場合には、これに接する取引者、需要者は、顕著に表された独特な欧文字4字と熊のシルエット風図形との組合せ部分に着目し、周知著名となっている引用商標を連想、想起して、当該商品が被告又は被告と経済的、組織的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように、その出所について混同を生ずるおそれがあるといえる。
(7) 小括
したがって、本件商標は15号に該当するとした審決の判断に誤りはなく、取消事由2に理由はない。」
「2 取消事由1(7号該当の判断の誤り)について
本件商標と引用商標の類似性及び誤認混同のおそれについては、上記のとおりである。
前記1(3)アの認定事実から明らかなように、被告がスポーツシューズ、被服、バッグ等を世界的に製造販売している多国籍企業として著名であり、引用商標が被告の業務に係る商品を表示する独創的な商標として取引者、需要者の間に広く認識され、本件商標の指定商品には引用商標が使用されている商品が含まれていること、本件商標を使用した商品を販売するウェブサイト中に、「北海道限定人気 パロディ・クーマ」、「『クーマ』『KUMA』のTシャツ 赤フロントプリント プーマPUMAではありません」、「注意 プーマ・PUMAではありません」、「『クーマ』『KUMA』のTシャツ 黒フロントプリント 注プーマ・PUMAではありません」、「プーマ・PUMAのロゴ似いるような。」、「『クーマ』『KUMA』のTシャツ 黒バックプリント 注意プーマPUMAではありません。」、「プーマ・PUMAのロゴに似ているような似ていないような。」と記載されていること(甲18、19)、原告は日本観光商事社のライセンス管理会社であるが(弁論の全趣旨)、日本観光商事社は、本件商標以外にも、欧文字4つのロゴにピューマの代わりに馬や豚を用いた商標や、他の著名商標の基本的な構成を保持しながら変更を加えた商標を多数登録出願し(甲4、5、14)、商品販売について著作権侵害の警告を受けたこともあること(甲15、16)が認められる。
これらの事実を総合考慮すると、日本観光商事社は引用商標の著名であることを知り、意図的に引用商標と略同様の態様による4個の欧文字を用い、引用商標のピューマの図形を熊の図形に置き換え、全体として引用商標に酷似した構成態様に仕上げることにより、本件商標に接する取引者、需要者に引用商標を連想、想起させ、引用商標に化体した信用、名声及び顧客吸引力にただ乗り(フリーライド)する不正な目的で採択・出願し登録を受け、原告は上記の事情を知りながら本件商標の登録を譲り受けたものと認めることができる。
そして、本件商標をその指定商品に使用する場合には、引用商標の出所表示機能が希釈化(ダイリューション)され、引用商標に化体した信用、名声及び顧客吸引力、ひいては被告の業務上の信用を毀損させるおそれがあるということができる。
そうすると、本件商標は、引用商標に化体した信用、名声及び顧客吸引力に便乗して不当な利益を得る等の目的をもって引用商標の特徴を模倣して出願し登録を受けたもので、商標を保護することにより、商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り、需要者の利益を保護するという商標法の目的(商標法1条)に反するものであり、公正な取引秩序を乱し、商道徳に反するものというべきである。
したがって、本件商標は7号に該当するとの審決の判断に誤りはなく、取消事由1は理由がない。」
【検討】
商標法4条1項15号について,最判平成12.7.11民集54巻6号1848頁 [レールデュタン上告審]は,「商標法4条1項15号にいう『他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標』には、当該商標をその指定商品又は指定役務…に使用したときに、当該商品等が他人の商品又は役務…に係るものであると誤信されるおそれがある商標のみならず、当該商品等が右他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれ…がある商標を含むものと解するのが相当である。けだし、同号の規定は、周知表示又は著名表示へのただ乗り(いわゆるフリーライド)及び当該表示の希釈化(いわゆるダイリューション)を防止し、商標の自他識別機能を保護することによって、商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り、需要者の利益を保護することを目的とするものであるところ、その趣旨からすれば、企業経営の多角化、同一の表示による商品化事業を通して結束する企業グループの形成、有名ブランドの成立等、企業や市場の変化に応じて、周知又は著名な商品等の表示を使用する者の正当な利益を保護するためには、広義の混同を生ずるおそれがある商標をも商標登録を受けることができないものとすべきであるからである」とし,具体的には,「当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断されるべき」とした。
本件でも,引用商標と本件商標の類似性を検討し,取引の実情,販売場所が共通なことを考慮して,「上記事情を総合すると、本件商標をその指定商品について使用する場合には、これに接する取引者、需要者は、顕著に表された独特な欧文字4字と熊のシルエット風図形との組合せ部分に着目し、周知著名となっている引用商標を連想、想起して、当該商品が被告又は被告と経済的、組織的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように、その出所について混同を生ずるおそれがあるといえる。」と判断しているので,前掲[レールデュタン上告審]の判断を踏襲しているといえる。
商標法4条1項7号について,特許庁審査基準は「その構成自体がきょう激、卑わい、差別的若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形である場合及び商標の構成自体がそうでなくとも、指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、又は社会の一般的道徳観念に反するような場合も含まれるものとする」「他の法律によって、その使用等が禁止されている商標、特定の国若しくはその国民を侮辱する商標又は一般に国際信義に反する商標は、本号の規定に該当するものとする」と規定しており,7号を公益的登録阻却事由としている。
他方,本件は,「これらの事実を総合考慮すると、日本観光商事社は引用商標の著名であることを知り、意図的に引用商標と略同様の態様による4個の欧文字を用い、引用商標のピューマの図形を熊の図形に置き換え、全体として引用商標に酷似した構成態様に仕上げることにより、本件商標に接する取引者、需要者に引用商標を連想、想起させ、引用商標に化体した信用、名声及び顧客吸引力にただ乗り(フリーライド)する不正な目的で採択・出願し登録を受け、原告は上記の事情を知りながら本件商標の登録を譲り受けたものと認めることができる。そして、本件商標をその指定商品に使用する場合には、引用商標の出所表示機能が希釈化(ダイリューション)され、引用商標に化体した信用、名声及び顧客吸引力、ひいては被告の業務上の信用を毀損させるおそれがあるということができる。そうすると、本件商標は、引用商標に化体した信用、名声及び顧客吸引力に便乗して不当な利益を得る等の目的をもって引用商標の特徴を模倣して出願し登録を受けたもので、商標を保護することにより、商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り、需要者の利益を保護するという商標法の目的(商標法1条)に反するものであり、公正な取引秩序を乱し、商道徳に反するものというべきである。」として,7号の適用を認めたものであり,フリーライド,ダイリューションという私益的事由で7号の適用を認めた。
以上から,本件は,パロディ商標の無効理由の検討にあたり,15号については,前掲[レールデュタン上告審]の判断枠組みを用い,7号については,フリーライド,ダイリューションを根拠に7号を適用した点に意義を有するものである。
パロディ商標登録性の詳細な研究については,平澤卓人「商標パロディと商標法4条1項7号及び15号」知的財産法政策学研究44号283頁~334(2014年)を参照されたい。
(文責)弁護士 高橋正憲